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集う意思

 数日後、リョウは再び"あの店"を訪れた。

 友人が先に待っているため、今日も店の外まで続く長蛇の列を横目に入店する羽目になった。まるで自分が卑怯者か何かのようだが、友人はしっかり二名で席を予約したのだから、何も後ろめたいことなどない。ただ、店の予約はこの店――メイドファミレスのプレミアム会員(有料)になって初めて、月に一度だけ与えられる特典なのだという。

 リョウにとっては二度目だが、前回と同じメイドさんが彼を迎えた。一つだけ違うのは、メイドさんの態度である。目つきはどこか冷めていて、接客など片手間でしかないような――明らかにやる気を感じない態度なのだ。

「あの、二人分の席を予約したライラー・アーク・シンって人がいるはずなんですけど……」

「そういえば、そんなご主人様がいたわね。あっちの席よ。一人で行けるわよね? 当店ではただ今"クール無愛想強化週間"キャンペーン中よ。ご主人様がお望みなら、もっと冷たくあしらってあげるけど?」

「いえ、いいです……自分で行きます」

 そういえば、店の掲げている看板も「メイドファミレス 何か用、ご主人様?」に変わっていたような気がする。

 リョウには全くついていけない世界だった。ただ今回のメイドさん達の態度は、どこか雪緒に似てるな、と口には出さずに思った。

 友人――シンがリョウに気づき、褐色の手をひらひらと振ってくる。健康そうに見えてその実、肘から肩にかけては未だに包帯が巻かれている。重傷を負った彼が外に出歩けるようになってから、三ヶ月ほどしか経っていない。ロンドやバステットの傷が可愛く見えるほどの重体だったはずなのに、シンの顔は快活そうな笑みを湛えていた。

「お前さあ、どうしてあそこで断っちゃうわけ?」

 リョウが席について早々に、シンは大きく溜息を吐いた。先ほどのメイドさんとのやり取りのことに言及しているのだろう。

「そんなこと言われても……」

「いいか? 今回は"不愛想だけど心の中ではご主人様を大切に想っている"ってコンセプトなんだぞ? わざわざ向こうから遠回しに誘ってきてくれたのに、無下にするご主人様がいるか?」

「僕、ご主人様じゃないんだけど」

「馬鹿野郎! この聖域に一歩足を踏み入れたものは、誰だってご主人様なんだよ!」

 シンが突然声を荒げたので、リョウは思わず周囲の反応を窺ってしまった。だが、ほとんどの客――ご主人様が黙って頷きを繰り返していた。非難されていたのは、リョウの方だった。理屈はよくわからないが、反論はできない。少なくともこの聖域? にいる間は、ご主人様にならなければならないらしい。

「……ごめん、悪かったよ」

「友よ、わかればいいんだ。俺の方こそ怒鳴って悪かった。これ、例の資料だ」

 シンは胸のポケットからマイクロSDカードを取り出すと、テーブルの上を滑らせた。

「ありがとう、助かるよ」

 リョウはそれを受け取って、すぐさま自分の携帯電話に差し込み中のデータファイルを開く。

「アグニ・ヴァルナカル、また出てきやがったのか」

「うん……四匹の狼(クアトロス・フォース)を結成してから、初めて負けたよ」

「相手が悪い、突然出てこられちゃ対策の立てようもないからな」

 そこで、一人のメイドさんがやって来た。

「ご主人様、注文したオムライスできてるから、厨房前のカウンターまで取りに行ったら?」

「お、ありがとーメグちゃん」

「その呼び方、やめてください」

「わかりましたよー、メグちゃん」

「…………」

 シンが、かつてないほどニヤけた顔でメイドさんと会話をしている。つい先ほどまで、真剣な面持ちだったはずなのに。

 メイドさんはシンに返事をせず、プイッと振り返って去ってしまった。

「というわけで、俺は今からオムライスを取りに行ってくる」

「ここ、セルフサービスだったっけ?」

「今は"クール無愛想強化週間"だぞ。ちなみにあのメグちゃんはツンデレ属性もついてるから、俺が取りに行く途中で料理を運んできてくれるはずだ」

 言ってる傍からシンのニヤケは加速している。友人の意外すぎる一面に、リョウは戸惑いを隠せなかった。

 シンが席を立ってしまった後、別のメイドさんが注文を取りに来た。コーヒーを一杯頼むと、やはりこれもセルフサービスであった。

 仕方ないので取りに行かずに、シンから受け取った資料のデータにざっくりと目を通すことにした。

 アグニ・ヴァルナカル。最初の出現は二年ほど前。その際討伐に向かった撃退士八人のうち五人が重傷を負い、一人は再起不能にまで陥った。復帰した五人には、今も消えていない火傷の痕が残っているのだという。

