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破裂 前編

始まったのは、謀略

7月15日 山口県 下関市 下関駅前


 「彼はですね!非常に信頼できる男です!」

 弁舌を振るう男は民革連所属の衆議院議員、物部石雄だった。

 任期満了に伴う山口県知事選挙。月末に迫った投票日に向け告示三日後に応援演説のために山口入りした彼にかかるのは重責であった。

 山口は保守王国。衆議院では四ある選挙区のうち民革連が確保できたのは山口2区のみ。そのたった一つの選挙区ですら接戦を競り勝ったのである。他は完全な無風選挙で完敗。知事選でも勝てるかといえば勝算は限りなくゼロ。

 低迷する支持率を巻き返すためにもここで勝たねばならない。そういって幾度もの地方選を戦ったものの民革連は全く勝てないでいた。逆風の続く中、マスコミによるイメージ戦略すら徐々に効果が薄れており、次の国政選挙は負けという空気になりつつある。

 彼にとって民革連はあまり居心地のいいところではなかった。思想性からすれば主流派とは違う。ネットを開けば第二自民だなんだといわれ、経済や外交、危機管理についての党主流派の完全な失策に「政策の足を引っ張っている」と勝手に悪者にされる。保守王国向けに彼はこの地に召喚されたものの、候補者は根っからの左派。嫌気がさすものの、結党に参加し、役職の義理もあって離党できずにいた。

 口八丁手八丁。必死になって覚えておいた原稿を読んでいるのだが、何処か空回っている。

 「どうか、彼、田尾勉をよろしくお願いします」

 声を張り上げた次の瞬間、物部の体に衝撃が走った。強く突き飛ばされたかのような衝撃。それが胸から背中へ一直線に、さらに体中を押し広げるかのように。

 何が起こったか。

 灼熱感。あとから襲ってくる激痛。

 脚の力がうまく入らない。よろける。

 悲鳴が聞こえる。

 鈍っていく痛みとともに意識は水彩画の様に滲み、ぼやけ、電源を引っこ抜かれた古いブラウン管の様にところどころ色が抜け落ち、真っ黒に沈んだ。


 「下関で狙撃?」

 山口市の山口県警本部捜査一課に入ってきた情報は、銃撃事件を内心、遠い土地のことだと思っていた捜査員たちには不意にプロレスラーからビンタされたかのような衝撃だった。

