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四匹の狼(クアトロス・フォース)~ELYSION~  作者: 饂飩粉
第一章:ケルベロスを飼い慣らせ!?
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三人目

 体に風穴を穿たれたヒリュウは、落下の途中で弾けて消滅した。

 召喚した雪緒が、活性化を解除したのだろう。

 セフィラ・ビーストへのダメージは、召喚した撃退士へと還元される。受けた傷がそのまま反映されるわけではないが、体に穴を空けられるほどのダメージを、遠くにいる雪緒は感じているはずだ。

 想像しただけで、思わずリョウは腹の辺りをさすった。

「かはっ……」

 その声が誰のものなのか、リョウにはすぐに判断がつかなかった。その場にいるのは、リョウの他に一人しかいないのに。

 声と共に血を吐いたのは、バステットだ。彼女の右肩からも、血が噴き出している。

 バステットは即座に傷口を抑えながら、リョウの元まで走ってきた。一瞬で彼の背後に回り込んで、背中をぴたりと合わせる。

「え、え?」

 リョウは彼女の行動の理由がわからず、振り返ろうとする。だがバステットは決してリョウとの位置関係を崩そうとはしなかった。

 おかげでリョウの視界には殺風景な屋上――その奥に臨む久遠ヶ原学園が広がったのだが、今はその風景からはっきりと殺気を感じ取れる。雪緒の構える見えない銃口が、この屋上を睨みつけている。目を下に向けると、バステットに傷をつけた銃弾が転がっている。銃弾は仄かに藤色に輝いていて、アウルを纏っていたことが見て取れた。

「あの女、やりやがった!」

 背後にいるバステットに顔だけで振り向くと、彼女は右肩の傷口に指を突っ込んでいた。マンダリン・レイヴンがそこから掻き出したのは、もう一発の銃弾であった。床に転がっている者と同様、藤色のアウルに包まれている。

「セフィラ・ビーストを囮に使うとはね……」

 その一言で、リョウにも何が起こったのか理解することができた。

 恐らく雪緒は、バステットがヒリュウに攻撃をしかけたとき――彼女の注意がヒリュウに逸れた瞬間を狙って狙撃したのだ。雪緒のVWは、二丁のスナイパーライフル。最初から、二段構えの狙撃だったのだ。

 自分にもダメージが返ってくるにも拘わらずヒリュウを囮にするなど、リョウも信じられなかった。

 だが雪緒は実行した。"全ての天魔を殺す"という、使命感にも似た彼女の覚悟は多少の犠牲で怯みはしない。雪緒がはぐれ悪魔とどう戦うのか、実際に目の当たりにして、リョウは改めて身震いした。

「面白い、面白いよアイツ!」

 攻撃を受けたはずのバステットからは、興奮気味の声が聞こえてきた。好戦的な性格の彼女にとって、雪緒のような強敵は闘志を燃やす油でしかない。

 そこで、リョウの携帯が再び振動した。一刻も早くこの場を切り抜けたいリョウは、縋る思いで手に取った。

「もしもし?」

「雪緒よ。今から五秒カウントするから、ゼロのタイミングで右に跳んで。その瞬間に後ろの悪魔を撃つわ」

「えっ――ちょっと! 待って!」

 電話してきたのは、今まさにこの屋上に狙いを定めている雪緒だった。

「五、」

「雪緒!」

「四、」

 リョウが通話口に向けて怒鳴っても、彼女のカウントダウンは狂わない。

「三、」

「どかないからな! 僕は絶対に!」

「ねえ、アンタと同じタイミングであたしも跳ぶからさ」

 電話の内容を察したバステットが、へらへらと語りかけてくる。リョウには、彼女を制する余裕すら持っていないというのに。狙われているのは、彼女の方なのに。どこまでも彼女は戦いを楽しんでいる。

「二、」

「くそっ……」

 リョウの身体を、光纏が包む。まるで無数の星を羽織っているかのような銀色の点描は、透明な夜空のようでもあった。リョウの光纏は、周囲を光の粒が漂う特殊なものである。

「一、」

 雪緒の与えた残り一秒の猶予を聞いた瞬間、リョウは携帯をヒヒイロノカネに持ち替えた。アウルの活性化に反応した特殊金属が、輝きと共に彼のVWをその手に宿す。

(ゼロ)……!)

