三人の一匹狼と一人の苦労者
あらすじにも書いておりますが、本作は株式会社クラウドゲートが運営するWTRPG『エリュシオン』の世界を舞台にした二次創作作品です。
単純に学園バトルファンタジーものとしても楽しめるような作品にしていきますので、エリュシオンを知らない方も是非お読みになってください!
新しいチームで行動することになってからというもの、リョウ・イツクシマの悩みの種は増える一方だった。
今回の作戦だって事前に打ち合わせをしたものの、他の仲間が指示通りに動いてくれる可能性は限りなくゼロに近い。というか、リョウは既に作戦通りに事が運ぶのを諦めている。
ズズン、と地面が揺れた。その後、断続的に重たい音が辺りに響き渡る。
リョウは巨大な筒状の柱に背を貼りつけながら、前方の様子を窺った。
地下鉄丸ノ内線、新宿三丁目駅と新宿駅を繋ぐ巨大な地下通路に、彼以外の人の気配はない。チームの他のメンバーも、彼同様に気配を消しているのだろう。
地下通路は、普段であれば時間を問わず人々が往来する忙しない空間だ。幅が広く、駅の改札以外に宝くじ売り場や靴の修理を請け負う店まで並んでいる。両側の壁には幾つも地上に出る階段があり、迷宮と呼ばれるにふさわしい駅だとリョウは思った。しかも、この大きな地下通路はその迷宮のほんの一部でしかないのだ。
重音が、段々と近づいてきている。駅の中にいた人々の避難が早めに終わって、本当に助かった。これで心置きなく、戦える。
迷宮全体の避難は、既に完了している。ただでさえ広い駅が、余計に大きく感じる。
(……来た!)
地下通路の奥――新宿駅西口へと続く通路から、音の主が姿を現した。
天井を削りながら、四本の足で通路を駆ける巨大な魔物――悪魔に魂を完全に奪われた者が変異した知性なき害悪、ディアボロだ。
外見は猛牛のようだが、人間一人を容易く踏み潰せる大きな蹄を打ち鳴らしながら暴走するその姿は、まさしく魔物である。頭部から生えた太い二本の角には、逃げ遅れたと思しき一般人が何人も串刺しになっている。さながら、巨大な迷宮で罪人を屠るミノタウロスといったところか。
しかし、命を落とした者達に罪はない。ディアボロに、特定の人物を狙うほどの知能はない。ここ数日、周辺で"ゲート"が生成された記録は残っていないので、随分前に悪魔の元からはぐれたディアボロなのだろう。
リョウは助けられなかった人々に向けて、心の中で悼んだ。ミノタウロスは猛然とリョウとの距離を貪っていく。作戦開始まで、あと数秒だ。
リョウは手に持ったヒヒイロノカネに力を込める。ヒヒイロノカネはリョウの力に反応し、その形を身の丈以上の刀身を持つ大剣へと変えた。両手で柄を握り、手に馴染ませる。
この大剣で、まずは擦れ違いざまに足を薙ぐ。それが彼の立てた作戦の第一段階だ。まずは動きを止める。そうすれば、敵からの反撃を受ける可能性はぐっと低くなる。
しかし――というか案の定、リョウの心のカウントダウンを無視して、彼とミノタウロスの間に割って入る影があった。
背中から一対の白い翼を生やした、金髪の男性――堕天使のロンドだ。全身を薄い緑色のオーラ――光纏で覆っていて、その姿は天使そのものであった。
彼の手には、二メートルはあろうかという長さの槍が握られている。金色の柄からは、曲線的なフォルムを描いた矛先が伸びている。一見、鑑賞目的の豪華な作りに見えるが、この槍が貫いてきた悪魔の数は計り知れない。
「悪魔の生み出した眷属か」
ロンドは僅かに目を細めた。彼の表情は変化に乏しく、感情の起伏が全く窺えない。ただ、彼が目を細めたときは、臨戦態勢に入ったということだ。
彼は槍を持っていない方の手を、迫り来るミノタウロスに向けて翳した。掌の先にアウルを集中させ、一気に解き放つ。
ロンドの掌で弾けたアウルが、彼を球状のバリアーで覆った。彼の持つスキル『イージスフィア』だ。彼のアウルと同じ色をした半透明のそれは、いかなる攻撃からも身を守る壁と化す。
だが、ロンドはミノタウロスの攻撃を受け止めるつもりなどなかった。足腰に力を込めて、全速力でディアボロに向かっていく。イージスフィアは、彼の動きに合わせて移動する。
ロンドは小さく跳んで、ミノタウロスの額にイージスフィアを衝突させた。ミノタウロスとの接触面が微かに歪み、稲光を発する。
