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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第四章 アーティラリーズ・ファントム
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湿気た爆薬 その2

お待たせしました。三か月ぶりの更新です。

 不意の銃撃が『ポーリキ』を襲う。

 あっけなく銃弾の雨に打たれポーリキはぷっつりと糸が切れたかのように倒れる。

 「〈『ポーリキ』!〉」

 「〈『ポーリキ』がやられた!〉」

 叫び声の直後『ニェーメツ』が投げたRGD‐5手榴弾が炸裂する。

 「〈チッ。奴ら!〉」

 『ブルガリ』がうなるように叫びKord重機関銃を構えて撃ちまくる。

 「〈行け!『ルーミニー』!〉」

 ブルガリの声とともに『ポーリキ』の持っていたGM6を背負いAUGを左手に持ってアマナールは躍り出る。

 「〈出てきたぞ!ラリースカ0を確認!〉」

 一挙に銃撃が殺到する。だがアマナールは恐怖を微塵も感じさせず平然とすり抜けていく。

 「〈何故だ!何故すり抜けられる!?〉」

 ザスローンの一人から驚愕の声が漏れる。

 アマナールが走りながらAUGを撃つ。

 「〈総員!ラリースカ0から離れろ!手榴弾を使っても構わん!〉」

 そういって隊長は防御形態のDM51を投げつける。

 炸裂。6000もの鉄球が周辺へと衝撃波とともにばら撒かれる。

 だが、その一撃を回避する。

 「〈そんな!〉」

 「〈ラリースカ0は健在!〉」

 「〈破片手榴弾だぞ!何故!〉」

 驚愕の声が漏れる。破片手榴弾は広範に超音速の弾丸をばら撒くというその特性上回避は不可能。

 そのはずなのに、アマナールは何人たりとも生存を許さない爆心にたたずんでいた。

 右手に握られた拳銃の銃口が一人を捉える。

 その一撃は拳銃弾程度なら容易に耐えきるチタン・アラミド複合化防弾ヘルメットを易々と撃ち抜いた。

 「〈なに使ったんだ!?拳銃だろ!?〉」

 驚愕する隊員はアマナールが中折れ単発のアンコールに再度装填する姿を呆然と見るだけだった。

 もう一人を(ほふ)るとアマナールはすぐに退避する。

 それと同時にさらなる脅威が姿を現す。

 「〈!ガキだ!ガキが来る!〉」

 一人の悲痛な叫びがこだまする。

 子供二人がナイフと拳銃でじゃれつくかのように兵士に一瞬とりつくと命を刈り取っていく。

 「〈二人やられた!あのガキ!ただもんじゃネェ!〉」

 「〈体勢を立て直す!退避!退避!〉」

 隊長の命令が出るのと同時に部隊は後退を始める。

 精鋭は日本においてテロリストに圧されていた。


     *************


 弾道計算機(ABC)で条件を計算する。

 おおまかな距離であたりをつけ、それ以上をすべて経験からの勘所で補う。

 想定とは状況が違う。

 既に他の勢力が介入しているとは思ってもいなかった。

 引きずり出すにも難しい。

 スコープにはあの子供のうちの一人。

 コンテナの影を縫うように駆けたかと思えば開けた場所に出て一直線にコンテナの街並みにいるロシア兵に向かっていく。

 「『グレーテル』を捕捉」

 マイクに吹き込み支持を乞う。

 『発砲許可(グリーン・ライト)

 望む応答が聞こえてくる。

 「初撃(ファースト)3000(ツリーサウザン)2000(ツーサウザン)1000(ワンサウザン)

 スコープの向こう。微調整。風。コリオリ。相対高度。気温。湿度。

 「発砲(ファイア)

 減音器越しの銃声とともに.408シェイタックの超低抵抗弾(VLD)が湿気た空気を超音速で引き裂く。

 同時に放たれた.338口径と12.7ミリの弾丸とともに、幼い少年の体に向かっていく。そして、三つの弾丸は少年の右脚を吹き飛ばした。


 ロデリックはアスファルトを駆けていた。

 眼前には的、的、的。

 自分のすぐそばの空間を引き裂く弾丸を紙一重で躱しつつ目を付けた一人に肉薄する。

 (殺せる!)

