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Through the Past  作者: 冬長
一章
3/32

【2】 過去の出会いと、今の出会い

v 規則的に体が揺れているのは、なぜだろうか。

 ふと浮かんだ疑問。しかしすぐに、その答えを思い出す。

 そうだ、移動をしているんだ。

 そう、移動。どこに行くのかは聞かされていないけれど、移動だ。そこでまた、訓練を受けて、実験を受けて、強くなるんだ。

 たくさんのことを知って、誰よりも強くなって。そう、ならなくちゃいけないんだ。


 ――何のために?


 何のため? 決まっているだろう、自分のためだ。


 ――自分の、ため?


 そうだ。他に何の理由がある?

 強くならないと、誰も自分を必要としない。いらないものは消されていく。それだけだ。

 お前だってそうだ。お前も強くならなかったら、その体が持たなくなったら、処分されるんだ。処分って分かるか? 消されるんだよ。

 自分の存在が、世界から消えるんだ。何もなくなるんだ。

 俺はそうなりたくない。俺はまだ、俺でいたい。だから強くなる。強くならないといけないんだ。


 ――僕は……


 何だよ? 言いたいことがあるなら言えよ。


 ――僕は、母さんの役に立てれば、それでいいよ。


 何を、馬鹿なことを。

 自分以外の誰かの役に立ちたい? そのためなら、自分がどうなってもいい?

 馬鹿じゃないのか。いいや、馬鹿だ。絶対に馬鹿だ。自分には自分しかいないんだ、誰だって絶対に、自分が一番大事で、自分を守りたいんだ。自分を守っていればそれでいいんだ。


 ――それでも僕は、母さんの役に立てれば、それでいいよ。


 純粋に。

 愚かなほど純粋に、盲目的ともいえるほど言い切った相手に、眩暈を覚えた。

 眩しいほどに光を反射する、光そのもののような純金の髪。鮮やかなその瞳は、どこまでも澄んだ、空の青。全てに祝福されているかのような色彩をその身に宿した少年は、どこまでも純粋で。純粋であるがゆえに愚かで、哀れに、見えた。


 ――だって、それが、僕の存在理由なんだ。


 その言葉に、応える言葉を持たなかった。

 何かに、必要とされたことなどない。それはきっと、目の前の少年も、そして自分も同じなのだろう。

 そう、自分たちが必要とされているのは能力と、そしてそれを操る器だけ。他の、そう、人格などというものなど、何もいらないのだ。

 この少年と言葉を交わすと、決まって知りたくもない事柄を突きつけられる。

 少年が何かをいう訳ではない。だが、彼と話していると、気付いてしまう自分がいるのだ。自分という存在そのものは、何も求められていないということに。

 だが、どうせ、この少年ともそう会うことはなくなるだろう。

 なぜなら、自分は移動させられるのだから。

 訓練を受けて、本物の、兵器となるために。

 そう、だから自分は、車に乗せられ、他の数人の子供たちと共に、移動を。


 移動を――?


 おかしい、と。心のどこかで、警鐘が鳴る。

 そう、おかしい。

 あの車は、転倒したはずなのだ。運転を誤ったか何かで、亀裂に落ち、そして。

 自分以外を残して、全員が、死んで。

 どこに行くのかも、どこから来たのかすらも把握していない自分には、どこにも行き場がなく。

 通りかかるものたちを襲い、物を奪って生活してきた。酷く抵抗する相手は殺しもした。

 それでも、滅多に人の通ることのないこの場所で生きるには、限界が来て。

 そんな中、一台の車が通りかかって。

 それを襲撃して、そして――?




