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Through the Past  作者: 冬長
二章
27/32

【26】 異変の予兆と、子供たち大集合

 報告を受けて、リージェラは笑みを浮かべた。金の双眼が楽しげに細められる。


「そう、良かったわ。いなくなってくれて。さすがに東の“風”がいるときに手を出したりしたら、後が厄介だもの。“銀”だって怒るかもしれないし」


 それは嫌だわ、と緩く首を横に振って。リージェラは誰もいない空間に、砕け散るような甘い笑みを広がらせる。


「でも、これで舞台は整ったのかしら」


 祈るように指を組み合わせて呟く。大切な何かに、そっと語りかけるように。


「後は、迎えに行くだけね」


 待っててね、と。夢見るような笑みを浮かべて、リージェラは瞳を空へと向ける。彼女の瞳と同じ、金色に輝く月が暗い夜空に浮かんでいた。






「本当に嫌な感じなのだが。甘ったるい毒みたいで、気持ち悪い」

「うーん、なんとも言えないところだよね。白さも混じってるし」

「甘く彩られた夢見る毒、だな」


 はぁ、と。三人分のため息が空気を揺らす。『地吹雪』の子供たちの間で不思議組と呼ばれる、アイリーン、ヴィルフール、サーレの三人だ。ちなみに、ヴィルフールとアイリーンにとってはかなり不本意な呼び名であったりする。


「いや、お前ら訳分からないから」

「というか、どうして納得しあってんだよ、そこで」

「相変わらずとしか言いようがないんだけど」


 そんな不思議組である三人に、顔を出したイズウェル、ファーリット、ルーファスの三人が突っ込みを入れる。三人が来ていることに気付いていた不思議組は特に驚きもせず、彼らへと視線を向ける。


「あ、久しぶりだね三人とも」


 のんびりと振り向いたヴィルフールに挨拶をされて、イズウェルとファーリットは脱力する。ルーファスだけがにこやかに笑みを返した。


「イズウェル、仕事は?」

「今日は休みになったんだよ。最近、隊の奴ら全員出っ放しだったから、順々に休みもらっていってんの。今日はあたし」


 アイリーンの問いに、イズウェルが楽しげに答える。久々の休みが嬉しいのだろう、彼女の声は弾んでいた。


「で、そっちの二人もおまけで来たのか」


 サーレはイズウェルの後ろから顔を出していた二人、ファーリットとルーファスに視線を向ける。


「勝手におまけにしないで欲しいんだけど。それはこっちの馬鹿笑い一人で充分」

「って、俺はおまけか! ってゆーか馬鹿笑いってなんだよ!?」


 ルーファスがうそ臭い笑みを浮かべて肩をすくめると、納得がいかないとばかりにファーリットが噛み付く。そんな相変わらずのやり取りに全員が笑いをこぼした。


「しっかし、何の話してたんで?」


 ルーファスは興味を示したのか、先ほどの会話についてヴィルフールたちに尋ねる。イズウェルとファーリットはそろって肩をすくめた。


「聞いても無駄だって。分かりはしないんだからさ」

「そうだぞー、ルーファス。聞いたところで俺らには理解不能」


 そして意見が一致したことが気に入らないのか、二人は顔を見合わせて互いを睨みつける。これだけ意見が一致していてどうしてこうも互いが気に入らないのかな、と毎回のように不思議に思いながらも、ヴィルフールが答える。


「まぁ、僕らにも明確には言えないんだけどね。なんか、妙な感じがするねって話」

「そうだな、私たちにもはっきりとしたことは言えん。ただ、妙というか、気持ちの悪い感じがするのだ。白も混じっているし……非常にうっとうしい。嫌な感じだ」


 ヴィルフールは苦笑しながら答える。同意するように頷いていたアイリーンは、最後の方で吐き捨てるような口調になった。彼女にしては珍しいその言い方に、よっぽど嫌いなのだろうと全員が思う。