競り勝ったのは、ロンドの方だった。イージスフィアに弾かれたミノタウロスは、大きく姿勢を崩して来た道を押し出されるようにして後退していく。その勢いに足を取られ、ミノタウロスは真横に倒れた。
広大な地下通路も、巨大なミノタウロスにしてみれば檻のように狭い。一度倒れてしまえば、立ち上がるのは不可能に近い。
「跡形もなく消してやる」
イージスフィアを解除したロンドが、金色の槍を構えて追撃に向かう。
その途中で、ミノタウロスが突然雄叫びを上げた。まるで何かに苦しんでいるかのような、悲痛な叫び声を。
ロンドは一瞬、何事かと足を止めた。
横たわったミノタウロスの首から、腕が生えてきた。否、内側を突き破ってきたのだ。褐色の手は血に塗れ、五指に付けられた鈍色の爪がその血を啜るように滴らせている。
続けて、腕の近くから女性の顔が飛び出した。
「っぷはぁー! やっぱ気持ち悪ぃな、ディアボロの中ってのは!」
ミノタウロスの体から出てきたのは、褐色の女性だった。血と同じ赤い髪を振りながら、大きく伸びをしている。彼女の瞳孔もまた紅く、獲物を狙う獣のように獰猛な目つきをしていた。
「助かったよ、アンタが倒してくれたおかげで、楽に入れた」
女性は血まみれの姿のまま、ロンドへと近づいていった。が、その視線からはおよそ仲間意識と呼べる思いは全く込められていない。
「ふん。邪魔をするだけしか能のない女だ」
対するロンドもまた、敵意を露にして女性をあしらった。
「どーにでも言ってくださいな、天使様ー」
けらけらと笑いながら、女性はロンドの横を通り過ぎていく。その間に、目の下を人差し指で抑えながら、舌を出した。あっかんべー、である。
瞬間、ロンドの光纏が鋭さを増した。
「それは、侮辱のつもりか?」
「あららー、天使様が怒っちゃうわけ? 何、実は短気?」
「ちょ、ちょっと! 二人ともやめなって!」
リョウはその一触即発の事態に耐え切れず、柱の陰から姿を現した。もう作戦通りに動かなかったことを咎める気など、完全に失せている。
「何よ、リョウもコイツの味方するわけ? いつ裏切られても知らないよー?」
「バステット、僕らは一応同じチームなんだしさ……もっと仲良くやろうよ……」
褐色赤髪の女性――バステット・ペイルマリーはしかし、人を嘲笑っているかのような態度を崩さなかった。
「そうよ。同じチームだから、コイツのこと殺さないであげてるんじゃん」
彼女は頭の後ろで手を組みながら笑った。その言葉が本気だということは、目を見れば明らかであった。
ロンドから発せられる殺気が、一層強くなっている。リョウはそれを肌で感じながら、二人から目を逸らした。
その刹那――沈黙したかに思えたミノタウロスの目が見開かれた。
咄嗟に、リョウは背中に掛けたままの大剣を一瞬の挙動で構えた。攻撃でも防御でも、即座に反応できる。
ミノタウロスの口の中に、巨大な炎が生まれていた。どうやら、ブレス攻撃を持っているらしい。
突如銃声が轟いた。
ほぼ同時に、その場にいた三人の間を一発の銃弾が通り過ぎた。銃弾はミノタウロスの眉間に命中したらしく、幾らかの鮮血がそこから飛び散る。
今度こそミノタウロスは完全に沈黙し、口の中の炎は次第に小さくなり、最後には消えてしまった。
リョウの背後から、一人の少女が姿を現した。両手には、それぞれ一丁ずつスナイパーライフルを抱えている。黒い着物、艶のある黒髪に、その二丁の銃はどう見ても似合っていない。
「あ、雪緒。丁度良かった、二人がさ――」
「バステット。あなた、わざと生かしておいたでしょ?」
雪緒と呼ばれた少女は、リョウを無視してバステットを睨みつけた。
「あ、ばれた? お楽しみは取っておこうかと思ってさー」
「呆れた……」
雪緒は、それ以上何も言わなかった。
バステットは再びロンドに軽口をふっかけ、ロンドは無言で彼女を睨み返す。
リョウはなんだかその場に取り残されたような気がして、大きく溜息を吐いた。
ディアボロは無事討伐した。修復作業を終えれば、新宿駅はまた迷宮として、駅としての機能を取り戻すことだろう。
だが、リョウの悩みの種は消えたわけではない。
(こんなんで、この先も戦っていけるのかなあ……)