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Through the Past  作者: 冬長
二章
28/32

【27】 異変の始まり

「――!」


 それまで賑やかに話し込んでいたヴィルフールの瞳が見開かれた。サーレが静かに目を細める。アイリーンの肩が跳ね上がった。

 唐突な三人の反応に、他の四人は驚いて彼らを凝視する。けれど、三人は何も言わなかった。そのまま勢い良く立ち上がり、我先にと部屋を飛び出す。


「って、おい!?」

「何かあったのか!?」


 その三人の共通点を理解しているイズウェルたちは、慌てて彼らの後を追う。よく理解していないものの尋常ではないものを察して、ルドもその後を追った。




 『地吹雪』の横には菜園がある。トリウムは久しぶりにその菜園の世話へと外へ出ていた。そんな彼の周囲では、『地吹雪』の子供たちが数人遊んでいる。気まぐれにトリウムの手伝いをしたり、遊んだり、トリウムへと飛びついてきたりとさまざまな子供たちは、楽しげな笑い声を響かせながら駆け回っている。

 あー、良い日だなぁ、とトリウムはぼんやりと思う。事務系の仕事に追われることもなく、こうしてのんびりと菜園の世話をし、子供たちと触れ合うことが出来るのは彼にとっては至福の時間だ。随分と枯れている、と同窓生に言われたことがあるが、それはそれで仕方がない。個人の考え方の違いである。

 いったん立ち上がって子供たちの様子を見てから、トリウムは再びかがんだ。そうして伸びてきている雑草を取ろうと手を伸ばしたとき。


「!?」


 唐突に嫌な感覚を覚え、弾かれるように顔を上げる。


「げ」


 間抜けな、けれど切羽詰った声を上げると、トリウムは飛び上がるように立ち上がった。


「全員、下がれ!」


 そして遊んでいる子供たちに叫ぶと同時に、両手を前へと突き出す。叫び声に驚き、トリウムを凝視した子供たちは、彼の手から水が放たれたのを見た。

 次の瞬間、『地吹雪』を向けて放たれた炎を打ち消したことも。

 子供たちの悲鳴が上がる。それを皮切りに、さらに炎が降り注いだ。泣き出す小さな子供たちを、年上の子供たちが慌てて抱える。恐慌が起こっていることを理解しながらも、トリウムは子供たちに言葉をかけることが出来なかった。ただ、子供たちを庇うように前へと飛び出し、両手から再び水を放つ。

 薄い水の膜が『地吹雪』を包む。それはトリウムが作り出した防御壁でもあった。けれどそれが長くは持たないことを、トリウム自身がよく理解している。

 いつの間にか、『地吹雪』に襲い掛かってきていたのは炎だけではなかった。風が、水が、一斉に放たれる。

 まずいな、とトリウムは内心で呟く。けれど、焦りはあまりなかった。

 なぜなら。


「トリウム兄さん、みんな、大丈夫!?」

「どこの馬鹿だ」

「すまない、遅くなって!」


 ヴィルフール、サーレ、アイリーンが飛び出してくる。同時に彼らは能力を展開させた。ヴィルフールはトリウムの水の膜を補強し、サーレの風とアイリーンの重力が、それを潜り抜けてきたものを相殺する。


「子供たちをっ」

「分かっている。みんな、早く中へ!」


 トリウムは外で遊んでいた子供たちに駆け寄り、彼らを『地吹雪』の中へと促す。


「ったく、何の騒ぎだよ、これはっ」

「わざわざこんなところに何の用があるというのやら」


 そんな子供たちと入れ違いに、ファーリットとルーファス、そして最後にルドが飛び出してくる。ファーリットは現状を見て驚き、ルーファスは毒づく。ルドは言葉もなくその状況を見回した。