「まぁ、そう言われてもよく分からないけどなぁ」

「俺は面白いと思うけれど。この二人の半予知能力」


 楽しげに言い切ったルーファスに、予知能力とはまた違うんだけど、とヴィルフールは苦笑する。アイリーンは何も言わず、静かにルーファスを見ただけだった。


「白を纏わされた二つ、紫の月と金色の毒か」


 そんな彼らの方に視線を向けもせず、あらぬほうを見つめたままサーレが呟いた。それを見て、ファーリットが肩をすくめる。


「こいつが一番謎だ」

「違いない」

「あたし、こいつ絶対どっか別のところから来たと思うんだけど」


 異世界とかどっかその辺だろ絶対っ、と以前からの主張を持ち出すイズウェルにヴィルフールは苦笑する。サーレはまったく気に留めた様子もなく、好きに言わせていた。周囲の評価が気になるような、可愛らしい神経を持ち合わせてはいないのである。

 そのとき、唐突にドアが開いた。


「何やってんだ?」


 一瞬の間の後、入ってきたルドは狭い部屋に集まっている六人にそう言い放った。彼らの集まっているところはヴィルフールとサーレの部屋である。それは同時に、ルドの部屋でもあるということだった。


「遊びに」


 イズウェルとファーリットは同時に言い切った。そうして、また息の合った対応をしてしまったことに、忌々しそうに互いを睨みつける。ルーファスはそれを面白そうに眺めていた。

 そんな見飽きた、相変わらずの関係を繰り広げている彼らにやや呆れながらも、ルドはドアを閉めた。

 そうして、思い思いに居座っている六人と同様に、彼も適当な場所に座る。そこに拒絶の意思は見て取れず、ヴィルフールは心ひそかに安堵した。それは他の面々も思ったらしく、イズウェルが小さく口笛を吹く。そんな彼女をアイリーンが軽く小突いた。それを見て爆笑しそうになったファーリットを、寸前でルーファスが背後から蹴り倒すことによって止めた。


「何やってんだ?」


 そんな一連の流れに、張本人であるからこそただ一人原因を理解していないルドが、先ほどと同じく呆れた呟きをこぼす。


「い、いやぁ。この面子で集まるのって、珍しいと思ってなぁ」


 軽く咳き込みつつ、蹴り飛ばされた背中を撫でながらファーリットが答える。


「そういえば、そうだな」

「そうそうっ。ルドとか、来てからまだ短いしな」


 ファーリットに言われて、ルドは考える。ここに来てから約一ヵ月半。確かに長い期間でもないのだが、ルドにとっては酷く長い時間であったように思えた。

 得たもの、失ったもの、見つけたもの、見失ったもの。それらが膨大にあるような気がして、考えることが辛くなる。それでも考えなくてはならないような強迫観念に苛まれながら、彼はこの期間を過ごしてきた。


「といっても、みんなそう長くもないけれど。一番長いのは、イズウェルだっけ?」


 考え込んでいるルドには特に触れようとせず、ヴィルフールが穏やかに話を続ける。イズウェルが笑いながら頷いた。


「そうだなー、あたしは五つでここに来たから。他は全員、そう長くないよな?」

「そうだね、次に早いのは僕だけど、十歳だからね」

「私はまだ半年程度だな。ルドよりは長いが、そう変わりはないだろう」


 ヴィルフールが頷き、アイリーンが小さく呟く。


「まぁ、あれだよな。期間の長さに関わらず」

「彼が来たこと自体が、珍しいんだろう?」


 ファーリットの言葉を、含みを持たせるかのように笑いながらルーファスが引き継ぐ。そうして視線を向けられていたのはルドだった。


「なんだ」

「いや、言葉通り。まぁ、俺とはあまり面識がないし」


 軽く睨み付けたルドに堪えた様子もなく、ルーファスはあっさりと応じる。


「っていうか、お前もあんまり来ねぇじゃん」


 そんなルーファスに、ファーリットもあっさりと言い放つ。瞬間、ルーファスの片眉が跳ね上がった。相棒の変化を敏感に察知し、一歩引いたファーリットだったが、その原因までは察していなかった。


「それはお前があっちをふらふら、こっちをふらふらしてるからだ馬鹿。だから俺がなかなか自分の時間を取れないんだよ阿呆。その辺り分かってんのか間抜け。少しは考えろこの役立たず」

「ちょ、待て! 何で語尾にいちいちけなす単語が付いてるんだよ!?」

「まだ言い足りないんだが。必要ならもっと付け足して差し上げましょうか?」


 最後は艶やかに微笑んでの言葉だった。うそ臭い、それでいて妙な寒気を誘発するその笑みは、なぜか嫌にルーファスに似合っている。全身に悪寒でも走ったのか、ファーリットは奇怪な叫びを上げて彼から離れるように飛び退いた。


