持って帰ったヴァンパイア
アトラクションの少ない寂れた遊園地。
正直、赤字じゃないの?っていう臭いがプンプンする遊園地。
空もどんより曇っちゃって、青い空なんかこれっぽっちも見えやしなかった。
大事な、だいじーな休日を無駄に使ってそんな遊園地にやってきたのは・・・
――あ、このチケット今日までじゃないの!せっかく福引きで当たったのに、もったいないからちょっと行ってらっしゃい!
・・・という母上様のありがたい一言だった。
こんな曇天の寂れた遊園地で、臨時収入もなく何を楽しめばいいのか・・・
おととい買った特典つき限定版ゲームソフトに大枚はたいて以降、千円も入ってない財布を思い出す。
それと同時に、ふつっと怒りが・・・だーっ!朝からゲームをプレイするはずだった貴重な休日を返せ!タダ券よ、君は一日あればどれだけのことができると思っているんだ!あーもーっ!
半券になったチケットをポケットの中でぐしゃっと握り締めると、入場の受付をしてくれたお姉さんが思い出したように「ちょっと待って」と言いながら台の下から小さなチラシを出してきた。
“ホラーハウス DE ハロウィーン!”
それは見出しにでかでかと山吹色の文字でそう書かれたお化け屋敷のチラシだった。
純和風の。
「ここ、今だけ特別な催しやってるからね。」
にこっと笑ってそう言った人のよさそうなお姉さんにお礼を言ってからチラシを持って真っ直ぐにお化け屋敷に向かう。
これ1巡したら家に帰ってゲームをしよう。
そう心に決めて。
入ったお化け屋敷は昔風の・・・うん、ハロウィン全く関係なかった。
少し涼しい建物の中を、おどろおどろしい効果音とともに障子や板塀が並ぶ純和風の平屋の間を順路に沿って進んで行くと、井戸からは骸骨がぶらーんと飛び出し、障子の間からはこてーんと幽霊が飛び出す。
あそこ出そう、と思えばそこにばっちり出る典型的なお化け屋敷。
人が操作してるというよりはセンサーで感知してお化けが飛び出す仕掛けのようで、しゃがんで進んだときは反応しなかったから自信はある。
お化け屋敷なのに足元は明るく、非常灯が通路のそこかしこでその存在を主張している。
そんな怖さ皆無のお化け屋敷で、あたしは出会った。
けほけほと、背中を見せて咳き込む吸血鬼に。
骸骨が出てくる予定の井戸の縁に腰掛け、黒いマントを羽織った背中を丸めて、小さく咳き込んでいる長身の吸血鬼に。
薄暗いお化け屋敷の照明の中でもわかるくらいの白金の髪を垂らして・・・ここだけハロウィン!
えらくピンポイントなハロウィンだけどチラシは正しかったのだ!
そしてありがちに、近づいたら口のまわりが血まみれの顔で振り向くんだ。
でもお化け屋敷の吸血鬼の顔のイメージってかっこよくないのが多いと思う。
ま、かっこいいと怖くないからだと思うけど・・・一瞬思い浮かんだ、絶対存在しなさそうなかっこいい吸血鬼を振り払い、そっと近づく。
しゃがんで。
骸骨は反応しなかった。
吸血鬼も反応しなかった。
やっぱりか、と思って立ち上がったら骸骨が反応して井戸から飛び出した。
続けて吸血鬼も反応した。
予想外の動きで。
井戸の縁から転がり落ちて一回壁で頭を打ったあと、壁に寄り添うように縮こまり、白い手袋をした両手で心臓のあたりを掴むように押さえてハッハッと浅い呼吸を繰り返している。
膝を抱えるようにしゃがみこみ、とっても驚きましたと言わんばかりに目を見開いて壁際でぷるぷるしている燕尾服姿は・・・今までのお化け屋敷にはない斬新なものだった。
というより演技に思えない。
これ本気で驚いてるかも、というくらいのぷるぷる加減。
思わず覗き込み、ひらひらと手を振ってみる。
「大丈夫ですか?」
もしかしたらあまりにお客さんがこなかったせいで油断していたんじゃない?
