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Through the Past  作者: 冬長
二章
22/32

【21】 夜は、静かにふけていく

「そうか」


 バザックは静かに頷いた。話し終えたトリウムは、疲れたように息を吐き出す。

 トリウムがバザックに話したのは、ルドから聞いた彼の過去の話だった。子供たちを実験に使っていたという施設の話や、彼自身も実験体だったという話に、トリウムは酷く衝撃を受けていた。ルドたちの手前、そう感情を露にはしなかったが、かなりきつい話だ。


「はー……うちの子になんてことを……」

「トリウム、何かずれてるぞ」


 気持ちは分からなくないが、と言いながらも、クーレンが律儀に突っ込みを入れる。彼もまた、難しい顔をしてその話を聞いていた。

 バザックは目を閉じ、トリウムの話の内容を吟味し、反芻していた。その思考を邪魔しないようにと、トリウムもクーレンも声をかけようとはしなかった。

 はらはらとバザックの言葉を待っているトリウムとは対照的に、クーレンはトリウムが部屋にやってくるまで読んでいた書類に視線を落とす。それはクーレンが、几帳面に毎日欠かさず記している、子供たちの様子について書いたものだ。誰がいつ『地吹雪』にやってきたのか、どんなことがあったのか、体調に異常は見られないか、様子はどうであったかなどが、事細かに記してある。そうしてきっちりと記録が残してあるからこそ、こうして時おりしか『地吹雪』を訪れないクーレンたちにもここの現状が分かる。

 その書類には、ルドのことも記してあった。段々とヴィルフールたちと行動を共にしたり、手伝いをしたりするようになったこと。けれどたまに、様子がおかしいこともあったこと。そして暴動の後から、それが決定的に出始めたこと。

 よく見ているな、と思いながら、クーレンはそれを読み進めていく。時おりトリウムに視線を向けると、彼はやはりはらはらとバザックの言葉を待っている。とてもそうは見えないんだけどな、と内心で酷いことを呟きつつ、クーレンもまたそうして待った。


「昔」


 どれくらい、そうして待っていただろうか。ふいにバザックが口を開き、クーレンは書類から顔を上げて彼を見やる。トリウムも、さまよわせていた視線を彼へと固定した。


「聞いたことは、あるな。北に……北部に何か、変わった組織があるらしいことを」

「変わった、というと?」


 こいつに言われたら終わりだな、と失礼極まりないことを思いながらクーレンが尋ねる。


「まぁ、なんというか……目的がよく分からないんだ。単純に裏でのし上がることを考えているのか、それとも暴動を起こすことによって治安を乱そうとしている反社会的組織なのか、なんかまぁ、いろいろ言われているわけだ」

「いろいろって……」


 トリウムが困惑したように呟く。バザックは軽く髪をかき回すと、そうだなぁ、と空中に視線を向ける。


「実際、よく分からないんだよ。ただでさえ北は情報の集まりにくい地域だからな。ああ、ただ……」


 ふと思い出したように、バザックは言葉を切った。


「北で、子供を集めているところがあるって聞いたことがあるな。北端の方で。こっちも、集められた子供たちがどうなっているかとか、詳しいことはよく分からないんだが……」