「あなたたちの仲が良いのはよく分かったから、少し落ち着いてくれないか」


 一番年下のアイリーンに呆れたように諭されて、ファーリットは小さく呻いた。ルーファスは苦笑する。


「そういえば、ファーリットとルーファスっていつから一緒にいるんだ?」

「あ、そういえば聞いたことがないね」


 ふと思いついたのだろう、イズウェルが首を傾げる。それにヴィルフールも頷き、視線で二人に回答を求めた。


「あー、どうだっけ? なんか、気付いたら一緒に行動してた感じだからなぁ」

「気付いたら厄介なのが傍をうろちょろしてた感じで」


 二人は肩をすくめあう。本当に相変わらずとしか言いようのない光景に、アイリーンがどこか呆れたような目を向けた。


「あなたたちは本当、飽きないな」

「いつものことだろう」


 ルドは座って、彼らの交わす他愛のない話を聞いていた。最近の出来事やそれぞれの昔のこと、いくつもの話題が繋がりもなく思いつくままに交わされていく。笑い、怒鳴り、ふざけあいながら連なっていく、一連の言葉たち。


「まぁ本当、ルドもこうしているのは珍しいよなっ」

「だな。大抵、いっつもいないからな」


 ふいに話題を振られて、というよりは戻されて、ルドはそちらに視線を向ける。


「その前に、この面子が揃うこと自体が珍しいと思うよ? イズウェルはなかなか帰って来れないし、ファーリットとルーファスが『地吹雪』に顔を出すのも珍しいだろう?」


 苦笑とも微笑とも取れる笑みを浮かべて、ヴィルフールが楽しそうに言う。


「まぁ、それはそうだけどな。ま、最初に会ったときよりだいぶ角が取れたんじゃねぇの、こいつ」


 イズウェルがからかうように笑う。相変わらず挑発するような言動の多い女だと、ルドは半ば感心しながら彼女を見た。本人に悪気がないらしいことはこれまでの関わりからルドも理解していたが、少々腹が立つことに変わりはない。どうやらルドもファーリットと同様、イズウェルとはあまり相性が良くないらしかった。もっとも、ファーリットは本当に相性が悪いかと言われると謎であるが。


「ま、そうだな。なんと言っても、初めて会った日に喧嘩を売られたからな、俺。しかも能力使用の」


 ファーリットがニヤリと笑う。こういうところがイズウェルと似ているために、本当に相性が悪いのか周囲は疑問に思うのだ。同族嫌悪、という可能性も考えられるが。


「どいつも変わらないだろう」


 サーレがぽつりと落とした言葉に、ほぼ全員が言葉に詰まる。どこかに思い当たる節があるらしかった。


「そうかなぁ。サーレはあまり変わらない気がするよ? 僕は」

「……そういうヴィルも、あんまり変わらないよなぁ。あー、まぁ、壁がなくなった感じがあるかな」


 一番長く『地吹雪』にいるイズウェルが、軽く髪を掻き揚げながら呟く。


「壁、か?」


 気になった単語に、ルドはオウム返しに呟きながら首を傾げる。そう、とイズウェルが頷く。


「ま、誰にでもあるもんだけど。特にここに集まってる奴らは、色々とあってるみたいだからな。そーゆーのもありだろうさ」

「まぁ、慣れもあるだろうけどな」

「いいんじゃねぇの、今はどうにかやってんだし」


 ファーリットが笑い飛ばす。過去がどうかなど、彼にとってはどうでもいいことなのだろう。そんなもん飯のタネにもならねぇ、と笑い飛ばすような少年であるのだから。


「あ、最初の反応が酷かったのはアイリーンだな。拒絶全開って感じだったもんなぁ」

「そのようなことを思い出さずとも良い、イズウェル。それに、あなたもそう変わらなかったと聞いたのだが」

「うっわ、どこのどいつが言ったんだよ、そんなんっ」


 そろそろ知ってる奴なんてトリウム兄くらいだと思ってたのにっ、とイズウェルは悔しげに床を叩く。ファーリットはそんな彼女を指差して爆笑して、イズウェルとルーファスの二人から蹴り倒されて踏みつけられた。