 二度目は別の悪魔のゲート生成を守る形で現れた。持ち前の炎や爆発を起こす力で、撃退士達を寄せ付けなかった。

 三度目の出現の際にはアグニ自ら撤退したため、重傷者は出なかった。逆に重傷を負った悪魔一人を保護し、撃退士として久遠ヶ原学園に受け入れたらしい。

(もしかして、バステットのことかな)

 そして四度目、遂に撃退士側に死亡者が出る事態となった。この頃から、アグニが性格や戦い方とは裏腹に緻密な計画を練る策士の一面を持っていることが明らかになった。使い捨てのヴァニタスにゲートを生成させ、自分はその背後から撃退士達に奇襲をかけたのだ。

 五度目、六度目とアグニは確実にゲートを生成し、力を蓄えている。

 そして今回が七度目の出現であった。前回から半年以上も経っていたため、上層部では天使との戦いで負傷したものだと考えられていた。

 五度目の際に傷を負ったアグニは、すぐにゲートを生成した。故に今回も、傷を負ったアグニは即座に小規模のゲートを用いて回復しようとする可能性がある。

 再びリョウ達の目の前に現れる日は、意外に近いのかもしれない。

 そうとわかった以上、こんなところでコーヒーを啜っているわけにはいかない。リョウは自然と立ち上がっていた。

 そこに、シンが戻ってくる。後ろには渋々オムライスの乗った皿を手に持っているメイドさんがいる。

「リョウ、どうした?」

「ごめん、すぐに行かなくちゃ」

「行くって何処にだよ?」

「病院」

「は? ……ああ、なるほど」

 やれやれという風に、シンは困ったような笑みを浮かべる。少しの言葉で、彼はリョウの心境を察したのだ。

「お金、置いとくから」

「いいってことよ。コーヒー代くらい俺にも払える」

「ありがとう!」

 踵を返そうとするリョウを、シンが「最後に一つだけ」と呼び止めた。

「リョウ、俺が前に言ったこと覚えてるか?」

 その問いに、リョウは笑顔で答える

「撃退士としてではなく、一人の人間として、でしょ?」

 今なら、その言葉の意味をはっきりとくみ取ることができる。

 あの時、アグニと戦った時、己の感情が爆発した。

 ――仲間を守る。そのために、この身がどうなっても構わない。

 今までリョウは、誰もが傷つくことを恐れていた。しかし、そう思うが故に力を発揮できない者がいる。それは紛れもなく、リョウ自身のことだったのだ。

 たとえ傷ついてでも前線に立つ。仲間のためにと己を顧みない姿勢――それが、リョウに今までにないほどの力を与えていたのだ。

 ならば、戦うことを恐れてはいけない。

 戦いで負けたのなら、次の戦いで勝つまでだ。

(アグニを、倒す)

 リョウの心で、静かに闘志が燃え始めていた。


 店を出た瞬間、リョウは思わぬ人物に遭遇した。

「ゆ、雪緒!?」

 列には並んでおらず、少し離れた位置から入り口を見ていたらしい。相変わらず、黒い着物を羽織っている。

「あの、ええと、これにはワケがあって……」

 雪緒が目を細めただけで、リョウは勝手に言い訳を始めた。メイドファミレスから出る姿を目撃されたことが、やけに恥ずかしかった。

「姿を見かけたから後をつけたのだけど……リョウって、こういうお店が好きなのね」

「いや、そういうわけじゃ……」

「嫌いなのに来たの?」

「それも違うんだけど……」

「好きなのね」

「…………はい」

 そういうことにしてしまえと、リョウは投げやりになった。軽蔑されてしまっても仕方がない。

「ふうん……メイドさん……」

「そ、それよりさ。今丁度雪緒のことを探していたんだよ!」

 何かを考え始めている雪緒に、リョウは強引に詰め寄った。突然のことに、雪緒が大きく目をぱちくりさせる。

「な、何かしら」

「今から、ロンドとバステットのいる病院に行こう。話があるんだ」

「あの二人に?」

 わざわざ天魔に会いに行くという提案に、雪緒は眉を(ひそ)めた。露骨に嫌そうな表情である。

 しかし、リョウは臆することはなかった。

「アグニ・ヴァルナカル、あいつを倒すためだよ」

 その言葉が合図であったかのように、雪緒の顔に不敵な笑みが宿る。

「そういうことなら、ご一緒させてもらおうかしら」

「助かるよ、四匹の狼(クアトロス・フォース)全員で、初めての作戦会議をしよう」

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