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秘書のユエを引き連れ堂々たる行進。大一は足を踏み鳴らして書斎へ向かっていた。もうそれは大げさなほどに。
「現王様、お言葉ですが毎度そのように威圧して回らなくても。」
ユエが歩調を合わせて背後から声をかけてくる。
「そのつもりはないけど…。」
「では何か心の持ちようが変わったのですか。」
大一ははいともいいえとも言わなかった。自分でもうまく表現できない。常に興奮しているような、全身に力がみなぎっているような感覚である。それを落ち着けるために一人で書斎にこもってこの世界についての勉強をする。無論、ユエですらその中には入らせない。なぜなら…。
「最近…その。」
大一がまっすぐ前を見ながら口を開いた。
「みんなのことが妙に魅力的に見えるというか、見てるだけで緊張してくるというか。ここまで一緒にいて何言ってるんだとは思われるだろうけど…。」
なるほど、とユエは手を打つ。
「そもそも、各星から選りすぐりの美女がやってきているのですから、当然です。今頃お気づきになられたのですか?と伺いたいぐらいです。」
「俺と全然釣り合わない…」
「…何をおっしゃられているのです、現王様。その隔たりを取り除くため今こうして自ら学んでいるのではないですか。」
その感情のこもらない声に反応してビタッと大一が足を止めた。急に止まった大一を華麗に交わしてユエは横に並ぶ。
大一はユエの顔を見つめて深くうなずいた。
「…あれ?」
後ろを振り返ったら、少し離れた柱の影にその大きな背を隠しきれないシーラが立っているのが見えた。急に振り返られたからか顔を隠してしまっている。
「シーラ!どうしたの!」
大一は一声呼びかけた。
シーラは慌てて会釈をして立ち去ろうとする。
「あっ、待って!」
すぐに大一は今まで来た道を引き返して走るシーラの背を追いかける。背が高いと歩幅も大きいのでこれがなかなか追いつけない。大一はギアを変えたようにシャカシャカ足を動かした。
顔を覆って逃げていくシーラ。追いつくこともできずに、シーラの部屋へ逃げ込まれてしまった。念のためノックをしてみるが、中から返事はなかった。
仕方なくその日は書斎の方へ戻っていった。
「元気がないんですか。」
「うん、なんだか最近ね。」
翌朝、ドゥニアと一緒にマリーの部屋へ向かう途中で、前日のシーラの様子を伝えてみた。
「そしたらユエにさ、『逃げる婦女子を追いかけ回すとは、現王様もなかなかハレンチになられましたね。』とかすました顔で言われちゃってさ…。」
「えへへ。それはそうですよ。」
そんなに『王』としてだらしない行為だったのか。大一は少しがっかりする。
「…そういえば…」
「ん?」
ドゥニアはクリンと目を丸くして横に並ぶ大一に話しかけた。
「現王様はなんで、誰もお部屋に呼ばないんですか?」
「えっ。」
突然聞かれた。ハレンチの称号を手に入れた直前だからだろうか。
「あたしは現王様と一緒に寝たいんですけど。」
ドゥニアはケロリとしてそんなことを言う。あまりにも当然のように言うものだから、ドゥニアの『一緒に寝る』は本当に文字通りの意味なのだらう。
大一は自分に言い聞かせて納得した。
「ま、まあ…その、ピクニックとかお昼寝のときぐらいはみんなと横に並んで寝るのも、ね。」
本当はそれすら緊張してうまく睡眠が取れないに違いないだろうが、それが今の大一が許可されている最大限の『一緒に寝る』行為である。
「えっ、あたしいきなりお外で現王様に愛してもらうのは…ちょっと…。」
「えっ。」
恥じらうドゥニアが妙に色めいて見えるのは錯覚ではなさそうである。どうやら、ドゥニアも意味はわかって言っていたらしい。
「で、でも!現王様に求めていただけるならどこでも…。」
変に気を回したせいで、かえって期待を煽ってしまった。
「ごめん、ドゥニア…俺そんなつもりで言ったんじゃ…」
「えっ?イジワルー…。」
ブゥと鼻を鳴らしてそっぽを向いてみせる。しかしそのぷっくり膨らんだ頬に一瞬目を奪われてしまった。大一は慌てて、ドゥニアの手を取りマリーのもとへと駆け込んでいった。
それにしてもシーラのことが気にかかる。今日の昼でもいいから本人を直接訪ねてみようか。ぼんやりそんなことが頭に浮かんだ。




