4th mission 不定要素
おい、やめろ。そっちに行くな。そっちに行ったら
『おにい…ちゃん……』
やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
「…はぁ…はぁ……」
酷い夢を見た。過去の暗いものを見せる夢。妹が血にまみれる。そんな夢。
ふと、違和感に気が付く。自分以外に同じベッドに誰かいる。
いや、思い出した。美里だ。
昨夜、美里の悲鳴で起こされ、一緒に寝てほしいとか言って布団にもぐりこんできたんだっけ。
なぜ美里に親近感を抱くのだろう。恋というわけでもない。境遇が近いとかもわからない。なのに…なぜ。
「…うぅん…ケン…くん……」
美里はそう寝言を呟いて俺の腕のつかむ力を強くする。
なぜ美里は俺に懐いたのだろう。
美里と初めて会ったのは、この組織に来た初日だった。ぼんやりと虚ろな目で窓の外の空を見つめる女の子だった。
「君の名前は?」
確かこれが彼女とした会話の初めてだったはずだ。
「なま…え…?なに?…それ?」
当時の美里の応答はショッキングだった。名前という単語に心当たりがないらしいのだから。
「名前っていうのは……ネームだよ!ええと、あの、ほら、その…自分をなんていうかっていう!」
頑張って英語まで使って噛み砕いて言ったが、返ってきたのはさらに衝撃的な言葉だった。
「それならK‐3310号だよ」
「け、ケー?」
「うん、K‐3310号」
英数字だった。名前にしては恐ろしく無機的な、個体番号。
それからある程度たって、カノジョに霧谷美里という名前がついた。美里は番号をもじったのだとすぐ気が付いた。都合よく名前になりそうな番号だったのだから有効利用したのだろうと。
「きりや…みさと…?」
カノジョにとっては個体番号以外につけられた初めての個の証明である。違和感を覚えているのだろう。
「そうだ、君は今日から『霧谷美里』として生きていくんだ」
課長の言葉はカノジョに新しい生き方を示すかのようだった。
「きりや……みさと……。きりや…みさと…。きりや、みさと!」
だんだんと顔がほころんでいく。名前というものが新鮮だったらしい。
「名前を気に入ってくれてよかったよ」
課長の喜んでいる顔を見たのはこの時が初めてだった。
これからが大変だった。射撃の基礎訓練や格闘訓練、数学や物理化学、法学、英語・フランス語・ドイツ語・北京語・朝鮮韓国語をはじめとする諸外国語の習得といった数多くの技能の習得のための演習が始まった。プロの戦闘工作員としての訓練で同世代の平均以上の能力を手に入れたらしい。この前の授業の内容も何年か前に習得した内容だった。気が楽と言えば気が楽だが、どこか浮いた感じがする。
「……ケンくん?」
美里は眼をこすっている。いつの間にか目を覚ましたらしい。
「え?どうした。美里?」
「もう起きるの?はやすぎるよ…。もっとゆっくり寝よ?」
俺にすがるようにして美里は言う。その言葉には同意せざるを得ない。時計を見ると午前二時三十二分を回ったばかりだ。このままでは翌日の昼間に眠くなってしまう。
「そうだな」
俺はもう一度ベッドに横たわり布団を掛けなおす。美里は俺に抱きつくと、少しして寝息を立て始めた。ふと気が付いた。美里になぜここまで自分が心を許せているのか。その原因。それは美里が俺の妹の××に似ているからだ。××も俺の寝ているところに潜り込むのが好きだった。だからだろうか、いやらしい気分になったことはない。妹みたいに感じてきたから必然だろうか。
「…ケンくん……」
どこか辛そうに呻く美里に過去の風景がオーバーラップする。
「大丈夫だ…美里…俺が…いる……から」
