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すべての配膳が完了した今も、誰一人目の前に並べられたごちそうに手を付けられるものはいなかった。大一がまだせかせかと立ち歩いているからだ。
王室始まって以来の事態にみな困惑の色を隠せない。
やがて中央のカーゴ(格好をつければアイランドキッチンのような)の前に大一が立ち、周りのものに配膳の最終確認をしている。
コホとひとつ咳払いをした。
「みなさま、はるばる遠路より我が地球の王宮へ、ようこそいらっしゃいました。」
大一がぐるりと見渡す。
「突然のことで驚かれたかもしれません。今日、こうやって皆様の前で食事を運ぶのは、夜のささやかな心配りと思っていただけるように、どうか食事をお楽しみください。」
姫たちはほとんどもう訳知り顔で微笑みながら大一の話に聞き入っていた。
「皆様の素晴らしい姫君たちは、余に大変尽くしてくれています。貰いぱなしでは忍びないのです。ですから、今宵の食事会は余の妻たちに捧げます。」
グラスを掲げると一同は皆それに静かに倣った。
「主天たる現王様が尽くす様を見せるなど…」
和やかな食事の中でシーラが口惜しそうにつぶやく。
「席順争ってた意味なくなっちゃったわね。」
とイブが耳ざとく話題を拾う。だがどこか満足げではある。
「これでは現王様は低く見られてしまうのでは…」
「そんなことないですよ!」
ドゥニアはテーブルマナーをいつの間に習ったのか、なんでもかんでもかぶりつくような食べ方が改まっている。
「むしろああやって料理を振る舞っている姿が印象には残るかもねえ。」
イブは食事を始めてから一口も飲み食いせず、ひたすらに客人たちに尽くす大一を見つめた。今はウーム庁長と何やら談笑をしている。
「いえ、驚きました。このようなことをなされるとは我々も思っていなかったもので。」
「これぐらいはさせてください。」
謙遜するように大一は手を横に振る。
「私の娘はいかがですか?」
にこやかに訊ねるウーム庁長。大一も自然な笑顔で返す。
「彼女は余のことを第一に考えてくれています。そのせいで周りに強く当たってしまうこともありますが…この頃はその思いも周りに理解を得られてきたみたいです。」
「ほお。」
グラスを傾ける。
「今、余は彼女のことを知りたいととても思っています。自分を殺して尽くしてくれるせいか好きなものとか、趣味とかなかなか見せてくれないので…」
ウーム庁長は電子ナイフとフォークを丁寧に皿の端に置き、腕を組んだ。
「…お恥ずかしい話ですが実は私も娘の好きなものを知らないのです。何か隠しているのはわかっています。しかし踏み込みすぎるのは親だとしても良くないと思いまして。」
うんうん、と大きく大一は頷く。
「あ、しかし、よく娘はチャスチェという曲を幼少の時聴いておりました。木星正教の式典などがあると歌われる曲です。」
「チャスチェ…ありがとうございます。今後もよろしくお願いします。」
大一は頭を下げると他の席に回っていった。
中央を囲うように扇状になっているので、誰がどこで何をしているか見やすい。大一は人数の多いドゥニアの家族から何度も呼び止められた。母、兄、妹、母、姉、弟、弟、姉、母。
同時に話しかけられたりして大変である。右往左往、ウロウロしながらも笑顔は絶やさなかった。自分から言い出したおもてなしなので当然なのだ。
ようやく解放され少しふらつく足を抑えながら、大一は問題のイルマの前までやってくる。
「いやぁ、驚いた現王様がこんなことをなされるとは。」
相変わらず顔見知りのような話しかけ方をしてくるイルマ。まあ今日はあれほど声をかけたのだから多少砕けた態度でも不思議ではないのだが。
(ユエは確かに、この男は正当な手続きで入ってきたと言った。だったらこの男の正体ぐらい調べられるんだろうけど…)
大一は思うところがあってそれをしないでいる。過去に面識がありそうなこのイルマと下手に会話をして自分が偽物だと見抜かれてはいけない、という思いもあるがそれ以上に…。
ようやく気付かされた自分の劣等感、強烈な嫉妬心。大一はこの男を敵だと認識した。
(だけど今は客人だ。)
「何か飲まれますか?」
笑顔で空いたグラスを指してサーバーの準備をする。
「うーん、じゃあ…私はこれかな。ルゥはどうする?」
何をするのも彼女を伴って行動する。
認めなくてはならない。この男はきちんとルオンを気にかけている。だけど俺だって。
「ルオン、どうかな?これとか。地球で摘まれた果物を使ってるんだって。」
「あ、はい…ではそれで。」
答えるのもどこか上の空のルオンを見て苦しい思いを抱く。
「じゃあ持ってきます。」
どうすればいいんだ…。振り返るとき大一は唇を噛み締めた。
「現王様ーこっちもー」
中央に向かう大一は不意に声をかけられて慌てる。イブがからの頬杖を付きグラスを揺らしながら待ち構えていた。
「ザハブパトラ姫、だらしないでしょ…」
マリーにたしなめられるが、大一がとんできてご満悦のようだ。
「お疲れ様。」
大一が自分の前に来るなりそういった。メインの肉の切れ端をフォークに突き刺して、大一の顔の前に差し出す。
「えっ、俺今みんなの…」
「あーん。」
イブは聞かずに大一の口元にフォークを近づける。手のかすかな振動だけでもプルプルと震える柔らかな肉が、程よく煮込まれたソースを滴らせている。焼いた面から香草や炭の少し煙った香りが味を思わず想像させる。
大一は一度喉を鳴らしてからイブに応じた。
「おいし?」
まるで恋人のような首の傾げ方だ。
「うん…でも…」
「現王様だって食べなきゃ。」
「俺は後でいいよ。」
「隣で一緒に食べたかったのに。」
あっそれは…と大一が気まずそうに口ごもる。イブは大一の額をペチとなでた。
「ふふ、嘘、怒ってないわ。食べたかったけどこういうことなら許してあげる。」
「イブ…ありがとう。」
彼女が頷く。
「頑張って、私の現王様。」
大一も頷いた。
気合を入れ直したのか颯爽と中央に戻っていった。
マリーが横から口を挟む。
「あの…それはいいんですけど、飲み物注文してなくないですか?」
「…あっ。」




