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Remodeling  作者: 氷室
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第二章

 すっかり薄暗くなった中、亮太はふらふらとした足取りで家路についていた。その表情は悲しみに暮れたままで、生気が感じられない。

 亮太がふと顔を上げると見慣れた建物が目の前にあった。いつの間にか家についていたのである。亮太が表札を見ると、自らの名字である久坂という文字が見える。間違いなく自分の家である。

「ははっ、こんなになってても自然と足は家に向かうんだな」

 そう呟きながら、亮太は家へ入っていった。

「ただいま」

 すっかり暗くなっていたので、心配をかけたのではないだろうかと亮太は思っていたが、返事がない。おかしいなと思った亮太は自分の部屋へ向かう前にリビングを覗いた。そこには少女が一人ソファーに座りながらテレビを見ていた。

「なんだ。由香だけか。父さんと母さんはどうした?」

 亮太が妹である由香にそう尋ねると、由香はめんどくさそうに返事を返した。

「今日から旅行に行くって言ってたでしょ。何聞いてたの?」

 きつい当たり方をしてくる由香に亮太はすっかり萎縮してしまった。理沙に手ひどく一蹴されたシーンが再び蘇ったのであろう。何しろ強気な態度は理沙を連想させる特徴の一つなのだから。

「そ、そうだっけ。ごめんな、テレビ見るの邪魔して。それじゃ、部屋行くから」

 そそくさとリビングから退却していく亮太に様子がおかしいと気づいたのか、由香は振り向いて亮太を見る。背中しか見えなかったが、由香は確信していた。何かあったに違いないと。そう思い立ったら即行動をするのが由香である。すぐに亮太を追っていく。

「ちょっと話があるんだけど、いい?」

 二階へと向かう階段で亮太を捕まえた由香は亮太の肩を掴みながら尋ねる。用件が全くわからない亮太は突然謝り始めた。

「ご、ごめんって言っただろ。そんなにテレビ見るの邪魔されたのがムカついたの!?」

 見当違いのことを言い出す亮太に呆れながら由香は本題について話し始めた。

「兄さん。学校でなんかあったでしょ。なんか暗いし、それに帰ってくるの遅かったし」

 亮太は何かあったことを見抜いた由香の鋭さに驚いた。それと同時にそんな様子のおかしい兄の様子を心配してくれる由香の優しさに嬉しさを感じていた。普段は兄とは思わぬような態度をとっていてもやっぱりこういう時は心配してくれる。

 そんな健気な妹を安心させなくてはと亮太はなんとか笑顔を作り始めた。

「大丈夫だって。何もないよ。心配してくれてありがとう」

 上手くやれたと思った亮太は満足そうに由香を見ていたが、見る見るうちに由香の顔が不快な表情に変わっていく。

「はあ? 何言ってんの? 目を赤くしてるようなやつがそんなこと言ってもなんの説得力もないし」

 そう言われて亮太は思い出した。泣いていた後、顔も洗わないでふらふらと帰ってきたのでそのままになっているのか。そう思って目に手を当てたことが決め手だった。

「えっ? マジで泣いたの? ちょっと本当に何があったの?」

 簡単にカマをかけられた亮太はハッと気づくも時既に遅し。由香は本当に心配そうに見つめている。もうこれは誤魔化せないと腹をくくった亮太は事情を話し始めた。


「はあ、なるほどねえ。兄さんは涌井理紗に告ってそんでこっぴどくフラれたと。そういう訳ね」

 亮太から概要を聞いた由香は事情を把握し頷いている。同級生で幼馴染の涌井理紗に告白をし、フラれたことは亮太にとってはとてつもない衝撃だったが、完全に他人事の由香は手をひらひら振りながらお気楽な様子である。

「でもいいじゃん、別に。あんな女やめといた方がいいよ? ちょっと顔がよくてスタイルがいいだけじゃない」

 由香の言葉に亮太はそれだけで十分すぎると思ったが、それを口にすると顔はともかくスタイルで完全に劣る由香が怒るのは目に見えていたので黙っていることにした。

「自慢なのかどうか知らないけど長い髪なびかせてかっこつけてさ、私が兄さんの立場だったらその場で腹いせに切ってあげてるところよ」

 徐々に発言がエスカレートしていく由香を見て亮太は疑問に思った。そんなに理紗のことが嫌いだったのだろうか。幼馴染だから小さい頃から付き合いがあるが、格別理紗と由香の仲が悪かった記憶は亮太にはなかった。