 「撃たれたのは物部石雄民革連幹事長代行。現場で心停止。国立関門医療センターに搬送」

 聞き終えるかどうかの時点で課員はそろって出口に殺到していた。

 「SPは何やってたんだよ」

 「候補者を狙い損ねたか?」

 「わからん。現場に行くぞ」

 「選挙で実弾とか言うが、本物の弾丸持ち出すバカがこの世にいるか!?」

 「想像を絶するバカなんてこの世にゴマンといるよ」

 愚痴りながら早歩きでパトカーに向かう。

 「下関署の刑事第一係がすでに現場で捜査を開始」

 「検問は?」

 「所轄が既に半径10キロ圏内に設置済み」

 「ローラーをかけるぞ。虱潰しだ」

 既に捜査車両を公安課と組織犯罪対策課が押さえつつあるなか、捜査一課も飛び乗る。

 本州西端の地方都市が、大きな渦に飲み込まれていった。


 既に現場の周辺の警察官すべてに事件の情報は共有されていた。

 そんな中、一人は黒い服の男に気付く。夏なのに長袖長ズボン。顔を隠している。あまりにも怪しいのである。

 「失礼します。警察のものですが」

 声をかけると黒っぽい服の男は見るなりぎょっとした顔で走る。細身で、骸骨に皮を張り付けたかのような顔貌はどこか興奮しているように見えた。

 「待ちなさい!」

 警察官もまた走る。

 男はそのままスライドドアを大きく開けていた白いハイエースに飛び乗って走り去る。

 「職務質問の声かけ中に逃走。白のハイエースに乗っている。ナンバーは……」

 無線は所轄、そして県警本部に直ちに共有された。


 県警本部の交通管制センターでは現場からの報告でナンバー追跡が行われていた。

 「Nシステムに応答!」


 管制官から結果が送られてくる。

 「よし。追跡しろ!ベタなんだよ。やり口が」

 口角を大きく上げた組対課長が高笑いするかの如く言い放つ。

 「令状申請の準備。行先わかったらすぐやる。ガサ入れで確実にブツ見つけるぞ」


 「二班。到着しました」

 アルファードの中で買い込んだあんパンとおにぎり、お茶を一口食べ捜査員が報告を送る。

 『よし。現認次第、令状を発行できるようにしている』

 「了解」

 一応の裏付け。彼らが見張ってるビルには堂々と『政治結社 氣鋭塾』の看板がかかっていた。


 安っぽい木のドアが激しくノックされる。実際安い材質であるために、ノックはさらに大きく響いていた。

 「なんだ?」

 スキンヘッドの大男がしかめっ面でドアを開けるとその眼前には『捜索差押許可状』と記された紙と、金色に輝く桜の代紋のバッジが広げられていた。

 「山口県警組織犯罪対策課だ。14:30分。令状に基づき、これよりこのビル一帯の家宅捜索を執行する!」

 「あんだ!?なんでマルボウが!」

 どすの利いた声でオールバックの男がにらみを利かすが、先頭に立った物腰の柔らかそうな組織犯罪対策課長は浄瑠璃のからくり人形のごとく鬼の形相に変わる。

 「貴様らは右翼じゃなくてヤクザだっつってんだ!」

 そういって右手を振りかぶり前へブンと振ると捜査員は問答無用となだれ込む。

 「おい!そこはやめろ!」

 捜査員につかみかかろうとする構成員を三人で抑え込み後ろ手にする。

 「止める権限はないんだよ。指加えてしかと見てろや。おぉこりゃたまげた。鉄砲の弾だ。ライフル弾だぞ!」

 大声で報告する捜査官たち。荒っぽく、すべてをひっくり返すように調べる。

 「口径は!?」

 「30口径!」

 「鑑識に送れ!」

 確認すると課長もまた荒っぽく指示を飛ばす。

 「ライフル!発見しました!ボルトアクション式!」

 「さあ?これでまず銃刀法違反だ」

 にやにやした顔を氣鋭塾の塾長に擦り付けるかの如く、課長は言い放った。


     *************


 中央合同庁舎第6号館法務省旧本館 第2小会議室


 「異例のスピード解決か」

 「三日たたずに逮捕送検ですからね」

 諜報二班の和島の言葉に遊佐はうなずく。

 十三課諜報班の面々が顔を突き合わせての調整会が行われていた。

 突発的重大事案への対応のために必要な作業の調整を行うこの会は参加者全員の序列を排し、作業割を行うものであった。

 事件の概要から現状までを提示し、どこを担当するかを決めるというこの会であったが、今回はあまりにも急な事態だった。地方に散らばっていた人員を可能な限り集めての調整会は、この急展開では珍しく後れを取っていた。

 「氣鋭塾っていうと右翼標榜暴力団としてはそこそこの組織力を有してますね。山陽地方を中心に」

 諜報三班の眞井はそういって資料を広げる。

 黒い街宣バスにはでかでかと旭日模様が張り付けられており、「皇国復権」「米帝排撃」「領土奪還」「反共救国」と白い文字が躍っている。

 詰襟の服を着た一団の写真もある。

 これが後れを取った原因であった。右翼標榜暴力団の管轄はあくまで組織犯罪対策部門であり、公安部門の仕事ではない。そこがこんな突飛な行動をとってしまったのだ。

 「反原発の候補者を暗殺。金が電力会社と原発メーカー、そして地元有力代議士から出てたと」

 「一応連中は否定してますがね。左派候補暗殺でミスをしたとか、物部が貸しを返さないからともいってます」

 諜報一班の茂野が今現在の山口県警の見立てを確認するかのように言うと、眞井は補足する。

 「候補者のやりたいこととか金の貸し借りの問題はまだしも、電気売ってる会社や政治家がいくらなんでもそんなことあるか?もっと頭のいいやり方があるだろ」

 諜報三班の露原が頭をかきながら難しい顔をしている。

 「そこだな。押収品リストでも原発関係や代議士関係はあまりにも政治性が強いうえに信憑性が薄いから極秘中の極秘だ。マスコミに流れたら面白おかしく報道されて確実に大混乱だ」

