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地球の王のクイーンアソート  作者: アホイヨーソロー
シェルター計画 後
105/190

〈8〉

 大一は緊張した面持ちで姫たちのみずみずしい口元を凝視する。銀のスプーンに乗せられたカスタードの黄色がつややかに輝く。イブなどは大一に見つめられているのが分かっているのか、見せつけるようにゆっくりと運んでいる。

 プリンをなめとると、口の中でそのひとかけを転がすようにしてじっくりと味わう。

「うん、おいしい。」

 大一はふーっと長い息を吐いた。もちろん普通の素人が作ったプリンだ。いいものを食べなれている高貴な身分の者にとってはそこまで大騒ぎするような出来栄えじゃない。ただ一言「おいしい。」と言われただけで満足であった。

「私は結構好きですよ、これ。」

「なるほど、イブ様の点数稼ぎテクニックは参考になりますね。」

「ちょっと、ル・ルオン。」

 素直な感想を茶化されて平静を装おうとしたものの眉一つだけ動いてしまったイブ。

「では、スルカ姫はそんなにお気に召さなかったと。」

 すぐにマリーが会話に加わる。

「まあ、まさかそんな。ワタクシが気を遣っているように見えたのですか?」

「そうやってすぐに足の引っ張り合いを始めないで。」

 大一が手を伸ばしてそれぞれを落ち着かせようとする。

「ふふ、ごめんなさい、現王様。…また作っていただけますか?」

「みんなさえよければ。」

「うーん、次はワタクシのためだけ、がいいのですが…。」

 点数稼ぎはどっちだと、イブは言いたげだった。ただもはやこの辺りはお互い気を許しあっているからできるやり取りである。イブもそれを承知しているから深くは言わない。一口食後の紅茶をすすっただけであった。

「パウカラニ姫、次はどこへ行こうと?」

「えっと次はですね…」

 ドゥニアが開いた予定表にマリーが横から顔をのぞかせて一緒になってチェックをする。

「ここへ回って…」「うん。」「次はここに」「ええ」「で最後は…」「なるほど。」

 ドゥニアとマリーで額を寄せて打ち合わせをしている。マリーの反応を見ていて大一は気が付いた。彼女の肌は薄ら桃色なので気づかなかったが、これはおそらく。

「マリー、もしかして興奮してる?」

「なっ?!」

 強く抗議をするような返事がなされた。

「あ、いやだって…」

 顔が赤くなっていることを指摘しようとする前にマリーは立ち上がった。

「ちょっとお化粧が崩れたので!!」

 脱兎のごとく走り去っていった。

「現王様…今のは…」

 イブが呆れた表情をしている。ルオンは口元を抑えている。

「え、顔が赤かったからもしかして楽しんでるのかなと思ったんだけど…ほら、マリーここに来る前はずっとなんていうか、物静かだったし。もしかして化粧が崩れてただけ?」

「んぐぅ!!!」

 ルオンがすっと立ち上がり、何も言わず遠くへ行ってしまった。

 とんでもないことを言い出すものだ、この現王様は。多少マシにはなってきたのだけれどやはりまだまだ天然をかましてきなさる。これを正すのもまあ、妻の務めかしら。

「現王様。ローズマリーは見栄っ張りだってわかってて、今の話されました?」

「…あー……何かしくじったのはわかった…。」

 だめだ。もう正解を教えて差し上げよう。

「現王様のおっしゃったとおり、あの娘も結構楽しんでましたよもちろん。」

 うん、としょげながら答える『王』。

「気づいても黙って見守ってあげるということも必要、って話。感情を隠すのが下手なのにプライド高いんですから、はしゃいでることばれたら恥ずかしがるにきまってるじゃないですか。」