微睡に飲み込まれていく中、俺は美里を抱きしめる力を一層強めた。絶対に失いたくなかったから。
*************
「友達といっぱい遊んで来い」
そんな課長の電話を通しての言葉に送られて、俺と美里は待ち合わせ場所である市の中心部の総合駅へと向かった。総合駅はJRと大手私鉄が乗り入れていて、私鉄グループの百貨店もある。JR側の駅舎は大型ビルへの改築のためシート張りになってしまっているが、もともとは結構立派な古いコンクリート建の駅舎だったらしい。
美里の服装は白いワンピースにカーディガン。極めておとなしい服装だ。どこか儚げにも見えるが、明るい表情はそんなイメージを吹き飛ばしている。俺はジーパンに適当なTシャツだ。
「ん?おお、神山に桐谷か」
河合さんは先に着いていた。服装はデニムのパンツに白地に飾り文字がプリントされたTシャツ、髑髏や十字架のついたチェーン飾りをつけていて、指輪やネックレス、ブレスレットも髑髏や十字架を模ったシルバーアクセサリーだ。なんとも強烈な個性を感じる。
「美里ちゃん、可愛いわね、その格好」
ニコっとほほ笑む河合さんは左腕の時計を見た。銀色のゴツイ男物だ。
「まったく、下僕は何やってるんでしょうね。招待した本人のエスコートなしに行くことなんてできないわ」
どうも怒っているらしい。すると。
「あっ、ごめんごめん。ちょっといろいろあってな」
幸太郎が小走りで向かってきた。カーキーのカーゴパンツに黒のミリタリージャケットを着て、覗くTシャツの柄はデフォルメされたライオンのようだ。
「遅いわよ下僕。言い訳なんて聞きたくないわ」
「おいおい、そんなこと言うな。昨日帰りに自転車がぶっ壊れた挙句、ついさっきまで準備してたんだ」
幸太郎は疲れた顔をしている。
「自転車が壊れた?そんな法螺を吹くのはやめてちょうだい」
「来てみりゃわかるさ。すごい有様だぞ。リムが破断してるんだ」
「余計非現実的じゃない」
河合さんはさらに責め立てる、が。
「ここまで言ったのに信じないか。……じゃあケーキ食うなよ」
「うっ……そ、それは……」
食べ物を質に賭けられ、河合さんは黙ってしまう。形勢は逆転だ。
「食いたいだろ、ガトー・ショコラ」
にやり、と口元をゆがめた幸太郎と若干涙目になった河合さん。珍しい光景だ。
「うぅ…」
こくこく、と首を縦に振る河合さん。
「ならば、愚痴を言わずついてこい。本当にひどいから」
*************
東富士演習場、自衛隊の有する大規模演習場の一つである。ここに『秘密警察』公安調査庁庶務十三課の長――茅ヶ崎充雄が訪れていた。
「設立から十年か。大分経って、軌道に乗ったか?」
言葉を切り出したのは皇宮警察の四谷警備部長であった。
「どうにか、な。予算の獲得にも苦労はなくなったよ」
歩きながら茅ヶ崎は答える。
「ははは、私の所の部隊は来年度の予算から怪しくてね。今年度も大変だったよ。民革連の事業仕訳で見つかってしまってね」
「白を切り通せたようだが、来年度には詳細を開示するように迫られたか」
「そうだ。まったく…」
今回は皇宮警察に新設された、特別警備隊以上の能力を持った作戦部隊『強襲制圧部隊』のお披露目である。『お披露目』とは言うが、政治家もマスコミもいない。一般人なんてもってのほかだ。実際『強襲制圧部隊』は予算上も秘匿されているのだが、別名義に偽装した予算を事業仕訳で追及されてしまった。実際、装備品に金がかかってしまうために目立ってしまうのだ。
「さて、お手並み拝見と行くか」
目の前には三階建てのプレハブ。これから突入のデモンストレーションを行うのだ。
「状況開始」
