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魔術とは、現実を書き換える行為だ。
現実に対し、自分の考える理想を脳内に構築する。これを術式と呼ぶ。
組み上げた術式を外界に放ち、現実を上書きする。これが魔術である。
術式を外界に放つ方法は多岐にわたる。
呪文を唱える。なんらかのジェスチャーを取る。と言った外から分かる方法もあれば、ただ「放つ」と思うだけの方法もある。
その辺りは魔術を使う人、使う術式によって本当に様々だ。
僕の場合――
「"――蛇よ、阻め"」
すぱ。
左手の掌を右手に握った剣の刃に走らせる。
慣れた痛みと共に血がまき散らされる。
脳内に術式を構築。呪文と、媒介とした血と共に外界に展開し、魔術を発動する。
左手からまき散らされた血が一筋にまとまり、伸び、刹那の間に巨大な真紅の蛇に変わる。
蛇は音も無く、滑るように"目標"に這い進んでいく。
すっかり日の落ちた、暗い路地裏。三方を壁に囲まれた行き止まりに、その"目標"はいる。
それは一見、鼠に見えた。
三頭身の身体に、灰色の毛並み。小さな手足と比較して目立つ、口から飛び出た二本の前歯。
形はごく普通の鼠だ。
ただしデカい。
見上げるほどの――体長三メートルはある巨体を持つ鼠。
ありえない存在だ。そんなサイズのげっ歯類は自然には存在しない。
そんなありえない巨大鼠に、僕の魔術が生み出した、同じく巨大な真紅の蛇が巻きついていく。
手を、足を、身体を、頭をグルグルと締め上げ、完全に動きを封じてしまう。
びくんびくんと不気味に震える、蛇の簀巻きが出来上がった。
「対象の動きを封じた。アイン、お願い!」
「あいよー。"貫くはグングニル"!」
僕の合図に応える呪文。
僕の横で待機していた青年――アインが放った魔術だ。
中空に二メートルの鋼鉄の槍が沁み出るように現れ、高速で巨大鼠へと突撃する。
蛇に囚われた巨大鼠に避ける術は無い。槍は巻きついていた蛇ごと、巨大鼠の頭部を貫いた。
巨大鼠の動きは止まり、辺りに血臭が漂い始める。
「――終わった、な。お疲れ、ジル」
「お疲れ、アイン」
巨大鼠の死を確認し、緊張を解くアインと僕。
「んじゃ本部に連絡しとくわ。ジルは左手治しときなよ、跡が残らない内に」
「ありがとう」
連絡を始めたアインを横目に、僕は自分で切り裂いた左手の治療魔術の準備を始める。
――これが僕の日常。
魔導騎士ジルコニア・メルセデスの日常だった。




