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ラビットマスクにはまだなれない

ぼくはじっと視線を前に向けて、小さく息を吐いた。

背筋を伸ばし、自分がまるで1本の樹木になったような気分になりながら、体をぴんと力を込める。


「や、やってくれ……」


ぼくがそう言うと、呆れ顔の友人――猛がぼくの頭の上あたりに手を伸ばす。すると、キィ、と音を立てて、圧迫感が頭の上にあたった。


「ほら、動くなよ?」


「うん……早く、な」


「はいはい」


「ええっと……」なんて呟きながら、猛は示された数字を読んだ。


「154.3センチ。全然変わってねーじゃん」


「まじかあ……」


猛からの無情な言葉に、ガクリ、と体から力が抜ける。

ああ、世の中は……無情だ。この世に神はいない。


「身長ぐらいでなに人生の終わりみたいな顔してんだよ。さっさと飯食おうぜ」


「お前なあっ!! お前なあぁっ!!! 親友がこうやって落ち込んでる時ぐらい、もうちょっと励ましてくれたりしてもいいんじゃないか?」


「いや、だってお前、週1で身長測ってんじゃねーか。そのたびに、うだうだされてもこっちも気にならなくなるって」


ケラケラと笑いながら、猛はぼくの頭の上に乗せた板を上にずらす。押さえつけてきたものがなくなって、ちょっとした解放感がやってくる。


「お前はいいよな。ぼくみたいに身長の悩みなんてなさそうで」


「けっ。何言ってやがる。高いのは高いなりに大変なんだぜ? 入り口通るときに頭下げないとぶつけるし、服も好きなモノ買えないしな」


「くそぉ。お前の苦労は知ってるけど、なんかイライラする……」


ぼくの身長はさっき更新された154.3センチ。一方の猛はなんと180センチを軽く超える。身長のわりにすらっとしていて、男に使っていいのかはわからないけど、モデル体型という言葉がぴったりくる。そのくせ鋭い目つきと荒めの口調から、少し損をしていた。


一方のぼくはといえば、身長のわりに筋肉質だ。がっしりしていて、細マッチョよりもマッチョよりだった。


荒城学園の凸凹コンビ。そうバカにされてるようなあだ名が、一緒にいることが多くなるにつれてついてしまったのは仕方ないのかもしれない。当のぼくたちからすれば、迷惑極まりないけど。