四谷は無線に命令を吹き込む。すると黒づくめの隊員たちがプレハブへと近づいていく。既に屋上にも何人かいる。装備品は国産の89式小銃ではなく、さらに高価なスイス製のSG553アサルトコマンドカービン。ほかにはドイツ製の個人防御火器MP7が見受けられる。
隊員たちはゆっくりプレハブに近づき、ドアと窓に取りつく。
「3,2,1!」
ドアに取りついた班はBenelliM3でヒンジとノブを破壊し、エントリー・ラムを用いてドアを吹き飛ばすと部隊が雪崩れ込む。窓に取りついた班はガラスをハンマーで破壊すると即座に射撃を開始する。屋上の班は三階の窓から侵入して攻撃を始めたようだ。
「まだまだだな。仕事が雑で、手際も悪い」
茅ヶ崎の言葉に四谷は驚いた。
「ほお、こんな短時間で分かるのかね」
「一応、指揮官なんでな」
静かに答える。
「ならば君の所の手際を見せてもらおう」
「まだ時間が掛かるがな」
これから壊れたドアや窓を取り換え、中の掃除もしなければならない。意外と時間が掛かるのだ。
*************
十数分近く南東方向へ歩いただろうか、意外と遠い住宅街まで来た。
「ココが俺の家だ」
黒い塀のある家だ。東京の住宅地ではそこまでないほどの広さの敷地に、結構大きな家がある。庭には薔薇の鉢植えをはじめとした様々な花がある。少し覗いてみるとさらに広い裏庭が見える。こちらとは打って変わって木が何本もあるようだ。
「驚いた?」
河合さんの言葉に同意して首を縦に振る。
「私も初めて来たときはびっくりしたわ。こんな広い家に住んでるなんて思ってもいなかったから。で壊れた自転車は……あれ…ね」
駐輪場に鎮座している骨組みに、壊れた後輪とは対照的に丸い前輪が哀愁を誘う。
「遅れるわけか」
「お袋、帰ったぞ」
金属製のドアを開けながら幸太郎が呼びかける。
「はいは~い」
スリッパのパタパタという音とともにエプロンをつけた小柄な女性が現れた。
「まあ!はるぅ、来なさい♪」
なぜかノリノリである。
『はるぅ』と呼ばれて出てきたのは女性と殆んど同じくらいの背丈の女の子だ。
「なに~お母さん、って……シンにぃ!コウにぃが彼女さんに加えてイケメンと女の子を連れてきたよぉ!」
この小柄な女性は母親なのか。だとすると、この子が悠ちゃんか。
河合さんは
「なぜ彼女?」
と首をかしげている。
「あぁ?なんだよ、ゲームやってる途中にさぁ。ちょうどいいとこだったのに…さ」
頭をかきながら細身の少年が来る。大分気が立っているようだ。
「って、兄貴、ダブルデートでもする気か?」
「なんで早々にそういう発想になるんだか……」
幸太郎は頭を抱えた。
「まあいい、上がってくれ」
俺たちはその言葉を聞いて家に上がった。
「俺の部屋まで案内するよ」
「お邪魔します。えっ……と…」
こういう時になんて呼べばいいのか。
「おばさんで結構よ」
幸太郎の母はそう言ってほほ笑んだ。
「下僕、ガトー・ショコラは?」
「待て、お楽しみはそうすぐに来るもんじゃない」
先導する幸太郎についていく。家の二階に上がり、部屋に招き入れられた。
「わぁ!」
美里が声を漏らす。部屋にはベッドと勉強机、様々な本が収まっている本棚、そしてラックには現代の軍艦の模型と拳銃(おそらくエアガンやモデルガンであろう)が飾ってあり、なぜか、ぬいぐるみが机の上にある。
「かわいい!」
美里は机の上のぬいぐるみに興味津々だ。
「これは?」
俺は拳銃のうちの一つを手に取る。どう見てもP220拳銃だが重さが軽い。
「自衛隊向けP220拳銃のモデルガンだよ」
「へぇ」
よくできている。グリップの底部にあるマガジンキャッチや細身のグリップも実銃同様で握り心地もよく似ている。
「はいは~い。飲み物持ってきましたよぉ」
おばさんがお盆にコップとジュースを置いて持ってきた。
「ありがとう」