「ルドにーさっ」


 外で遊んでいた子供の一人であるフュールが、ルドの姿を見つけて飛びついてくる。それを受け止めて、ルドは彼を見返した。


「何が、あった」

「わかんないっ、けどっ」


 じわりと、大きな浅葱色の瞳に涙が浮かぶ。それに気付いてルドは顔をしかめた。


「大丈夫だ。だから、泣くな」

「でもっ」

「大丈夫だ。絶対にな。だから、泣くんじゃない」


 その浅葱色の瞳を見返し、ルドは言い切る。フュールはぎゅっと強く拳を握り締めて、震えながらも頷いた。しゃくりあげながらも、どうにか涙を止めようと唇を噛み締める。


「強い子だな」


 心からそう思って、ルドは彼の頭を軽く撫でた。そして、早く行け、とその小さな背中を押してやる。わずかのためらいの後、フュールは『地吹雪』の中へ向かって駆け出した。


「懐かれてるって、本当だったんだな」

「なんか、イメージに合わなかったから」


 ファーリットとルーファスのくだらない言葉はきっぱりと無視して、ルドは正面を見返す。フュールが最後の一人だったらしく、その場にはもう子供たちは残っていなかった。


「トリウム兄! 警備隊に連絡入れたぞ! そっから自警団の方へも連絡が行くはずだ!」


 イズウェルも中から飛び出してくる。トリウムは頷いた。


「分かった、お前らは……」

「俺らは戦う組。子供だからって甘く見られたら困るんだよなぁ」


 何せそれで飯喰ってるわけだし、と答えて、ファーリットは拳を手のひらに打ち合わせる。


「特に俺は切り込み派だし。守衛よりも攻撃だからな」

「アンタは切り込みじゃなくて特攻。さっさと突っ込んで自爆してきな」


 張り切って言うファーリットだったが、ルーファスに即座にツッコミを入れられてコケかける。


「ま、あたしも攻撃型だな」

「トリウム兄さん、子供たちが中に大勢いるのだ。そちらのほうを守ってやってくれ」

「って、お前らも子供だろう!?」


 イズウェルとアイリーンに口々に言われ、トリウムは思わず怒鳴る。


「まぁ、そうなんだけど、トリウム兄さん。兄さんには中に居て欲しいんだよね。他の子供たちまで僕らは手を回せないから」

「安心しろ。俺は死なん」

「言い争っている場合じゃない」


 ヴィルフールは水の膜を強化しつつ、トリウムに苦笑を向ける。さらにサーレとルドに言い切られて、トリウムは言葉に詰まりながらも反論しようとする。彼としては、子供たちに戦わせて自分は安穏と待っているなど、出来るはずがないのだ。


「まぁ何にしても、このまま守勢に回っていても仕方がねぇし」

「俺らは行きます。これが仕事なんで」


 『地吹雪』の一員ではないからか、トリウムへの説得など早々に放り投げたファーリットとルーファスは、攻撃が来ている方へと視線を向ける。


「ヴィル、アイリーン、人数は」

「私の感じでは、おそらく五人といったところだろう。全員、そう離れた位置にはいない。さらに遠くにいるとすれば、少し分からないが」

「僕のところも似たような感じだよ。ただ……」


 言いかけて、ヴィルフールは言葉を止めた。弾かれたように顔を上げ、叫ぶ。


「全員、守りを!」


 その叫びに呼応するかのように、激しい雷撃が『地吹雪』へと放たれた。鼓膜を揺るがす音と、周囲を白く灼き尽くすかのような光に、何人かが悲鳴を上げる。

 素早く反応したサーレが、包み込むような風を『地吹雪』に纏わせて雷を軽減する。さらにルドが相殺し、残りの電流をトリウムとヴィルフールがうまく水で誘導し外へと放出する。


「何だ、今のは……」


 呆然とトリウムが呟く。それほどまでに凄まじいものだったのだ。


「いまの、は」


 ルドもまた呆然と呟く。けれどそれは、トリウムのように威力に驚いたものではない。その雷撃の激しさに、強さに、覚えがあったからだ。


「ふふっ……」


 くすくす、と。ルドにのみ聞き覚えのある、笑い声がかすかに響く。


「誰、だ?」


 アイリーンが嫌そうに顔をしかめて呟く。他の面々がその声の主を探す中、ヴィルフールとサーレだけが弾かれたようにルドを見つめる。

 それに気付かず。ルドは、その笑い声をもう一度、脳内で反芻させる。

 知っている。この笑い声の主を。誰よりも強く雷を操る、彼女の名は。

 “雷の成功作”こと、リージェラ=シーレウス。かつてのあの場所で、何度か顔を合わせたことのある少女。

 なぜ、“成功作”たる彼女がこんなところにいるのか。いや、『地吹雪』に攻撃を仕掛けてくるのはなぜなのか。

 疑問が駆け巡る。けれど、それについて考えるよりも先に、ルドは地面を蹴っていた。


「ルド!?」


 周囲の呼び声も耳に入らず、ルドはそのまま駆け出していた。

 少女の気配がする方角へと。




「ルド!」


 ヴィルフールはもう一度呼びかけたが、やはりルドは振り返ることなく駆けて行く。彼の行き先は分からない。ただ、その周囲の状況すら見えていない状況は、つい先日の件と同じだった。


「相変わらずだな」


 サーレが無表情に呟く。おぼろげながらも事情を察しているアイリーンが不安げな表情をヴィルフールへと向ける。そのヴィルフールはというと、厳しい表情でルドの去っていった方角を見ていた。


「とりあえず、こっちをどうにかしねぇと!」


 そんな三人にイズウェルが叫ぶ。


「そうだね」


 一瞬の間をおいたものの、ヴィルフールは頷いた。


「とにかく、警備隊の到着まで待てばいいんだから。サーレ、アイリーン、守りを中心に動いてくれるかい? 他の子供たちに被害が出ないように」


 サーレとアイリーンは無言で頷いた。


「俺らは攻勢だな。もともと守勢は似合わねぇしっ」

「それはさっきも聞いたから、とっとと特攻しろよ」


 うっしゃ、と気合を入れるファーリットに、ルーファスが獲物である短剣を確かめつつ言い放つ。


「ごめん、手を貸してもらえるかい? 二人とも」

「あたぼぅよっ」

「まぁ、一応こいつがこう言ってるので」


 ファーリットは握りこぶしと共に、ルーファスはどこか呆れたような笑みを浮かべて頷く。イズウェルが楽しげに笑った。


「敵さんもそろそろ姿見せたしな。ヴィル!」


 イズウェルの声に応えて、ヴィルフールは目を閉じて感覚を集中させる。広く、広く世界を、また周囲の状況を把握することが出来る。それが北大陸系としての、ヴィルフールの特性だった。


