破屋、青し
小さいタバコを吸いながら。
途中右に下る坂道がありまして、その先には例の先生のご自宅があるはずでした。
勇ましく啼いていた鳶が、弧を描くのを止め、ただ白い風に向かって落ちるのが見えました。私はその脇道には向かわず、そのまま坂道を上り続けました。一種の、気まずさのようなものを、今も大事に抱えていたのでしょう。そのまましばらく歩くと、右下に例の家屋が見えました。けれども、それは想像していたものとは異なって、何の変哲もない、ただ人の匂いがするだけの一軒家でありました。その屋根を見下ろしながら歩きました。山の方から、昨晩聞いたのと同じく、叫び声のような鳴き声が聞こえました。いかなる動物の声でしょうか。一寸前までは、聞いたことのない鳴き声でありました。
かつて先生が棲んでいた頃、その家は青く塗られていました。田が広がる片田舎の家々の片隅で、青い家は小さく呼吸していました。板のチョコレットがお好きだった先生は、銀紙を指先で丸め、天井から吊るされたゴミ箱によく投げ捨てました。あの薄空を裂くような、金属どうしが擦れる音が、時折今も心地よく響くのです。
あれから数十年経った今、先生が亡くなったことだけは耳にしていた、私でした。せめてあの家だけは、空白を埋めるごとく、今も呼吸していてほしかった。私は、来た道を引き返すことに致しました。