【序】 少年は荒野へと、一歩を踏み出した
吹き付ける風が、異様なほどに冷たく、痛かった。風が吹くたびに体が痛み、強く強く奥歯を噛み締める。
「……止め」
小さく、風に命じるように呟く。それは何も知らないものから見れば滑稽な光景のようだったが、その言葉に応じるかのように、周囲の風が少しだけ弱くなる。
「……く、そ……これが、限界、か」
ちっ、と舌打ちを響かせて、少年は吹き付ける風を挑むように見た。
青い髪と紫の瞳を持つ、十二、三歳くらいの少年だった。着ていた服はあちこちが裂け、その下から血が滲み出している。それにも舌打ちを響かせてから、少年は再び足を踏み出した。
少年が立っているのは荒野だった。ただ、ただただ広がり続けるその荒野には、他に人影もない。灰色の空。まだうっすらと雪化粧の施されている荒れ野は、とてもではないが何もなく過ごせるような環境ではない。
一人取り残された少年は、小さく舌打ちをした。そうするしか、他になかった。
だが、すぐに首を軽く横に振る。ふと頭をよぎるのは、もう見えないほど遠くにある潰れた車。人も、物も、中にあったものは全て潰れて原型を留めないまでになっていた。
ただ一人、少年を除いて。
彼らのように死に絶えることだけはしたくなかった。そんな未来は、少年としてはごめん被りたいものだ。
「戻らないと」
それだけが全てであるかのように、少年は小さく呟く。
潰れてしまった車の中から、どうにか引き出してきた道具を持ち直す。移動手段が自分の足しかなくなった少年にとって、食料、水、それに様々な道具類は、何よりも必要なものであったのだ。
そして強い風と、それに舞い上がる砂埃を避けるために被った布を軽く握り締めて。
「帰らないと」
そう、それだけを呟いて。
当てもなく、まだ幼い彼には広すぎる、その荒野へと。
少年は、一歩を踏み出した。