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鮫がたどり着いたのは、地下水路の奥の奥の壁の前だった。
複雑怪奇な円と図形を組み合わせた、直径二メートルほどの魔法陣が刻まれている。
「結界魔術だね」
「嫌だなー……敵の腹の中に入るみたいで」
言いながら、二人して魔法陣に手を当てる。
とぷん、と水面に沈むように手が魔法陣の中に落ちる。
そのまま、突き進んで行くと――
「ビンゴ。大当たりだな」
そこは会議室程度の大きさの部屋だった。
天井には魔術による僅かな灯りがついているものの、全体的に暗い印象の部屋だ。そこら中に何かしらの荷物が置かれている。
部屋の中央には怪しげな魔法陣と、その上に横たわった七人の人影。そして最奥には黒コートの男の姿があった。
「ラピス!」
横たわった人影の一つに、妹の姿を見つけ、僕は叫ぶ。
彼女は目をつむり、眠るように横たわっている。僅かに胸が上下している事から、無事生きているようだ。
魔法陣の上に横たわった七人の人影は、一人を中心としてその周りを囲むように六人が配置されている。
ラピスは周りの六人の一人だ。周囲の六人はラピスと同じように、さらわれた時の姿なのか、ごく普通の格好で、眠るように横たわっている。
だが中央の人影は少し違う。包帯でグルグルに巻かれており、まるでミイラと言った有様だった。
「とりあえずアンタが"犯人"ってことで良いのかな。ここで何をしている?」
黒コートの男に告げながら、二人で七人の人影に近づいていく。
「近づくなァッ!!」
黒コートの男が、唾を飛ばす勢いで叫ぶ。無精ひげにまみれ、黒髪はぼさぼさ。見た感じは印象こそみそぼらしいものだが、その声に秘められた激情は僕達の足を止めさせるほどのモノだった。
「オレの娘に近づくな……近づくんじゃあないッ!!」
「娘って……コレか?」
アインが中央にミイラを指し示す。辺りには腐臭が立ち込めており、包帯の隙間から僅かに覗くその身体は、真っ黒に腐っている。
誰がどう見ても死体だった。
「オレの娘は病気なんだ……ただちょっと死んでいるだけなんだ……!」
「おいおい……」
アインの声に警戒の気配が混じる。
当然だ。黒コートの男の言葉、表情には――狂気しかない。
「七人の生贄を捧げ、蘇生魔術を使えば病気は治る……娘はまたオレに笑いかけてくれる……あと一人、あと一人なんだ……あと一人揃えれば全ては上手くいったというのに……なんで邪魔が入る!?」
叫びと共に、剣を抜き放ち、黒コートの男が僕達に飛びかかってくる。
僕が一歩前に出、魔剣を抜き受け止める。
「アイン! ラピスを――被害者達を頼む! コイツは僕が押さえる!」
「おう!」
鍔迫り合いの状態の僕と黒コートの男。僕は剣を支えるように左手を刃にあて――血を流す。
「"蛇よ、阻め"!」
媒介・術式展開。剣を伝うように流れた血は瞬く間に赤い蛇となり、黒コートの男に剣ごと巻きついていく。
「貴様も魔術師か! だが――オレは捕えられない。"影渡り"!」
瞬間、男の姿が消えた。突然相手がいなくなり、僕はたたらを踏んで体勢を立て直す。
「ジル! 後ろだ!」
アインの声と共に、背中に熱さのような痛み。斬られた!
「何……!?」
『術式解析――』
痛みを黙殺し、振り向く。
しかし斬りつけてきたはずの男はおらず、暗がりの部屋が広がるのみだ。
「リヴァイアサン、分かるか!?」
『解析終了――暗所侵入術式と推測』
暗所侵入術式……?
『"影"に侵入する術式。影から影へと移動する術式。現在の戦場は暗所多し。不利と判断。離脱推奨――』
「逃げられるわけないだろ!」
被害者六人を放って逃げられるわけがない!
しかしこちらから攻めることが出来ないのも現実だ。
相手は影に入り、攻撃時のみ死角から出現、攻撃を加え、また影に戻る。
ヒットアンドアウェイだ。
「影の中に攻撃は?」
『どの影に敵がいるか不明の状態では攻撃不可――』
部屋は暗く、天上の僅かな灯りと、乱雑に置かれた荷物によって無数の影が出来ている。
そのどれかに敵がいるわけだが、候補が多すぎる。しかも影から影への移動も自在。どれを攻撃すれば良いのか分からない!
「なら――こうするしかないな」
言って、僕は剣を下ろす。だらりと剣を下げた体勢は、構えも何もあったものじゃない。完全に無防備のそれだ。
「その隙逃すかァッ!!」
背後からの叫びと共に、再度背中に痛み。と同時に叫ぶ。
「"アギトよ、喰らえ"――ェエェエィッ!!!」
斬られた傷を媒介に、術式展開する。
「えああぁああああああああああああああああ!!!」
『馳走――魔術起動』
斬られた傷が口となり、肋骨が牙となり、背後に伸びる。
背中に生まれた牙持つアギトが、斬りつけた男に噛みつく。
牙となった肋骨が男を乱雑に貫き、中空に捕えた。
「斬られた傷を使って……何て魔術を使いやがる……!」
「ぇぇええええぇぇぇいぃ!!」
激情にままに、背に捕えた男を巻き込むように、倒れる勢いで地面に叩きつける!
「――ぅぅ……」
牙となった肋骨から、相手の動きが消えたのを感じる。
『戦闘終了――』




