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Through the Past  作者: 冬長
二章
23/32

【22】 なぜか夜中に腕試し

 過去のことを話してしまってからのルドは、それまでよりも落ち着いたようだった。心につかえていたことを話してしまったことにより、彼自身の中での整理が少しついたのかもしれない。そう周囲は考えていた。

 ヴィルフールを避けるようなこともなくなり、以前と同じように彼らと行動を共にするようになった。けれど以前と違い、ルド自身も納得した上で彼らと行動を共にしているようだった。

 そうして昼間は復興の手伝いに行き、夜は『地吹雪』でトリウムたちを手伝ったり、年下の子供たちの面倒を見たりするようになった。また他の子供たちとも、わずかではあるが言葉を交わすようにもなった。特にヴィルフールたちとは会話も増えて、ようやく馴染んできたというのが誰の目にも明らかになってきていた。

 そのルドはというと、幼い子供に寄りかかられていた。眠っているらしいその子供、フュールは、平和な寝顔をしてすやすやと寝息を立てている。それを何の感慨もなさそうな表情で見守っているルドの手に絵本があり、それを読んでやっているうちに眠ってしまったらしいことが分かる。

 ルドは確かに子供たちの面倒を見るようにはなったものの、だからといって急に社交性が身についたわけではない。そのため、小さい子や気の弱い子からは怖がられることも少なくはなかった。けれどそうでもない子もいて。あの暴動で『地吹雪』へとやってきたフュールは、早々にルドになついたらしく、時おり「ルドにーさ」と言いながら彼のところにやってきていた。フュールに関しては、彼が『地吹雪』に来るまでに関わったためか、ルド自身も気にしていたためでもあるだろう。


「なんかルド、雰囲気が柔らかくなったよね」


 そんな彼らの様子を見て、ヴィルフールが微笑ましそうに笑いながら呟く。横にいたサーレも頷いた。


「そうだな」

「やっぱり、重かったんだろうね、ルドには。昔のことが……」


 ヴィルフールは哀しげに瞳を細めて呟く。サーレはルドの方に視線を向けて、小さく呟いた。


「過去は繋ぐものであり、人を縛り付けるものだからな」

「そうだね」


 ヴィルフールは瞳を閉じる。サーレの言葉は彼にも覚えのある感情だった。そしておそらく、それはサーレ自身にとっても同じであろう。

 ルドには簡単に話したものの、二人にとっての過去もまた彼らを縛り付けるものだったからだ。それは時おり彼らに痛みを、悲しみを、苦しみを、そして憎しみをもたらす。けれど同時に、安らぎを、喜びを、慈しみを、穏やかさをもたらしてくれる。得て、失って、それでも続いていく何かのために、二人は歩みを止めようとはしないだけだ。


「ルドは、大丈夫だと思う?」

「まだ、不安定だ。だが、どうにかなるだろう」

「楽観的だね」


 ヴィルフールは穏やかに微笑んでサーレを見上げる。サーレはヴィルフールを見返し、淡々と、けれど迷いのない口調で、告げた。


「確信だ」


 ヴィルフールは思わず笑い出した。それはサーレの言葉を馬鹿にしているのではなく、信頼しているがゆえの笑いだった。それを理解しているからこそ、楽しげに笑うヴィルフールをサーレは静かに眺める。


「よ、賑やかだな」


 そこに、ひょいっとバザックが顔を出す。


「先生」

「ルドは……っと、そこにいたな」


 視線をめぐらせてルドを発見すると、バザックはそちらへと歩を進める。その様子に、ヴィルフールとサーレは顔を見合わせた。


「どうしたんだろう?」


 ヴィルフールの問いに、サーレは肩をすくめることで答えた。なんとなく二人とも、この後のバザックの行動が予想できてしまったからだった。

 そんな二人の視線を受けながら、バザックはルドへと歩み寄る。彼が来たことに気付き、ルドも顔を上げた。


「よ。と、フュール、寝てるのか」


 バザックはルドに寄りかかるようにして寝ている幼子を見やる。床に膝をついて、起こさないようにそっと手を伸ばし、その青灰色の髪を撫でた。


「懐かれたみたいだな」

「さぁな」

「はははっ」


 ルドのそっけない答えにバザックは笑う。そしてフュールから手を離し、バザックは正面からルドを見やる。逃げ道のない視線の向けられ方に、ルドは彼を睨み据えるように見返した。


