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四匹の狼(クアトロス・フォース)~ELYSION~  作者: 饂飩粉
第四章:クアトロス・フォース
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力比べ

「決着、だと?」

 アグニが眉を吊り上げる。

「そう、決着だ」

「ナメた口利きやがって……二人だけで俺様を倒せるとでも思ってるのか」

「二人じゃないわ。四人よ」

 リョウの隣にいた雪緒が、一歩前に出た。

「私達四人で、お前を倒すの」

 久遠ヶ原学園からの移動中、リョウが提示した作戦の通りだった。

 我の強すぎる四人では、同時に戦うことは難しい。一人一人が気兼ねなく全力を発揮しつつ、互いのサポートに回るためには、二人一組で戦うのが理想的だった。標的である敵と交戦するメンバーを次々に入れ替えることで、息切れすることなく最後まで全力で戦うことができる。

 だからリョウは、今回のアグニとの戦いに備えて、普段のような綿密な作戦を提示しなかった。

 ただ一言「先着二人がまずアグニと戦う」と伝えたにすぎない。

 その結果が今、如実に表れている。

「フザけるんじゃねえぞ」

 アグニの口調は強い。だが、ダメージは見るからに蓄積している。ゲートのおかげで片目は治っていても、先ほどまでの戦いで受けた分までは間に合っていない。

「バステット、ロンド、ありがとう」

「……はん、にしても驚いたぜ。堕天使野郎もバステットも、協力して戦おうとするなんてなあ。お前、どんな言葉で言いくるめたんだよ?」

「そんなこと、してないよ」

「ああん?」

「言葉も、従わせようとする気持ちも、必要ない」

 大剣を構えたリョウの足が、にわかに地面に沈んだ。限界まで引き絞った弓の弦のように張り詰めた脚力が、爆発の時を静かに待っている。

「僕たちは皆、それぞれの意志で、それぞれの事情で戦っている。だけど、同じ撃退士(ブレイカー)だ。侵略者である天魔を倒す……それだけで、十分なんだ」

「ハッ、意味わかんねえ。まあいい、どうせお前ら全員ここで死ぬん――!?」

 アグニが言い終える前に、何かが高速で目の前に接近してきた。視界で閃く鈍色の輝き。躱せない攻撃ではない。先ほどまでの戦いで、ある程度奇襲を予期していたアグニは、その一撃を素手で掴んで止めた。

 ガシャ、と鎖の擦れる音が手元で響く。

「これはっ」

 アグニの手に、リョウの大剣の柄から伸びた鎖が絡まっていた。

「捕まえた――!」

 リョウの脚が、溜め込んでいた力を解き放った。隣にいた雪緒が目を覆ってしまうほどの土煙を巻き上げ、たった一度の跳躍で五メートル以上の距離を一気にゼロに縮める。

「うおおおおおっ!」

 下手に構えた大剣を、リョウは一気に振り上げる。大剣の見た目や実際の重量とは裏腹に、その切っ先が斜め上への斬撃を描くまでは、刹那にも満たなかった。

 だが――

「甘ぇよ、撃退士」

「!?」

 リョウの大剣は、空を切ったわけではなかった。

 切ったのは、炎だ。アグニの体が暗い色の炎となって、リョウの目の前でゆらゆらと燃え盛っている。

「二度も同じ手は食わねえ……本気で相手をしてやらぁ」

 アグニの顔も、髪も、炎と化していた。

 即座に、雪緒がライフルで狙撃する。銃弾は炎となったアグニを貫通したものの、全く痛がる様子もない。それどころか、陽炎にゆらめく顔は笑っている。

「炎に向かって何してんだ?」

 アグニの体が、大きく歪んだ。実体を失った炎が熔けていくかのように地面に広がったかと思えば、リョウの足元を這っていく。素早くリョウの後ろに回り込むと、再びアグニの姿を形作った。

「ちっ……」

 雪緒は引き鉄にかけていた人差し指を、咄嗟に止めた。射線に――アグニとリョウが重なってしまっている。

 アグニの腕がリョウへと伸びる。反射的にリョウは大剣を地面に突き立て盾にするが、すぐに無駄だと気づいた。大剣にぶつかったアグニの手は炎そのものだ。一瞬形を失い、大剣に沿うようにして裏へと回る。再びその炎が手の形となったとき、既にそれはリョウの眼前に迫っていた。

