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学校が教えない社会科・歴史・公民  作者: 学校が教えない社会・歴史・公民
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自由とは?『束縛の内からしか有り得ない』

さて、今回は大概の場合『小学校高学年〜中学2年』辺りで大体の人達が考える【自由】について、珍しく哲学論を解説して行こう!


ちなみにおじちゃんも、『中学2年』位の頃に散々悩んで、その当時としての結論は導き出した


新世紀エヴァンゲリオンのTV版最終回で、碇シンジが散々悩んだ挙げ句、『僕は自由で良いんだ!』と結論付けたが、まぁ、殆どの人達は、あの位の年齢で考える事だよな?


まぁ、実際には、あの年齢において【自由】はさほど許されないのが社会と言う物だが・・・


さて、それなりの年齢の読者はともかく、小学生や中学生で、『自由とは何なのか?』と問われて、答えられる人が居れば大したものだ!


結論からすれば、【自由とは、束縛の中からしか生まれない】と言う事だ!!


別の言い方をすれば【自由とは、約束事(例えば法律)の範囲内でしか許されない】に成る


では、具体的に考えて見よう


まず『完全に束縛の無い自由とは、カオス(混乱)にしか成らない』と言う事だ!!


例えば『北斗の拳』の世界なら、モヒカンの悪役が、『ヒャッハー!汚物は消毒だ〜!!』とやっているが、回り全員がモヒカンの悪役で、全員が全員『ヒャッハー!汚物は消毒だ〜!!』と殺し合いをしていたら?


その世界においては、『悪は存在しない』よな?


『ヒャッハー!』さん達を、誰が悪党だと定義するのかな?


逆に一人だけ『ケンシロウ』見たいな人が居ても、『ヒャッハーさん』の世界では、【ケンシロウこそ悪党】になるよな?


ケンシロウの杓子定規で、勝手に『ヒャッハーさん』を殺して歩いている上に、たったの一人なのだからね


ここから分かる事は、『ヒャッハーさんしか居なかったら、トンデモないカオス(混乱)の社会しか存在しない(出来無い)』


これが所謂『究極の自由』だ!!


誰が何をしても許される【自由】


正にカオス!(混乱)


逆にそこにたった一人、別の価値観の人が入り込んだら、その人が【悪】であり、逆に入り込んだ別の価値観の人からすれば、正に【地獄】だよな?


北斗の拳のヒャッハーさんが『悪党』に見えるのは、ケンシロウや他の善良な一般人の価値観モラルが優先される世界だからと言う事だ!


つまり『自由とは、束縛の中からしか生まれない』とは、ルールが有ってこそ『自由』が許されると言う事だ


例えば、大人に成って一人暮らしを始めるとする


一人暮らしを始める場合、余程のお金持ちの御子息以外は、全て自分の責任で雑用をこなさなければ成らない


『炊事』『洗濯』『掃除』『家計の管理』『部屋の片付け』全て自己責任だ!


つまり『一人で自由に暮らす』には、『全て自分が責任を負わなければ成らない』と言う事


正に『自由を得る為に、束縛(家事仕事全部と家計収入を得る)を受け入れなければ成らない』だよな?


誰か家政婦を雇うにしても、『雇った人への給与の支払い』や、『その人が信頼出来るかどうか?』は、自分の責任において判断しなければ成らない


これも【束縛】には違い無い


では?国家単位ではどうか?


『民主主義(自由主義)』では、憲法等の法律に則って、【法治主義】が民主主義運営の前提と成っている


でないと、正に『北斗の拳』の世界の様に、弱肉強食で、強い者が弱い者を虐げても良いと言う社会に成ってしまう


『自由とは、約束事の範囲内でしか許されない』とは、正にこう言う事だ!


自由を得るには、ルールが必要何だよ


でなければ、さっきの例えの様に、【カオス(混乱)】の社会しか出来上がらない


『法律で許された範囲内なら、何をしても自由ですよ』と言うのが、民主主義国家だな


更に民主主義においては、『選挙で選んだ政治家が、国民を代表して政治を行う』ので、社会的な責任は、全ての投票権を持つ国民に有る


だからこそ『選挙で投票する』のは大事だし、無投票や白票投票は、『暗黙の内に立候補者や当選者に忖度そんたくした』事に成ってしまう


それで国がおかしく成ったら、それは『投票権を持つ国民全員の責任』だと言う事だ!!


だから『自由を得るには責任を伴う』とも言える


では、共産主義等の全体主義はどうか?


勿論!基本的には『自由』は一切許されない


勿論、共産主義等の全体主義体制にも『法律』は有るが、基本的には『共産党』なりの指導が、法律見たいな物に成っている


しかし、国民が選挙で選んだ為政者が政治を行う訳では無いので、国がおかしな事に成ったら、『全責任は、政府の役人が負う事に成る』


だから全体主義の国民は、ある意味『政治に対しては、無責任で居られる』と言う事だな


何せ『国民が選挙で選出して無い』上に、『政治批判したら、下手したら政治犯で死刑』だからな?


