〈5〉
運転を代わりましょうか?と何度かシーラに言われた。心遣いは嬉しいけど、と何度か断った。だが、いよいよ他の二台との差は広がっていく。頑ななのはもはや意地の領域に達している。
「待ちましょうかー?」
と前方から声を投げかけられたのはつい先程。大丈夫すぐ追いつくから先に行ってて!と答えたので前の二台はスイスイと次の目的地へ移動している。
その「すぐ」はいつ来るのだろう。
レクチャーをしてくれると思っていたら運転説明はそこそこに安全規約と万が一の緊急停止の仕方をAIから教わった。全くの初心者のことは考慮されていないようだ。
「現王様、ご無理をなさらず。」
「そ、そうみえる?」
「はい、とても。」
背後で気にかけてくれるシーラ。というより不安感が増しているようだ。運転方法は、座席横のレバーを倒しながらブレーキを踏んで重心を移動させ…とタイヤがついてないだけでかなりのアナログ技術だ。
「あっ。」
バチッバチッ。時々電気が弾けるような強い音がする。踏み間違えたり、勢いよく動かすとこれだ。
「あの…」
「ごめん、もう少しで…」
言いかけたところで発進、いや発射した。急スピードで体が後ろへ飛ばされそうになる。
「おあああああ!」
だだっ広い公園であるもののカーブや行き止まりはもちろん存在する。この勢いでなにかにぶつかると二人はただでは済まない。
「ブ、ブレー…」
いや、ブレーキはいけない。急発進急ブレーキは、全身に負荷がかかる。ましてこんな簡素な電磁ベルトだけで、体はむき出しなのだ。外に放り出されるに違いない。
「現王様!」
シーラは恐怖からか大一に背中から抱きつく。
この窮地において、大一は脳が冴え渡るような感覚に陥った。いや実際に脳内検索機が安全なルートを検索してくれているのだ。どこをどの速度で抜けるのか、瞬時にシミュレートしてくれている。
大一はハンドルを握り直した。
前を見ることに集中し、演算機能が割り出した最適解を一つ一つこなしていく。
右、重心を後ろよりにして右、次の角は大きく外側に回って速度を落とす。
決して失敗の許されない作業、シーラを傷つけまいと必死であった。
奥歯を強く食いしばり、より正確にシミュレートできるよう、周りの景色に視野を広げる。この人工樹林を抜けると少し大きな通りに出られるらしい。もう少しだ。しかしここが難所である。
この樹林は円形の道で囲まれていて道幅も狭い。円をなぞるように動くこうとしても速すぎて難しい。
「現王様右か左に!」
そうこうしている暇はない。脳内検索の結果は……
「いや、突っ切ろう。」
「え?!何を!!」
シーラの絶叫がこだまする。
「シーラ、大丈夫、大丈夫。」
自分にも言い聞かせるように前を見つめながら答える。まともな神経をしていたら大丈夫ではない。
二人を載せたモトビークルは林の中に突っ込んでいった。
「身をかがめて!」
枝や葉が切り裂くようにビークルをかすめていく。シーラともっと体が密着する。
小刻みに右左と迫る樹木を紙一重で交わしていく。じわりと手が湿る。汗で滑らないように強く、より強くハンドルを握りしめた。
びょう、びょうと空を破るような音が耳元で鳴り響く。
(ここを右避ければ…!)
強く握りすぎた。汗でグリップをから滑りした。迫る大木。
「ぐっ…そお!」
大一は構わず右に体を倒す。
「現王様!」
後ろから掴んでいたシーラは急な動きにもかかわらず、大一をささえた。
右に傾くビークル。車体は木肌をこすりつけながらその横を通っていけた。
「抜けた!」
歓喜の声を上げる。シーラはそのまま懸命に大一の体を起こした。
肩で息をしている。
少し向こうに先行していた姫たちが待ち構えていた。