 わずかに少年の瞼が震えたことに気付いて、アリアはそっと少年の額に触れた。

 少年が襲ってきてから、一日が経過していた。しかし、少年に起きる気配は全くない。バザックやクーレンは、疲労によるものだろうと言っているが、アリアも同意見だった。

 少年がいつから荒野を彷徨っていたのかは知らないが、バザックの話だと、少なくとも一月前には少年の噂が広まっていたらしい。となると、彼はそれ以上の期間を、一人で乗り切ってきたことになる。

 この、生けるものに対し、あまりに優しくない荒野の中で、ただ一人。

 まともに眠ることも出来なかっただろう。食べ物だって、そう見つからなかったはずだ。体力も、気力も、限界に近いところまできていただろう。

 東部で帰りを待っている娘を思い出し、アリアはそっと瞳を伏せた。この少年は、娘とそう変わらない年頃だった。もし自分の娘が、こんな状況に陥っていたらと思うと、彼女としては考えただけでぞっとする。気でも狂いそうだ。

 それだけに、彼女はこの少年が哀れでもあった。左腕に掘られている数字も、少年のあまり幸福ではなかったであろう過去を、象徴しているかのようだった。


「アリア」


 ふいに、運転席に座っているクーレンが声を掛けてくる。前を向いたままではあるが、鏡越しに彼女の様子を窺っているのが分かった。


「もうすぐ、着くぞ」

「ええ」


 その言葉に頷いて、アリアは眠っている少年の頭をそっと撫でた。


「久しぶりだな、サリッシュウィットは」


 バザックが、小さく呟く。

 アリアが顔を上げて前を見ると、荒野の中に小さく、町の姿が見えた。

 その町の名はサリッシュウィット。荒野の中に佇む、戦乱に翻弄されてきた町だった。




 なぜだろう、妙に騒がしい。

 何だろうか。実験? いや、それならこうも騒がしくはないはずだ。では、訓練? それなら確かに騒がしいのも頷けるが、しかしそんな中、自分がこうして寝ているはずはない。起きて、確実に参加しているはずだ。

 そうか、俺は寝ているのか。今になって気付いた。

 なら、起きないと。寝過ごすなんて馬鹿な真似、してたまるものか。

 だが、何だろうか、この騒がしさは。実験の、あの妙な、悲痛ともいえる、騒がしさとは違う。訓練の、あの緊迫した、細い線の上を辿っていくかのような緊張感を持った騒がしさとも違う。

 ここは、一体。

 どこ、なんだ?


「あ、気がついた」


 ふいに至近距離から飛び込んできた言葉に、少年は飛び起きた。


「っ……」


 同時に、頭に鈍い痛みが走り、額を押さえる。


「大丈夫? 急に動かない方がいいよ。先生たちの話だと、丸二日眠ってたんだから」


 その声はどこか諭すように言ってくるが、少年には聞いている余裕がなかった。

 何せ、聞こえてくるこの声は、聞いたことのない声なのだ。つまり、知らない相手ということになる。

 敵だ、と。教え込まれ、刷り込まれてきた知識が、瞬時に少年にそう判断させた。


「ねぇ、ちょっと? 大丈夫? まだ、横になっていた方が……っ」


 さらに言葉を紡ごうとした相手に、素早く手を伸ばし、その首を掴んだ。そのまま手に力を込め、締め上げる。


「あ、ぐっ……!?」


 先ほどまで寝ていた少年が、こうも動けるとは思っていなかったのだろう。唐突な行動に驚き目を見開いた相手は、すぐに呼吸が出来なくなり、苦しげな表情になる。

 だが、相手の容貌を視界に納めた瞬間、少年はどこか驚いたように目を見開いた。

 相手は、少年とそう年の変わらない少年だった。だが少年が驚いたのは、相手の持つ髪の色だ。

 それは、光をあびて咲き誇る花の色。柔らかな、艶やかな、薄紅色。瞳の色も深く鮮やかな、濡れたように輝く赤紫。そんな特異な色を身に宿しながらも、その柔らかな、どこか華すら感じさせる彼の容貌が、それを極めて自然なものとして見せている。それが、彼の色なのだと。

 少年には、そんな感覚に覚えがあった。それは、かつて「あの場所」で幾度か言葉を交わした、あの少年。光と、空と、海を宿した、白い少年。

 それと似たような感覚を、目の前にいる薄紅色の髪の少年からも感じ取る。それでも、首を締め上げる手から力を抜かない。相手も抵抗しようと、締め上げる手を掴み、爪を食い込ませるも、それだけだ。爪が皮膚を破り、赤い血が滴り落ち、シーツに染みを残しても、少年は力を抜かなかった。


