2
2.
ジルコニア・メルセデス。
年齢十八歳。性別男。王立魔導騎士団・シングラード領支部に所属する魔導騎士。
これが僕だ。
六年前の世界大戦の終結以来、世界は復興に向けて日々を重ねている。
その影で、魔術による事件・事故は後を絶たない。
先ほどの巨大鼠のような、魔術実験の末に発生した危険生物。
魔術による怪事件。
そんな事態に対応し、場合によっては戦闘によって解決する。
それが魔導騎士の仕事であり、僕の日常だ。
●
「マスター、サンドイッチセットー」
「僕はカレー」
「あいよ」
仕事終わりの帰り道。
僕とアインは、揃っていきつけの軽食屋・トワイライトに来ていた。
時刻は二十時。少し遅めの夕食だ。
「今日もお疲れ様、兄さん」
「ありがとう、ラピス」
カウンター席に座った僕達にお冷を持ってきてくれたのは、トワイライトで給仕として働く僕の妹、ラピスだった。
ラピスラズリ・メルセデス。
母親譲りの銀の長髪にメイド服姿、今日もにこやかな笑顔で接客してくれる。
と、その笑顔が少し曇る。
どうしたのかと思えば、彼女の視線は僕の左手に向いていた。
正確には、左手に残った傷跡だ。
今日の事件において、魔術を使う際に切り裂いた傷跡。治療魔術で傷は塞いでいるが、赤い線のように跡が残っていた。
「またやったんですね、兄さん」
『肯定――』
妹の咎める声に応えたのは、僕ではない。
声は僕の腰に吊るされた剣からだ。
魔剣リヴァイアサン。
意思を持ち、魔術師の魔術行使を補助する魔道具の一つ。
『主の魔術行使には、主自身の身体の一部を媒介とするのが最も効率的――』
「だからって、魔術を使うたびに自分を傷つけるなんて……私はやっぱり、嫌です」
「確かに、スマートじゃないよね」
隣席のアインも口を挟んでくる。
アイン・ロータス。
僕と同じ魔導騎士であり、仕事上の相棒だ。
「オレならゴメンだね、魔術を使うたびに自分の身体をグサグサやるなんてさ」
「仕方ないだろ。それがどうにも僕に合ってるらしいんだし」
魔術を使う方法は人それぞれに適正がある。それが僕の場合、自傷行為だったというだけだ。
「別に自傷行為じゃなくても――それこそオレみたいに呪文詠唱だけでも発動はするんだろ?」
「でも効果は落ちる。何が起きるか分からないんだ、自分に出来る最大限はやらないと。それに、傷は治せるしね」
『治療完備――』
魔剣の助けもあって、自身の治癒魔術にはかなりの自信がある。傷どころか多少の欠損だって僕なら修復できる。
――それもまた、妹を心配させる要因なのだけど。
どうせ治るから、と自分の身体を傷つけていく兄が心配らしい。
その気持ちは分かる。だが、だからと言って辞めることは出来ない。
後悔しないよう、常に自分に出来る全力を。それが僕の信条だ。
「本当、気をつけてくださいね、兄さん。最近、ただでさえ物騒なんだから――お料理お持ちしました」
「ありがとう。やっぱりラピスちゃんも知ってる? 最近の事件」
「魔導合成獣の発生とか、行方不明事件とか……街でもかなり噂になってますよ」
僕はカレー、アインはサンドイッチセット。
それぞれの夕食を食べながら、話題は最近の事件に移っていく。
●
僕達の住むシングラード領では、現在二つの大きな事件が発生している。
一つは魔導合成獣の出現。
街中に突如として魔導合成獣が現れ、暴れまわり周囲に被害をもたらしている。
今日、僕とアインが対応したのもそれだ。困ったことに、この魔導合成獣出現事件はこの一ヶ月ですでに十を超える件数で頻発している。
もう一つは十代少女の連続行方不明事件だ。
時間も場所もバラバラに、しかし五人の少女が行方不明になっている。
こちらもこの一ヶ月の間にだ。
「行方不明事件の方は騎士団の情報部が、魔導合成獣の方は警備部が対応してるんだけどねー。どうにも後手後手というか、根本的な解決に向かってないんだよねー」
サンドイッチをかじりながら、アインが愚痴る。
魔導合成獣出現事件の方は、僕らが所属する騎士団の警備部が出現後速やかに対応することで今の所大きな被害にはなっていない。
しかし、魔導合成獣が何故出現するのか。誰かが意図的に起こしているのか、それとも偶発的な事故なのか……それすら分かっていないのが現状だった。
行方不明事件の方も、捜査は遅々として進んでいない……と情報部の友人に聞いている。
「おかげでこれから夜勤なんだよねー。ヤダヤダ、夜間の仕事なんて肌が荒れるってのに……」
「仕方ないよ。魔導合成獣がいつ出現するのか、分かってないんだからさ。こっちとしては常時警戒しとかないと……と」
カレーをかき込み、懐から代金を取り出し、カウンターに置く。
「ごちそうさま。今日は夜勤だから帰れない、戸締りには気をつけてね」
「分かった。兄さんも気をつけてね」
「ああ。大丈夫、この街の平和は僕達騎士団が必ず護るから」
言って、アインと共に店を出る。
さて、夜勤頑張ろう。




