彼の背中には届かない
肌着でベッドに横たわる彼に、そっと後ろから腕を回した。
「どう?」
きっと喜んでくれると確信していたが、一応聞いてみる。
「そうそう、そんな感じ……やっぱこれいいなぁ」
夢見心地で嬉しそうに彼は言う。よかった。たったそれだけのことで、顔はだらしなくにやけてしまう。
ほろ酔い気分のやりとりの中で、何度も「後ろから抱きつかれてみたい」と繰り返していたから。
それを叶えてあげたいって思った。
彼はいつも等身大の自分をぶつけてくる。それも、屈託のない笑顔で。
例えば誰かを笑わせたいと思ったら、精一杯身体を使ってハトの歩き方の真似をする。一歩一歩、進むごとに首も前後に動かすハトの動きは、人には相当難しい芸当だ。まず第一に、恥ずかしい。でも、彼は人前で難なくやってのける。芸人魂というのか、私にはない思い切りの良さが素敵だ。
それなのに、好きな人の前になると自分が出せなくて縮こまってしまう。そんなかわいらしい一面もある。
飾らない姿を見せてくれるところに、ごく自然に惹かれたのだと思う。
少し脂の乗った彼の柔らかい背中に、顔をうずめて体温を感じる。一分一秒でも長く独り占めしたくて。
時計は0時を差していたが、目は冴え冴えだった。できれば、この時間が朝まで続いて欲しい。
今、彼の一番近くにいるのは紛れもなく私で、この世で一番幸せなのも私。
なのに。
なんだろう、このむなしさは。
背が小さくて髪が長く、パーカーがよく似合う少しツンツンした態度の女の子。以前から惚れていたそうだ。それを承知で、抱きついた。彼の想いがその子に届かないなら、せめて感触だけでも知ってほしかった。女の子が恋するとこんな風になるんだよって、精一杯教えてあげたかった。それだけで十分だったはずなのに。
私なら彼の望むこと、なんだってしてあげるのに。
何をどうしても、この気持ちは彼の背中には届くことはないのだろう。
どうせなら、身体も女の子だったらよかったのに。