「やめろ」


 だが唐突に、場に一つ、声が落ちる。

 いつやってきたのか、彼にすら感じさせなかった。わずかに開いた扉のところに立っていたのは、やはりあまり歳の変わらない少年。

 そしてまた、少年は驚く。目の前の、薄紅色の髪の少年ほどではないものの。彼もまた、特異な色を宿していたからだ。

 薄い、淡い青。それは北部で稀に見られる、晴れた空の色によく似ていた。もしくは、澄み渡る水の色だろうか。青は珍しくはないが、水色となるとなかなかいない。特に、彼のように透けるような、淡い色の持ち主は。それを彼は、髪に宿している。

 薄紅色の少年や、かつて「あの場所」での少年のような印象は、あまり受けない。しかしどこか、自分に似た独特な何かを感じ取り、少年は警戒を強める。感情の乏しい顔、それでいて冷徹に自分を見据える瞳は、少年に危険な相手だと、暗に伝えていた。


「やめろ、と言っている。放せ」


 顔が赤くなってきている薄紅色の髪の少年を一瞥し、水色の髪の少年はなおも告げる。

 だが、従おうとしない少年に業を煮やしたのだろう。水色の髪の少年は一歩、室内へと足を踏み入れる。

 だがその瞬間、それを押し留めるかのように、少年は手に力を込めた。薄紅色の髪をした少年の首筋に、爪が食い込む。つっと、血が伝った。

 それを見て、水色の髪の少年は不快気に眉根を寄せた。

 そして。


「放せ、と言った」


 水色の少年がそう告げると同時に、風が部屋の中を駆け抜ける。


「!」


 上から押さえつけようとしてくる風を、少年は自身の起こした風で相殺する。そうしながら悟る。これは、目の前にいる水色の少年が、起こした風なのだと。

 やはり、彼らは敵だ。倒さなくては。そして、殺さなくては。

 そう、殺すのだ。でないと、自分が生き残れない。

 紫の瞳に殺意を宿し、少年は水色の髪の少年を睨みつける。だが、水色の髪の少年は動じた風もなく彼を見返すと、もう一度、言った。


「放せ」


 すでに薄紅色の髪の少年からは、抵抗する力が失われてきている。それを見て、舌打ちを響かせた水色の髪の少年は、再び風を放った。

 二人の放った風が、室内で荒れ狂う。置かれていた机が吹き飛ばされ、壁にぶつかり傷跡を残す。本が舞い、カーテンが狂ったように音を立ててはためく。

 それでも、水色の髪の少年が気をつけているからだろう、薄紅色の髪の少年に被害はない。とはいえ、首を絞められている状態のままであるが。

 水色の髪の少年は再び舌打ちをして、少年に風を纏わりつかせた。


「ちっ……!」


 少年はそれを振り払おうとするも、目覚めたばかりの体がついていかなかった。風の勢いが、弱まる。

 それと同時に、少年を締め上げていた手に、一気に重みがかかる。水色の少年が、とかく手を集中して、風を纏わりつかせているからだろう。腕の骨が折られるようなその重みに、耐え切れずに手が離れる。


「はっ……げほ、かはっ……」


 ようやく解放された薄紅色の髪の少年が、その場に崩れ落ちる。そして口元を押さえて咳き込み、喘ぐようにして荒い呼吸を繰り返す。赤紫の瞳には、苦しさのため涙が滲んでいた。


「ヴィル」


 水色の髪の少年は、そんな彼に駆け寄ると、背中をさすってやりながら彼の名を呼ぶ。


「ヴィル、しっかりしろ。ヴィル」


 ヴィルというらしい薄紅色の髪の少年は、かすかに顔を上げ、水色の髪の少年を見上げた。しかし何か言おうとした拍子に、また咳き込む。


「サ……」

「しゃべんな。苦しいんだろ」


 そうしてヴィルの背中をさすりながらも、水色の髪の少年は、先ほどまで自分たちへと攻撃を仕掛けていた少年を見た。ヴィルに合わせて膝を付いている彼は、自然と見上げる格好になる。