「っていうか飯だよ、飯。さっさと食おうぜ?」


「……そうだな」


なんともいえない気分になっているぼくの肩をポンと叩いて、猛はぼくの気持ちを変えてくれた。


「そんなことより、ここは保健室なのだけれど? 毎度毎度、ここでお昼を食べるのやめてくれないかしら?」


どこか呆れの混じった声をかけてきたのは、保健室の主である山下美鈴先生だった。切れ長の瞳にメガネ、そしていつも身に付けている白衣のおかげでどこかクールな印象だ。


「まあまあ、先生もお昼はヒマでしょ? それに、オレたちと飯食うの嫌じゃないでしょ?」


「……はあ。あんたたちに本音を言ったのは失敗だったわね」


猛の言葉に諦めたのか、先生は大げさにため息をついて、テーブルにお弁当を広げた。


実は先生、大の寂しがり屋だ。冷たそうな外見なせいで、女子生徒はもとより他の先生からも敬遠されているらしく、つい最近までは1人でご飯を食べていたらしい。

たまたまそのことを知ったぼくたちが、それ以来こうしてお昼を保健室で食べるようになっていた。


そのまま三人で昼食を食べようとしていると、ふと猛が口を開いた。


「そういやさ、大和ってVRヴァーチャルリアリティMMOマッシブリーマルチプレイヤーオンラインってやったことあるか?」


「うん? ヴァーチャルリアリティマッシブリーマルチプレイヤーオンライン? なにそれ? ヴァーチャルリアリティってのは聞いたことあるけど……」


「もしかして、最近出たアレ(・・)のことかしら?」


どうやら先生は知っているらしい。そう言って卵焼きを一口食べていた。


「あ、先生は知ってたんすね。それで、大和は?」


「全くわからない。何のこと?」


「やっぱ知らねーのか。お前、ゲームとかしないもんな」


「ゲーム? そのヴァーチャルなんとかってのは、ゲームのことなのか?」


「ゲームのジャンルのことだよ。ほら、RPGとかアクションとかいうだろ? あれの一種さ」


「ふーん」


「あ、興味なくしやがったな?」


「だって、やらないし」


猛の言葉にそっけなく返す。

正直、ゲームなんて全くやらない。体を動かす方が好きだし、こまごまと画面にタッチしたりするのが面倒で仕方ない。

だから、最近の端末が嫌いで旧型の端末をいまだに使っている。


「話は聞けって。きっとお前も気に入るぜ。なんせVRヴァーチャルリアリティだからな」


「ゲームでVRってあれだろ? ゲームの世界に入って、まるで自分で動いてるような気分になるっていう……」


もともとは医療目的で開発されたけど、最近はゲーム分野にまでVRは進出していた。


「そう! それだよ。要はVRのネットゲームだ。その世界の中で他のプレイヤーと仲間になってモンスターを倒したり、依頼をこなしたりするゲームなんだけどよ。今までのVRMMOは動きがぎこちなかったりしてて人気がなかったんだよ」


「へえ。それで?」


「最近、すごいリアルで動きもスムーズなVRのゲームが開発されて話題になったんだよ。実際オレもβ版で参加して、すごい興奮したんだよ!」


「……ああ。ちょっと前に 2週間ぐらい遅刻ばっかりしてたの、そのせいか」


「うっせぇ。それでな、そのゲームの正式版が、ついに! 発売してんだよ! そのゲームなら、お前も絶対ハマると思ってよ」


「ふーん」


適当に返事をしながら、焼きそばパンをかじった。


「お前、もう少し興味をさ……まあいいや。先生、この部屋のモニターの使用許可もらえません?」


「別にいいわよ……はい、どうぞ」


「まあ、とにかく見ろって」


そう言って、特に何かをしたわけではないけど、突然ぼくたちの眼前に、映像が投影された。


VR技術を含めた科学技術の発展によって、今やケータイはスマホを超え、ソリッドビジョン化した。端末を持っているだけで持ち主の脳波を読み取り、自在に操作できるにまでなっている。


今も、2人は脳内で端末に指示を出しているわけだ。ぼくはこういう操作が苦手だった。このあたりもゲーム嫌いの理由になっているような気もする。


だから、ぼくの端末はもう古いどころか懐かしいとまで言われるスマホを使っている。


そんなことを考えているうちに動画が始まった。

壮大な曲をBGMに、6人の男女が森の中を歩いている。服装は、どこか現実離れした格好――防具や、大剣を担いでいたりしていた。


「これな、いわゆるムービーじゃなくて、実際に操作している映像を第三者目線で撮影してるんだよ」


「……へえ?」


信じられないとばかりに猛を見ると、すごいだろとばかりに自慢げに頷いて笑った。


画面越しに見えるその世界は、思っていたよりもずっとリアルに見えた。木の葉のざわめきや土を踏みしめる音、差し込む日光……そういったものに現実と大差ないぐらい現実味があった。