そこへ同僚の骸骨が突然動いたもんだから引っくり返るほどびっくりした、と。
あーあ、せっかくあたし好みの顔なのにもったいない。
びっくりしたときの表情が可愛すぎて、もう格好良くなんて見えないって。
ちょっとがっかりしながら、しばらく見つめていても立ち上がる気配のない吸血鬼に近づくと、人のことを見上げてふんふんと匂いを嗅ぐ動作をしてから遠慮がちに白い手袋をした右手が差し出された。
ん?これは起こしてほしいということか?と、その手を掴むときゅっと握り返してくる。
「・・・あの、その・・・あのですね・・・」
あ、日本語だ。
そう思って少しほっとしたものの、そう言ったきりで立ち上がる気配がないことを不思議に思って、首を傾げて吸血鬼を見下ろした。
「・・・そ、その、ひ、一口でいいので、あの、ち、血を・・・」
うーん。あなたにはこの仕事向いてないんじゃなかろうか?
そういうのは獲物に覆いかぶさるようにしながら格好良くさらっと言わないと。
獲物を見上げながらもじもじ言うようなことじゃないはずだ。
そういう旨を伝えたところ・・・
しばらく考えていた吸血鬼がおもむろに立ち上がると、流れるような動きで抱き寄せられて視界が反転した。
世界から隔離するかのようにさらさらと流れ落ちる白金の長い髪と熱っぽく潤んだ葡萄酒色の瞳。
切なげに歪んだ白皙の顔が間近に迫ると、ここが寂れたお化け屋敷だったことなど忘れてしまいそうになる。
「どうか貴女の中に流れる甘き一しずくを、この哀れな獣にお与えください・・・」
んなっ!
なっ、なっ、なんという破壊力!!
吐息のかかる距離で熱く囁かれた声は、色気だだ漏れで腰砕けになりそうなほど艶があった。
さっきはもう格好良く見えないなんて思ってごめん。ほんとごめん。十分格好良いです。超イケメン様です。だからお願いそれ以上近づかないでー!!
ゆっくりと開いて近づく唇の隙間からは偽物であるはずの白い牙がちらりと見えて・・・
キスされるっ!そう思って体を硬くしてぎゅっと目を瞑った・・・のに、いつまでたっても何も無い。
別に期待したわけじゃなかったけど、どきどきしながら不審に思って恐る恐る目を開ければ目の前には誰もいなかった。
夢か妄想か?と体勢を立て直しあたりを見回すと、足元に落ちている服らしき黒い布が目についた。
拾い上げようと僅かに持ち上げたとき、ころりん、と布の間から転がり出てきたのは黒くて小さな・・・コウモリだった。
その場にしゃがみこみ、コウモリを拾い上げる。
頭のてっぺんから足の先までの大きさは8センチくらい。柔らかな黒い体毛に覆われた体はほんのり温かく、薄い皮膜状の翼はたたまれてまるで棒のようになっている。
コウモリを膝の上において、その翼をそっと広げてみる。
少しずつ広げていき、コウモリの左の翼の端から右の翼の端までが手のひらほどに広がったとき。
ぴくっと動いたコウモリが、ゆっくりと目を開けて赤紫色の瞳でぼやあっと見上げてきた。
・・・・・え、と・・・ま、まさかこの色・・・
このとき、せめてお腹が空いた、とかなんとか言ってくれたなら良かったのに。
軽くパニックに陥り慌ててあたりのものを引っ掴んで帰宅した瞬間、ポケットの中から聞こえてきた溜め息まじりの声に戦慄する羽目になる。
「あぁ。気を失っている間とはいえあんなに恥ずかしい格好をさせられて。これじゃぁもうお婿さんになるなんて夢、叶いっこないですよね・・・はぁーあ。」
顔から血の気が引いていくのを感じながらよろりと壁にもたれかかり、ポケットからのぞく黒い背中に開いた口が塞がらない。
ふと、コウモリがちらっと見上げてきて目が合った。
「責任、取ってくれるんでしょうね・・・?」
ちょ、ちょっと翼広げて見てただけじゃないのー!
それにそんなばっちり見てないからー!!