「なぁ、ルド。少し、外に行かないか?」


 その紫の瞳を見返してバザックは笑った。その裏表の見えない楽しげな笑みに、ルドは毒気を抜かれたような顔になる。


「何を、しに」

「腕試しだが?」


 だが次の瞬間、なぜか嬉々として言われたことにルドは体勢を崩しそうになった。

 なぜに、腕試し。


「ん? 行かないのか?」

「いや、あの、なぁ……」

「それに、聞いておきたいこともあるしな」


 すっと、ルドの瞳が細められる。月を思わせる紫の瞳は冷気を纏ってバザックを見返した。けれど、それに臆するようなバザックではない。


「行かないか?」


 笑顔のまま再度尋ねられて、ルドはため息交じりに承諾した。バザックが明るい表情になる。


「じゃ、行くか。っと、その前にフュールは……」

「僕が部屋まで連れて行っておきますから、先生」


 一部始終を見守っていたヴィルフールが、苦笑しながらやってくる。


「お、悪いな、ヴィル」

「まったく、子供にまで気を遣わせるんじゃない」


 いつの間にやってきたのか、ヴィルフールの後ろからクーレンがバザックを睨みつける。バザックは軽く手を振った。


「悪い、悪い。じゃ、ヴィル、よろしくな?」

「はい」


 ヴィルフールはフュールを起こさないようにと、丁寧な動作で抱え上げる。そうしながら、ヴィルフールはルドへと視線を向けた。気をつけて、とでも言うような笑みを向けられて、ルドは小さく息を吐く。


「行ってくる」

「うん」


 ルドの短い言葉に、ヴィルフールも短く答える。そんな少年たちのやり取りを微笑ましく眺めながら、バザックは立ち上がる。


「じゃ、行くか!」

 そんな彼らに、クーレンは呆れたとばかりにため息を吐いた。




 外灯などはあまりないサリッシュウィットだが、家々からもれる灯りでも充分に外を歩ける。そうして並んで歩く二人だが、バザックの向かっていく先はそうした明かりも少なくなっていく方向だった。どちらも夜目は利き、また月の明るい夜であったので、それに関してはたいした問題ではなかったが。

 街の先、荒野を目指しているだろうことを思い、ルドは気付かれないようにバザックを見やる。どうやら、本気で腕試しをするつもりのようだった。

 ルド自身、バザックの強さはよく知っている。何せ一度戦いを挑んだ相手である。分からない訳がない。だからこそ、もう一度戦ってみたい、という気持ちがなくもないのだが。それよりも、バザックが聞きたいことの方が気になっていた。


「さて、と。この辺かな」


 そうして考え事をしている間に着いたらしい。後方に広がる街以外、ここに広がるのは大地と空と岩、それくらいだ。後は北の方に、連なる山々が見えるくらいか。その中でひときわ高く聳え立つ高山こそが、ウィルステル『北の守護壁』と呼ばれるグレッグ山だ。雪の降らないこの季節でも、かの山には雪が降り積もっている。月明かりがその頂を照らし、闇の中で白く輝いて見えた。

 それ以外には何もない、景色。何もないからこそ荒野と呼ばれるその地で、バザックは軽く体をほぐすように動かした。そうしてから、ルドの方を振り返る。


「さて、いけるか?」

「質問じゃなかったのか?」


 ルドとしては腕試しの方がついでだと思っていたのだが、どうもバザックの様子からすると聞きたいことのほうがついでらしい。嬉々とした表情を浮かべている彼に、よく分からないおっさんだと胸中で暴言を吐きつつ、ルドは対峙する。