そのまま映像は森の深いところに進んでいく。道中、巨大な狼と戦ったり、天使に似た人型の敵と遭遇していた。その敵を6人は連携しつつ倒していき、そして――


「こっからだ」


森が突然開ける――


目がくらむような眩い光に画面が照らされ、そして……


『GRUUUUUUUUU――――――!!』


ドラゴン。

そう表現するしかないような巨体が、彼らを待ち受けていた。


「っ、すごいな……」


「だろ?」


鱗一枚一枚の質感、爬虫類に似た眼光、開かれた(あぎと)からは鋭い牙が並び、その奥から炎が漏れていた。


一歩、ドラゴンが踏み出す。そうすれば地面が揺れ、6人組が恐怖に駆られたようにそれぞれの武器を強く握る。自分たちの恐れを隠すように。


そして、自分自身の勇気を掻き立てるように。


『いくぞ――!』


先頭にいた大盾を構えた男が言うと、メンバーが頷いてみせた。彼らから感じていた焦りが、すっと消える。

それを感じ取ってか、ドラゴンもまた眼前の彼らから目を離さない。そしてドラゴンは息を吸うように首を持ち上げ、そして、炎を放つ。


その竜の息吹(ドラゴンブレス)をよけながら、彼らはドラゴンとの戦闘を始めた。


「このゲームってさ、ゲーム性自体は普通のゲームでさ。要はモンスターから皮とか骨とか牙がドロップして、それを使って武器とか防具とかを作るわけよ」


「あー、うん。なんとなくわかる。そういう感じのゲームは子供のころにしたことあるし」


いわゆるRPGだったけど、素材を集めるためにモンスターと戦ったり草を拾ったりした記憶がある。ようはああいうRPGの世界で好きに過ごすゲームなんだろう。


映像は場面が変わって街の様子を映している。中世のヨーロッパみたいな石造りの街並み。宿屋や鍛冶屋、道具屋なんかや、そこで過ごす人たちの営みが流れていく。


「お前さ、プロレス好きだろ?」


「好きじゃない。愛しているんだ。ぼくはあのリングに必ず立つぞ」


そう。それは子供のころからの夢。

テレビでしか見たことのない憧れ。


今まで体を鍛えてきたのも、その夢を叶えるためだ。

いつか、あの眩い光が注がれたリングの上に立ちたいんだ。


「でも、身長足りねーだろ?」


「っ……それは……そのうち伸びるって……」


自分でも苦し紛れだと思う言葉が出てしまう。高校2年になったけれど、とっくの昔に成長期は過ぎてしまっていた。年に1センチも身長は伸びてくれない。ここ2年ぐらいは成長の兆しなんて体重ぐらいだ。


「でさ?」


言葉に詰まるぼくを見ながら、そこで一度言葉を切って、猛はささやきかけるように口を開いた。


「このゲームをやって、あのドラゴンを倒してさ。その皮でマスク作ったらカッコいいんじゃね?」


「!!? あの、ドラゴンで……マスクを作る?」


「β版やってたからわかるけど、装備品とか結構自由度高いんだよ。実際、ネタ職やってたやつが馬の革を使って馬の覆面――ほら、パーティーグッズのゴムの奴、作ったやつがいてさ」


「β版の時のジョブ、ようは職業だけどさ、あれに格闘家とかあったし、スキルに投げ技とかもあったたから、プロレス技もできると思うんだよ。まあ、プロレスラーなんてジョブはないから、あくまでプロレスっぽいことはできる、ぐらいだと思うけど」


興味なんて全くなかったゲームの世界。

それにどんどん引き込まれていくのが、自分でもはっきりわかった。猛が語りかけるたびに、どんどん気持ちが傾いていく。


「どうだ? やってみないか? 現実じゃできないかもしれないプロレスが、ここならできるかもしれないぞ?」


「…………………………」


なんとなく、自分でもわかっていた。

身長が伸びなくて、団体の入団資格にずっと届かなかった。もう伸びてくれない以上、あの舞台に立つなんて不可能だ。それを否定したくて、ずっと体を鍛えて、身長を伸ばす努力を続けてきた。でも、その努力は実ってくれない。