この場合『国民が政治に対して無責任では居られるが、その代わり自由は制限される』と言う事だ


その一つが『全体主義における言論統制と監視社会化』だな


支那共産党の、人民監視体制が尋常じゃ無い事は、結構有名な話だし、支那人民主主義者が、政治犯として拘束されて居たのは有名な話だ



>劉 暁波(りゅう ぎょうは、リウ・シャオポー、1955年12月28日-2017年7月13日)は、中華人民共和国の著作家。元北京師範大学文学部講師。民主化運動を始め広範な人権活動に参加し、度々投獄された。2010年、ノーベル平和賞を受賞。

(ウイキペディア)


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%89%E6%9A%81%E6%B3%A2



>【監視社会化が進む中国?】


近年の中国社会における急速なITの普及、生活インフラのインターネット化は、膨大な個人情報の蓄積とそれを利用したアーキテクチャによる社会統治という新たな「管理社会」「監視社会」の到来という状況をもたらしています。一方では町中に監視カメラが設置され、交通違反をした市民が大スクリーンで顔写真付きでさらされるなど、比較的原始的な「見せしめ」が行われている。そうかと思うと、地方政府などが行政機関を通じて入手した市民の個人情報を統合して市民の「格付け」を行う社会信用システム、あるいはアリババ傘下の企業が提供するセサミクレジット(芝麻信用)に代表される、日常行動によって個人の支払い能力などの「信用度」を点数付けし、新たなビジネスにつなげようとする社会信用スコアなど、AIとビッグデータを駆使したサービスが急速に広がった結果、中国社会が「お行儀よく」なった、という指摘もよく聞かれるようになっています。

(newsweek)


https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/12/post-11370.php


な?【自由が制限されている】だろ?


勿論!原論の自由は、支那には存在しない!!


『自由とは、責任を伴うもので有る』と言う事が、これらの事からも分かるよな?


だから未成年の学生や子供達は、『自由が制限される』訳だよ


何せ『社会的な責任を取れない』からな


社会的な責任を負っているのは、君達の保護者『お父さん・お母さん・おじいちゃん・お婆ちゃん』だからだ!!


つまり基本的には、家庭のご両親が、『未成年者のルール』と言う事に成る


だってそうだろ?


基本的には、『家の家事をしているのも、家計の収入を得ているのも、君達の親御さん』だからね?


『未成年者に許される自由には制限が有る』のは仕方が無い事で、そのはけ口を、昔は尾崎豊が歌にしていた訳だな


それはさておき、これらの解説で【自由とは束縛の中からしか生まれない】の意味が分かってもらえたかな?


更に大人向けに一言付け加えれば、『新自由主義とは、正にルールを無くす為のルールを作る様な物(TPPやEU等)で、それぞれの国がカオス化する(混乱する)のは、当たり前の帰結で有る』と言う事だ!!


『経済的なヒャッハーさん(大資本や大資本家)』が、『汚物は消毒だ〜!!』と潰し合いを続け、最後に生き残った資本家が、『自分の好き放題に振る舞う』のだからね?


そして庶民は『ケンシロウ様、助けて下させ〜(泣)』と貧困のどん底に喘ぐしか無い訳だな


だが、【ケンシロウ】等の救世主は、現実には存在しないか、或いはその救世主が、次の『ヒャッハーさん』に成る可能性も否定出来無い訳だな


その実例が『支那大陸における、度重なる国家動乱からの新皇帝誕生』だな


『三国志』や『史記』も、その歴史を語った物だ


新自由主義・・・怖いだろ?


まぁ、そうしたく無いからこそ、おじちゃんは解説を続けておる訳だよ!

どうだったかな?


今回は春休み特別編として、哲学論『自由とは?』を投稿して見た!


難しかったかな?


小学生には難しく、高校生なら理解出来ないと困るレベルの哲学論だな


昔から、『自由とは?』と言う哲学論は沢山有った


『光が無ければ影は出来ない』と同じで、『束縛の内でしか、自由は生まれない』のだよ


つまり、『自由』には『束縛』が不可欠で有る様に、『影』は『光』が無くては出来ない


当たり前の事だよな?


光源が無ければ、影が出来ない何て・・・


その位、『自由には束縛(約束)が必須』何だよ


例えばもっと分かりやすく、君達が『学校に何の規則(校則)も無い学校』に通っていたとする


校則なんて、無いに越した事はないよな?


『髪の毛を染めるのも自由』


『授業をボイコットするのも自由』


『制服も好き放題着崩すなり、私服でも構わない』


これだけ聞くと、何か素晴らしい学校に聞こえるが、実はそんな事は無い!


上記以外の部分も『自由』なので


『他のクラスメイトをイジメ殺すのも自由』


『弱いクラスメイトから、カツアゲ(恐喝)するのも自由』


『体力が強く、喧嘩の強い生徒やヤンキーが、好き勝手に振る舞うのも自由(暴力し放題)』


素晴らしいか?


校則が無い(束縛・約束が無い)とは、正に【カオス】だろ?


そもそも校則が無いのだから、先生に訴えても、『いや、校則が無いから、先生は何も出来ないなぁ(笑)』で終わりだぞ?


スクールカースト出来放題だな?


国家で言えば、『恐怖政治体制』たよな?


だって、ヤンキーがクラスを仕切るのだからね?


正に【北斗の拳】の世界!!


救世主(先生)に訴えても、『規則が無いから知りません』で終了!!


な?ある程度の自由を得るには、最低限の規則が『絶対に必要』何だぞ?


自由とは、『何をしても自由』では無い


『何をしても自由』とはイコール【カオス(混沌)】だ!!


高校生の読者諸君は、この位は理解して無いとヤバイぞ?!


幾ら学校の勉強が出来たとしても、『自由とは?』すら分からないのなら、それは『頭が良い』とは言えないぞ?


それすら理解出来ないと、馬鹿官僚や馬鹿政治家の様な、究極の馬鹿タレに成って仕舞う


理解出来ないからこそ、『新自由主義』何ぞに傾倒するのだからね?


分かってやってるのなら、尚更質が悪い上に、『単なる欲たかりの、正に資本主義のブタ』だな(怒)


君達は間違っても、『醜い大人』には成るなよ?

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― 新着の感想 ―
[一言] 北斗の拳は「199X年、世界は核の炎に包まれた」から物語が始まります。 エヴァンゲリオンは「2015年、セカンドインパクト」から物語が始まります。 現在2021年ですが(北斗の拳)や(エヴ…
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