 咄嗟に体を引いても、迫りくる炎からは逃れられない。リョウの右頬を、アグニの手が撫でた。それだけで、皮膚が音を立てて沸騰する。

「ぐあああああ!」

「爆ぜろ、人間!」

 アグニの手だけが、一瞬元の実体を取り戻した。パチン! と指を鳴らす。

 それは、爆発の合図だった。

「リョウ!」

 爆風が噴き上がり、雪緒の叫びが掻き消される。熱風は彼女の元にまで吹きつけた。身を焦がすほどの熱に、思わず目を伏せる。

「さて、次はお前だ、女」

 アグニの勝ち誇った声に、雪緒は目を閉じたまま即座に後退した。後方展開で一気に距離をとり、すかさず目を開き、トンファー型のVWスパイラル・オルトロスを構える。バステットに渡した一つはまだ回収できていないのが、銃撃が効かない以上一本で応戦するしかない。

 アグニはやはり、追ってきた。殴りかかろうとするアグニ目がけ、クロスカウンターの要領で回転させたトンファーを突き出す。

 炎の拳と、風を纏うトンファーが交錯する。風圧が、炎を吹き飛ばす――直前に、アグニの腕は実体を取り戻した。

「さっきも食らった攻撃だ。二度はいらねぇ」

 トンファーの打撃を受けたアグニの腕が、無数の黒い蝶へと姿を変えた。文字通り空を裂いて飛ぶ蝶は、素早く雪緒の背後に回り込んだ。

「お前は食らうの、二度目だったか?」

 炎のままのアグニの目が、かっと見開かれた。瞬間、雪緒の背後にいた蝶が爆発する。衝撃で、雪緒はアグニのいる方向へ吹っ飛んだ。しかし、彼女は炎の体をすり抜けて、擦りつけるようにして地面に激突する。

「く、そ……」

 雪緒はなんとか立ち上がる。後ろで、アグニが笑っている。

「はははははは! どうした、俺様を倒すんじゃなかったのかぁ!?」

「あいつ……!」

「雪緒、待って」

 武器を構え、今まさに敵に向かおうとした雪緒を、リョウが肩を掴んで止める。

「リョウ、無事だったのね!」

「大丈夫、まだ動けるよ。でも、今は様子を見よう」

「様子見って、そんな暇――?」

 リョウに気を取られていた雪緒はすぐさまアグニに向き直る。だが、アグニの方は地上から少し浮いた状態で止まり、こちらを見ているだけだ。

「あの攻撃だけで僕を倒せないって、攻撃したアグニ自身が一番わかってるはずなんだ。なのに、とどめを刺そうとはしなかった。こうしてる今も」

「……!」

 確かに、アグニは自ら攻撃を仕掛けてはこない。

「それに、よく見て。アグニの右腕」

「あれは――」

 全身を炎と同化させているアグニの右腕を見て、雪緒ははっとなった。

 そこには、炎でありながらも傷らしき痕がはっきりと見て取れるのだ。

「回復、していない……」

「そう。きっと、本来回復に用いる力を別のことに使っているからだと思う」

「回復に用いる力、別のこと――もしかして」

「ゴチャゴチャうるせぇぞ!」

 痺れを切らしたのか、とうとうアグニが動いた。全身を実体化させ、天高く右手を(かざ)す。そこに、巨大な隕石の如く燃え盛る球体が生まれた。

「今度こそ受けてもらうぜ」

「やっぱり、体を炎と同化させている間は攻撃できないみたいだね」

「ああん?」

 アグニは苛立たしそうに顔を顰めた。

「アグニ、お前が攻撃するときだけ、その炎の体は実体に戻る。恐らく、攻撃の度合いによって実体に戻す分量が決まっているんだ」

「それがわかったから、なんだってんだ?」

 アグニの必殺の一撃――メテオプロミネンスが、一層大きく膨らんだ。その質量がもたらす熱が、リョウと雪緒の身を焦がす。全身を流れる汗は、少しずつだが二人の体力を奪っている。

「もう不意打ちはさせねえ。この距離からなら何処へ逃げようと外さねえ。お前達二人に逃げ場はねえんだよ! 最大最強最高火力の業火で焼き尽くす! 消炭すら残らねえようにな!」

「そうなるかは、まだわからないよ」

「何だと?」

「受け止めてみせる。そしてお前を倒す。僕達はそのつもりだから」

 リョウの堂々とした物言いに雪緒は一瞬驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。彼が頼もしいからという理由だけではない。不思議と心の底から、アウルが湧いてくるのだ。

