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四匹の狼(クアトロス・フォース)~ELYSION~  作者: 饂飩粉
第四章:クアトロス・フォース
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思いは同じ道を往く

 総合病院の六階。ロンドは割れた窓から外の様子を窺っていた。

 リョウと雪緒が、アグニと戦っている。今まさにアグニのメテオプロミネンスが放たれ、リョウがそれをなんとか受け止めようとしているところだ。

 戦いに参加するほどの余力は、ある。だがそれは、現在展開している百以上のイージスフィアを保つために使うと決めている。

 故にロンドは、窓から彼らの戦いを見守ることしかできない。

 だが、自分を不甲斐なく思うような気持ちは、微塵も心になかった。

「心、か」

 自分が口にする言葉で、これほど滑稽なものはなかった――そう、今までは。

 だがその言葉から感じる、強い思い――感情。その強さを、しっかりと認識しているのだから当然だ。

 恐らく、感情の強さを垣間見たのは今日が初めてではない。思えばロンドは、自分がそういったものを意図的に見ないようにしてきたとすら感じている。

 ならばなぜ、自分は天使として感情を奪う行為を是としなかったのだろうか。

 そこまで考えて、一つの結論に至った。天使がゲートを用い、感情を力に変えることが、いかに愚かしいことなのかを。

「感情、失い難きもの……それを、ただの糧にしてしまうなど」

 ロンドは笑った。大きな声で、心の底から。

 なんということだろう。天使は今まで、そしてこれからも、非効率的な方法で人類から力を得ようとしているのだ。

 感情は、その者自身の心にあってこそ力を発揮するもの。奪ってしまえば、それは一つの力に過ぎなくなってしまう。まるで砂で作った城のように、それぞれが別々の形を持っているものを無残にも手で掬おうとするようなものだ。

 そんなことを、堕天使となった自分が今更天界側に伝えられるわけもない。

 ――そうだ、俺は"感情"の強さに、憧れたんだ……

 今更になって自分の本心に気づき、ロンドは思わず首を振った。

 らしくない。

 らしくないが、悪くない。

 もう一度、リョウと雪緒を見据える。わずかに、リョウが押されているようだ。

「俺の心も、お前達と共にある……勝てよ、リョウ、雪緒」

 親しみを込めて、二人の名を呼ぶ。

 だが――

「あっれれ~? 今天使様のお口からす~っごくフレンドリーな言葉が聞こえたにゃー」

 ……一番聞かれたくない相手に聞かれてしまった。

 バステットが、一度抜けたイージスフィアの隙間から戻ってきたのだ。

「そのまま寝ていればよかったものを……」

「そーゆーわけにもいかないんで、まだやるべきことがあんの」

 彼女が空元気であることは、イージスフィアに寄りかかっている姿勢からも明らかだ。それに、往路の際は一瞬で抜けてきた道を、何倍もの時間をかけて戻ってきたのだから。

「やるべきこと、だと?」

「うん。アンタにもまだ無理してもらうかもだから」

 バステットはふらふらとした足取りのまま、ロンドの横を通り過ぎていこうとする。が、バランスを崩して彼の方へと倒れかかってきた。

 ロンドは咄嗟に自らの槍から新たなイージスフィアを発生させる。イージスフィアが、バステットの上半身に抱え込まれるようにして彼女を止めた。

「痛゛っ!」

 イージスフィアはクッションのように柔らかくはない。

「もう十分無理をしているぞ」

「違う! 今のノーカン! 余計なことにアウル使ってんじゃねーよ!」

「悪いが、俺もほとんど動けないのでな」

「こっちも悪いけど、それでも頼りにしてるぜ。天使様」

 バステットはイージスフィアから体を引き剥がすようにして立ち上がり、ロンドの真後ろに当たる廊下の角にある扉を開けようとした。が、どうやら鍵がかかっているようだ

「ん」

「…………」

 バステットがロンドを見ながら、ドアの鍵を指さした。ロンドは小さなイージスフィアを発生させ、彼女が指さした鍵に触れ合わせて爆発させる。

「これで満足か」

「まだ、かも」

「いい加減にしろ。お前の力でもなんとかなったはずだ」

「いいから見てなさいって!」

 バステットが、鍵の壊れた横開きの扉を勢いよくスライドさせる。

 そこは、利用者の少ない完全個室の入院部屋だった。病院での入院生活は、ホテルなどと同じで部屋のグレードによって費用が違ってくる。よほどの病でない限りは、病院側もわざわざ利用を勧めたりはしない。

