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万華鏡

作者: そらきち

 この世界は、この人生は万華鏡みたいなものだ。色鮮やかな光は流動し、変化し、美しい模様を描き出す。万華鏡の中に入っている宝石やら何やらはさながら人生を構成する人の心だ。形も色も反射の仕方もみな違っている。うえをみて、ひかりをみなきゃ、光を入れようとしなくちゃ何も見えないところなんてそっくりだ。中々に洒落ている。ここでいうところの『光』は人によって違うのだろうけど。

 それは恋人であったり、友人であったり。

 それは勝利であったり、敗北であったり。

 それは出会いであったり、別れであったり。

 そんな、人生に色を付けるような、光を入れてくれるようなもの―――万華鏡を万華鏡足らしめるような、僕にとっての『光』。

 そんな彼女の、話をしよう。




 一九九四年四月八日

 一面の桃色の中、彼女は立っていた。





 入学式の退屈な話を半分夢の世界へと飛び立ちながらも耐えた僕や級友たちは早速新しい校舎で歓談を始めていた。高校生活が始まり新しい環境になったとはいっても、クラスメイトのおおよそは同じ中学校からの人間であったので目新しさはなかった。何人か新しく入ってきた人がいる、くらいの認識だった。特段何時ものクラス替えと心境は変わらない。新しい出会いがあるかなぁ、と漠然と思っていた僕としては少し期待外れではあったけれど。何人かの新しい友人と連絡先を交換し合い、軽く雑談をしてその日は終了した。

 どうもみんなは一日目ということもあってか弁当を持ってこず、家にさっさと帰ったりそのまま遊びに行くのが大多数であった。というより弁当を持ってきた奇怪な人間は自分だけであった。高校生とは弁当を囲んで食べることで友人を増やすのではなかったのか、と自分の中の常識を改めつつ帰っていく学友を見送る。

 一人ぼっちになってしまったボクは学食に行く勇気もなく、とりあえずかねてから考えていた作戦、画策を実行することとなった。

 僕の思い描いていた画策とは。お花見だ。

 この学校の特徴の一つに、樹齢二百年の大桜がある。正門から横道に逸れ、校舎の裏側の庭に立つ桜。運よく今日は快晴だし、高校生活最初の昼食を桜の下で食べるというのもなかなか乙ではないだろうか。お花見自体は前から画策していたものだけれど、こんなにばっちりと巡りあわせがあると運命じみたものを感じる。幸先がいいなぁ、と思いつつ教室を出て、下駄箱まで向かう。下駄箱で靴をはきかえ、いったん外に出てみると、心地の良い風が僕の髪をなでていった。春風に乗ってやってきた花弁が肩の上に乗っかる。僕はそれをなるべく落とさないように裏庭へと向かう。今日の飯は大変良いものになりそうだ、と春の陽気にあてられながら裏庭へひょいっと踏み出すと。

 そこで僕は、想像を絶する光景を見ることとなる。桃色のカーペットを思わず踏みしめる。

 薫風によって散らされ、春の日差しを一身に受けながらはらはらと舞い散っていく桜の花弁、その大元の木の根もとに、目を閉じながら花の散るさまを見る―――というより聴いている、そんなようにして微笑みながら座っている、着物の女性が、いた。木の荒々しい肌とコントラストを描くような陶器の表面に似た真白の肌。薄い紅が差されているかのような滑らかさを持つ唇。ガラス細工かと見間違うほどのたおやかな指先。肩口でそろえられた髪の漆黒は、さながら夜空のよう。良い意味で、人間離れしている。街中を歩いていたら思わず視線が止められてしまうほどの美貌。儚げなまゆの曲線が色気を放っている。それほどの美人さに桜の美しさも相まって、まるで一枚の絵画のようだ。