 「令状でかっさらうんでしょうかね?」

 同意した和島に遊佐は今後の動きを考え始める。

 「やるなら選挙後、ほとぼりが冷めてからだろうな。仮に本当に金が出ていたとしても証拠はいくら探しても出てこないだろうし、そもそも、そんな依頼をするにしては関係が希薄すぎる。J‐echelonにも関連しそうなログが一切ないし、金融監視網にもそれに関する金の動きがない。もうちょっと調べれば、これはガセネタだってわかる。フェードアウトさせないと、報道が好き勝手推論して無意味な混乱を生むだけだ」

 茂野が今後のタイムラインを考えながら今後の対応を考え始めると、不意にドアが開き、諜報一班の東野が慌てた様子で入ってくる。

 「捜査本部に参加している野本から連絡!証拠を持っていると匿名の通報が!」

 東野が諜報三班から捜査協力の名目で派遣した野本からの連絡を上ずった声で報告したとたん、場は一気にあわただしくなる。

 「こりゃ、拗れるぞ」

 茂野の脳裏によぎるのはこの証拠の流出という最悪の事態。選挙期間中にマスコミが取り上げれば確実に知事選に影響が出る。

 「行くも地獄、帰るも地獄か」

 眞井はそう言って頭を抱え込む。選挙に関して怪文書が出回る事態は過去何度もあった。しかし、このタイミングはあまりにも危ない。インターネットという統制が困難なメディアに流れたら、何が起こるか分かったものではない。

 「腑に落ちないんだよなぁ。証拠とかいうけど、この手の会計処理とかは一般社員とかがどうこう出来るものじゃない別枠でやるものだろ?なんでこんな簡単に裏切る?」

 「原発ムラと保守政治家の陰謀という線に乗せたがってる誰かがいるかもってことか?」

 露原が頭をひねると眞井は確認するように言う。

 「こんな露骨なことする必要ないじゃないですか。寄付金とかやっちゃえばいいんだし」

もっともなことを行った露原の言葉に場は落ち着きを取り戻していった。


     *************


 終業式のあと。昼食があるのがこの高校だった。まあ、遠隔地から通う生徒もいることからの配慮なのだが。

 「テレビを見てると、いやになるよな。こんなに物騒な時代に生きてるってのに」

 幸太郎の言葉にはアンニュイな雰囲気があった。

 「ほんと。月末には七夕祭りがあるのに」

 山本くんの言葉になんとなく違和感があった。

 「七夕?もう終わったんじゃ?」

 「いや。節句としての七夕は終わったは終わったんだが、お祭りがあるんだよ」

 「そうなのか」

 幸太郎のの言う事になんとなく納得して弁当を食べ進める。

 「一応、日本三大七夕ってされるくらいの規模、とは言うんだが、ネットで調べると……」

 「そう称してるのはこの街くらいみたいね」

 幸太郎のコメントに河合さんの鋭いコメントがなんとも言えない空気にする。

 「まあ、なんだって楽しい祭りだよ。屋台とかおいしいのいっぱいくるし、去年からはコスプレパレードもあるし」

 「コスプレ?」

 「コスプレイヤーが集まってのパレードだよ。この地域を中心にコスプレイヤーが集まってね」

 山本くんがニコニコして会話に加わってくる。

 「けど、基本は名古屋でやるコスプレサミットってののおまけイベントなんだけどね」

 またもやどこか辛辣な河合さんの指摘が来る。

 「町がなんとなくにぎやかだったのはそのせいなのか」

 「行くか?」

 「美里?」

 幸太郎からの提案に決めあぐねて聞いてみる。

 「行く!」

 即答だった。

 「マリアは?」

 「……考えておくわ」

 ほんの少し考え込んだマリアは、静かにパニーニを食べ続けた。


 重い体をソファに横たえてマリアは考える。

 自分の望みはなんだったのだろうか。

 日に焼けて少しひりつく両腕。

 汗でブラもショーツも張り付いて不快だが、そんなことどうでもいい。

 息苦しい空気。

 ここまで自分の血を恨んだのはいつ以来だろうか。

 実の姉妹であるということが、さらに苦しさを増す。

 踊らされたのはどちらか。

 最高の連携で動けていたのが不思議に思える。

 「フラッペ、食べますか?」

 「いや……」

 「そうですか」

 出来れば何も考えたくない。

 ここで消えてしまえたらいいのに。

 リビングのテレビの真っ暗な大画面にわずかに映る自分の情けなさを、まじまじと感じていた。


     *************

 