筋肉はついた。運動神経も自慢じゃないがかなりいい。


でも、身長だけが伸びてくれない。


そんな自分でもどうしようもない日々がずっと続いていた。


この世界なら……この世界なら、ぼくも。

ぼくもプロレスラーみたいに輝けるかもしれない。

そんな誘惑がじわじわとぼくの心を侵していく。


「どうやったら、このゲーム、できるんだ?」


だから、いつの間にかぼくはそんなことを口にしていた。


「お、やる気か! えっとな、このゲームのソフト、それからVRゲーム用の機材があればできるぞ」


「……そんな機材持ってるわけないだろ。そういうの、やってきてないんだから……」


やる気を出したとたん、一気にやる気がそがれてしまった。さっきまでの高揚感も、どこかに行ってしまった。


「そうだった……こいつ、レトロ人間だった。お前にやらせたい気持ちが強すぎて、完全に頭から消えてたわ。うわ、どーすっかな」


猛もどうすればいいのかとばかりに頭をかく。


「ふむ……相馬くんは、やりたいのね。そのゲームでプロレスラー」


落ち込む2人だったけど、そこに口をはさんできたのは先生だった。確認するように、じっとぼくの目を見てくる。


「やれることなら。でも、そんな道具なんて持ってないし」


「まあ、君なら目的も達せられそうだから、伯父も認めてくれるでしょう」


「……先生? なんのことか、わからないんですけど」


「山下宗源(そうげん)という名前は知っている?」


怪訝に思うぼくをよそに、先生はさらに言葉をつづけた。


「……いえ? 知らないですけど……」


「そうげん……宗源……どっかで聞いたような気がすんな……」


全く聞き覚えのないぼくとは違って、猛はなにか引っかかっているらしい。そのまましばらく頭をひねっていたが、ポンと手を叩いた。


「たしか、このゲームの開発ディレクターの名前じゃないっすか? β版のオープニングセレモニーで見た気がする」


「そうよ。それでね。その山下宗源という人はね、私の伯父なのよ」


「え? そうなんですか!?」


「それでね? 私が教師をしているのを知っていた伯父が生徒にテスターに勧誘したいって言ってきたのよ」


「テスター、ですか?」


「あまりゲームには詳しくないのだけれど、このゲームはプレイの自由さを売りにしているらしいわ。だから、より多様なプレイをしてくれる人を集めて、その様子を観察することで今後の開発の参考にしたいらしいの」


「でも、大人やゲーム好きは先入観があるって伯父は言っていたわ。『ゲームはこういうもの』『こういうことはゲームだからできない』みたいなね。そこで、ゲームをあまりしたことのない若い人を探しているそうなの」


「ああ、なるほど。今までのゲームと同じようにプレイするオレみたいなのはアウトなんすね」


「そういうことらしいわ」


納得したのか相槌をつく猛と、それに頷く先生。

そして置いてきぼりのぼく。


「だからね。もし相馬くんがやりたいというのなら、伯父に推薦してもいいわ。どうする?」


これ、お願いしていいことなのか?

だって、機材ってかなり高いはずだ。それをテスターとはいえタダで使えるなんて。


そんな風に悩むぼくの肩に、猛は軽く手を乗せた。


「いいから頼っとけよ」


「で、でも……」


「たぶんだけど、向こうにとって損にはならないんだろうよ。テスターだからな」


「そうなんですか?」


「そうね。向こうが機材を提供する見返りに、君のプレイの様子を測定して今後の参考にするわけだから決して一方が損をするということはないはずよ。それに、プレゼントではなくあくまでレンタルみたいな形になるんじゃないかしら」


「なるほど……それなら、お願いします」


ぼくが頭を下げると、先生は小さく頷いて、そしてかすかに笑った。

自分のやりたいと思っていたことに初めて光明が差し込んできたんだ。ここで、ためらっていても仕方ない。


「ええ。わかったわ。私からお願いしておくわ。それと、こういう時は素直になっていいのよ。あなたはまだ子供だもの。それに、私も伯父のお願いをかなえることができるのだから」


「っ、はい。ありがとうございます」


そう笑みを浮かべる先生の表情は、今までに見たことがないぐらい柔らかだった。


そして、それとまるで合わせるみたいに動画が終わる。

重厚なBGMが止まり、そしてそのゲームのタイトルが映っていた。


『NEW WORLD DIVE ONLINE』と――




ここまでの読了、ありがとうございました。


この『ラビットマスクはドラゴンを倒したい』を執筆するにのまえと申します。

以前は、にじふぁんにて二次創作を中心に執筆していましたが、一部作品を除く二次創作禁止の流れを受け、読み専となっていました。

ですが、どうしても執筆熱が収まらず、こうしてオリジナル作品を執筆することを決意しました。

そういう流れで、こうしてあとがきを書いているわけです。


小説を書くって難しいです。

でも面白いです。


この熱を冷まさないようにしながら、この作品を何としても完結させていこうと思いますので、よろしくお願いします。



にのまえ

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