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蛾の向こうに

 一般市民からの通報に語弊はなかった。それだけで、リョウは少し安心する。

 時折、市民からの通報は的を射ていなかったり、実物よりも過大に、もしくは過少な印象を与えるもののことがある。

 錦糸町にある大型ショッピングモールに、蛾のようなディアボロが大量発生した。それが通報された内容だった。

 茨城県を西に臨む太平洋に位置する久遠ヶ原学園から現場までは、ものの五分もかからない。

 久遠ヶ原学園と各主要都市は、転送装置で繋がっているからだ。

 転送装置は、天魔がエネルギーを得るために生成するゲートの構造を利用し、人工的に作られた長距離用移動手段である。アウルに覚醒した者達は、転送装置を使うことで、一瞬で各主要都市へと移動することができるのだ。

 リョウ達四人が一緒に行動するのは、基本的に転送装置へと入り、移動が完了するまでである。それからは、作戦の確認もせずに各自勝手に指示したのとは別の持ち場に散ってしまう。

 今回もいつものように、雪緒は堂々とショッピングモールの中へ、ロンドは翼を広げ、上階から現場へと侵入する。

 壁一面がガラス張りになっている洒落た雰囲気の建物だが、今は巨大な虫篭のようだった。壁を覆い尽くすかのように、無数の蛾が中を蠢いている。

「あれ、どうしたの?」

 何故かリョウの隣には、まだバステットがいた。普段なら、いの一番に戦いを求め先行するはずの彼女が、何故かショッピングモールを前に顔を顰めている。

「なーんか、いつもと違う」

「……どういうこと?」

 バステットの、いつになく真剣な面持ちに、リョウも目つきを変えた。

 ショッピングモールの中では、既に雪緒がトンファーを回転させながら蛾のディアボロを切り刻んでいる。

 リョウの立てた作戦では、敵を一か所に引きつけてから一網打尽にする予定だった。もうその作戦は諦めるしかあるまい。

「なんつーか、昔のことを思い出すだけ。ああやってウジャウジャするディアボロを作るのが好きな悪魔のこと、知ってんだよね」

「知ってるって、もしかして――」

「ま、いいや。アタシも行こーっと」

 バステットは一方的に会話を打ち切り、リョウを振り切るようにして駆け出して行った。そのまま勢いをつけて跳躍し、二階に位置するガラス面を突き破った。

 三階ではロンドが自身をイージスフィアで覆ったまま、金色の槍で暴れている。ショッピングモール自体は三階建てなので、リョウは早速居場所がなくなってしまった。

(こんなはずじゃなかったんだけどな……)

 バステットが突き破ったガラスの穴から、大量の蛾が溢れ出してきた。それはまるで、一つの大きな雲のように広がっていく。

 三人の邪魔をするよりは、ここで被害を抑えるために戦った方がいいだろうとリョウは判断した。バスターダスト・クレイモアを構え、蛾の群れへ突進する。

「うおおっ!」

 空を切る刃からアウルの衝撃波が生まれ、直線状にいた蛾を消し炭にする。数は一向に減っていないように見えるが、決して無限にいるわけではない。

 終わりの見える持久戦だ。それならば、この四人で負けない道理はない。

 リョウは三人のことを、信じていた。彼らの強さは、紛れもなく本物だった。

 確実に、蛾の数は減っていった。戦いに集中しながらも、リョウは四匹の狼(クアトロス・フォース)の在り方について、僅かな希望を見出していた。

 今の、この戦い方。作戦もなく、一人一人が純粋に力を発揮し合うだけの、原始的ともいえる戦い。

 これこそが、四匹の狼ならではの戦い方ではないだろうか。リョウは三人の行動を大まかに把握した上で、全体的なサポートを担う。今までの戦いも、そうしてきた。このまま回数を重ねていけば、直にそれも洗練されていくはずだ。

(持久戦、か)

 とはいえ、リョウにとってその役回りは"戦"と言うほど苦ではなかった。ジョブの都合もあり、リーダーとして前線に立つことばかりだった彼にとって、こうして後方で味方を支援する経験は新鮮だった。故に、やりがいを感じる。

 三人を率いることはできなくても、三人を存分に戦わせることのできる場を維持することはできる。

 そのために必要なことは、蛾による被害を外に出さないことだ。リョウは大剣を握る手に力を込め、先ほどよりも巨大な、強力な衝撃波を飛ばした。


 ショッピングモール三階。ロンドはイージスフィアで自らを覆い、内側から槍を突き出すことで一方的に蛾を蹴散らしていた。

 槍の先端に小さなイージスフィアを発生させ、突き出すと同時に爆発させる。穂先が直接蛾を仕留めなくとも、周辺に群がるものを一掃できる。イージスフィア自体もアウルの力によるものなので、ロンド自身の意志で解除、もしくは爆発させることなど容易かった。

「……」

 順調に、蛾の数は減っていっている。徐々に視界は開け、縦長のモール内の奥がようやく見渡せるようになってきた。

 爆発した際に蛾が消し飛ぶ瞬間も目撃しているし、間違いなく手ごたえがある。

 だというのに、ロンドは違和感を覚えていた。

 イージスフィアを展開してはいるものの、蛾は攻撃らしい攻撃を全く仕掛けてこない。ただ大量に群がっているだけで、普通の蛾と何ら変化はないように思える。

(これは、なんだ……?)

