〈9〉
「なんでこうもうまくいかないのでしょう。」
マリーは肩を怒らせて去っていってしまった。
ここに至るまで入念な下調べをしたつもりだった。それがどうだろう、自分が用意したものはだいたい喜ばれていない。特に火星の姫の勧誘などは彼女からしてみれば渾身の策であった。
火星は常に財政難で、是が非でも地球からの支援を必要としているはず。理に聡く、大きなリスクを犯すような真似はしない人々。正妻の座につかなければならないシーラとは相性のいい相手であった。だからこそまず、相手をわざと挑発して意識を常に自分に向かせ、ここぞという時に、こちらから態度を軟化させれば密議も円滑に進むだろうと踏んでいたのに。
「とんだ誤算です。」
シーラの奥歯に力がこもった。
それに木星の優秀さをアピールするための作戦がことごとく失敗に終わっている。『王』が拐かされたという従者からの報告により急ぎ宮殿に潜めていた機械兵を出動させたのもだめだった。きょうのランチも。
「はぁ…どうすれば…。」
シーラの目的達成のためには、ドゥニア、マリーとの協力体制を整え、ルオン、イブを退ける必要があった。
どうしてドゥニアとマリーなのかというと、マリーに関しては前述の通り、交渉によって味方につけるのが可能と考えていたから。ドゥニアはそもそも現王様に対してかしずくような同じ思想をしているからである。
ルオンは例の「魔女の口づけ」を持っていることと水星人が策謀好きであることの警戒。イブは強敵で、その身体を用いてたちまち『王』を虜にしてしまう恐れがある。ちょっとづつ『王』に近づけさせなくすることで、接触が必要な二者のコミュニケーションを封じようと今まで画策してきたのだ。
「まさか、マリー殿があのような返答をされるとは。どうしてでしょうか、私に協力をすれば莫大な資金を得られるのに。」
シーラは肩を落として自問する。
火星にいる間者からの情報によると、『王』は金庫だとつねづね言われているらしい。甚だ失礼ではあるが、そんな生まれでも、正しくあろうとするマリーだけは好意的に見られる。
「あ、シーラそろそろいくよ。マリーと入れ違いだった?」
遠くから現王様が手を降っている。
「は、はい、只今。」
ああ、なんという…。
シーラが戻ってきて出発となる。
マリーは相当怒っていたみたいだ。今も不機嫌そうで自分のやったことの重大さを突きつけられるようだ。
(後でちゃんと謝らなくちゃ…)
しかし、マリーには謝ってばかりだな。頼れる男までは相当遠いみたいだ。
「では、これでまた移動を…。」
また従者たちは先回りして移動した。専用のバンが何台も駐車され、7、8人が一度にそれに乗り込んでいく。エンジン音も立てぬまま、地面を滑るように先へと進んでいった。
「じゃ乗るのはさっきと同じで…」
「はい。」
誰が大一と乗るか揉めるかと思ったが、意外にあっさり了承された。ちょっとうぬぼれ過ぎだったか…。
「なんですか?現王様、取り合ってほしかった?」
「え!そんな、そんなこと一言も!」
「そんな寂しそうな顔してたらすぐバレますよ。」
「…タンデムも良さそうですが、現王様、運転荒っぽそうですし。」
と、ルオン。
「こればっかりはシーラが可愛そう。」
「現王様、安全運転ですよ!」
さっさと運転席についたイブとドゥニアが口々に言いたいことを先行していく。
(まあ、いいか。)
「俺が運転しても…?」
先程あんな目に合わせられたのにイエスと返してくれるシーラはなんて寛大なのだろうか。ただ先程よりより近くより強く抱きしめられている。
「さっきはごめん、怖い思いさせて。」
「そんなことはございません。大変光栄でした。」
首筋に彼女の熱い吐息が吹きかかる。首の産毛ななびいてこそばゆい。
「それじゃあ出すよ。」
「はい。」
最初よりはスムーズに発進できた。
開かれた道を眺めながら二人は直進していく。前方に小さく見えるのが多分、イブやドゥニアが動かすビークル。そのさらに先がバン。
「シーラ、その。」
道も半ばで大一が前を向いたまま話し始める。
「なにかあった?」
「え?」
シーラはあまり感情の起伏を表に出さないできた。まだほとんど言葉を発していないのになぜそんなことを言い出すのか。
「思い過ごしならいいんだけど、やっぱりなんか元気ないかなって。」
ビークルはスピードさえ出さなければ道路をなめらかに動くので全く世界から音が消えてしまったようである。その中で大一の言葉だけが響く。
「………。」
「そっか…、俺で良ければ話聞くよ。」
二人のビークルは静かに進んでいった。




