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テクニックを競い合うなんて初心者相手だとズル過ぎる。そもそも見せられるような技はまだ完成していない。だから敷地内を一周するレースをヤツに申し込むつもりだったが…。
「やあ、子どもはい~いですな。」
ハタハタと例の扇で従者に顔を仰がせながら、カンズが観戦用テントの下でのんびりしゃべっていた。
タイタン人の子どもたちがみんなこぞって乗りたがるので本来の目的がなかなか果たされない。
「げ、現王様…あたしもいいですか?」
身を小さく震わせて、ドゥニアまでもが上目遣いで聞いてくる。下の兄妹たちのお守りかと思っていたら、どうやらずっと順番待ちだったらしい。
「もちろん。」
断る理由がない。タイミングは必ずあるはずだ、と思いふけりながら他の子どもたちにもそうしたようにドゥニアの両脇をつかむ。
「っ!…現王様!あたしは大丈夫!」
「あっ…?ご、ごめん!」
あまりにも自然につかんでしまい慌てて腕を引っ込める。手には彼女の柔らかな感触が残った。
「もぅ…」
ドゥニアは少し膨れて目を伏せる。バランスが崩れないようについ手を添えてしまっている大一。
「現王様は姉上をお嫁さんにするの?」
一番下の妹が、ドゥニアの手伝いをする大一の裾をつかんで言う。
一瞬、周りの参加者たちの目がギラついたのが見えた。
「あー…」
答えに窮する大一の横で、ド無言でうつむいたままドゥニアが頬を赤らめている。
「もうみんな…余のお嫁さんだよ。」
ごまかすような返答だが、他の参加者たちも安心した様子。下手に答えて言質をとられてしまうと後々がややこしくなる。
という考えは置いといて。
大一は本当に五人のことを自分の妃だと思っていたので、彼自身の中でこれが最善の答えだった。
「そっか…姉上を守ってね。」
少女が屈託のない笑みで大一にお願いをする。
「こら、現王様になんて勝手なこと…!」
「ドゥニア…うん。みんな守ってみせるよ。」
「現王、様…」
正妻は一人、何てこと偽物の俺には関係ない。
大一は今なお観戦席にいるルオンのことを見つめた。彼女は隣の男とずっと話している。
(ルオン…)
ここでの言葉は届かなかっただろう。だからこそきちんと見せつけなくては。
「現王様、現王様!」
「んっあ!?なに?」
ボンボンとドゥニアにたたかれて現実に引き戻される。
「これどうやって進むんです?」
「ああ、う、動かし方ね。ユエから聞いてたかと思うんだけど、重心をこう後ろに持ってって…」
なめらかにドゥニアのボードは動いた。
(よし、そろそろ…)
手を打って観戦席にレースの参加者を募る。がどうやっても一対一にしかならないのはわかっていた。
「…で、体格も年も近そうですしぜひ余とそちらの…えっと…」
大一は手を差し伸べた。ルオンの隣の男に。
「堅苦しい呼び方は大変でしょう、気楽にイルマと呼んでください。今日は急な来訪で驚かれてるかもしれないですね。なんせ予定にありませんでしたから。」
高らかに笑うイルマと名乗った男。この雰囲気は以前に本物の『王』が会ったことがあるのかもしれない。それならばなぜユエたちはそういう大事な情報を自分にくれないのだろう。わかっていれば未然に防ぐことができたかもしれないのに…。
(それを今言ってもしょうがないか。)
大一はもう会ったことある前提で話を合わせることにした。
「いや、確かに驚きました。……イルマ殿、せっかくなのでどうでしょうか一つ余とあなたであのボードでレースをしてみるというのは…。」
大一の目がギラりと輝く。何としてもコテンパンにしてやりたい。差し出していた手に不穏な力がこもっていく。経験の差で無理やり勝利を奪ってやるのだ。
「いや、遠慮しておきます。」
「…へっ?」
あっさり『王』の申し出を断られた。ぽかんと口をあける大一に代わって、ルオンが聞いてくれた。
「…それはどうしてです?」
「いやそりゃルゥと話してたいし。それにほら、タイタンのお姫様たちが向こうで一緒に遊びたそうにしてますよ。」
遠くから大一を呼ぶ朗らかな声が聞こえている。
(…ま、まだチャンスはある…。)
軽く別れを告げて踵を返し大一は努めて明るく、彼女たちのほうへ舞い戻っていった。背中に浴びる視線が妙に強くて苦しかった。