 言葉はなかった。ただ仕草で、いつでも来い、ということを示したルドに、バザックは楽しげに笑う。こんなときでも、彼の笑みは変わらない。強く、明るく、豪快な笑みだ。それはおそらく味方に安心感を、敵に危機感をもたらすものだろう。

 そんなことを考えながら、ルドは風を纏う。バザックの強く、どこまでも強く吹きつける風とは違い、ルドの風は鋭い刃を思わせるものだ。自他共に切り裂き傷つけてしまいそうな危うさをも含む、鋭い諸刃の風の刃。

 どちらも、言葉はなく。始まりの、合図もなく。

 音もなく地面を蹴った二人の足が、風を呼んだ。それだけの仕草で、バザックの言うところの『腕試し』は幕を開けた。

 切迫した二つの風が、ぶつかり合う。バザックの押し戻す風と、ルドの切り裂く風が。

 しばらく攻防を繰り広げ、やがて弾かれるようにして二人は離れる。ルドは小さく、舌打ちを響かせた。バザックの様子には変化がなかった。

 大体にして、ルドとバザックには体格差がありすぎる。ルドがまだ十三歳、発展途上にある少年であるのに対し、バザックはすでに三十代半ばである。体格も良く、衰えを知らないと言われる肉体はしっかりと健在だ。

 さらにいうならば、経験差も大きい。バザックは半ば趣味で武術と能力の両面で技を磨き、体捌きを主体とすることで筋力の衰えを補う我流の体術は、他の追随を許さない域にまで達してきている。能力に関しても、風に関する技について彼が独自に編み出したものは多々ある。

 ルドの放った風を、バザックは直前で消し去ってしまう。直接攻撃も易々と受け止められ、かわされ、受け流される。

 ルドは確かに強い。だが、それでも。不世出の人材とすらいわれるバザックを、超えるほどのものはまだ、身に着けていなかった。いかに『成功作』と呼ばれていようとも、それは彼のいた場所の中だけのことであり、バザックに迫るものとはなりえなかったのだ。

 やがて、勝負はついた。音もなく放たれた風が、ルドの腹部に直撃したのだ。本来であれば大なり小なり音のするはずの風を、同じ風使いであるルドにすら感知させることはなく放たれたその風を、ルドには避けようがなかった。

 膝をついたルドに、さらにもう一撃。それは相殺したものの、次の瞬間には繰り出されたバザックの拳を、避けることは出来なかった。


「ま、ここまでだな」


 ルドに当たる直前で、バザックは拳を止めた。鼻先でぴたりと止まったその拳を凝視し、ルドは数度、瞬きをする。


「っ……」


 誇りを、相殺された気分だった。

 誰よりも何よりも、強くあろうとした。そのために、努力を続けてきた。そうしないと生きていけないというのもあったが、それ以上に誰かに負けることを自分自身が認めなかった。『成功作』と呼ばれる自分は、他とは違うのだと、心のどこかで思ってきたから。

 けれど今、ルドは一度ならず二度までも、バザックに負けていた。それも完全な敗退、完敗である。

 ふと思い出すのは、初めてバザックとであったとき。あの時も、信じられない気持ちでいっぱいだった。今もまた、そんな気持ちになっている。

 それでも不思議と、恨むような気持ちにはならなかった。これが当然の結果なのだと、諦めているわけではないが、不思議な感慨があった。


「もう、一度っ」


 それでも、彼とて意地がある。ほとんど無意識のままに言い放ち、体を起こした。


「もう一度だっ」

「おうよ、上等!」


 バザックは楽しげに笑い、構えを取った。

 それから二度、彼らは拳を交えた。しかしやはり、ルドは一度も勝つことが出来なかった。

 叩きのめされて、ルドはいつの間にか地面の上に寝転がっていた。


「終わり、かな」


 バザックはルドの横に腰を下ろす。バザックが上手く加減をしていたのだろう、ルドの体には多少の打撲痕はあるものの、怪我という怪我はほとんどなかった。

 ルドは隣に腰を下ろしたバザックをぼんやりと眺めた。初めて会ったときから、彼の印象は変わらない。いついかなるときも変わらずに自然体であり続ける彼の性質は、悠久なる大地を駆け抜けていく風そのものを思わせる。この時点でルドは知らないことだが、それ以外の名を誰もが付けられなかったからこそ、彼の異名は“風”なのだった。