警察に電話した主はダイヤルを確認すれば一発で割れる。

 あたりまえだが、通話記録という電子情報は一瞬で記録される。通話内容を記録するとかでもない限り特別なものを準備する必要もないし、NTTに令状をもって照会を頼めばいい。テレビドラマでおなじみのリールテープの逆探知装置というのは実際には単なる録音その他の装置であって、逆探知は初めから電話交換機のある電電公社、NTTの電報・電話局で交換機を確認してきたのである。もっとも、昔はアナログ交換機の回線を人が追うために時間がかかったのだが。

だが、厄介なのはその電話機自体の存在である。

 固定回線が減り、携帯電話が増え、やれプリペイドだ、やれ飛ばしだとなれば自体はややこしくなる。

 早々にユーザーは割れ、訪問してみたが、それは飛ばしの主だった。

 それはそれで逮捕するにしても、実際の主はすでにその携帯電話を捨てただろう。

 ここで大規模報道規制をかけたとして、その枠外の雑誌に流されたら公正な選挙など夢のまた夢。

 怪文書が原因で選挙結果が破壊されたとしても、それは独立して有権者の判断とされ、民意は歪まされる。

 さらに、今の山口県警内部に渦巻くのは、民革連の立てた候補者に対する敵愾心に他ならなかった。

 人権派弁護士として名の知れた彼は、法に則った捜査すら違法だと言い、銃器対策部隊や特殊犯捜査係の設立を「犯罪の凶悪化を招く」と因果関係を逆転して批判した男だったからである。応援に駆け付けたのは反警察を標榜するジャーナリスト。警察官たちからすればいい気分のするものではない。実際、雑踏警備をしていた警察官に口汚い罵声を浴びせている動画が広まっていた。

 警察予算の削減と特殊部隊の解体がマニフェストに掲げられ、暴対条例の全面改正すら書いている。そんなこと認められるわけがない。

 さらに人脈には日本人民解放戦線などとの関係が見受けられるのも問題だった。

 最悪の場合、山口県をテロ組織の根城にされる可能性があるのだ。

 「どこの誰が電話をして、我々を脅したんだ」

 「これをゲンダイとか金曜日とか、地球市民に流されたらとんでもないことになりますよ。連中、敵を叩ければどんなガセネタにもダボハゼみたく食いつく」

 顔を渋くして言う捜査一課員はかなりイラついていた。

 「もうすでに郵便網かもな。検閲は無理だ。通信傍受法も適用が難しい」

 「公安課長が来てます」

 末端の若い奴が声を裏返して報告してきた。

 「どういうことだ?」

 まずありえない来客に刑事部長もいぶかしんだ。


 痩身のメガネ姿が似合う平凡な中年に差し掛かったサラリーマンといった風貌の男が公安課長の有本という男だった。身のこなしも警察官らしくないというか、どこか気だるそうで覇気が薄い気もした。

 黒いソファに座ると部屋を一通り見まわして、刑事部長に向き合うと口を開いた。

 「階級差がありますし、指揮系統も違いますが、単刀直入に。さて……今回、情報が紙面等で出るまで静観してほしい。そして、この文書に関して選挙期間中は緘口令であるが存在するということを全新聞に出してほしい。捜査の進展も」