「だけどすごいコレクションだな。Glock17やCz75も」
ラックに飾ってあるラインナップを確認する。
「エアガンはまだ安いけど、モデルガンは何万円もする。金持ちの道楽だね」
幸太郎は、はははと笑う。
「そういえば下僕、ケーキは?」
という河合さんの質問に
「今焼いている途中だ」
と幸太郎は答えた。
*************
「状況開始」
命令とともに庶務十三課強襲三班は一斉にプレハブに雪崩れ込む。次々と扉を開けクリアリングし、見つけ次第発砲。こんな具合である。何とも機械的に目標をつぶしていく。
「ほう、なるほど。こう比較すると手際は段違いですな」
四谷はひどく感心した。狭い廊下では全長の短いSG553を使用するこちらが有利なはずだが、200ミリ近く長い89式小銃で自分たちより手早く作戦を終わらせたのだ。
「まあ、君たちとは任務の性質も目標も違うからな。我々はテロ発生前に容疑者を逮捕か殺害する部署。君の所は、基本は皇居や御所に侵入したテロリストを待ち伏せて叩く部署。しかも我々は何度か実戦を経験し訓練も実施しているが、君たちは今回がお披露目だ」
茅ヶ崎の言葉はもっともと言えた。
「そうだな。まだ詰めが甘かったよ」
四谷はそう言うと黙り込んだ。
『庶務十三課』
通称『不規則な十三番』
戦争ができず、いかに危険なテロリストでも即時射殺できないこの国が持つ、特務機関。
その意思決定は司法・立法・行政の三権のすべてから切り離され、独自の正義によって作戦を遂行し、その諜報網は公安調査庁が持つ広大な情報網と独自の諜報部隊によって成立し、先進的な電脳戦システムを独自に構築し、SATはおろか自衛隊の特殊部隊をも上回るとされる練度の実戦部隊を擁する、まさしく
『正義の戦隊』
必要ともなれば閣僚全員を比喩でも誇張でもなく『殺す』ことも辞さないという、ある意味日本で一番危険かつ冷徹なテロ組織。彼らの合言葉は
「正義のために戦え」
この言葉が組織の存在意義であり、行動原理であり、設立の理由である。
この課の課長になること、それは『知を持つ怪物』――国家の絶対的な『破壊者』と『守護者』の両方になることに等しい。だからと言って十三課は全知全能でもない。いくら高度な諜報網を持っていても、偽の情報は混入する。どんなに先進的な電脳戦システムがあっても情報はいつ漏れるかわからない。圧倒的な特殊部隊を擁していても物量作戦には敵わない。限界を知り、限界を超えるだけの能力を持つ人間でないと十三課課長は務まらない。
さすがこんな機関を統率するだけある。
四谷は茅ヶ崎の能力に感服した。
「それにしても、ロシアから装備の一部を購入する計画があると聞いたが」
茅ヶ崎は話を切り出す。
「ああ、ロシアの内務省と連邦保安庁にVSSとAS‐Valの購入を秘密裏に打診してみたが、まだ回答が出ていない。一応MP5SDがあるが万全を期したいのでな」
「ロシア連邦保安庁特殊部隊α向けの特殊装備だな。そんな簡単に輸出されないだろうに」
「欲しいものは欲しいさ。静音性と威力の両立した火器は喉から手が出るほど欲しい」
「だからだろうな。予算が見つかったのは」
「……かもしれないな」
四谷はこの時指摘されて初めて、自分たちが犯した過ちに気が付いた
*************
「は~い。ランチができましたよぉ」
おばさんの呼びかけでリビングまで行くとローテーブルには洒落た料理が並んでいた。
「うおお。これこれ。このオシャレなランチ!」
「おぉ……」
「おいしそう…」
思わず感嘆してしまう。
河合さんは今までに見ないほどにノリノリである。
焼いたチキンに付け合せのジャガイモとニンジン、グリーンサラダにポタージュ、そして洋風料理が並んでいる中どういうわけか大根の煮つけもある。