「今のところ七人。全員前方にいるみたいだね。もう一人いたみたいだけど、そっちにはルドが向かったみたいだ」

「さっきの雷撃の主か」


 ヴィルフールが広範囲の情報を取得することを得意とするならば、アイリーンは個人の情報の読み取りを得意とする。だからこそ小さく呟かれた言葉に、イズウェルは眉根を寄せた。


「大丈夫なのかよ、あいつ」

「まずはてめぇの心配をしろよっ。行くぞ!」


 ファーリットは叫ぶと同時に飛び出す。『地吹雪』に加えられる攻撃は段々と近距離からのものになってきており、その相手が姿を見せ始めたからだ。


「まったく、あの馬鹿は」


 風を纏って飛び出したファーリットに追いつけるはずもなく、呆れ半分に呟きながらルーファスもその後を追う。


「ったく、なんだかんだで血の気の多い奴ら」


 言いながら、イズウェルも地面を蹴った。そのまま、正面にいる相手へと向かっていく。


「トリウム兄さん、中の子供たちを頼む」

「分かってる。ったく、どっちが年上なのか分からなくなってくるよなぁ」


 口ではぼやきながらも、瞳に真剣な光を宿してトリウムは中へと駆け戻る。それを視界の端で見送って、ヴィルフールは再び精神を集中させた。


「ヴィル、あなたも中に……」

「僕も外にいるよ。こっちの方が集中しやすいから」


 鋭く周囲を見渡しながら、ヴィルフールは応える。視覚と能力による感覚の両面から情報を取り入れながら、『地吹雪』を守るための薄い水の膜を形成させていく。


「アイリーン。俺らは『地吹雪』への守りを最優先に、だ。行くぞ」

「……分かった」


 サーレに促され、アイリーンは渋々ながらも頷いた。ヴィルフールが前線には立たないことが分かったためかもしれない。


「気をつけて」

「ああ」


 ヴィルフールに頷いてから、アイリーンは駆け出す。それを追おうと風を纏ったサーレは、しかし出る直前に小さくささやいた。


「道を開く。ルドのことは、それからだ」


 ヴィルフールにしか聞こえないようにささやかれたその言葉に、ヴィルフールは苦く微笑んだ。


「ありがとう」


 風を纏い、地面と平行に飛んでいったサーレの耳にその言葉が届いたかどうかは、定かではなかった。

 再び状況の把握と、水の膜を作ることに専念しながら。心に巣食う不安に、ヴィルフールは目を細める。

 感じるのは、甘い毒の気配。ルドの追って行った、存在。




 先に戦場へと立ったファーリットたちは、その相手に覚えがあることに気付いていた。


「なんなんだよっ」


 殺さないと止まらないのではないか、と思うくらい、傷をつけても向かってくる相手。どこか濁ったその瞳に、ファーリットは吐き捨てる。


「痛み、感じてないような感じだね」


 軽く言いながらも、ルーファスの表情は険しい。向かってくる相手の腕を切りつけ、水を放つ。


「あの時と、同じだ」


 纏う炎を惜しげもなく放出しながら、イズウェルが唇を噛み締めた。

 それは前回の暴動のとき。全員ではないが、一部に紛れ込んでいた不自然な人間たち。みな一様に、どこか壊れた表情を浮かべている彼ら。能面のように表情のない者、薄く笑っている者とさまざまではあるが、どんなに傷を負わせても、骨を折っても、意識が事切れるその瞬間まで彼らは襲い掛かってくる。


「嫌過ぎる相手だ」

「同感だな」


 声と共に。強い圧力が場に加えられ、何人かが地面へと沈められる。同時に風が吹いて、彼らを吹き飛ばした。


「アイリーン」

「サーレ!」

「遅いっ」


 それぞれに叫びを上げる三人を見渡して、サーレは小さく頷いた。ふぅ、と気だるげに息を吐き出して。


「やるか」


 変わらぬ表情で、変わらぬ声音で、小さく呟かれたその言葉の意味を正確に把握したのは、この中ではファーリットただ一人だった。ヴィルフールがいればそれを止めることも出来たのかもしれないが、あいにくと彼は『地吹雪』の傍に残っている。

 だからこそ、非常に嫌そうに顔をしかめ、ファーリットはサーレから一歩退く。それに気付いたルーファスが怪訝な顔を向ける前に、サーレは地面を蹴っていた。

 北に広がる空を思わせる淡い色の髪を揺らして。無感動な紺碧の瞳を相手へとまっすぐに向けて。明確に悟らせることのない、しかしうっすらと纏う殺意を立ち昇らせて。

 少年は、彼の守るべきものへと喧嘩を売った愚かな敵へと、向かっていった。


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