 果たしてそこに、ロンドも目を瞠るほどのものが佇んでいた。

「ビンゴーほれ見たことかー」

「成程。納得した」

 その部屋の中心、床から一五〇センチほど浮いた場所に、魔方陣が描かれていた。二重の円の間に冥界の文字が綴られ、陣そのものの中心は紫色の沼のように揺蕩(たゆた)っている。今この総合病院の周辺を丸ごと覆っている結界と、全く同じ色をしている。

「まさかそんなところに、ゲートがあるとはな」

「考えてることがわかるんだよ。嫌でも、さ」

 バステットは思い出す。いつか、アグニと組んでいた頃のことを。

 あの時、マンションの屋上にゲートを作ろうと言い出したのはバステットだ。正面から堂々と迎え撃ちたいという、彼女の好戦的な性格がダイレクトに反映されている意見である。

 アグニはそれを了承したが、一言だけ付け加えた。

「俺様なら、ゲートは隠す……そうだな、一つ下の階の、隅の部屋辺りにな」

 バステットは、その言葉を覚えていた。

「まんま言葉通りでやんの。アタシに言ったの、覚えてないのかね」

 バステットは体を引きずりながら、ゲートである陣の中心へと飛び込んだ。

 ゲートの内部は薄暗い洞窟のようになっていて、赤紫色の岩が全面を覆っている。少し進むと、そこにゲートの(コア)があった。

 まるでアメジストの結晶のような核は、仄かな光のオーラを纏っている。その周囲で時折瞬いている小さな輝きは、人間から吸い取っている魂が吸収される際に一瞬だけ可視化しているのだろう。アウルの力に目覚めていない人間は、このゲートの吸収機能に対抗できない。

 バステットは、マンダリン・レイヴンを装着した右手をゲート核に突き立てた。爪を立て、核に五本の爪を全て食い込ませる。武器がなければ、肩に手を置くかのように、優しく触れていただろう。まるで誰かに手を貸すかの如く。

 バステットは、リョウの肩に手を置いたつもりでいた。アグニの攻撃に必死で耐えている彼を、後ろから支えてやるつもりだった。

「どーよアグニ、仲間がいないと、ダメだったんじゃねーの? その場にいなくても、アタシもあの天使様も、お前をブチのめしたいって思ってるんだ。同じ道で、同じ障害にぶつかってんだ」