 何事もはさませないといった勢いで一通り要求を言い切った公安課長はじっと刑事部長を見据えていた。

 「どういうことだ」

 「我々は、連中が選挙期間中に記事を出す可能性を考えています。出した瞬間、公職選挙法235条違反の現行犯で警視庁公安部とともに一斉捜索をする手はずを整えました」

帰ってきた言葉に刑事部長は驚きを隠せないままもう一つ問う。

 「で、マスコミ各社に情報を流すのは?」

 「選挙が明けたときに一斉に流し、スクープの価値を無に帰す措置です。さらに言えば、それまでの間に捜査を事細かに伝え、文書が全くの虚偽であることを知らしめればいい」

 「なんでそのことを」

 文書が虚偽だとなぜ知っているか。当然のように言ったのが気になる。

 「秘密ですが、一つ言えるのは、あの怪文書は偽物です。本物はもっとすごい」

 「本物……」

 「公安調査庁特捜部が来ます。なんとなく察してください。我々もまた聞きですので」

 何処か釈然としない刑事部長をしり目に、公安課長は深々と頭を下げて出ていった。


     *************


 蓮池は沖縄から自分の住処に帰ってきて真っ先にポストを開けた。

 封筒が一つ。不在中に来たそれは裁判所からの呼び出し状だった。

 離婚調停。本格的にそんなことになっている。これからして、親権は向こうだろうし、養育費を振り込み続けねばならないだろう。

 現実はあとから襲ってくる。

 「つらいな。本当に」

 離婚時、子供を連れ去ればそちらが親権者になるというのが通例と化している日本。場合によっては、養育費だけ絞られ顔を二度と見ることもないという。

 愛しい娘と会えずもうかれこれ2カ月。つらさが沁みる。

 「飯、食うか」

 そう思って立ち上がってふと気が付いた。

 パソコン。

 ノートパソコンがホコリをかぶっていた。

 気まぐれに電源を入れてみる。

 あまり使わなかった家のパソコン。立ち上がった画面はあまり見慣れない。

 なぜか右下のスミのフォルダが気になった。試しに開けてみようとするとパスワードを求められる。

 試しに元妻の誕生日を入れてみるとすんなりと開いた。

 アイコンがじわじわと意味のある画像に変わっていく。つまり中身は画像だった。

 やけに小さい画像がオレンジっぽいというか、ベージュっぽいというか、白や赤や黒のまだらの入ったアイコンもベージュ。試しに開けてみる。

 愕然とした。

 元妻。

 見知らぬ男。

 見知らぬ部屋。

 二人とも素っ裸。

 スミに映ってるのは避妊具の袋?

 どういうことだ?

 徐々に事態を飲み込んでいく。

 考えてもみれば離婚のスピードは異常に早かった。

 俺が荒れてすぐに見限った。

 この画像は?

 そういう事なのか?

 不貞行為。

 まんまと嵌められたのか?

 とりあえずほかの画像も見てみる。

 さっきから同じ組み合わせだ。

 なんてことだ。

 とりあえず画像の情報を見てみれば、3年前からあった。

 「は…・・・。ははは……」

 つまり、俺は、寝取られたのか?

 離婚調停の呼び出しを思い出す。

 やるか。

 ひっくり返してやる。


     *************


 「い!や!だ!」

 沖縄から帰ってきた真田を飲みに誘ったのを、諜報班の同僚である阿久と斎藤は後悔していた。

 二人は真田と同じく運転手。阿久は元陸自第七師団で以前はトレーラーの運転をしており、大型自動車免許と大型二輪免許を持っていて、一方の斎藤は元神奈川県警の白バイ隊所属で大型二輪免許と普通自動車免許も持っていた。

 「そうはいうが、最新型だぞ」

 阿久がとりあえずなだめる。

 「俺は!こんなのに乗りたくない!」

 「だけど……」

 斎藤は取り持とうとする。

 「エンジンはスバル!車体設計はトヨタ!そんなキメラ車!」

 「なんでそこまで嫌うんだ……」

 その言葉にスバル好きの阿久は閉口する。

 「俺は三菱党なんだ!親に頼んで中古のミニカダンガンを買ってもらい!リコール隠しとバッシングで涙を呑み!せめてこれで復活してくれとお布施がわりに社会人一年目にランサーラリーアートを5年ローンで爪に火を点す思いで買って!!それなのに!なんで四駆ラリー属性かぶり気味CVTバカと無難OF無難でエコが売りの退屈ガリベンの合作をあてがおうと!!魂が!!」

 長々と演説を始めて、しまいには感極まって泣き出してしまった。

 「まあまあ、おちつけ。こいつはスバルの水平ボクサーにトヨタ謹製の直噴システムを……」

 斎藤はとりあえず興味を持ちそうなメカニズムの話に移ってみた。

 「直噴!?世界初の量産直噴エンジンを作った三菱のユーザーに!」

 しかし逆に火に油を注ぐことになった。

 「お前言葉選べって」

 食って掛かろうとしてよろける真田を避けた斎藤の頭を阿久がはたく。斎藤も言ってから気づいたのであるが。

 なぜ彼らがこうも勘がいいのか。自動車に関して明るくない、そこそこ詳しくてもそのあたりの歴史に詳しくない読者諸君にもわかるように説明しよう。

 もともとはメッサーシュミットMe109戦闘機向けのシステムであった燃料直噴エンジン。普通のエンジンはガソリンと空気をあらかじめ混ぜてからエンジンのシリンダーに入れピストンで圧縮、点火プラグで発火させるのだが、燃料直噴エンジンは空気だけをシリンダーに入れピストンで圧縮した後にガソリンを噴射して点火するという方式である。エンジンは圧縮する圧が高ければ高いほどパワーが出る。しかし、燃料と空気を混ぜてから高圧圧縮するとボイル・シャルルの法則で空気が熱くなりすぎて途中でガソリンが燃え始めてしまう。ならば圧縮した後に燃料を入れればいいのである。

