表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四匹の狼(クアトロス・フォース)~ELYSION~  作者: 饂飩粉
第一章:ケルベロスを飼い慣らせ!?
5/24

憎悪と覚悟

 放課後は生徒達で賑わう街並みも、早朝ではしんと静まり返っている。営業しているのは、コンビニエンスストアくらいだ。

 リョウの隣を歩く雪緒は、涼しい顔をしている。一体彼女の目に、自分はどのように映っているのかが気になる。

 もしかすると、一人の人間としてすら見られていないのかもしれない。究極的に言えば彼女にとってリョウは、天魔に報復するための足掛かりにすぎないのだ。

 だから、雪緒はリョウが沈黙に気を滅入らせていることなど気にもかけてくれないだろう。

 そんな彼女に怒りを覚えないでもないが、それ以上にリョウは男としての自分に自信がなくなっていた。雪緒の前では、"いい人"ですらないのだ。

「ねえ、あまが――雪緒さん」

「呼び捨てでいいのに。学年は同じでしょ?」

「ゆ、雪緒」

「何?」

 デジャヴを感じるやり取りに、リョウは調子が狂った。一瞬、何を話そうとしていたのか忘れてしまうほどに。

「えっと、なんで雪緒はそんなに天魔を憎んでいるのかな?」

 素っ気ない風を装って、リョウは尋ねた。心の中は、緊張で張り裂けそうだった。彼にしてみれば、地雷原に足を踏み込んだのと変わらない心境だ。足元に地雷が埋まっているのかは、彼女の反応が決めることだ。

「憎んでる? 私が?」

 雪緒の反応は、リョウが予想していたものに当てはまらなかった。

「違うの?」

「間違ってはいないけど、天魔を憎んでる撃退士なんてこの学校には大勢いるでしょ。なんでそんな当たり前のことを聞くの?」

「それは……」

 リョウは自分の計算が間違っていたことに気づいた。

 彼女は天魔に対し、誰よりも深い憎しみを抱いているわけではないのだ。リョウが地雷原だと思っていたところは、何も仕掛けられていないどころか、彼女ですら無関心の場所だった。

「ああ、なるほど。わかったわ」

 言葉に詰まるリョウを余所に、雪緒は一人で納得した。その口元に、冷笑ともとれる笑みが浮かぶ。無論、彼女に他意はないのだろうが。

「もしかして、報告書にそんなことが書いてあったのね。リョウはそれを疑って、直接私に聞いたってこと?」

「そ、そう。そういうこと」

 リョウは適当に調子を合わせた。本当は思いっきり勘違いしていたのだが、わざわざ訂正して自分の評価を下げる必要もない。

「ふうん、意外と察しが良いのね」

「それはどうも」

 ズキン、と良心が痛む。

「じゃあリョウは、私がどうして天魔を根こそぎ殺そうとしているのか、その本当の理由が知りたかったってこと?」

 ここまで来るとさすがに引き下がれず、リョウは頷いた。意図せずして彼女の心を覗き込むことになりそうで、また良心が痛む。

「いいわ。話してあげる」

「本当に? 報告書にも書かれていないってことは、まだ誰にも話していないんだろう?」

「別に、誰も聞いてこなかったから話してないのよ」

「なるほど……」

 思わず声に出して、リョウは納得した。"協調性に欠ける"とまで言わしめた生徒なのだから、誰かと過去について語らう機会もなかったのだろう。

 リョウが彼女から感じていたのは、激しすぎる憎悪ではなかった。そのことが、彼を安堵させた。

 朝早い時間帯のためか、学校までの道のりに人影はほとんど見当たらない。リョウはこのまま他の堕天使やはぐれ悪魔と出会わないようにと祈った。

「私と、私のパパとママは、その日天使と悪魔の戦いに巻き込まれたの。家の近くのデパートが改装工事中で、買い物に来た私達は引き返すしかなかった。」

 歩きながら、雪緒は過去を語り始めた。

「天使と悪魔、一対一の戦いだった。やられていたのは悪魔の方で、そいつが偶然パパとママの足元に倒れてきたの。

 それから、悪魔は力を得ようと無理矢理パパとママの魂を吸収した。"ゲート"を生成して吸い込む方が効率的なんだけど、そんな暇が悪魔にはなかったのよ。だから、パパとママはその場で悪魔の餌になった。そこで――」

「雪緒は、アウルの力を覚醒させた?」

「そう。あのときの感触は、今でもはっきりと覚えてるわ。改装中のデパートは鉄骨に覆われていて、そこから鉄パイプが転がってきたの。私はそれを持って、悪魔に突っ込んでいった」

「悪魔に? アウルに覚醒した直後に、悪魔と戦ったのかい?」

 にわかには信じられない話だった。リョウは思わず語気を強めていた。

「少し違う。私がアウルに覚醒したのは、鉄パイプを持って走って、悪魔にそれが突き刺さる瞬間だった」

「――ってことは、アウルの力を持ってもいないのに、悪魔に立ち向かったってこと?」

 天魔には、アウルの力に覚醒したものでなければ攻撃を加えることができない。雪緒の場合、本来なら悪魔に全く効かない鉄パイプに、土壇場で彼女のアウルが流れ込んだということだろうか。ますますリョウには信じられなかった。

 そんなリョウの気持ちを察したのか、雪緒はまた笑った。

「信じてないわね。でも、そうでなきゃ私は今ここにいない」

 雪緒は少しだけ歩を早めて、リョウの前に立ちはだかるかのように振り返った。

「私が今ここにいるのは、この力を使って全ての天魔を殺すため。パパとママがいなくなって、残された私に託されたこの力でね」

 着物の裾から、彼女は小さな金属板を取り出した。USBメモリよりも少し小さめで、紐が通してあるそれはVWを収納している"ヒヒイロノカネ"だった。勿論、リョウも所持している。

