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友人との約束


 その日の放課後、リョウは友人との約束を果たすため、あるファミリーレストランの前に来ていた。

 久遠ヶ原学園は、学園そのもの以外に多種多様な店舗が所狭しと建ち並んでいる。撃退士を要請する巨大な施設であるが故に、口に出しては言えないほどの予算が割り振られているのだ。そのお零れに預かろうという野心を持った企業、はたまた撃退士でもある生徒のためにと献身する企業などが、こぞって店舗を島内に進出させた結果である。

 必然的に似たような店が多くなるのだが、中には「まだこんなタイプの店は久遠ヶ原学園内に存在しない」という理由で、非常にマニアックな趣向を凝らした店が建設されることもあった。

 リョウの目の前にあるのは、まさにそういったマニアックな趣向を凝らしたファミレスだ。

 見た目こそ一階建ての、どちらかといえば狭い敷地のファミレスだ。しかし、道路に面した壁は上半分がガラス張りになっており、中を覗くと席は満杯である。おまけに、店の前には順番待ちの行列までできている。リョウはその列を眺めながら、久遠ヶ原学園の懐の広さに慄いていた。

(まさかこんなお店まであるなんて……っていうか、こんな店で食事することになるなんて……)

 ガラス張りの壁から覗ける店内では、ウエイトレス達が休む間もなく駆け回っている。それだけなら、繁盛している時間帯のファミレスなら当たり前の光景だっただろう。

 だが、そのウエイトレス達の服装が決定的に違っていた。

 いわゆる、メイドさんなのだ。

 紺色のエプロンドレスに、白いフリルが華を添えている。髪型は多様で、ポニーテール、ツインテール、ツーサイドアップ、ショートボブ等々……欧州で発祥した後、日本で独自に発展しまくった"メイドさん"の格好をしたウエイトレス達が接客をしているのだ。

 店の看板には「メイドファミレス はわわ~ご主人様!」という字が可愛らしいポップ体で書かれている。

 リョウは意を決して、列を無視して店内へと入った。列を成す数十人の男性(明らかに教師風の中年男性までいる!)からの視線が痛い。

 すぐさま、一人のメイドさんがリョウの元に駆け寄って来る。

「あの、二人分の席を予約したライラー・アーク・シンって人がいるはずなんですけど……」

 リョウは友人の名前を口にした。するとメイドさんは、とても営業スマイルとは思えない満面の笑みを浮かべて一礼した。

「お待ちしておりました、ご主人様! ただいまお席へご案内いたしますね!」

「は、はあ……」

 ご主人様と呼ばれても、リョウはただ戸惑うばかりだった。そういう趣旨の店だとはわかっていても、慣れるまでには時間がかかりそうだった。無論、リョウは慣れるつもりなどない。

「ただいま当店では"ドジっ娘強化週間"キャンペーン中です! ご主人様のお顔にお水をおかけするオプションを無料でサービスしておりますが、いかがなさいますか?」

「い、いえ、結構です」

 心の中でリョウは「なんだそのサービスは!」と叫んでいた。ドジっ娘、というからには、水の入ったコップを抱えたまま盛大に転ぶのだろうか。果たしてそんなサービスを頼む客がいるのか?

「かしこまりました! ただいまお席にご案内いたします、ご主人様♪」

 メイドさんは超ノリノリである。きっと、楽しんでいるのだろう。その煌びやかなオーラは、アウル覚醒者が有する光纏の輝きに勝るとも劣らない。

 彼女の後についていくと、二人分の席の片側に友人が座っているのが見えた。向こうもこちらに気づいたらしく、食事の手を止めて手を振ってくる。

「おう、遅いぞリョウ!」

「ごめん。でも約束の時間は四時半だろ?」

 時刻は丁度午後四時半を示している。友人も、腕時計を見て確認していた。

「そうみたいだな。いやあ、ここの店行きたくて一時間前に予約しちまってたんだわ。ははは」

 友人――ライラー・アーク・シンはけらけらと笑った。

 シンは、ロンドと同じ堕天使である。金色の髪に、日焼けしたかのような小麦色の肌。わけもなく"湘南"というフレーズが頭をよぎる。

 彼が着ている服は、入院患者が着るような水色のローブだった。シンは撃退士だが、一ヶ月ほど前の戦いで重傷を負い現在はリハビリ中の身である。

 同じ天使でも、こうも違うのかと、リョウは快活に笑う友人を見て思った。

 友人の髪がかすかに濡れていることに関しては、言及しなかった。

(頼んだんだ……あのサービス)