 その一瞬の歓喜からの気の緩みは強烈な痛みと足を引っ張られる感覚で吹き飛ぶ。

 狙撃の一撃で体制を崩し地面に這いつくばることになったロデリックの目前いっぱいに太い銃口が映る。

 その一瞬でロデリックは人生最後の情動として恐怖を抱く。

 (イヤだ!死にたくない!!)

 恐怖故に口から出したい叫びは終には出ることはなかった。

 次の瞬間、至近距離のサイガから放たれた12ゲージの鹿撃ち散弾(バックショット)がロデリックの左顔面を消し飛ばす。

 そのまま死体は地面を転がる。

 「〈ざまあ見ろ!ヴァシリーの仇だ!〉」

 「〈奴ら、長距離狙撃の陣も敷いているのか〉」

 転がるロデリックの脚だったものを見つめて狙撃手の存在を感じ取るものの、彼らには目視はできなかった。

 退却する自分たちと入れ替わるかのようにまったく違う部隊が入り込んでくる。

 知る限り展開しているのは自分たちだけのはずだった。

 「〈未確認の部隊だ〉」

 「〈さっきのヘリの音はこういうことか〉」

 「〈どうする?〉」

 不安を隠せずにいる部下が問いかけてくる。今にも乱射しかねない。

 「〈衝突は好ましくない。無視しろ!〉」

 動揺を抑えようと語気を強くして制する。

 「〈よりにもよって避けるべき鉢合わせの相手に救われるなんてな〉」

 毒気を隠さず呟く部下の心中はわかる。知られてはならない自分たちが知られるという屈辱、知られた連中に助けられるという屈辱は今後忘れられないだろうことぐらい。

 「ズドラーストビチェ」

 すれ違った人影の声に驚く。

 呑気に挨拶してくるとは。

 「〈あいつ〉」

 無神経さにむっとした部下を抑える。

 「〈お見通しってことか〉」

 既に全てが分かっているなら、なおさら交戦は避けるべきであることぐらいわかる。

 「〈部隊を再編後再突入!日本人と共同で事に当たるぞ!〉」


 「『グレーテル』の無力化を確認。『ストーリーテラー』、『ヘンゼル』は不明」

 マイクに吹き込むと間もなく応答が来る。

 『了解。こちらも確認できない。現時刻を持って狙撃(シエラ・)(ワン)(ツー)(ツリー)は現地点から撤収。狙撃3は前衛(ヴィクター)に復帰。狙撃1,2は地点(ポイント・)G3(ゴルフツリー)にて合流後前衛(ファイブ)を構成して狙撃手は撤収せよ。狙撃1は狙撃3の装備の回収を頼む。以上』

 号令とともに灰田はシェイタックを手に取って後退を始めた。


     *************


 倉庫の大きな戸をくぐるとがらんとした中にいくつかコンテナや台車などが放置されていた。

 転がる特殊部隊の死体を越えて前進する前衛はすぐにコンテナの物陰に隠れる。

 「ここには『ストーリーテラー』はいないか」

 一瞬見ただけで松尾は感づく。

 あの独特な雰囲気を纏った男はいない。

 敵の攻撃は熾烈を極める。逃亡を企てているくらいのことは想像できる。伊勢湾内には多数の船が航行している。そのうちの一つに逃げることくらいは想像できる。

 敵の射撃に即座に応射する。

 「やはり手練れだ」

 プロらしい間欠射に明石が抱いた感想はしかし、力強い口調から余裕があることがわかる。

 「だがやれる!」

 返す井口の言葉も力強い。

 「敵の残数は?」

 「ざっと見、……12!」

 御手洗の問いに湯浅はチラ身してから答える。

 「〈国家人民軍兵士に栄光を!!〉」

 一人がAK片手に突進してくる。

 「んな無茶苦茶な!」

 その姿を見て御手洗は表情を強張らせる

 「俺がやります!」

 神山は即座に応答してSCARを構える。

 ダットサイトに捉えた影。突進してくる敵は腰だめにAKを撃つ。

 引き金を静かに引き絞る。

 一発の弾丸が放たれると顔面の中心に吸い込まれ卒倒する。

 「(エコー)無力化(ダウン)