 見惚れていた時間が数刻、数分―――あるいは数瞬なのかもしれない、とにかくと気が経過したのちに、女性は何の前触れもなく、ゆっくりとその瞼をあげた。

 その下から現れたのは、ただひたすらな蒼。

 その蒼は僕の視線をとらえると、これは驚いたとでも言いたげに、

「あなた、誰?」

 と問うてきた。

 その声を例えるならば、精巧な弦楽器。謡われた言葉が僕の頭の中を反響していく。高すぎず低すぎない、非常に心地の良い聞き取りやすい声だ。

「僕は黒桐幹也。新入生です。君は?」

「あら奇遇。私も新入生。両儀式。これから三年間、よろしくね?」

 こちらに花の咲くような笑顔を向けて返答してくる。釣られて僕も笑顔になる。

「君は、ここで何を?」

 僕は彼女―――両義さんの隣に座って弁当箱を拡げながら聞いてみる。彼女は宙に舞う花弁を見ているのか、はたまた空に浮かぶあの白い雲を眺めているのかはわからなかったけれど、視線を斜め上に固定したまま、「桜を見ていたの」と呟く。

「入学式の時にちらりと見えて。とても綺麗だったから」

「うん。確かに納得だね。今の時期は日差しも厳しくないし、こうやって日向ぼっこをしながら見るっていうのも気持ちいいしね。でも、」

 改めて両義さんの服装を見る。

「どうして着物?」

 彼女はゆるりとした動作でこちらを向き、何故そんなことを問われているのかさっぱりわからない、とでもいいたいかのような表情でかわいらしく小首をかしげている。

「だって、着物、好きなんですもの」

「…………洋服、っていうか制服は?」

「この学校、私服でもいいんでしょ?」

 その事実を言われると何も言えなくなる。

 まぁ本人が気恥ずかしさや他人の視線を気にしないのならいいけれど。

「似合ってるね」

「似合ってるから着てるのよ」

 訂正。感じた上で、全て受け止めているのだ。自分に自信がある証拠だ。

「他の人の視線を気にするなんて、私に言わせてみればナンセンスよ。他の人の『色』になんて、染まりたくないわ」

「『色』?」

「ええ。その人のセカイの色よ。よく言うじゃない。私の人生は薔薇色だー、って。それとおんなじ。世界を彩る『色』。他人の意見を気にしてちゃ、せっかく綺麗な自分の色もくすんでしまうわよ?」

 彼女の青い瞳が、僕の目をとらえて離さない。

「―――――――君の瞳、とても綺麗だ」

「でしょう?これは、私の『色』だもの」

「――――」

 その言葉を聞いた瞬間、僕の目の前は明るくなった。世界は、色に満ち満ちていた。

 別に、この世界に失望していたわけではない。だけれども、どうやら自分のセカイはいつの間にかモノクロのつまらないセカイになっていたらしい。そのくすんでいた世界は、彼女の光によって、再び色を取り戻した。

「このセカイは――――万華鏡みたいなものよ」

 彼女は、訥々と話し始める。

「あなたの心の中には、散らばった宝石がたくさんある。そこに光があたって、乱反射して、いろんな光の軌跡を奇跡を生み出すの。まるで万華鏡でしょう?でもね。だからこそ、ヒカリを入れなきゃ残骸と同じになってしまうの。色なんてなくなってしまう――――」

 彼女はひときわ優しい目でこちらを見つめると、また歌うように語る。

「だから、貴方は自分のセカイにヒカリを入れるように、意識なさい。そうすればこの世界はもう少し、輝いて、色づいて、鮮やかに見えるわよ」

 彼女は一通り語り終えると、ひとみをゆっくりと閉じた。まるで来た時と同じように。

 そんな彼女に、僕は問いかける。

「両義さん。僕の――――光になってくれないか」

 言葉を紡ぐ。

「僕の――――色になってくれ」

 今日あったばかりなのに。

 そんなことを口走ってしまった。

 まさにこれこそ、一目惚れ、というやつなのだろうか。

 彼女はつい、と顔をこちらに向け、その蒼い瞳をこちらに見せつけるように悪戯っぽく笑うと。

「どーぞ。素敵で誌的なナンパ屋さん?」

 色っぽいしぐさで、ウインクした。





 これが彼女とのなれ初めだった。今思うと自分も無茶なことをしたものだなぁ、としみじみ思う。高校を卒業し、大学を卒業した僕らは、今でも付き合っている。たぶん僕らの関係は、もう消えることのないものだろう。

 今日は彼女の誕生日。

 誕生日プレゼントは給料三か月分の、彼女の瞳の色によく似たサファイア・ブルーの婚約指輪と。

 蒼の散りばめられた、万華鏡だ。


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