 そこでリョウは、シンの手元に置かれている料理に目をやり絶句した。

「何、それ……」

 その料理、と言おうとしたのだが、皿に盛りつけられているものは「それ」としか言いようがなかった。少なくとも、料理ではないとリョウの直感が告げていた。

「これか? これはな、調理担当ではないメイドさんを指名して作ってもらった裏メニュー"ドジっ娘チャレンジオムライス"だ」

 まるで内緒話をするかのようにひそひそと、且つ楽しげにシンが説明してくれたが、リョウは全然羨ましいとは思えなかった。要はただの失敗作ではないかとツッコミを入れたくなったが、ここで働いているメイドさんの誰かが作ったものだけに声を大にして言及することは躊躇われる。

「ちなみに、"ドジっ娘強化週間"中だけの期間限定メニューだぜ。お前も頼むか?」

「いや、いい……僕は普通のオムライスでいいよ」

 シンの手元にあるものが、仮にオムライスだとしよう。卵に相当する部分は、黄色ではなく茶色い焦げに覆われていて何が何だかわからなくなっている。食べかけなので、中身も窺えるが……中に入っているはずのチキンライスは真っ黒だった。ケチャップの代わりにイカスミを使用したのだと言われた方が、まだ納得できる。だが、その料理ではない何かから漂う強烈な焦げ臭さが、その可能性をも否定してしまっている。

 そんなものを、先ほどからシンは心底美味そうに口に運んでいる。

「シンはさ、大分エンジョイしてるよね。人間の暮らしを」

「ん? 当たり前だろ。堕天使にしろはぐれ悪魔にしろ、天魔の陣営から外れた時点でそうせざるを得ないんだからよ」

 天魔は、食事や睡眠など人間として当たり前の生命活動を必要としない存在である。それは、両陣営が持つエネルギーの供給装置によって"生命力そのもの"が半永久的に保たれているからだ。無論その供給は必要最低限のものであり、力をつけるためには自ら"ゲート"を作成しなければならない。

 しかし、人間側についたいわゆる堕天使やはぐれ悪魔は、その供給が断たれてしまう。故に、人間同様外部から生命力を得る必要が出てくるのだ。撃退士となった天魔は、久遠ヶ原学園で人間と同様の生活を営むことによって、その問題を克服している。

「最初は必要だから、って理由で飯食ったりしてたけどよ。そのうちこういうことも楽しむようになってきたんだよな。人間と同じだよ。感化された、とでも言うべきかねえ」

 そして、中にはシンを含む大勢の堕天使やはぐれ悪魔が、こうして人間としての生活に溶け込んでいる。人間と同じように生き、学び、恋をする。

 シンの場合は、悪魔との交戦中に成り行きで撃退士と共同戦線を張ったことが、堕天使となるきっかけになった。単に天使側についていることが居たたまれなくなっただけであり、決して人間側に同情したわけではない。

 だが、人並みの生活をすることが、天使や悪魔でさえも変えることがある。事実リョウには、シン以外の堕天使やはぐれ悪魔の友人が何人かいる。

 メイドさんの一人が注文を聞きにやってきた。リョウは"普通の水"と"メニュー表通りのオムライス"を注文した。

 混雑しているというのに、それほど待たずして料理が運ばれてくる。シンが「勿体ない……」と呟く。

「ところで、さ」

 そこでようやく、リョウは本題を切り出した。

「報告書を作ったのって、シンだろ?」


「そうだが、それがどうかしたか?」

 シンは特に驚いた様子もなく、答えた。

 彼は、撃退士としての実力の他に、もう一つ能力があった。

「やっぱりね。あんなに詳しく調査ができるのは、君しかいないと思ってた」

「当然だ。だから入院中なのに撃退士やら教師やらが引っ切り無しに俺の病室を訪ねてきては依頼してくるんだっつーの。今日は折角のオフだ。入院にオフもクソもあるかっるーのって話だよ全く」

 軽い口調でシンが愚痴る。

 しかし、それもしょうがないとリョウは思う。

 彼のもう一つの能力――それは、情報収集である。元より人間界――特に、人類が信仰もしくは畏怖してきた"天使"と"悪魔"について興味を持っていたシンの好奇心は、そのまま調査力に直結していた。