「もしかして、それが……」


 トリウムが緊張したように喉を鳴らす。バザックが頷いた。


「可能性はあるな。あくまで可能性の段階でしかないが」

「だが、可能性としては高いんだろう?」


 珍しく慎重論をとるバザックに、クーレンは眉根を寄せた。良くも悪くも、突き進むのがバザック=アルグレンドという人間だからだ。


「まぁ、高いけどな。ただ、問題としてはそれがひとつではないらしいということだ」

「え」


 トリウムが思わず間抜けな声を上げる。クーレンが額を押さえた。


「つまり、だ。断定するには曖昧すぎる、ということか?」

「そゆこと。どことどこが繋がりがあり、またどれくらいの規模なのか。そういったのが把握しにくいんだ。そしてそれ以上の情報が集まらない」


 つまり、現状だとお手上げらしい。大仰に肩をすくめて見せるバザックに、トリウムが目を見張った。


「バザック先生でも、調べられないことがあるんですね」

「おいおい、当たり前だろ? 俺は別に神でもなんでもなく、人間なんだからさ。一般人、一般人」

「一般人からは確実にずれているがな。まぁ、出来ないことの一つや二つ、あってもおかしくはない。というよりは、当たり前だ」


 軽く手を振りながら苦笑するバザックに、クーレンは呆れながらも突っ込みを入れる。


「はははっ。まぁ、そういうわけだ。今の時点で、ルドの過去に関すると思われる情報の提供は、俺には出来ないな。調べておく、と言いたいところだが……それも怪しいし」

「なぜですか?」


 何か起きているのかといぶかしむトリウムに、バザックは視線を向けた。黒い瞳はいつもと変わらないのに、どこか悲しげな色を湛えているようにも見える。


「今、ウィルステル全土が荒れているからさ。北が最たる例だが、火種は各地域に飛散しつつある。まだ目に見えて現れてはいないが、東部でも何かしらの兆しが現れ始めているんだ。俺は東部の情報屋だからな、そうそう留守には出来なくなるだろう」


 クーレンは知っているのだろう、黙ってバザックの声に耳を傾けていた。トリウムは真剣なものを宿した表情で、バザックを見据える。


「だから、そうそう北の情報まで集めていられなくなるかもしれない。もちろん、俺も出来る限りのことはするつもりだが……果たして、それがどこまで可能かはまだ分からない」


 忙しくなるだろうなこれから、と。呟いて大きく息を吐き出したバザックに、トリウムは絶句する。トリウムにとって、バザックは絶対的ともいえる存在だった。いつでも笑ってさまざまな困難を乗り切り、多くの情報や助けを提供してくれた人物だった。だからこそ、バザックが出来ないかもしれない、ということが信じられなかったのだ。


「仕方ないさ。最近どこかおかしいんだ、この国は」


 そんなトリウムの感情を理解しているのだろう、クーレンが静かに言葉を紡ぐ。普段はバザックとくだらない言い争いや喧嘩ばかりが目に付く彼だが、本来は冷静な目を持って現状を見据えることの出来る人物なのだ。

 バザックはそんな親友ともいえる存在に小さく微笑む。彼のその特性は、どんなにくだらない喧嘩をしているときでもきっちりと発揮されていることを知っているからだ。そしてそれが、出会った当初から変わらないことも。


「そう、だな。そして、北が始点になっていることは間違いないんだが……」

「大体にして、北大陸の干渉も強い土地だからな」


 クーレンが鼻を鳴らして呟いた言葉に、バザックもトリウムも苦笑する。それこそ何千年も昔から戦乱の歴史を持つ北部は、今でもそれを引きずっている。


「けれど先生、北が始点になっているというのは……」

「ああ、言葉どおり。大抵の騒乱や暴動が、北から始まってきている。まるで誰かが操っているんじゃないかと思うくらいにな」


 バザックはトリウムに真剣な目を向けた。


「だから、お前も気をつけておけよ。ここはサリッシュウィット、『最後の溜まり場』とすら呼ばれる土地だ。それこそ何があってもおかしくない、危険地区の筆頭に数えられるところなんだからな」

「分かってます。子供たちを守るのが、俺の役目ですから」


 気負わず、ただ決意を固めるかのように、トリウムはごく自然に答えた。それが当たり前のことであるというように。


「だから別の意味で、お前は心配なんだが……ま、何かあったら連絡しろよ」

「はい。頼りにしてます」

「出来ればもっと近くにいる奴を頼ってくれ。遠いから、東部」


 笑い混じりのバザックの言葉に、つられるようにしてトリウムも笑う。

 そこに小さく、ノックの音が響いた。


「どうぞー」


 トリウムが声をかけると、ドアが開く。顔を出したのはアリアだった。


「えぇと、お茶を淹れてきたんだけど。話し中かしら?」

「いや、大丈夫だ、問題ない。ありがとう」


 他の二人が何かを言う前に、表情を和らげたクーレンが答える。他の二人も依存はないのだが、そのさまに微苦笑を浮かべる。

 アリアは後ろ手にドアを閉めると、全員に紅茶を配って回る。ふわりと柔らかく紅茶の香りが漂い、全員が表情を緩める。この女性には不思議と、場にいるだけで周囲の空気を和ませる雰囲気があった。行き過ぎると脱力の原因となることもあるが。