 少年はというと、まだ回復しきっていない体で、能力を発動させた反動だろう。荒く呼吸を繰り返し、額に脂汗をついた状態で、しかし敵意は消さずに二人を睨みつけている。


「おい」


 そんな少年に、ぶしつけともいえる態度で、水色の少年は声を放った。

 警戒で、少年の肩が揺れる。


「さ……サーレ……」


 まだ荒い呼吸のまま、ヴィルが水色の髪をした少年の名を、呼んだ。

 サーレというらしい水色の髪の少年は、じっと少年を見据える。そして、再び口を開く。


「名乗れ」


 少年の紫の瞳が、訳が分からないとばかりに一つ、瞬きをした。ヴィルもまた、唖然とした表情でサーレを見る。


「聞こえなかったのか、名乗れ。……いや、違う。まず、謝れ。ヴィルに」

「いや、あの、サーレ?」

「そうだ、謝れ。こいつ、お前がここに着てからずっと、お前の看病してたんだ。謝れ。あと、礼を言え」


 違う。何かが、違う。

 そうは思うものも、ヴィルも、少年もまた、突っ込めなかった。この緊迫した空気の中、一体いきなり、こいつは何を言い出すのか。


「おい、聞いてるのか? 謝って、礼を言うんだ。ごめんなさい、と、ありがとう、だ。六文字と五文字、足して十一文字だ。簡単なことだろ」


 さぁ言え、と促すサーレに、ヴィルはどう反応していいのか分からないといった表情を浮かべた。それは少年も同じのようで、困惑したように彼を見つめている。

 そのとき、開けっ放しになっていたドアから、ひょこりと人影が覗いた。


「サーレ、それは違う。謝罪にしても謝意にしても、どちらも心がこもってないと成り立たんぞ」

「確かに正論かもしれないが、何か違うぞ、馬鹿」

「ヴィル君、サーレ君、大丈夫? そっちの子も、大丈夫かしら?」


 一人目は、妙にしたり顔で頷きながら。二人目は、呆れたという感情を全面に押し出しながら。三人目はおっとりと、どこか穏やかに首をかしげながら。

 大人が三人、部屋へと入ってくる。やはり見覚えのないその三人に、少年は剣呑に目を細める。だが、彼らの纏う服が一様に白であることに気付き、はっとしたように目を見開いた。

 そんな少年の変化に気付き、しかし意味は分からぬため内心で不思議に思いながら、一人目の黒髪黒目の男、バザックは、少年へと気安い仕草で片手を挙げた。


「よぉ、元気になったようだな。上等上等」


 はっはっは、と笑うバザックを、二人目である白金の髪に茜色の瞳を持つ男、クーレンが殴りつけた。


「元気でくくれるか、馬鹿野郎」


 そうしてから、クーレンはヴィルとサーレに視線を向ける。ヴィルは弱々しく微笑んで、大丈夫です、と告げる。サーレは一つ頷くことで、返答とした。


「喧嘩も悪いとは言わないけど、度を越したらダメよ? ちゃんと、加減を覚えないと」


 三人目に当たる銀髪赤目の女性、アリアは、あらあら、とばかりに頬に手を当てながら、にっこりと笑った。


 彼女が一番ずれている。


 誰もがそう思ったが、そのあまりにおっとりとした雰囲気ゆえか、何だか突っ込みにくい。クーレンがやや脱力しつつ、彼女の肩を軽く叩く。


「……アリア、間違ってる。何か、色々と、間違ってるから」

「あら、そう? でも、バザックとクーレンも、最初の頃はあんな感じだったじゃない」


 懐かしいわぁ、と呟く彼女に、悪意は欠片もない。しかし、名指しで言われた二人は顔を見合わせ、何とも言えない表情を浮かべた。間違っていないだけに、反論もしがたい。

 もっとも、ここまで険悪だったとは思わないが。


「あ、そんなことより、お腹空いてない? 起きたばっかりだし、まずは水分取らないと。水が良いかしら、それともスープかしら?」


 そしてアリアはというと、しまった、と言わんばかりに胸の前で両手を合わせ、状況についていけず呆然としている少年に視線を向ける。


「ね、どっちがいい? サクちゃん?」

「…………は?」


 誰のことですか、それは。

 彼女を除くほぼ全員の心が、にこにこと悪気なく笑う彼女へと、疑問を宿した瞬間だった。


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