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良い歌声は朝の空気によく響く。イブの競争宣言によりそれぞれの姫が、大一のためを思って(あるいは大一に褒められることを想像して)着々と準備を進めていた。
一番気合が入っているのは他ならぬ、イニ・シーラである。
「どうしたものかと手をこまねいていましたが、ようやく我々にも機が訪れました。」
歌はシーラの得意とするところである。驚くほどの音域を難なく唄いこなしてしまう。
夏の朝のおぼろげな空気の中に一筋の冷水が流れるような、遠くまで聞こえる歌声である。だが惜しむらくは、今日の大一は朝から用事があって防音の書斎にこもっているのでこの瑞々しい声を聴くことができない。
「これまで誰の協力も得られませんでしたが、それも全てこの機会を以って報われるでしょう。私は負けません。」
従者たちは気合十分な様子のシーラに拍手を送った。
わざわざ声が聞こえるような外で発声練習をしているのは、他の姫たちへの牽制ともとれる。実際、同じく朝早くから起きていたマリーはトレーニングルームまで響いてくるシーラのさえずりを聞いて焦りを覚えていた。
「う、歌ってどうすりゃいいのよ…。」
マリーは室内でたった一人で体を動かしている。ダンスでもそうだったように、マリーは割と音楽的素養に乏しいところがある。自分にはかなり不利な勝負。負けたくないのはマリーも一緒だったが、いかんせん実力に差を感じる。
「そりゃ…現王様は何でも褒めてくれそうだけど…」
大一ならば間違いない。
だけどそれはどうも自分の中で納得ができなかった。ずっと言いたいことがあるのに、言えなくて胸に何かがつっかえている感じがしている。ここで妥協はしたくはなかった。
大きく肺を膨らませて、長く息を吐き続ける。
「うん…一番になったら…一番になったら…」
ブツブツと刻むように繰り返した。
表立ってはっきりとわかるようなことはなされていないが、どうも自分はイブやルオンに大きく遅れを取っている気がしていた。
イブに言われた、気づいた時には何のハジメテも残っていない、というセリフが嫌に頭に残っている。
自分の思いをカタチにしよう。マリーは人知れず決意を固めていた。
それぞれがそれぞれの準備をしている中、ドゥニアは他の行動をとっている。
「おはよーございます!」
ドアに取り付けられているベルを鳴らす。
書斎から大一が顔をのぞかせた。
「おはよう、ドゥニア。朝からどうしたの?」
「この間の遊びはどうなってますか?何かいい案が浮かびましたか?」
大一に向かって飛びつきそうなぐらいの勢いでドゥニアは近寄った。
「遊び…?」
少し首を傾げる大一。やがて、
「あっ。」
と何かを思い出したようであった。
「あれね、ああ…そうそう。あんまりうまく行かないから他の方法を取ろうと思ってて…。」
「でしたら!」ドゥニアが身を乗り出して対地にくっつきそうなぐらい顔を寄せる。
「あたしたちに任せてください!みんなで準備しますよ!」
「えっ?」
大一はキョトンとした。
「それ…どういう…?」
「えへ、それは見てのお楽しみですよ。」
ステップを踏んでくるりと翻りながらドゥニアは来た道を戻っていった。
大一は呆然と、その跳ねて帰っていく小さな背を眺めているだけだった。