 そうして紅茶を配り終えると、クーレンに勧められてアリアも椅子に座った。


「アリアさん、子供たちは?」

「私が見てた子たちは、そろそろ寝たみたいよ。トリウム君、後で見に行ってあげてちょうだい?」


 にこやかに返されて、トリウムも笑顔で応じる。


「ところで」


 そこにふと、クーレンの声が落ちる。アリアがいるにも関わらず珍しく硬い声に、トリウムは不思議に思いながら彼を見る。バザックは次の言葉の予測がついているらしく、やや苦笑しながら彼を見返した。


「今後、ルドをどうするつもりなんだ?」


 その言葉に瞠目したトリウムは、次の瞬間には小さく笑みを浮かべる。それは強さと優しさを、同時に感じさせる不思議な笑みだった。


「変わらないですよ」


 静かに落ちた言葉に、バザックは笑みを浮かべる。アリアも同様で、微笑んでいた。後から来た彼女は事情を把握していないが、それでも何か感じるところがあったのだろう。


「変わらないですよ、何も変わらない。今までどおり、ルドはルドで。『地吹雪』のひとりで、俺にとっては守るべき存在で。ヴィルフールたちにとっては友人で。それだけ、ですよ」


 それだけ告げて、トリウムは紅茶を飲む。その仕草は落ち着いたもので、言葉が偽りではないことを示すには充分だった。それは彼が何の迷いもなく、そう言ってのけているということ。


「そうだな」


 だからこそ、それに頷き返したクーレンも、落ち着いた仕草で息を吐き出した。そして彼も、紅茶に口をつける。


「うん、美味いな。ありがとう、アリア」

「どういたしまして」


 アリアの優しい笑い声が空気を揺らす。それだけで、張り詰めていた空気など嘘のように霧散していく。その空間に心地よさを感じながら、バザックもまた、紅茶に口をつけた。




 そうして、トリウムがバザックたちと話しているころ。彼が去った後も、部屋にはルドのほかに、ヴィルフールとサーレの姿があった。

 ヴィルフールは心配していたのだが、すべて話しきってしまったためだろうか。どこかぼんやりとしているようにも見えるものの、ルドは落ち着いた様子だった。壁に背を預けて座り込み、ぼんやりと窓の外を眺めている。


「ね、ルド。聞いていい?」

「なんだ」


 ヴィルフールの問いにも、ルドは答えた。振り返って目が合うと、どこか気恥ずかしそうにすぐ目を逸らしはするものの、彼を避けるということはないようだった。


「その、さ。どんなことをやっていたんだろう、と思って」


 その質問が意外だったのだろう、ルドは目を見張った。だからといって気負うこともなく、そうだな、と彼はしばし考える。


「さっき、話したとおりだ。実験は主に能力……スピリット・パワーに関するもので。俺の場合は、能力強化が主だった。一部に能力を開発とか、別属性を植えつけるとかいう、ふざけた実験を施されているやつらもいたが。狂っていったやつらの大抵は、そのあたりの被験者だな。基本的に、二つ以上の属性を操るなんて、人間には無理な話なんだよ」

「そ、そう」


 しかしあまり愉快な話ではなかったため、ヴィルフールは少々聞いたことを後悔したが。


「……まぁ、いなくはなかったがな」


 だからこそ、小さく呟かれた言葉を聞き逃した彼は、かすかに首をひねる。なんでもない、とそれに首を横に振って、ルドは目を向けた。実に数日振りに、彼はヴィルフールの瞳をまっすぐに見返した。


「他には?」

「うーん……僕は、いいよ。サーレは?」


 ヴィルフールに視線を向けられて、サーレは静かにルドに目を向ける。いつも以上に感情を感じさせない紺碧の瞳は、ルドが一瞬でもたじろぐほどだった。けれど、その印象すら一瞬で消し去って。目を閉じ、そして再び開いたサーレは、酷く簡単な答えを返した。