 「まだいる。軍隊崩れが!」

 御手洗の叫び声とともに三人が倒れる。

 即座に松尾はハンドサインを送る。

 明石の制圧射撃、井口はその支援。同時に残りは前進。その後明石、井口が前進。

 即座に明石はミニミで間欠射を撃ちこむ。

 仲間の弾幕に背中を押されつつ姿勢を低く静かに前進する。

 前の物陰に隠れると松尾が指でカウントを掛ける。

 3,2,1。

 Goサインが出るとともに静かに回り込む。

 敵に肉薄すると応戦の遅れた敵を単射で射殺していく。

 「前衛1、クリア!」

 「前衛(フォー)、クリア!」

 あっけなく敵を制圧する。

 そこには、要注意の三人もエミリーもいない。

 「ここから先に隠れる場所はないな。ということは」

 松尾はぐるりと周囲を見回す。

 「屋外にいるのか」

 井口も見渡して結論を出す。

 次の瞬間、小さい人影の、銀色に光る刃が神山に飛びかかってくる。

 斬撃を紙一重で躱しSCARで撃つものの、その姿を捉えられない。

 「あの子供か!」

 松尾もタボールを構え、影を追おうとするが、その影は小動物の如く障害物の裏に逃げ込んだ。

 「軽い方が有利だ。拳銃にしろ!」

 松尾の号令とともに全員がホルスターから拳銃を抜く。

 甲高い笑い声が反響する。

 「気味悪いな」

 御手洗はSP2022のハンマーを起こしつつぼやく。

 「かわいい顔してあんなオッカネェんだ。子供だからって躊躇(ためら)うな!」

 湯浅の太い声が低く響く。

 ガシャガシャと鉄網の床を駆ける音が響く。

 「来る!」

 刹那、ターザンの如く綱の振り子でとてつもない速度に加速した影が向かってくる。

 トップスピードで飛びかかるそれを拳銃で狙うものの、その弾丸は空気を切り裂くのみ。

 その鋭い刃は明石の首を映している。

 喉笛を狙った即死の一撃を、明石は咄嗟に影の細い手首をつかんで、その体格と筋肉でぶんっと放り投げて防ぎきる。

 だが、影がその身の軽さとしなやかさで体制を整え着地するとあの消音拳銃、アンフィビアンSを取り出し突進してくる。

 湯浅は咄嗟に先ほどの一斉射撃で弾切れのUSP45を手放し吊るしていたタボールを掴んで構える。

 こちらを狙う.22口径が顔のすぐ横を掠める。

 ダットサイトに見える影。

 セーフティをフルオートに切り替えると引き金を静かに、しかし、すばやく引ききる。

 放たれた三発の5.56ミリ弾が、その華奢な体に直進する。

 一発は左胸を背中まで貫通、一発は上行大動脈を切り裂き進路を曲げて脊椎で止まり、最後の一発は胸骨に直撃した。

 そのまま仰向けにダボ付いた黒いコートを着た少女――マデラインという名の人形が倒れて初めて前衛たちはその顔をしっかり見ることができた。

 人形のような整った顔はみるみる青くなっていき、ガラス玉のような瞳は焦点が定まっていない。真っ白い肌はバラのような鮮やかな赤みの動脈血に染まっていき、細い四肢はだらりと投げ出されながらも時折痙攣している。