「あんたは……」

「ん?」

「あんたは、なんでそんなに強いんだ?」


 それはルドの純粋な疑問だった。そしてバザックのみならず、サーレやファーリットなどに対しても当てはまる問いだった。彼らは、どうしてそう強いのか。


「うーん、改めてそう尋ねられると難しいな。俺もまだまだ修行中の身だしなぁ」


 ここにクーレンがいたら、お前はどこまで強くなるつもりだ、とツッコミを入れてくれただろうが、あいにくと彼はこの場に居なかった。


「それに俺の場合は、半分趣味が高じたようなものだからな」


 やはりクーレンがいればどんな趣味だそれは、とツッコミを入れてくれたことだろう。


「まぁ、強いて言うならば師が良かったからかな」

「師?」


 ルドは眉根を寄せる。ルドにとっては、師と呼ぶような相手はいなかった。戦い方を習った相手もいるし、勉学の面で習った相手もいるが、どちらにしてもそれは義務であり仕事だった。そこには良いも悪いもなく、感情の入り込む余地がなかった。


「そう、師。いろいろなことを教わったさ。戦い方だけじゃなくて、生き方もな」


 空を見上げる横顔は、静かに見据えるようだった。この場にはいない彼の師に対する、憧憬のような。


「普段はどちらかというとおおらかで、お人よしなんだけどな。酒が好きで、賭博に強くて、まぁよく笑う人だよなぁ。そんでもって、たまにちょっと情けない」

「よく分からん」

「はははっ。まぁ一見すると、本当どこにでもいるような人なんだよ。けれど一度戦わせると、おっそろしく強い。今の俺でも、足元に及ぶかどうか」


 ルドは眉根を寄せる。バザックですら、ルドにとっては足元にも及ばないような存在であると言うのに、その上を行く存在がいるらしい。


「人間か? それは」


 だからこそ、そんな言葉が漏れる。それにバザックは楽しげな笑みを浮かべた。


「まぁ、実際に人じゃなかったしなぁ」


 小さく小さく呟かれた言葉は、ルドに届くことはなかった。しかし何か言ったらしいことは察したので、不審げにバザックを見上げる。


「ま、師だけじゃないさ。他にもいろいろな奴と出会って、受けた影響もある。たとえば、そうだな。一回目のときに、お前を吹っ飛ばしたのとかもそうだ。あ、腕試しの一回目な」

「ああ……」


 それは風使いとして高い能力を持つルドにすら、感知させなかった風。


「あれはな、俺がまだ若い頃に会った人が使っていた技なんだよ。放つ風の周囲を、さらに風で囲うものなんだ。もちろん囲うほうの風はただの風じゃなく、音を消し去るものだ。空気の振動を止めさせることにより、音を消し去るものだな」

「無茶苦茶な」


 ルドは思わず呻いた。そんな神業めいた技など、一体どこの誰が編み出し、さらに実用化にまで持っていくというのか。いや、今目の前にいる男が実際にやっているわけだが。


「まぁな、無茶苦茶だ。けどな、これの元となる技を使っていたのは、十七の女の子だったよ」

「はぁ?」


 ルドは素っ頓狂な声を上げた。

 確かにルドもまだ十三歳であるが、飛びぬけて卓越した能力者である。だからこそ、バザックの技の凄さも実感として理解できるのだ。そしてそれを成すのに、どれほどの訓練が必要となってくるかも。


「ま、一度しか組んだことないけどな。しかもかなりの成り行きで。目つきと口の悪い人だったなぁ」


 今どうしてるんだろ、と小さな呟きを落として、バザックはルドを見やる。


「俺の方はこんなところだが。お前の方は、どうなんだ?」


 どこでその戦い方を覚えたんだ、と。尋ねられて、ルドは不快そうに眉根を寄せた。


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