「聞くべきときがきたら、な」


 何か、深い理由があるように感じさせる響きだった。それでいて、何を聞いているわけでもないような響きだった。わけが分からず、ヴィルフールは困惑に眉根を寄せる。


「そうか」


 だが、ルドはそれだけ答えた。彼にとってはサーレが何を思ってそう言ったのかよりも、今このときに質問があるかないかのほうが重要だったのだろう。

 なんとなく落ちた沈黙の中、それでも止むことはないかすかな風の音に耳を傾けながら、ルドは不思議に思った。

 つい先ほどまで、過去はあれほどまでに重いものだったのに。帰ることを切望し、あそこを唯一の居場所だと信じ込み、渇望し。それでいて嫌悪し、まとわりつく虚無や葛藤と、闘い続けていたというのに。

 そして、言葉として紡ぎだすことを、彼らに継げることを、あれほどまでに拒絶していたというのに。

 一度、言葉として紡ぎだしてしまうと、それはなんてことのないものだった。そう思い、それが不思議で仕方なかった。

 それが彼がもっとも恐れていた『拒絶』や『排除』に繋がらなかったからだと、まだ気付かないままに、ルドは首を傾げる。重さが消えていたわけではない。まっすぐに見据えて、背負っていけるほどまでに、ルドの心は受け入れる準備が出来ているわけではなかった。

 正面から向き合うと、まだ傷口が血を流しているのが分かる。すべて振り払い、消してしまいたいような衝動に駆られる。それは変わらない。背負っていけるほど、軽いものではない。

 それでも耐えられる、と。言葉に出すことが出来る、と。ようやく、気付いた。


「……お前らは、どうなんだ?」

「え?」


 唐突な問いに、ヴィルフールが顔を上げる。きょとんとした顔で見返され、笑い出したくなるのを答えながら、ルドは尋ねる。


「俺のことばかり聞いているが、お前らはどうなんだ? 昔は」


 だからといって、感謝の言葉を述べる気はなかった。気恥ずかしいというのが最大の理由であったが、自分のことばかり話させられているような一種の面白くなさも感じたためだ。

 言われて初めて気付いたのだろう、そういえば話したことがなかったよね、とヴィルフールは苦笑する。ヴィルフール自身は別に過去のことなどはどうでもいいと思っているのだが、聞いてしまったために話さなければならないという責任感に駆られたのだろう。どこか苦い笑みを浮かべて、口を開く。


「僕は出身に関しては、よく分からないんだ。物心ついたときには、両親に連れられてあちこちを回っていたから」


 そうだなぁ、と。思い出すように虚空を見つめながら、ヴィルフールは言葉を紡いでいく。


「母さんはウィルステル出身の人じゃなくてね。ある国で、そこそこ地位のある立場にいたらしいんだけど、とある事件に巻き込まれた際に国を出て来たらしいんだ。だから自ら荒れている、捜索のしにくいここ北部へとやってきた」


 要するに追われていたわけだけど、とごく自然に語るヴィルフールに、ルドは驚きを隠せなかった。決して自然に言うようなことでもなければ、当たり前のことでもないからだ。


「それで、まぁ父さんと出会って、結婚して、僕が生まれて。だからといって逃げ続ける生活に違いはなくて……本当、あちこち回ったよ。そうしているうちに、追っ手に見つかったみたいで、父さんは母さんと僕を逃がして亡くなったよ。僕が六歳になったくらいのときだったと思うけど」


 あっさりと。酷くあっさりと放たれた言葉に、ルドは眉根を寄せる。


「それからは母さんと二人で、やっぱりあちこち回ったよ。母さんは教育熱心というか……いろいろと僕に残しておきたかったんだろうね。ほとんどの時間は移動か、母さんから教えられる勉強で埋まっていたよ」


 教育にはあまり良くない育ち方だね、と笑ったヴィルフールに、ルドは自分のことだろうと突っ込みそうになった。


「けどまぁ、母さんも僕が十歳のときに亡くなって。追っ手には会わなかったんだけど、身寄りがなくなったから売り飛ばされそうになってね。そのとき、トリウム兄さんが引き取ってくれたんだよ。それから『地吹雪』での生活が始まったんだ」