「ではさっそく。いただきます」
河合さんは誰よりも早く座布団に座ると手を合わせていた。
「おまえ、本当に食い意地張ってんな」
幸太郎は呆れている。
「食べ物に対する執着は重要よ。紀伊くん♪」
「それにしても、お前が下僕と呼ばないのは不気味だ……」
「あら、ついに下僕と認めるのね」
にっこりと河合さんがほほ笑む。
「認めたわけじゃねぇぞ」
幸太郎はさらに呆れているようだ。
「ええと、いただきます」
「それじゃ俺も、ご厚意に甘えて……」
座布団に座り、ナイフとフォークを手に取った。
一口チキンを食べる
「……おいしい」
思わず呟いてしまった。
「どうもありがとう」
おばさんはにこやかに返す。
「焼くだけの料理はシンプルながら奥深いものなの。火加減、塩加減がすごく重要になるからね。ローストビーフなんかも丁度いい焼き具合を見計らうには、それ相応の経験と技術が必要よ」
おばさんの言葉には貫禄がある。
ふと、何か小さい時のことを思い出しそうになった。
*************
幸太郎の部屋の中。幸太郎自身は三時のお茶で使ったものを持っていったために今はいない。
「それにしても怪しいものはないな」
美里に耳打ちする。
どうも重要機密の類はパッと見見つからなかった。多くのプリントやメモリー類に雑じってしまっているのだろう。
「そうだね。だけどなんでだろ。機密なんて」
美里と悩んでいるところに幸太郎は顔を出す。
「そうそう、ちょっとみんなに言いたいネタがあるんだが」
お盆を置くとノートパソコンを開く。一つミニSDを取り出すとパソコンにつなぎファイルを開いて見せた。
「これなんだがどう思う。この前気が付いたらカバンの中に入ってたんだが、素人のいたずらには思えないんだ」
そこには警視庁・警察庁・防衛省のマークが並び、『機密』の赤文字が映っている。
「こ、これは……!」
思わず息をのんだ。報告にあった通りだ。自衛隊に新設予定の低強度紛争対策部隊の情報が漏れだしている。
「内容を見る限り、自衛隊や警察の新設部隊に関する情報なんだ。この程度の内容なら日本中で作れる人間なんて山ほどいる。けど、題材からして作る必然性が見えない。作る暇あったらアイコラなり間違い探しなり作るだろ、2ちゃんのまとめとか見る限りな」
漏洩した情報。間違いない。この情報がマスコミに流れていたらどうなっていたことか。
「んでもってさらにもう一つ。こっちはこっちでさらにヤバ気だ」
出てきたのはEXCEL用ファイルでできた表だった。
「総理大臣以下、現職の大臣や長官が金を出しているらしい何者かなんだろうが、付属のtxtファイル見たらまた更にすごいもんが……っと」
表示されたメモ帳には様々な口座番号と名前が出ている。
「ググってみたらここに出ている名前の主たちは現在行方知れずの往年の赤軍系のテロリストのようで、こうもまた同姓同名ばかり集まるわけがないし、ひょっとしたらひょっとするかもってわけだ」
よく見ると野尻聡子の名前もある。別名義で持っている銀行の口座番号も一致している。
「下僕、話が見えないわよ」
「つまり、もしかしたら、このミニSDの持ち主は赤軍系テロリストのシンパで、テロリストに資金援助しつつ、民革連の政治家連中と結託して捜査妨害をしてるんじゃないかなぁ、なんて。ホントならとんでもないことになるな。総理以下多くの閣僚の首が飛ぶ。公安警察が総理に手錠をかけて連行するシーンが臨時ニュースで放送されるかもしれないわけだ」
「それって……本当にやばくない?」
河合さんが事態の深刻さに驚く。
「ヤバいさ、総理が自国を攻撃するテロリストを援助してるんだ。外国だったらテロ援助で国家憲兵とか内務省の特務機関が令状なしで逮捕する状況さ」
