第六章
「さあチェックも済んだし、今度は方法を考えていこうか」
気が済むまでチェックをしていた由香はテンションもそのまま次の工程に移ろうとしていた。一方の亮太は隅々までチェックされ、変な緊張で疲れきっていた。そのため由香の新たな提案に露骨に嫌そうな顔をする。
「もう疲れたよ。明日からでいいじゃん。今日はもう止め。決まり」
勝手にそう言って亮太はリビングから退出しようとするものの、そうはさせないと由香は亮太をすぐに捕まえる。疲れきっているとはいえ余りにも簡単に押さえ込めたことに由香は呆れた。
「年下の女の子にこうも簡単に押さえ込まれるとはね……。だらしない」
暴れる亮太をしっかり羽交い絞めにしたまま由香は考えを巡らし始めた。亮太の方に意識を集中させていないというのに全く振り解ける気配はしない。改めて自分の力のなさを知った亮太はすっかり暴れる気力すらなくし、大人しくなってしまった。
「あれ、大人しくなっちゃった。まあ楽でいいんだけどね。それよりも方法を考えていかなきゃ」
由香は亮太をソファーへ座らせ、自らも隣に座る。これで亮太の逃走を防ごうという構えである。
「それじゃまずは簡単な所からいこうか。まずは前髪を切る。せめて他人から目が見えるぐらいにすること」
由香が言い終えると同時に亮太を勢いよく挙手をした。異議有りの意思表示を示したのである。これを見て由香は少し不満げな表情を見せたものの、異議の陳述を認めると言わんばかりに顎をしゃくる。
「俺の顔はニキビだらけだぞ。そんな顔を外に出せと言うのか」
情けない陳述が亮太の口から飛び出した。由香は手で頭を押さえ、呆れた表情になってしまった。しかし自分の提案を実行させるためには納得をさせなければならない。呆れた表情のまま由香は亮太の異議を潰すべく口を開き始めた。
「今までニキビ面を隠すために前髪をカーテンみたいにしてたの? 馬鹿じゃないの? だったらニキビをなくす努力をしなさいよ。だいたい涌井理紗を見返したいんでしょ? だったらニキビなんかあったら駄目じゃん。治そうよ」
そもそも改造の目的は涌井理紗を見返すことだということをすっかり忘れていた様子の亮太は押し黙ってしまった。それまで無理矢理改造を押し付けられているような感覚になっていた亮太だったが、由香が協力をしてくれているということを思い出したのか目の色が変わり始めた。
「そうだった。俺は理紗を見返してやるんだった。ありがとう由香。大事なことを見落としていた」
実に単純な亮太はやる気を出し始めていた。亮太という人間はこと筋が通れば実に素直なのである。そのことを熟知している由香にとっては亮太の操縦などわけないことであった。
「さあ異論はないね。それじゃ次いこう。とりあえず細すぎるし、小さすぎるから食事の量を増やす。さらに運動もしないとね」
「そうだな。今は由香より食べてないもんなあ……。もっと食べないと」
「あとは眼鏡。その黒縁に牛乳瓶の底みたいな眼鏡はやめようよ」
「いっそのことコンタクトにしてもいいかもなあ」
「そして何よりもお風呂。これは絶対毎日入ること。髪もちゃんと洗うんだよ」
「ああ、もちろんだ」
由香が次々と出す提案に前向きな返事をする亮太。先程までの嫌がりようが嘘のようである。この前向きな返答に満足したのか由香は実に上機嫌である。
「それじゃこれを今日から実行していくわよ。やる気出していこう!」
「よし! 俺の本気を見せてやる!」
そう宣言しながら亮太は勢いよくソファーから立ち上がる。由香はもしかしたら初めてかもしれないというやる気を前面に押し出した亮太を見て既に改造の成功を確信していた。