 最後のカウントは、リョウが心の中で刻んだ。同時に彼は小さく跳んで、自らのVWを真正面に突き立てた。

 身の丈以上の刃渡りと、身の幅以上の刀幅を持つ両刃剣――バスターダスト・クレイモアだ。その巨大さ故に、使いこなすことは難しい。しかし使いこなせれば、一本で攻撃にも防御にも有効な武器と化す。

 バスターダスト・クレイモアはコンクリートの床を易々と貫き、壁の如くリョウの視界を覆う。剣の柄にはアウルの力で伸縮する鎖が伸びていて、もう一方の先は彼が利き手につけてる腕輪に繋がれている。

(防げるか、これで……!)

 時間が、水飴のようにどろりと溶けていくようだった。額に汗が生まれ、重力に引かれて皮膚を伝うまでの刹那が、頭の中を渦巻く思考によって引き伸ばされていく。

 リョウにとって、それは賭けだった。リョウの大剣と、雪緒のスナイパーライフル。VWにも武器本来の性能や強度に差はあるものの、結局はアウルの力が物を言う。

 これはつまり、リョウと雪緒の力比べだった。

 銃剣が大剣を貫くかの、賭けだった。

 リョウは、自分自身の力量をよく知っている。だが、対する雪緒の実力はまだ定かではない。今までの彼女がまだ本気を出していなかった場合、リョウは敗北を覚悟しなければならない。得物を貫いた銃弾が自身に突き刺さるまでの間に、その覚悟を決められるかはわからないが。

 全ては、銃弾が触れるまで誰にも知ることができない。

 そして……

 キィン――と、何かが弾けたような甲高い音が耳を(つんざ)く。

 リョウは不覚にも、目を瞑ってしまった。

 どうして同じ撃退士が、互いにリスペクトの心もなしに戦い合わなければならないのか。こうしてる間にも、天魔の侵攻が始まるかもしれないというのに。

 何故? という疑問が、リョウから現実を見据える度胸を抉り取ったのだ。

「…………?」

 しかし、音の後に来るはずのものが、なかった。

 リョウが負け、胸を突き刺すはずの痛みも、リョウが勝ち、銃弾を防いだ大剣から伝わる痺れるような振動も、一向に訪れる気配がない。

 代わりに、彼の瞼を貫くものがあった。

 光だ。

 眩しいほどではない、白い光。温かくも冷たくもなく、輝くという一つの純粋な役割のみを果たしている。

 恐る恐るリョウが目を開けると、そこには相変わらずバスターダスト・クレイモアが突き立てられていた。

 だが先ほどとは違い、その大剣には後光が差していた。

 否、大剣の奥に、光を発している何かが現れたのだ。薄い緑色の光は、恐らく何者かの光纏だろう。

「愚かな……刃を交える相手を違えるとは」

 聞き慣れない男性の声がする。リョウは即座に剣を抜いて、視界を開いた。

 そこには、大学の制服(久遠ヶ原学園は、大学にも制服が存在する)を身につけた金髪の男が立っていた。一目で彼が天使だとわかったのは、その背中に一対の翼が生えていたからだ。

 男は、光纏の他に、球状の光の膜に覆われていた。光纏と同じ、薄い緑色をしている。男の手前に、雪緒が撃ったであろう銃弾が転がっているのを発見し、それが攻撃を弾く防御壁(バリアー)だと気づいた。

「ロンド、さん……」

 リョウは自然と、そう口にしていた。三枚目の報告書に書かれていた名前だ。

 堕天使で、球状のバリアー"イージスフィア"を操る撃退士。ジョブはアストラルヴァンガード。その高い防御力と天界寄りの力を持って前線に立ち、仲間たちを守る盾となる活躍が望まれるジョブだ。

「お前が、リョウ・イツクシマか」

 リョウに振り向いた男こそ、三人目の"協調性に欠ける"撃退士、ロンド・フレイアールヴに他ならなかった。

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