 「こんな女の子が……」

 松尾に去来するのは姪の存在だった。

 三つ年上の姉の娘はちょうどこれくらいの歳のはずだった。

 その姿が嫌というほどダブる。

 「子供兵士。クるな、これは。いつになっても」

 明石はその痛々しい惨状を見てぼやいていた。

 「……ぁっ……かっ……はぁっ……」

 苦しそうに(うめ)くマデラインの意識が痛みと苦しみに満ちて薄れゆく中、幼いころの楽しかったひと時を刹那、思い出して事切れたのを松尾たち前衛が知る由もなかった。


     *************


 マリアと幸太郎、杏佳はゆっくりと戦場に忍び込んでいた。

 工場の近く。妙に幅広の道に、無機質なオブジェのような構造物が立ち並ぶ。

 オレンジ色の灯りは妙に明るく、しかし、闇を強く強調していた。

 「薄気味悪いな」

 その不穏な空気を察し幸太郎はあたりを見回す。

 遠くからの銃声が反響して聞こえる。熾烈な攻防戦だ。

 だが、不穏な空気はそこではないところから出ている気がした。

 「そうね」

 杏佳もそれを察してか、拳銃のハンマーを起こす。

 「早く片付けるわ。手遅れになる前に」

 UZI PROをコックするとマリアは闇の奥を見つめる。

 湿気った、重く蒸し暑い風だというのに、背筋には寒気が走る。

 「〈はははっ!何のようかい?〉」

 笑い声が聞こえると、灯りの無い満ち満ちた闇の中から一人の男が姿を現す。少女を一人携えて。

 「なんだ?」

 幸太郎は身構える。

 「〈わからないか。この国じゃ言葉で苦労したからね〉」

 その姿がより鮮明になってくる。

 「英語?」

 「〈ユーリ!エミリーをこちらに渡しなさい!〉」

 マリアは即座にUZI PROを構える。

 その銃口の先には、オレンジ色の光の中にはっきりと男の顔が浮かんでいた。

 その顔は、なぜかとても愉快そうに見える。

 傍らのエミリーは、まるで人形のようにピクリとも動かない。

 「〈気が短いなぁ。それじゃ人生楽しめないよ?〉」

 ユーリはへらへらとした軽薄な態度を一向に崩さない。

 「〈黙れ!〉」

 マリアの叫びとともに銃声が響く。

 それはマリアの銃ではなく、一瞬のうちに構えられた幸太郎のSP2022だった。

 「今のは威嚇だ。次は、その眉間に当てる。エミリーにはマリアのもとに帰ってもらう」

 右手を肩の高さにあげたポイントショルダーで構えている幸太郎の、その銃口はすでにユーリの顔面をとらえていた。

 「〈古い構え方だ。面白いね、君の友達は〉」

 「何を言いたい。When in Rome, do as the Romans do. Okay?」

 カラカラと笑うユーリにウィーバースタンスに構え直した幸太郎は挑発する。

 「〈精一杯の英語かい。意味が通じてないみたいだ〉」

 「〈私が対応しよう〉」

 イーゴリーがやぐらのはしごから飛び降りる。

 どうも斥候(スカウト)のような役目をしていたらしい。

 「〈すまないね〉」

 「あの大男!」

 杏佳は即座に90‐TWOを構える。

 「〈両手に拳銃。昔を思い出すな〉」

 そういってイーゴリーは両手にザスタバCZ99を手にする。

 「〈容赦しないよ。屈服させてやろう〉」

 そういってユーリはP88を手に取る。

 「〈今度こそ、あなたは墓で眠る。そうさせる!〉」

 マリアの声は氷でできた刃のように鋭く、冷たい。

 「〈ユーリ、待て〉」

 その声にマリア、そしてエミリーは体をびくりと震わせる。

 「〈君かい。ルーミニ〉」

 「〈ああ……。久しぶりだ、マリア〉」

 その低い声にマリアは驚愕する。

 「〈何しに来たの……こんな国で、こんなことして〉」

 静かに震えるマリアの言葉には強い怒りと悲しみが滲んでいた。

 「〈私は、世界を変えるために来た。不幸な人間を作り続ける社会を変えるために〉」

 低く静かなゲオルゲの声は変わらない。

 「〈なに、言ってるの……〉」

 「〈マリア。君の母親がもともとはステートアマの育成候補だったのは知っているか?〉」

 不意に投げかけられた言葉にマリアとエミリーは身構える。

 「〈君の母親は、東西統一で夢を奪われた。西側の金のかかるトレーニングと、維持できなくなった競技場の廃止、コーチの流出でね〉」

 「〈だからって!〉」

 マリアはUZI PROの銃口をゲオルゲに向け直す。

 「〈この事が、君の母に与えた影響は、まさしく金への執着でしかない。君が殺めたあの男はベンチャーキャピタルの社長だ。君の父もそこそこ稼いでいたが、給与が減って乗り換えた〉」