幸太郎は淡々と話し続ける。
「てことは……これをマスコミに流すと……」
「防衛省と警察の件だけ取り上げられて他は無視されるだろうな」
「なんでよ!」
河合さんのさらに驚きに満ちた言葉が響く。
「なんでも何も、今の大手マスコミの経営陣の殆どは学生時代に左翼活動家と親密だったり、他国では赤狩りで公職追放されていそうな教員の下で教育を受けた人材ばかりだぞ。それにマスコミの人間は民革連ともつながりが強い。民革連議員や内閣にダメージが及ばないモノしか報道しないさ。しかも『知識人』が嫌う防衛省と警察が叩ける。向こうにとっては願ったり叶ったりだな」
「で、どうするの、これ」
「思いつかないからお前たちに相談するんだろ。素直に警察に持ってったら公安調査庁の特捜部にガサ入れされるのは確実だしな」
公安調査庁特捜部。情報漏洩対策の専門部隊を知っているとは思わなかった。
それにしても皮肉なものだ。公安の一機関がもうすでに警護しているのだから。
「とにかく、処分するとか」
という河合さんの提案に
「それが賢明か……。まあ、もうちょっと残しておくかな」
幸太郎はそう答えて椅子に背を預け、少しの間天井を眺めていた。
*************
「なによ下僕。珍しいわね、駅までついてくるなんて。好感度上げても何もないわよ」
「最近物騒だからな」
河合にそう答えると
「あっ、そう」
と返された。
実のところ母に言われたからやっているのであって、そこまで考えてはいない。そこまで考えられるほど回る頭なら今頃慎二よりゲームに強いはずだ。まあ実際物騒な事件も多いし、少々気がかりだったのも事実だが。
「それにしてもほんとにあんなものがあるなんてね。てっきりもっと遠い世界のモノだと思ってたわ」
「俺もだよ」
若干気が楽になった。国家転覆級の秘密なんか、ただの高校生一人が背負えるわけない。責任が重すぎる。
ふと何か違和感を覚える。何かが注視しているような鋭い空気。
「どうしたの、下僕?犬みたいにそわそわして」
「なんか変な気がするんだよ」
「気のせいさ」
神山の言葉には説得しようという意思が見え隠れしていた。何かを隠しているのか?
「だけど、そういえば変よね。珍しく誰もいないじゃない、この公園」
丁度俺たちは駅近くの公園に差し掛かっていた。この公園、駅から延びるJRと私鉄の高架の下の使い道の限られる要地に作られた公園で、休日になると子供連れや鉄道ファンが来て高架とほぼ同じ目線になる塔に誰かしら上っていたりする。しかし今、ここには誰もいない。いつもいちゃついている高校生カップルどころか半ば定住しているホームレスすら。
「早く抜けるべきかもな。人気のない場所は犯罪が多発するらしいから」
「そうね」
歩みを進めて公園を出る寸前、目の前の道路に白いバンが急停車した。
「なっ、なんだ」
次の瞬間、バンのスライドドアが開き黒尽くめのヒトが四人ほど飛び出してきた。
何が起こっているんだ
「逃げろっ!」
神山の言葉に我に返る。一人は河合を羽交い絞めにしてバンに引きずり込んでいる。
「貴様らぁっ!」
頭に血が上る。だが目の前の黒尽くめの手元を見て自分が無力であることが理解できた。黒尽くめ達はVz61タイプのサブマシンガンを持っている。素手の自分ではどうしようもない。
不意に自分の奥底から何かが湧き上がってきた。
パァン
背後から火薬の炸裂する音がした。
*************
バラクラバを被った人物四人。全員が銃器を持っている。狙いは幸太郎であることは明白だ。がなぜかほぼ無関係な河合さんに手を付けた。バンに押し込まれると中にいた仲間と思わしき人物がすぐさま拘束した。人の拉致に関してはプロのようだ。