「なあ由香。お前って理紗のことが嫌いなのか?」

 亮太が由香に疑問を投げかけると、既にヒートアップしていた由香のボルテージは更に上がり始める。亮太に詰め寄りながら由香は早口にまくし立て始めた。

「当たり前でしょ! もう生理的に嫌いね。自分の才能とか容姿を自慢しくさってるのが気に入らないのよ!」

 この怒り様を見ると過去に何かあったのかなと亮太は思ったが、それを尋ねてしまうともう止まらなくなってしまうんだろうなと感じた亮太はここでも話を合わせてだんまりを決め込んだ。

「はあ、一気に喋ったら喉が渇いちゃった。とりあえず何か飲も。台所で続きよ」

 由香の言葉に亮太はまだ続くのかとうんざりしていたが、ここで断る方が余計に面倒なことになると経験上知っている亮太は大人しく由香の後に続き、台所へと向かった。

 台所に入ると由香はコップにお茶を注ぎ、一気に飲み干す。余程喉が渇いていたらしく二杯目も注ぎ、飲み干す。

「くあぁ〜〜! うまいっ! 生き返るぅ〜〜」

 その仕種はあまりにもおっさんくさい。ショートカットの似合う美少女がそれをやるなよと亮太は思ったが、例の如く黙る。大人しく、やや暗いところのある亮太は学校でいじめに遭うこともあるので、そういう災いを逃れる処世術は心得ているのである。

「よし、それじゃ話の続きよ。とりあえず椅子に座りなよ」

 椅子に座りながらそう言う由香は今度は椅子の上で胡坐をかいている。Tシャツにホットパンツというラフなスタイルと相まって豪気な雰囲気を醸し出している。

 由香に促されて椅子に座った亮太は早く終わらせたいという気持ちがありありと表情や態度から表れている。そんな亮太の様子など全く気にせずに由香は再び話し始める。

「今、思いついたんだけどさあ。涌井理紗に復讐したくない?」

 突然不穏な言葉を耳にした亮太は思わず固まってしまった。何を言っているんだろう、こいつはと言葉にしなくとも表情がそう言っていた。

 そんな亮太の様子を見て由香は説明を加えようと、テーブルを挟んで向い側に座っている亮太の方へ身を乗り出してきた。

「だって悔しいでしょ? めちゃくちゃ言われて引き下がったままってのは。それに一回誰かがお灸をすえてあげなきゃね」

「い、いいよそんなこと。それに何をする気なんだよ」

 既に楽しそうになってきている由香に一抹の不安を覚えた亮太は絶対に断らなきゃいけない、由香を止めなくてはならないと思った。このままでは理紗を殴りにでも行きかねない。

「大丈夫だよ。別に暴力をふるうわけじゃないから」

 兄の考えぐらいお見通しといった風に由香は手をひらひら振りながら言った。ひとまずまだ信用はできないものの暴力はふるわないということに安心した亮太はホッと一息つく。

 しかしそれでは何をする気なのだろうかと違う不安が首をもたげてきた。

「それじゃ一体何をする気なんだ?」

 これだけは絶対に聞いておかなくてはならないと亮太は強い語調で問いただす。もし、由香が非道なことをしようとしているならば兄として正さねばと心に決めたようだ。理紗を始めとする他人の前では大人しい亮太だったが、家族の前ではこのように勇ましいところがあった。完全な内弁慶である。

間違っても理沙の前ではこんな態度は取れないであろう。

「よくぞ聞いてくれました。私のアイデアはズバリ、兄さんを改造することですっ!」

 由香が胸を張って答えたことは亮太には全く想定外の回答だったため、再び亮太はフリーズしてしまった。それでも口だけは改造と心底不思議そうにひたすら呟いている。そんな亮太を相変わらず置き去りにして説明を続ける由香。亮太の決意も虚しくもはや主導権は完全に由香のものである。

「まずその最悪な見た目を改善して、少しは見れるようにする。そして他所の女の子と普通に喋れるようにする」

 指を折りながら一つずつプランを並べ立てる由香。当の本人を置き去りにして実に楽しそうな様子である。いまだこちらの世界に帰ってこない亮太には自分のあずかり知らぬところで次々に予定を決められていくことに異議を挟むことすらできない。

「ちょうど明日から夏休みだから新学期には涌井理紗を驚かせてやろうよ。ねえ、兄さん」

 ようやく理紗が自分の脳から意識が帰ってきたとき、ちょうど亮太も我に返った。理紗が一体何を話していたか全くわかっていないが、とりあえず怒らせてはまずいと頷いてしまったのが、亮太の運の尽きだった。承諾を得た由香は拳を握り締めて小さく、「ヨッシャ」と呟く。これで由香は夏休みの間、退屈しないおもちゃを手に入れたのだ。

「それじゃ夏休みの間にかっこよくなりましょう!」

 満面の笑みでそう言って両手を握り締めてくる由香の様子に亮太は地雷を踏んじゃったのかもしれないと激しく後悔をするのだった。

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