 インターネットや文献による調査では物足りないと判断した彼は、直接知識人に教えを乞い、ツテとなる人物を見つけては交渉を重ねた。

 その結果、シンを中心とした大規模な人間関係が構築され、知らず知らずのうちに様々な人物の情報を得てしまったのだ。

 そしてその気になれば、リョウを含む四人の撃退士に関する情報を報告書にまとめることなど容易いのである。

 その湘南チックな見た目に反した能力を買われ、"頼りになるチャラ男"との異名まで持っているらしいが、本人は否定している。主に"チャラ男"の部分を。

「シンはさ、僕以外の三人について、どう思う?」

「三人って、亜麻月雪緒、バステット・ペイルマリー、ロンド・フレイアールヴの三人か?」

「そう、その三人」

「んー、どうだろうなあ」

 シンは食事の手を止めて腕を組んだ。

「まあ、初めから言われていた通りの"協調性に欠ける"連中だとは思ったかな。んで、お前はあいつらをまとめることになったんだって?」

「うん。でも、難しそうだよ」

「ああ……そゆこと」

 シンはこのとき、理解した。約束をフイにしておいて、その翌日に埋め合わせをしたいと連絡してきたリョウの心境を。

 リョウは自信を失くしている。恐らく、昨日だか今日の午前中に顔合わせでもしたのだろう。報告書を作っただけのシンにも、彼らが集うとどうなるのかは大方想像がつく。

 十中八九、仲間割れが起こるだろう。

 最初に雪緒が仕掛け、バステットがそれに乗っかる。その無益な戦いに、ロンドが仲裁を口実に首を突っ込む。ざっとこんなところだろう。

 それは決して、リョウ一人で収拾をつけられることではないはずだ。

 リョウとシンとは一年以上の付き合いがあり、互いに互いを理解しているつもりである。シンはリョウの類稀なるリーダーシップを評価していたし、リョウはシンが周囲で言われているような"チャラ男"ではないことを知っていた。

「確かに、お前の実力なら三人を率いることもできる。上層部はそう思ったんだろうな」

「だけど、実際会ってみると、実感するよ」

 無理、不可能、リョウは決して口にはしない。だが、今回ばかりは、心がそう感じていた。

「所詮教師やら何やらは、天魔との戦いにおける功績や周囲の評価でしかお前のことを見ちゃいないんだよ。正直、あの三人は強いリーダーシップがあればどうにかなる撃退士じゃねえ。けど、選ばれちまったものは仕方がないだろ」

 リョウは無言で頷いた。先ほどから、オムライスには一度も手をつけていない。メイドさん達のアニメ声が、二人の間の沈黙を上滑りしていく。

「……リョウ、あまり他人からの評価を背負いこむな」

「え?」

「俺はお前のことをよく知ってるつもりだ。そこにあるのは、いわゆる周囲の評価や功績だけじゃない。お前自身の、もっと深いところも、ほんの少しだけ知ってるつもりだ」

 シンはドジっ娘のオムライスを食べ終え、真っ直ぐにリョウのことを見据えた。

「失敗したのは、周囲の評価や功績だけのお前だ。それなら、周りが知らない、もっと深いところのお前で勝負するしかねえだろ。

 堕天使の俺が言うのもアレだけどよ、撃退士としてではなく、一人の人間として、やってみたらどうなんだ?」

「……」


 シンの言葉は、諦めかけていたリョウの心にすっと溶け込んでいくようだった。

 確かに自分は、少し周囲の評価を背負いすぎていたかもしれない。周囲の期待に応えようと、自然と無理をしていたのかもしれない。

「わかった。諦めるのは、リョウ・イツクシマとして勝負してからにするよ」

「それでこそ、リョウだ。でも、お前俺にも隠してることあんだろ?」

「はは……それは内緒。隠してるかもしれないし、隠してないかもしれない」

「なんだそりゃ」

 そう言いながらも、シンは笑っていた。

 リョウはようやく、オムライスを口に運んだ。

「…………美味しい」

 少し冷めてしまっているものの、その口当たりに舌鼓を打たずにはいられない。半熟でとろりとした卵が、さっぱりとしたチキンライスによく絡み、口の中で文字通りハーモニーを奏でている。

 この時点で既に、リョウは「また来ようかな」と思ってしまった。外の行列には、この美味しい料理を目当てにしている者も大勢いるのかもしれない。せめて教師はそうだと信じたい。

 その後リョウは、シンと他愛もない雑談に花を咲かせた。

 途中で教師らしき中年男性が店に入ってきたので、しばらくリョウは目で追った。

 その男は、わざとらしく転んだメイドさんの持っていたコップ一杯の水を盛大に顔に浴びて、悦に浸っていた。

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