いったん高架の下駄の物陰に隠れカバンの中のP220を手に取るとスライドを引き、初弾を装填する。四人のうち一番幸太郎に近い相手を狙って引き金を引く。初弾は相手の右腕に命中した。バラクラバで隠した顔でもよくわかる驚愕の表情。
「チッ。殺せ。こうなったらこだわってられん。だがくれぐれもあの小僧にはあてるな!」
バラクラバの四人組はサブマシンガンを構える。
「美里、準備はできているか?」
「だいじょうぶだよ」
美里もP220を構える。一秒に満たないアイコンタクトを済ませると、相手に攻勢をかける。
相手が持っているサブマシンガンはチェコで設計されたVz61系列だ。そこまで高級品ではなく、MP5以前の設計ということもあって命中精度の点でいえば自分たちのP220より若干劣るだろう。だが問題はサブマシンガンであること、つまり弾幕と装弾数だ。単純に20発30発の弾数の相手にマガジン装弾数9発の拳銃では予備マガジンがあっても相手のほうが手数が多い。しかも相手は四人。こちらが不利なのは目に見えている。だが、相手はどうもチンピラ上がりのようだ。十分な訓練を受けていないらしく、制約があるようならば勝つ見込みはある。
「撃て、撃て、撃て!」
いきなり駆けだした自分たちに相手はVzサブマシンガンを乱射する。が、弾は有限。すぐ弾切れになる。それを見越して一人に肉薄する。外敵の接近に弾切れの武器。危険に錯乱寸前であろう相手の目は大きく見開かれ、身体は蝋人形のごとく硬直する。相手の下顎に銃口を突きつけると脳天方面に二回発砲する。がくり、と倒れたことを確認する。落ちている薬莢から9×18ミリマカロフ弾仕様のVz65であることがわかる。すると
「一人倒したよ」
という美里の声が耳に入る。残りの三人のうち一人は美里が無力化したらしい。ならばあとの二人はどうなっているのか。周囲を見渡すと、一人は幸太郎にアームロックを掛けられてマシンガンを奪われていた。
「逃げるぞ。これ以上長居は無用だ」
まったく無事な最後の一人の掛け声に気付いたもう一人は幸太郎を振りほどくとバンに向かって走る。が幸太郎は無表情に片手で持ったマシンガンの連射で一人の両足を撃ち抜く。
「ひぃっ!た、た、た、」
助けを呼ぼうとして舌が回っていない襲撃犯の一人はアクセルを全開にして去っていくバンを見て、逃げられないことを悟ったらしい。顔が絶望に染まったそいつに幸太郎は一歩、また一歩と歩みを進める。
明らかに幸太郎の様子が変だ。普段の雰囲気とは全く違う。覇気とも邪気とも取れるものを纏っている。第一、訓練を十分積んでもないのに片手持ちのマシンガンの連射をピンポイントで当てることは不可能だ。いくら9×19ミリパラべラム弾より反動が少ないとはいえ、反動で銃が手の中で暴れる上に射線が上にずれてしまうのだから握力や手首や腕の関節を動かす筋肉の力が膨大でないといけない。幸太郎は今、「人外」と化している。このままでは手がかりになり得る犯人を殺しかねない。
「幸太郎!やめろ!そいつを撃ったら手がかりが途切れるぞ!」
俺が叫ぶと幸太郎はぴたりと歩みを止めると、崩れ落ちた。
「幸太郎!」
「幸太郎くん!」
倒れた幸太郎に急いで近づく。カバンから出した無線で本部と通信をとる。
「本部、こちら神山班。対象の友人が拉致された。車種は……」
『こちら本部。忌々しき事態だ。対象の妹が拉致された』
「え…」
無線が伝えたのは衝撃の事実だった。
『現在県警の捜査一課が嗅ぎまわっている。怪しまれないためにも一旦そちらへ回収のために真田を回す。報告は真田にしろ。今後このチャンネルはクラスB未満使用不可にする。チャンネルをCに変更しろ。以上!』