「イズウェル、ルーファス。その辺にしておこう?」


 さらにぐりぐりと踏みつけているのを見て、ヴィルフールは頭痛を堪えるように額を押さえつつ二人を止める。ちっ、と二人分の舌打ちが響いた後に、彼らはファーリットから足をどけた。


「まぁ、最初の反応はルドも変わらんな」

「いちいち言わなくてもいい、サーレ」


 何の感慨もなく言い放たれて、ルドは顔を引きつらせる。からかっているというよりは単純に事実を述べているだけという感じであるので、なんだか余計に腹立たしかった。


「いいんじゃねぇの、なんだかんだでお前も随分と丸くなったようだし」


 ファーリットから足をどけたイズウェルは、座りなおすと意地悪く笑う。


「そういえば最近はフュールに、ルドにーさと呼ばれて懐かれていたな」


 イズウェルやファーリットたちは初耳だったのだろう。ヘぇえ、と興味を示したように呟きルドの方に視線を向ける。


「なんだ」


 本当に腹立たしくなってきて、ルドはぞんざいに言い放つ。底意地の悪そうな笑みを浮かべながら、ルーファスが肩をすくめた。


「いや、本当に随分と馴染んできたんだろうな、と思って」

「まぁ、あれだなっ。ヴィルフールに感染すると、結構そうなってきたりするんだよなっ」


 同調するように言いながら、ファーリットはすでに爆笑している。本当によく笑う男だと、ルドは内心で苛々と吐き捨てた。


「ファーリット、人を何かの病原菌のように言わないで欲しいんだけど」

「まったくだ。失礼だろう」


 ヴィルフールは苦笑し、アイリーンが心外だとばかりに憤慨する。


「いいんじゃねぇの。まーだしばらくはここにいることになるだろうし、他の奴らとも馴染んでいけば」

「そうだな。ルド、今度俺らの仕事も手伝いに来いよ。お前なら出来ると思うしさぁ」


 イズウェルとファーリットが口々に言う。口の悪い彼らだが、それは確かにルドをここにいる一人だと認めている発言で。あまり彼らとはそりが合わないと思っていたルドは、思わず彼らを凝視する。


「って、なんだよその反応」

「いや、別に嫌ならいいんだけどね、俺は。やる気がないのが来ても面倒なだけだし」

「ルーファスー。お前、どうしてすぐそういう言い方するんだよ」


 顔をしかめたイズウェルと、さらっと言い放ったルーファスにファーリットは苦い顔をする。

 そんなことを言いながらも、彼らはやはりルドを拒絶するような空気は持たない。

 それは今までと変わっていない。ただ、自分自身がそれに気付いていなかっただけだと、ルドはようやく気付いた。


「まぁ、先のことは分からないけどね。進む道が見つかるまでは、ここにいるといいよ」


 ヴィルフールが微笑む。そうだな、とサーレが頷いた。


「焦ることはないさ」


 ごく当たり前に放たれた一言。ヴィルフールにとって、サーレにとって、いや、この場にいる全員にとっては当たり前のような言葉だったのだろう。ただ、ルドには違っていた。

 居場所を、ずっと探していたのだ。

 いくつもの回り道をしながら、たどり着いた場所。穏やかに笑うヴィルフールも、何を考えているのか分からないサーレも、あまりルドを歓迎しているとは思えなかったアイリーンも、何かとからかうような言動の多いイズウェルも、すぐに馬鹿笑いをするファーリットも、口の悪いルーファスも。誰も、ルドを拒んではいなかった。

 衝突をすることもあるだろう。意見が食い違うこともあるだろう。けれど彼らの空気は変わらず、ルドを拒んではいなかった。彼を発見してここに連れてきたバザックたちのように、何度拒まれてもお節介をやめなかったトリウムのように。

 勘違いかもしれない。それでも今、この空間は、確かにルドを受け入れていると感じることの出来るもので。

 他愛のない話が、続いていく。笑い声が響く。ふざけあう声が空気を揺らす。風が、声を運んでいく。

 当たり前のように、ルドをその中に含みながら。


 賑やかに、和やかに、時間が過ぎていく。それは長い別れへの準備のように。


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