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8.
アイン達が出口に消えたのを確認し、僕は少女グールを壁に叩きつけるように蹴る。
その勢いのまま、後方へと飛ぶ。噛みつかれた左腕から肉が削がれ、激痛が走るが歯を食いしばり無視。
改めて対峙し、血だらけの左手に魔剣を走らせる。
「"鎧よ、纏え"――」
『武装完了――』
流れた血が身体に巻きつき、赤い鎧と化す。
鎧姿になった僕に危険なモノを感じたのか、少女グールは警戒するようにこちらを睨み、動かない。
口の残った僕の肉を咀嚼しながら、ぶつぶつと何かを呟いている。
「――ない足りない足りない足りない――"影渡り"――」
どぷん、と少女グールの姿が足元へと吸い込まれるように消える。
暗所侵入魔術! 蘇生の生贄となった男から受け継いだのか、アレも使うのか!
「周囲警戒!」
『了解――』
魔剣にも指示しながら、周囲に気を張る。
どこから襲ってこようと、僕に攻撃された瞬間、先ほどと同じようにカウンターを仕掛けて――
「――"アギトよ、喰らえ"――!?」
衝撃は右から来た。
脳内に準備していた術式を呪文と共に展開する。
鎧ごと食いちぎられた右肩から牙が生え口となり、噛みつくが――そこに相手はいない。
『再生開始――』
「――リヴァイアサン、察知できたか?」
『否定。負傷確認時、敵反応焼失。敵の攻撃速度はこちらの反応以上と推測――』
不味い。
あちらの攻撃にこちらの反応が追いつかない。これではカウンターどころか、このまま文字通り喰い物にされてしまう。
人の反応速度では間に合わない。ならば――
「リヴァイアサン。アレを使う」
『了承――』
「"リヴァイアサンよ、我が身を喰らえ"!!」
術式構築。呪文詠唱。術式展開準備――
「我亜あアぁァッああ牙我ァアああァァァああ嗚呼!!!」
『馳走――魔術・起動』
手が砕け脚が折れ腸は抉られ頭蓋がひび割れ――
ひび割れた僕の声と共に、全身がバラバラになる。ズタズタになる。
痛みの中で術式を展開し、魔術を起動する。
「――嗚呼嗚呼……!!」
『魔術起動完了――』
牙の生えた口を開いて唸り、そこに立っていたのは、鎧と肉と血が混じり合った、竜人だった。
全身を傷つけ、代償とすることで、自身を魔導合成獣へと化す魔術。
これが僕の秘中の秘。奥義ともいうべき技。
「――"影渡り"――」
ただ事ではない雰囲気を感じたのか、影の中へと逃げる少女グール。
しかし、今の僕にはどの影に逃げたか分かる。
敵の口内に残る僕自身の肉の匂いを感じ取ることが出来るこの状態ならば、敵の居場所も、襲撃方向も完全に把握できる。
――牙!
勝敗は一瞬だった。
背後から出現した少女グールの喉笛を、僕自身が噛みちぎる。
地面に叩き落ちたソレは、ひゅー、という呼吸音をしばらく立てた後、動かなくなった。
血まみれの中、全身を苛む痛みとは裏腹に――とても静かな決着だった。