 少なくとも、ディアボロではない。魂を抜かれた人間から生まれるディアボロは、一人につき一体だ。三階建てのショッピングモールの全フロアを埋め尽くすほどとなれば、数万匹はくだらない。

 だが、数万人が一斉に同じディアボロと化すような事例は、聞いたことがない。そもそも、数万人もの人間を一つに閉じ込めるほどの規模を持ったゲートなど、ここ最近ではなかったはずだ。

 何より、ディアボロは倒しても消滅しない。人間と同様、死体は必ず残る。広範囲の攻撃を行えば、文字通り消し炭になって跡形も残らないこともあるだろう。だが、槍で貫いただけの蛾でさえ霧散してしまう。

 蛾からは、僅かながら冥界寄りの気配を感じる。悪魔側の眷属であることに間違いはない。

 しかしディアボロではない。だとすればヴァニタスか。元人間とは思えないので、それも違う。

 ならば、答えは一つしかない。

「まさか……」

 ロンドはかすかに、だが確かに目を瞠った。

 考えている間も、ロイヤル・ガロストは動きを止めない。

 突き出した槍の穂先が、蛾を貫く――はずだった。

「!?」

 一匹の蛾が、ひらりと穂先を(かわ)した。ロンドは思わず、その蛾に視線を集中させる。

 その蛾は、そそくさと穂先から離れていく。まるで、小さなイージスフィアの爆発から逃れるかのように。

 ロンドはもう一度、同じ蛾に狙いを定めて槍を突き出す。

 が、それも回避される。

 三度目、四度目も、当たらなかった。ここまで来ると、もはや偶然とは思えない。ロンドは穂先のイージスフィアを解除し、集中を高めた。

 踊るように舞う蛾は、無数の群れの中で一匹だけ動きが違っていた。決して無作為に漂っているわけではない。

 そこには、何者かの意思を感じる。

 だとすれば、次の動きを予測することも不可能ではない。

「嘲笑っているつもりか、この俺を」

 ロンドを包んでいる、薄緑色の光纏が輝きを増した。アウルは腕を伝い、指先へ。そこから更に、金色の槍へと集まっていく。

「愚かな……」

 やはり感情など不要だと、ロンドは思う。

 感情を伴う動きを予測するには、感情そのものをくみ取ればいい。ロンドは、感情を極力排しているが故に、その機微に敏感になることができる。

「――!」

 一瞬の挙動で、ロンドは槍を放った。その速さは、薄緑色のアウルが軌跡のように、槍の後を追うほどのものだった。

 槍から指先へ、指先から腕へ、手ごたえが逆流する。

 しかし、それはロンドの予想したものとは、全く違うものだった。

 ロンドの腕は、完全に伸びきっていない。だというのに、槍はこれ以上先に突き出すことができない。

 ――何かによって、槍の刺突が阻まれている?

 違和感のある手ごたえを覚えたのとほぼ同時に、ロンドは見た。

 槍の穂先に、無数の蛾が止まっている。槍は、押しても引いても、ぴくりとも動かない。

 瞬間、槍を伝い、ロンドの全身に怖気が走った。

(恐れた……この俺が?)

 それはごく短い、刹那にも満たない間だったが、ロンドの感情を揺さぶった。

「危ねえ危ねえ。ちょっとナメてたよ、お前のこと」

 密集した蛾の奥から、声がした。同時に、ちりちりと身を焦がす熱気が漂ってくる。ロンドの額に、汗の粒が生まれた。

 やがて、蛾達が一斉に穂先から羽ばたいた。遮られていたその向こう側に、一つの影が在った。

 二対の悪魔の翼――地球上の生物で例えるなら、蝙蝠に近い――を生やした、男だった。

 外見の年齢は、二十一歳のロンドよりも少し若いぐらいだろうか。橙色の髪は、(たてがみ)のように広がり、さながら炎のように宙に揺らいでいる。裾の長いローブのような黒い(ころも)は、先端に火がついており、その場で燃え続けている。

 裾からわずかに窺える右手の指先が、ロンドの槍を阻んでいた。

 男――悪魔が、纏わりつくかのような笑みを浮かべる。

「堕天使だろ、お前。名乗っていいぞ、覚えといてやる」

「っ――悪魔に名乗る名があると思うか!」

 ロンドはロイヤル・ガロストを振り回し、悪魔の指先を弾く。

「おっ?」

 弾くのと同時に、槍の穂先に発生させたイージスフィアを爆発させた。入り混じった黒煙と爆炎が、風船のように膨らみ――止まった。

「!?」

 爆発が、まるで一時停止でもしたかのように止まったのだ。そして、逆再生の如く縮んでいき、元の小さなイージスフィアへと戻ってしまう。ロンドは、目の前で起こったことを即座に信じることができなかった。

「おいおい、俺様に"爆発"で勝負を挑むのか?」

 悪魔は、卵ほどの大きさのイージスフィアを掴むと、容易く握り潰した。小さいとはいえ、強固な防御力はロンドを覆っているものと変わらない。それを悪魔は、一切の力を込めずに破壊した。

「いいぜ。見せてやるよ、俺様の"爆発"を」

 危険を感じ取ったロンドは、イージスフィアごとその場を離れた。地面を蹴って、悪魔から大きく距離を取る。

 あと一秒でも行動が遅れていれば、何をされていたかわからない。

「自分から離れてくれるとは、天使ってのは悪魔にも親切なのかい?」

「何だと?」

 悪魔を睨みつけようとしたロンドの視界を、何かが横切った。

 一匹の蛾だ。

 何故か、イージスフィアの内側に侵入している。

(まさか、あの一瞬で――)

「威力は調整しといてやるよ。バリアを突き破らない程度にな」

 悪魔の言葉の途中で、蛾が火花を発した。


 そして、轟音――


 ロンドを覆っていたイージスフィアの中を、黒煙と爆炎が満たした。

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