「あ…。」

 余計な一言を言ってしまったと今更ながら反省をする。

「まあ、そうやって私たちのことを見てくれるのはうれしいですけどね。」

 やはりイブは大人びている。

「謝りに行ったほうが…?」

「黙ってないならそういうのは最後にこっそり告げるのが正解です。」

 大一はしばらく反省するようくぎを刺されてしまった。

「私がマリー殿の様子を見てまいりましょう。」

 シーラが名乗り出た。だが、確かマリーとシーラは相性が悪かったはず、せっかくの申し出を断っていいものか迷っていたところ、シーラが続けた。

「彼女とも話しておきたいことがありますので。」

 それならば、とシーラを送り出した。景色でも見て気持ちを落ち着かせよう。ドゥニアが大一の手を撫でて慰めてくれた。


 マリーはそれなりに近いところにいた。向こうがシーラの姿をとらえると少し残念がるのをカリストの姫は見逃さなかった。

「失礼しました、現王様が来られたほうがよかったですか。」

「別に、かまわないです。」

 ぶっきらぼうな態度である。

「先ほどは災難でございましたね。」

「まさか。現王様に気づかれちゃって恥ずかしいだけです。むしろちょっと…」

 そのあとは口ごもった。やはりどこか敵愾心を消せぬまま鋭いまなざしで相手を見つめている。

「さっさと戻りますので。現王様にはお気になさらず、と伝えてください。」

 要するに一人で戻るからどこかへ行けという拒絶の意志である。だがシーラはどかなかった。ある一つの考えによるものである。

「いえ、いい機会ですのでマリー殿にお話ししたいことが。」

「え?」

 意外なことにシーラが先に頭を下げた。これにはさしものマリーも態度を和らげざるを得ない。

「な、何に対しての謝罪ですか?」

 シーラはゆっくりと語りだす。

「はい。これまでの行いに対して。」

「そ、そう…そのいきなり謝られても…すぐには、とは言えないけど…それなら私も。」

 マリーはずっと気にしている。自分の大切なものを馬鹿にされてそう簡単には許す気にはなれなかった。だが今こうして頭を下げられてもなお、かたくなな態度をとるほど政治家の娘は愚かではない。話というのならそれをきいてもいいだろう。

「お話、とは。」

 マリーの表情が少し柔らかくなった。

「はい、これまでのマリー殿の行いを見てきて、協力をお願いしたいと。」

「協力?」

 内容にもよるが無碍にもできない。

「マリー殿は、ほかのお二方と違い現王様への敬意を損なっておりません。我々が木星正教の教えに倣い、主天と見なした『王』が敬われずにいるのは我々、いえ私には耐えがたく…。」

「ザハブパトラ姫とスルカ姫の態度に問題があるという話ね。まあ、その…ああいう軽口本当はいけないと思うけど…あの現王様だったら、っていうのはあるかもしれない、です。」

 たまに行き過ぎたモーションをかけているのはマリーもわかっていた。自分がはしたないと思うことはあまり表に出さないようにしているので、その点において多少不満があったのは間違いはない。

「…現王様が大の女好きだって話は聞いてました?」

 マリーから問いかけてみる。初めに聞いていた話。実情が全く異なっていたのでマリーも実は困惑していることが多い。

「ええ、当然。しかし、女好きどころか手が触れるのにすら緊張してしまうほどで。」

「そうそう!」

 ちょっとマリーが笑ったが、すぐにハッとした。そういうことを言わないことをシーラは評価してくれているのだ。

「あーえーと…かわいいですよね。」

 ごまかし方も下手である。

「ともかくです。」シーラが例の本状の端末を取り出す。「私とマリー殿とドゥニア殿で現王様をお守りするべきかと。」

 その眼にはある決意がともっていたようである。

「ぐ、具体的には?」

「我々カリストの精鋭の機械兵を周辺に配備、ドゥニア殿、タイタンの方々にメンテナンスを行ってもらい、マリー殿には不届きなものに制裁を加えていただきたく。」

「はっ?」

 話が突拍子もない方向に飛んでマリーは混乱する。

「マリー殿は正しさを愛する方だとお見受けします。ですから、今後、現王様を不当に辱めるようなことが起これば直ちに…」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待って!」

 ヒートアップするシーラをマリーが拒否する。

「あ、あの私…こういうのもあれだけど法の番人、とか執政官…とかじゃない。現王様の妻だって。」

 自分で言って少し恥ずかしくなる。「現王様の妻」初めてここに来た時はそんなセリフいうとは思ってなかった。せいぜい「金庫の鍵」ぐらいである。

 シーラはこれほど言っても意見を曲げるつもりはないようだった。

「マリー殿。これに協力していただけるなら我々が受け取る利益の4割を譲渡すると約束します。」

 誓約書らしき一ページを開きマリーにサインを促してくる。

「どうか我々の正しい王宮を。」

 懇願する表情にはみじんも後ろめたさを感じられない。本気の願いだということが伝わってくる。

 だが。

「ちょっとまって、『受け取る利益の4割』?」

「ええ。少ないでしょうか。火星は財政難と聞きます、上に掛け合えることができればもう少し交渉の余地はあるでしょうが。これは悪い話ではないはずです。」

 切願するシーラ。銀に輝く白髪が彼女の清廉さを物語っている。

 対してマリーの赤き毛は燃えているように逆立っていた。

「…っ私に現王様の隣をあきらめろって言ってる?」

「えっ?」

 不思議そうな顔をするシーラ。

「……あんたの思い通りには絶対させない。」

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