 異様な説得力で語られる、今まで知らなかった母と男の真相。

 マリアは、どこか信じられなかった。

 すべてが金のため。愛情ではなく。

 せめて、愛情であってほしいと思っていたのかもしれない。

 理解したくなかった。けれど、理解するしかなかった。

 それが、回答として金銭的な面を排除していたのかもしれない。

 「〈そう。君たち姉妹も、私と同じ、冷戦終結と資本主義の波にのまれた被害者〉」

 「〈勝手なことを言わないで!〉」

 引き金が引かれる。それはそれぞれの戦いの始まりの合図だった。

 吐き出された銃弾がゲオルゲに向かうが、あっけなくその弾幕を避けるとマリアに肉薄しUZI PROの銃口を黒大理石のような天に向ける。

 幸太郎が銃口を向けるもののあっけなくマリアを盾にする。

 「〈資本主義が何を与えた!自由主義が何を示した!経済拡大による貧富の差!巨大な経済の駒にさせられ搾取される人民!金さえあればどうにかなるという倫理の荒廃!そんな中、それまで社会を維持してきた我々を人民は切り捨てた!これは我々の悲鳴だ!〉」

 「〈決めつけないで!私が知るのは革命の後の世界!勝手に優れてるとか劣ってるとか言わないで!〉」

 マリアが即座にシースから左手で引き抜いたアイトール・ジャングルキングの斬撃を右手で手首を握ることでやり過ごしたゲオルゲの脇に即座に蹴りを叩き込んだマリアは距離を取りマガジンを交換する。

 「〈君も感じただろう!?〉」

 そういってショルダーホルスターのGT9とベルトの175CBKを引き抜く。

 「〈人々の冷たさを!〉」

 そのまま一気にマリアに突進してくる。

 マリアはすぐにその場から逃げる。

 「〈私もそうだった!〉」

 GT9からパラべラムが三発放たれる。

 マリアは咄嗟に身をかがめ転がるように避ける。

 「〈放逐され!悪意にさらされ!殺すことで生き延びた!〉」

 マリアからの銃撃から平然とすり抜けるとゲオルゲは十分近づくと拳から突き出した175CBKを繰り出す。

 マリアはブッシュダガーによる刺突と斬撃を後退して避ける。

 「〈それがぁ!〉」

 反転攻勢でジャングルキングを小さく繰り出し、ブッシュダガーを持つ右腕を切り刻まんとする。

 だが、切っ先は空を切る。

 「〈世界を変える!〉」

 銃口を突きつけゲオルゲは叫びながら二発撃つ。

 「〈変えるときに人が苦しんだら、あなたがやったのは憎んでる連中と同じよ!〉」

 銃撃を避けるとマリアは連射する。

 「〈それは因果応報だ!〉」

 鉛玉の暴風を、身を低くしてやり過ごすとゲオルゲはその姿勢を保ったままマリアに飛びかかる。

 「〈無関係な!弱い人が一番困る!〉」

 GT9の銃口を跳ねのけつつ一歩間合いを詰めると、ジャングルキングの大きく鋭い刀身を振るう。

 刃先が微かにゲオルゲの頬を引き裂く。

 (浅かった!?)

 間合いを詰めても咄嗟に避けられた事実はもはやマリアに次の手がないことを意味する。

 「〈真剣に救いを求めれば私が動くこともなかった!〉」

 ゲオルゲによるミドルキックを叩き込まれマリアは吹き飛ばされる。

 「〈弱い人には声を上げる力も残ってない……〉」

 ひんやりとしたコンテナに叩き付けられて、マリアは絞り出すようにつぶやく。

 過去の自分を思い出す。弱りきって、声を出す事すらままならなかった。

 パパは、ゲオルゲ・アマナールは踊らされている。

 目の前には銃口。

 「〈これで、おしまいだ。マリア〉」

 まるで、聞き覚えの悪い子供に言い聞かせるかのようにゲオルゲは言った。


 「おい。動かないのか?」

 「〈君は『アヴドーチャ』と一緒に行かないんだね?〉」

 マリアがいずこへと去るのを見て言った幸太郎。

 ユーリもまたマリアの行方を見て問いかける。

 「〈さあて、『マルタ』。仕事だ〉」

 「〈わかりました、パパ〉」

 抑揚なくそういうとエミリーはナイフを手に飛び出す。

 「!?また戦うのかよ!」

 体を捻ってナイフの突きを躱すと、幸太郎は咄嗟に左手でエミリーの肩を掴む。

 だが即座にその刃が左手に向くのを察して手を離す。

 「〈……〉」

 肩を掴んだ手を見た時の表情は全くの無。仏頂面を地で行くような仮面のごとき顔で見つめていた。

 「せめて反応しろ!」

 まるで意に介さないと言った表情。普段のふるまいと比較して明らかにおかしい。精神的な何かがあったのか。

 「〈いやぁ、愉快愉快。最高のショウだ!〉」

 ユーリはケラケラ笑っている。

 「なるほど!自分は手を汚さず他人を使うか!」

 即座に二発ユーリに放つ。

 だが、ユーリは平然と回避して見せる。

 「〈ほらほらぁ!僕を見てないで、『マルタ』に殺されるぞぉ!〉」

 気が付くと目前にエミリーがいる。

 まさに目の前をナイフの刃先が横切った。

 (空振り?)