 天魔と戦うことを、彼女は自らの宿命だと信じた。その決意は、今も揺るぎない。その一本の太い芯に、まるで枝葉のように、花のように、"彼ら"が咲き誇っているのだ。

 リョウ、ロンド、バステット、そして雪緒自身、理由こそ違えど、同じ道を歩むと決めている。撃退士としての道を。そこに障害が立ちはだかるのなら、各々が全力を持って叩き潰す。四人で立ち向かう。

「リョウ、私に考えがあるのだけど、いいかしら?」

「もちろん。僕一人じゃ絶対に無理だ。力を貸して」

「御託は終わったか……こっちも準備完了だ。覚悟しやがれ」

 アグニの頭上で熱く輝くメテオプロミネンスは、もはや結界の中を照らす太陽であるかのようだった。周辺の草木は乾燥し、自然発火を始めている。気がつけば辺りは、日照りの続く荒野のように荒んだ風景へと成り果てていた。

「存在ごと消し飛べ! メテオプロミネンス!」

 アグニが、雄叫びと共に掲げた右腕を振り下ろした。触れたもの全てを灰燼に変えながら、巨大な太陽がリョウの目がけて流星の如く飛来する。

「雪緒!」

「任せて!」

 リョウよりも一歩前に出た彼女の両腕には、トンファーが握られていた。オルトロスの名を冠するにふさわしい一対のトンファーを回転させ周囲の空気を集め、風を巻き起こす。その風は、トンファーのすぐ前を中心に、右から空気を吸い込んで左へと吹きすさぶ。

「リョウ!」

「よし!」

 雪緒の後ろから、リョウが大剣――バスターダスト・クレイモアを風の中心に突き立てた。その幅広い刀身は、時に巨大な盾となり得る頑丈さも持ち合わせている。そこに自身のアウルを流し込み、強度を最大限にまで高める。

「おもしれぇ、純粋に力比べで勝負するってわけか!」

 どんな金属も、熱には弱い。剣で灼熱の大砲を受けようものなら、仮に対天魔用のVWであっても最後まで熱に負けず膨張したり、熔かされたりしない保証はない。

 それを克服するためには、風を操る雪緒の助けが不可欠だった。大剣のすぐ後ろからサイクロン・オルトロスが、熱を冷ましつつ空気を入れ替える冷却ファンの役割を果たしているのだ。

 事実、リョウと雪緒の全身を流れていた汗は収まり、むしろ冷えるくらいにまで至っていた。

 これで、メテオプロミネンスの純粋な威力と、リョウのバスターダスト・クレイモアの頑丈さは対等に戦える。

 そうなったにも関わらず、アグニは笑っているのだ。熱という付加価値を無効にされてもなお、アグニは自身の攻撃に絶対の自信を持っていた。そもそも、敵が盾にしているのは大剣であり、本来の用途とは異なっている。負けるはずがない。

「いつまでもつかなあ、その剣は!」

「くっ…………」

 リョウと雪緒の周囲で、何か小さな光がバチバチと音を立てて弾けていく。リョウの星屑のような光纏が、メテオプロミネンスの余波によって一瞬で蒸発しているのだ。少しずつ、しかし確実に、リョウのアウルは押されている。

「リョウ!」

 雪緒は視線だけを彼に寄越した。

 メテオプロミネンスを真っ向から受け止めているリョウにかかっている負担は、雪緒の比ではない。彼女はサイクロン・オルトロスでの冷却に集中しなければならないため、実のところ彼一人で攻撃を受けているに等しいのだ。

「大丈、夫……きっと…………」

 それでも、リョウは弱音を吐かなかった。目は真っ直ぐに前を見据えたまま、不安を微塵も感じさせない口元で、雪緒に微笑みかける。

「きっと、バステットと、ロンドが……」

「その場にいねぇ奴らに何ができる! もうお前らを助ける連中なんざ来やしねえんだぞ!」

 リョウの足が、踏ん張っているはずなのにじりじりと後ろに下がっていく。

 それでも彼は、前を向くことをやめなかった。

 バスターダスト・クレイモアは、まるで朝日を背にしているかのような神々しさに満ちていた。しかしその光は、今にも二人を焼き尽くさんとする地獄の業火である。

 柄を強く握りしめるリョウの手の、ほんの一寸先で、その時を今か今かと待ち続けている。

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