 そう締めくくったヴィルフールは、何も気負っていなかった。決して明るくはない過去を受け止めて、前を向いて生きている。戦わせると決して強くはない、むしろ弱い彼が。ルドには自分よりもずっと強い人に見えた、瞬間だった。


「俺は北部の中心地である、リィエンシアの生まれだ」


 唐突にサーレが話し出し、ルドはそちらへと視線を向けた。サーレは笑みを浮かべることもなく、ただいつもどおりに、淡々と言葉を紡いでいく。


「母親は娼婦だった。父親はとある富豪。要するに愛人の子供。妾腹ってやつだな」


 小さく息を吐き出して、サーレは虚空を見つめる。そのまま淡々と、どこまでも淡々と話し続ける。


「とはいえ、父親のほうもいろいろとあり、厳しい状況だったらしい。ゆえに俺の母親には一切の援助もなく、俺もその子供とは認められなかった。母親は苦労して俺を育てたよ。学がないからまっとうな暮らしが出来ないんだって口癖のように言って、必死に仕事しながら俺を学校に行かせた」


 それはルドとはまた違う、苦しさを感じさせるものだった。淡々と話す声に臨場感はないが、重みを感じさせる。


「けれど客との揉め事で怪我をして、それが元で感染症にかかって死んだ。俺も身寄りを失って、身一つで放り出された。十一のときだった。そのときになって、とっくに父親が死んでたことを知った。何せ、俺の母親とは親子ほども年の差があるやつだったらしいからな」


 無理もない、と首を横に振る。紺碧の瞳には、見慣れない厳しさが宿っていた。

 けれど次の瞬間、その厳しさがふっと和らいだ。


「ただ、俺には一回り以上歳の離れた異母姉がいてな。母親の遺言の元、その人を頼っていった。といってもまぁ、面識のない妾腹なんざ、弟だと認められずに追い返されかけたんだが。義兄のおかげでどうにかしばらく置いてもらった」


 遠くを見据えるような紺碧の瞳に、不思議な優しさが宿る。それは愛惜を感じさせるものだった。広がる淡い空を、見上げるかのような。


「嬢と坊……俺の姪と甥に当たるんだが、その子達の面倒を見ながら、過ごした。周囲の人たちも、いろいろと気を使ってくれた。半年ほどで出たし、異母姉は最後まで俺を弟だとみなさなかったが、悪くはなかった」


 ふぅ、と。小さく息を吐き出して、サーレの瞳が通常のものに戻る。感情を感じさせない、無機質なものへと。


「そしてまぁ、俺は他の街の孤児院に放り込まれたわけだが、この間のような暴動でそこがすぐになくなった。で、行き場がなくて、まぁその辺をうろうろしてたときに、ヴィルに拾われた」

「別に、拾ったわけじゃないんだけど……」

「まぁ、そんなところだ。で、俺も今はこうしてここにいる」


 苦笑するヴィルフールを一瞥して、サーレは締めくくる。

 そんな二人の過去に、ルドは驚いていた。

 心のどこかで、そんな経験をしているのなど自分だけだと思っていた。確かに、ヴィルフールの境遇も、サーレの境遇もまったく異なるものだ。けれど彼らも、重いものを背負っていて。

 それはこの二人に限らず、『地吹雪』の子供たちに限らず。今までに会ったファーリットやイズウェル、アイリーンといった面々もまた、そうした何かを背負ってきているのかもしれない。

 けれど彼らは、それに負の感情だけではなく、優しい思い出としての何かも見出している。そうして、前を見つめて歩いていこうとしている。

 強さとは、なんだろうか。生きていく強さとは、どんなものなのか。

 ふと、そんな問いが頭に浮かぶ。


「でもまぁ、昔のことだしね。過去があるから今があるんだから、過去だって大切な自分の一部だけど……本当に大切なのは、今だよ。そして、未来」


 ヴィルフールが微笑んで、そんなことを呟く。


「そうだな」


 サーレの静かな肯定が、空気に落ちる。

 ルドはそれらを聞きながら、窓の外に視線を向けた。夜空は、変わらないように思う。吸い込まれそうな漆黒の空も、冷たく光る月も、青く輝く星々も。

 想いも、祈りも、決意も、願いも、飲み込んで。

 夜は、静かにふけていく。


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