 一応、かの超名門、メルセデス・ベンツが自動車向け燃料直噴エンジンの量産では1954年と一番手ではあった。しかし技術面で未熟であったため早々にやめてしまう。その後、電子制御でひとまずの問題を克服した三菱が1996年にGDIを発表した。ガソリン直噴エンジンGDIは燃料を少ない状態で燃やすリーンバーンにおいて他社に先駆けて一番乗りをはたしたのである。

 エンジン名のGDIを連呼するというCMも積極的に打ち、全車種にGDIを採用するフルラインナップ戦略もかなりの影響があった。この動きに他社もガソリン直噴エンジンの排気低減や小型軽量化、出力向上という側面から追随し、日産はNeo DiやDIG、トヨタはD4、ホンダはi-VTEC I、マツダはDISIとして投入、海外でも三菱のGDIをライセンス生産する例が出るほどの直噴ブームが起こったのである。

 しかし、このブームに乗って投入された大半のエンジンは『技術的に未熟であるが故にあまりにも神経質で、不良でエンジンが発火することもある』という問題点があった。

 そして、かねてから設計ミスをリコールせず極秘裏に改修するという『リコール隠し』とそれに伴う重大事故のために社会的信用を落としていた三菱が、この直噴エンジンの問題点に関してほぼすべての批判の矢面に立たされるという事態に陥り、壊滅的な打撃を受けてしまったのである。積極的な広報が仇となってしまったのだ。

 「こんな三菱マニアそういやしないよ……」

 斎藤は困惑していた。

 メーカーによって熱心なファンがつくかどうかは違う。日本メーカーの場合は特にエンジンや哲学に特色のあるマツダとスバルは固定ファンが強い。三菱は、特にランエボのユーザーはこだわる人が多いのであるが、ここまでのこだわりを見せる人間は少数派であろう。彼の場合、三菱不遇の時代も熱心なファンであったのが原因だろうか。

 そんな中でも真田はもう一杯呷る。

 「べろんべろんに酔った時に実物見せながら車の話するもんじゃないって。ただでさえランエボの改修で苛立ってるってのに」

 阿久は完全にあきらめていた。

 ある意味非常に非常識なことである。しかし十三課の所有するガレージに酒を持ち込んでの宴会は、これまで新車が入るたびのセレモニーのようなものだった。

 これまでの導入車はマークXやプレミオ、FJクルーザー、プリウスとトヨタ車が多い。

 数少ない日産車の一つであるエルグランドも更新をひかえている。元々が警察で使用していた車両を譲り受けたため各部に疲労が見受けられたためだ。課員の間では十中八九アルファードかヴェルファイアだろうとベットが集中し、ジュースを賭けたギャンブルがご破算になっていた。

 「本来はなぁ……世界一の四駆メーカーになるはずだったんだよぉ……三菱はぁ……なんであんなバカげた失態をぉ……」

 「十年以上前の事件に文句言っても僕たちには何もできないぞ」

 ほぼとばっちりを受けた形の斎藤。

 「こいつ酒癖こんな悪いのか?」

 「というより、これだけ酒癖が悪い癖に二日酔いは絶対しないってのが信じられない」

 阿久の疑問にさらなる疑問が加わっている。

 「そうだ。お前、ATとMTならどっちがいいんだ?」

 「えぇ……どっちでもいいが……」

 気だるげな真田の答えを聞いて二人はほっとしていた。

 「よかった。ATで」

 「誰でも乗れるのが必要条件だったからなぁ」

 彼らが今目の前にしている車、トヨタ86GTはパドルシフト付きセミオートマチックだった。

お久しぶりです。

というわけで本編開始です。

後編のめどはありません。まだ時間がかかりそうです。

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