 深く深く、爪が核に沈んでいく。バステットの手足を包んでいた炎のような光纏が、マンダリン・レイヴンへと集中していく。

 マンダリン・レイヴンには、装備した者のアウルを直接標的に流し込む効果がある。バステットの黒い炎のように輝く光纏に違わぬ、炎のように燃え盛るアウルを。

「勝てよ、お二人さん。アタシの復讐、アンタらに預けた」

 自分に残っているアウルを、全て注入する。なんとしても、この核を破壊する。

「さて――注射の時間だぜェ、アグニィイイイイイ!!」




 同刻、異変は静かに始まった。

 じりじりと下がっていたはずのリョウの足が、止まったのだ。

「まだだぁ!」

 アグニの怒号。再び、リョウが押されていく。アグニが手を翳している限り、彼の力はメテオプロミネンスのエネルギーへと変換されている。

 メテオプロミネンスの炎が、より一層激しく唸る。無数の蛇が絡み付いているかのように、鎌首をもたげる。

「ぐううっ……」

 ゆらゆらと揺れる炎の蛇が、柄を持つリョウの手に絡みつく。

「リョウ!」

「大丈、夫……大丈夫だ」

「あなたも心配だけど、私もそろそろ限界よ。もってあと五分かしら」

 雪緒はくすくすと笑いながら言ったが、既に両腕が震え始めていた。アウルだけでなく、サイクロン・オルトロスが吸い込み、流す風の勢いにも彼女は耐えているのだ。

「五分もあればっ!」

 リョウは右手を、柄ごと回した。自然と、大剣も刃をメテオプロミネンスに向ける。

 リョウと雪緒のもとに、今まで以上の熱風が吹きつける。浴びているだけで火傷しそうなほどだ。

 だがリョウは既に勝機を見出している。メテオプロミネンスが、大剣の刃を徐々に呑み込んでいく――否、大剣が切れ込みを入れているのだ。

 リョウは大剣を両手で持った。背負い投げをするかのように後ろを向き、地面に突き立てた大剣を引き抜く。

 その瞬間、彼のアウルが大剣に注ぎ込まれた。銀色の両刃が、白く輝く。

 負けられない。リョウは強く思った。思いは、そのままアウルの力となる。

 ――僕は、一人じゃない。

 リョウの光纏が強く瞬く度に、彼の脳裏を幾つもの光景がフラッシュバックする。

 これは、妹を守るための戦いだ。

 病院で目を閉じたまま動かない妹、サヤが目覚めたとき、少しでも平和な世界を見せてやりたい。そのために医療費を稼ぐ。死と隣り合わせの戦いを続ける。彼女のためなら、それができる。

 これは、アウルに目覚めていない者達の分も背負った戦いだ。

 結果内に向かう直前、子供と離れ離れにされてしまった親子のことを思い出す。

 世の中には、戦いたくても戦えない者達だっている。ならばその分も、自分が背負っていくしかない。この戦いは、少なくとも自分だけのものではない。

 その思いは、その思いだけは天界と冥界の攻撃的な思想にも決して負けない。目の前に強大な(アグニ)がいたとしても。

「うぉおおおおおおおおお!」

 バスターダスト・クレイモアが、天の川のような軌跡を半月上に描いた。

 炎に包まれていた雪緒の視界が、一気に開けた。「そんなバカな」とでも言いたげな顔をしたアグニが、中空で呆然としている。

 両断されたメテオプロミネンスは実体を保てなくなり、半球状になってすぐに霧散した。

「俺様の最大攻撃を――」

「あなたの負けよ、アグニ」

 雪緒は一瞬の跳躍でアグニの眼前に躍り出ていた。一対のトンファーが、蜂の大群のようにアグニの全身を殴打していく。

「かはっ……」

 アグニは自らの体を炎にして、それを回避するつもりだった。だがそれができない。

 ゲートからの力の供給が、止まっている。思わず病院の方に目をやると、窓の向こうからバステットが中指を突き立てていた。よく見ると、彼女はイージスフィアの中にいる。恐らくゲート核を破壊した際の衝撃からも、身を守ったのだろう。

「畜、生…………」

 雪緒のトンファーが左頬を強打し、アグニは地面に激突した。何度もバウンドし、病院を囲う柵を凹ませたところでようやく止まる。

「仲間、だと?」

 アグニの真下から、一本の鎖が伸びた。蔦のようにアグニの脚を這いあがり、両腕ごと体を締め付けて動きを封じる。

「終わりだ、アグニ」

「笑わせんな……俺様、が……」

 地面から伸びた鎖は、リョウの大剣の柄に繋がっていた。リョウは白く輝く大剣を下手に構えている。大剣は片方の刃から輝くアウルを噴射しているかのようで、まるで彗星のようだった。

 その彗星が、アグニを袈裟に斬りつける。下から上への斬撃だというのに、初動も、軌跡も、全く見えなかった。

流星滅光刃(りゅうせいめっこうじん)!」

 超高速で燃焼し続ける白いアウルがアグニを切断し、その熱量で肉体を蒸発させた。

 目を覆いたくなるほどの白い閃光が晴れた時、そこに悪魔の姿はなくなっていた。

 

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