 突如、雪緒の全身を淡い藤色の光が包み込んだ。アウルの力を行使するとき、撃退士は皆"光纏(オーラドレスト)"と呼ばれる光を発する。色や光の強さなどは撃退士の数だけ種類があり、中には腕や足のみといった局地的な光纏を持つ者もいる。彼女の場合は、光纏が体の形を象るかのように薄い。

 雪緒はヒヒイロノカネを持つ指にアウルを送り込み、VWを顕現させる。着物と同じく黒を基調としたスナイパーライフルがその手に握られ、銃口は丁度リョウの額に密着した。

 一瞬の出来事に、リョウはまるで反応できなかった。銃については疎いが、彼女のVWはボルトアクションタイプで、スコープなどの余計な装備が一切ついていない。頭の中は、そんな無駄なことを考えるだけで精一杯だった。

 遅れて、全身が緊張の糸で縛られたように硬直する。雪緒の冷めた表情からは、その心理を窺い知ることはできない。彼女は何も隠しているつもりはない。だが、その心は決して表に出ていない。

「だから、リョウも私のことは邪魔しないで。私の力は、天魔を殺すためだけにある」

 初めて雪緒の言葉と表情が合致したと、リョウははっきりと感じた。

「でも、アウルの力は別に君の両親が託したものじゃないよ」

「知ってるわよ。全部偶然と片付けることもできる。でも、その偶然は悪魔に一矢報いる力を与えてくれた。私にとっては、雪緒という自分の名前と同じくらい大切なの」

「…………」

 そこまで言われると、リョウも否定する気にはなれなかった。

 彼の沈黙をどう受け取ったのかはわからないが、雪緒は光纏を解除しVWをヒヒイロノカネへと収納した。そして、何事もなかったかのようにまた歩き始める。

 彼女が隠し立てしていないのは、憎悪ではない。

 あまりにも強すぎるのは、彼女の覚悟だ。手に入れた力で全ての天魔を殺すという、途方もない目的のために命を賭す覚悟だ。

 ――そんな人生を歩むことを、君の両親は喜んでくれるかな?

 リョウはその言葉を、決して口には出さなかった。

 何故ならそれは、そっくりそのまま自分にも返されるからだ。

 雪緒は自分と少しだけ似ている、とリョウは思った。終わりの見えない目的のために、限りある命を全て投げ出す人生。リョウも、そんな道を既に選んでいる。

 気がつけば、高等部の校門前に辿り着いていた。

「それじゃ、私はこれで」

 それまでリョウの前を歩いていた雪緒はくるりと踵を返し、逆に彼の横を通り過ぎていく。

「え、学校行かないの?」

「ええ。リョウも一緒にサボる?」

 雪緒の口から「サボる」という言葉が出てきて、リョウは今更ながらに彼女も同じ高校生なのだと実感した。久遠ヶ原学園には、時折ティーンとは思えないほど大人びた生徒がいる。アウルに覚醒したことが原因なのか、天魔による被害を受けたことが原因なのか、それは生徒によって異なる。雪緒の場合は、そのどちらにも当てはまる。もしかすると、生まれつきなのかもしれない。

「さすがにそれは、遠慮しておくよ」

「そう。残念ね」

 雪緒はそれだけ言い残し、今度こそ背を向けて去っていった。

(僕は、どうしようかな……)

 これから三十分。寝るのもいいが、図書館に行くのも悪くない。しかし迷っているうちに、時間はどんどん過ぎていく。


 雪緒はリョウと別れた後、すぐさま物陰に隠れて彼の様子を窺った。

 彼はしばらく校庭の中をうろついていたが、やがて意を決したように玄関へと向かっていった。

 その瞬間、雪緒はアウルの力を行使するために光纏を発した。

「来て――ヒリュウ」

 彼女のジョブ、バハムートテイマーは"セフィラ・ビースト"召喚獣を使役することができる。

 召喚とは、天魔とは別に古くから存在している人とは異なる生命体を現世に具現化することだ。その召喚を、久遠ヶ原学園ではその他のスキル同様に発展させ、撃退士の力として使用できるに至ったのである。

 彼女が()んだのは、ヒリュウと呼ばれる小型のセフィラ・ビーストだ。

 全身が朱い鱗に覆われた小型龍で、目はエメラルド色、腹部のラインや頬、顎はクリーム色をしている。額から尾にかけて紅色の短い角が並んでいるが、殺傷能力はない。

 ヒリュウは蝙蝠に似た翼をはためかせながら、雪緒の顔がある位置で滞空している。大きさはウサギほどで、キィと栗鼠のような声で鳴く姿はまさに小動物そのものだ。

 首元にはふわふわとした白い毛が首輪のように生えており、雪緒はそれを撫でるのが好きだった。

「ヒリュウ、あの男子生徒――リョウを監視していて。気づかれないようにね」

 ヒリュウはこくりと頷くと、空中を漂うかのように飛行しながら、リョウの後を追った。

 雪緒は、そんなヒリュウの"視界を共有"していた。ヒリュウの目が見たものは、召喚した雪緒自身も見ることができる。それがヒリュウの持つ能力だ。

 これで、リョウが残る二人――もしくはそのどちらかと会う瞬間に、間接的に立ち会うことができる。雪緒にはそれで十分だった。


 後は、隙を突いて狙撃するだけでいい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