 ふと不思議に思う。

 幸太郎は考える。この間合いだと、自身とエミリーの状況から考えれば確実に喉笛を引き裂けたはずだ。しかも隙の大きい大振り。

 急いで距離を取るとエミリーは銃を取り出して構えてくる。マカロフPB。減音器(サプレッサー)内蔵の太巻きのごとき自動拳銃(オートマチック)が銃口をこちらに向けている。

 急いで逃げつつ、さらに考える。

 洗脳なり調整なりを受けたからといってここまで変わるのだろうか。思い起こすのは春の事件。河合はあの状況で正確無比な攻撃をしてきた。その在り方と今を比較して考えると、この状況で能力面がここまで変化が生じる可能性は低いと考えるべきであろう。そうであるなら。

 銃撃はこちらを追うかのように放たれている。

 明らかにおかしい。

 「〈『マルタ』は強い。『アヴドーチャ』より〉」

 ユーリが笑いつつ言い放つ。

 「笑いやがって!」

 銃口を再度ユーリに向けるが射線上にエミリーが割り込んでくる。

 「どけ!エミリー!」

 一瞬の表情の変化。能面を張り付けたようだったエミリーの表情に、少しだけだが、訴えかけてくるようなものを見出して幸太郎は、確証はないが何かを察した。


 「〈あの時以来か。小娘〉」

 「遠足の時以来ね。おじさん」

 イーゴリー、杏佳双方とも、じっと動かずにいた。

 「二挺拳銃って、あなたも物好きね」

 「〈二挺拳銃で私と戦うか〉」

 双方とも足を一歩引く。

 「〈なら、見せてもらおう〉」

 「ちょっと、興味があるわね」

 さらに少し体を沈み込ませる。

 「〈さあ〉」

 「いざ」

 奇妙な殺気があたりを支配する。

 「勝負!」

 「〈戦おう!〉」

 一斉に駆けだす。

 両手の銃を撃ち、接近していく二人は既にインファイトの距離になっていた。

 まず銃口が向いたのは杏佳が右手に握っていた90‐TWOだった。

 イーゴリーの顔面をとらえた銃口だったが即座にイーゴリーの左手の甲で射線をズラされ、それと同時に繰り出されたCZ99の銃口は杏佳の回避挙動と左手の銃のスライドで射線をズラされる。

 杏佳は再度右手の銃を向けるも今度はイーゴリーの右手の銃のグリップエンドで射線を曲げられる。イーゴリーの左手の銃口も今度は杏佳の左手の銃で跳ね上げられる。

 静かで激しい銃の射線の取り合いの応酬が繰り広げられる中、変則技を先に繰り出したのは杏佳だった。

 鳩尾を狙って蹴りを叩き込み、一瞬よろけたのを契機に速射を叩き込む。

 だが、イーゴリーはその衝撃に耐える。

 防弾チョッキが弾丸を阻んだために深い傷を負わせることはできない。

 「〈良い腕だ!〉」

 応射するイーゴリー。

 湿気った空気を押しつぶしながら進む9ミリ弾を杏佳は身をかがめて躱す。

 「結構慎重なのね!」

 拳銃を撃ちながらまた距離を詰める杏佳は蹴りでイーゴリーの右手から拳銃を叩き落とそうとする。

 しかし、その一撃を右手の甲で受けたイーゴリーは左手の銃口を杏佳に向ける。

 即座に右腕に脚を絡め相手の重心を崩し射線から逃げる。

 あっけなく転がされたイーゴリーはどうにか振り払おうとする。

 だが、杏佳は寝技の要領で締め上げていく。

 「これでも!」

 どうにかイーゴリーの脇を狙う。

 「喰らえ!!」

 ありったけの弾丸を叩き込む銃声が響いた。


     *************


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