湿気た爆薬 その1
そして、決戦の時は突如訪れる。
アメリカ政府が対応を決めた直後になり一気に忙しくなった。
今までで一番忙しい金曜の夕方だと感じながら複数の書類に判を押し、作戦部隊の展開を決定する。
「警視庁と防衛省にも人員供出に関し協力を要請する。より直接的かつ逼迫した国家存亡の危機だ。ぬかるな!」
『はい!』
ズラリと並んだ机。雑然としたオフィスの中で特捜部は作戦を開始する。
出せる人員を全力で投入し、テロリストの仕掛けた核兵器にあたりをつけ、そこに爆弾処理班を向かわせるのだ。
事態を把握しているのはごく一部。口が軽く目立ちたがりな政治家たちには誰一人として知る者はいない。
「アメリカ軍の通行に関して関係各所に入念な根回しを。幸か不幸か、反米テロが起こっている。それを利用しろ」
「東京コントロールと羽田成田両空港管制に連絡。東京上空の飛行に規制。米軍機を最優先にするよう国土交通省の航空局長に直接通達する。書類作成急げ」
「防衛省情報本部に作戦を伝達。J‐echelonのログを引っ張り出す」
「外務省にアメリカ・ロシア両大使館との臨時ホットラインの敷設を要請」
「ロシアFSBからの資料、翻訳が完了しました!」
「回収したHDDから情報をサルベージしました!チェックお願いします!」
「各電力会社に原発の監視を厳にするよう経産省経由で通達しろ!停止中でも十分注意するよう」
屋内は電話と報告の声が響く。
巨大な机に東京23区内、首都圏の地図を持ち出す。事前調査で洗っておいたナンバーで検索したNシステムの履歴からして首都圏にいるのは確実だ。
「先ほど指名手配を掛けました。当該人物は砂土原俊美と牧寺浩介。発見次第こちらに連絡を入れるように通達しました」
「よし」
口頭だけで報告が済んでいく。
「今現在最優先になるのが品川、港、中央、千代田の4区」
指を指しつつその位置関係を確認する。
「当該車両の捜索は?」
「先ほど着手しました」
ベテランの声に若手が応じる。
「時間がかかりそうだな」
武田がその様を見て嘆息する。
「政治的な意義を考えるなら死者は少なくてもいいものの、実際に混乱を引き起こして株価に影響を与えるなら平日の株式市場が開いている時間を狙うはずだ。月曜の昼ごろ、午後3時までだ」
茅ヶ崎はそう言ってカレンダーを見る。
年中無休のこの仕事をやっていると偶に日付感覚がなくなりそうになる。
明日は土曜。それがせめてもの救い。
「早すぎていけないなんてことはないだろうからな。急ぐぞ」
茅ヶ崎の声は周囲の物音と声にかき消されていった。
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「狙撃は狙えなかったか」
秋津は灰田に向き合う。
「目撃上等、誤射上等ならいくらでもやれるが、そうもいかないだろ?」
「まあな」
イスにもたれかかった秋津はそれまでの緊張感のある姿とは違う一面を見せていた。
「元武装工作員に元特殊部隊員が中心なんだ」
松尾がそう言いつつ近づくとCCレモンと三ツ矢サイダーにコカコーラを持ってきた。
「自衛隊投入は難しい以上、限定的になるんだからな」
手渡されたサイダーのプルトップを片手で開けると秋津は呷る。
「核弾頭は地球連合軍が支配下に置いているらしい」
松尾もCCレモンを口にすると言う。
「もうわけがわかんねぇな」
御手洗は頭を抱える。
「あれは、東欧革命が生んだ魔物だ。切り捨て、不要と言い切った社会を破滅させるためなら人類が死滅してもいいって」
「最悪の私怨じゃねぇかぁ!」
秋津の見立てに和田は頭を抱える。
「地球連合軍のメンバーにも何か感じ取ったんだろうな。あの手の団体ってのは主義主張と違うところにも多かれ少なかれ社会に何かしら不満を溜めこんでいる。過激な手段はその発散でもある」
「その匂いを嗅ぎつけたのか」
明石はそう言いって柿の種のパックに手を伸ばす。
「ああ。工作員なんてのは鼻が利かないとな」
そういって秋津は鼻の頭をトントンとつつく。
「俺たちにそんなことできる自信ないぞ」
井口はブラックの缶コーヒーをさらに飲む。
「そりゃ、俺たちは小間使いだからな」
「嗅覚は要らない、か」
名塚はそう呟き緑茶を飲む。
「いや。それとは違う嗅覚がいるのさ」
湯浅がそういうと秋津は手を叩き仕切り直す。
「で、だ。作戦はどうする」
「相手の懐に入るしかない」
秋津に御手洗は言う。
「この前のような事態は避けたい。前衛は5.56ミリで統一する」
「で、それ以外には?」
「霧谷を狙撃3にする。松尾、神山を頼む」
「わかった」
「陣形は各自の判断に任せる」
「それにしても奴ら、一体どこに」
明石はそう言って腕を組む。
「追跡した結果が出たみたい。三重県四日市市の廃倉庫だって」
桂木の言葉に皆が振り向く。
「飛んだな」
「日本の交通インフラがあるからこそさ。奴ら、方々に飛び回って攪乱する気のようだ」
井口はそう言って画面をまじまじと見る。
四日市のコンビナート群の一角に陣取った倉庫。
身を隠すにはもってこいともいえる。
「待ち受けているか」
「さあな」
「ん?どうも他の仕事が始まってるみたいだ」
灰田はふと報告に気付く。
「ほか?」
「強襲二班から四班までが作戦行動中」
「二班は前からだが、三班と四班が?」
松尾が身を乗り出し画面を見る。
「日米合同で地球連合軍の核弾頭の捜索任務だそうだ」
「忙しいわけだ」
「こっちも急いで片づけるぞ」
秋津の言葉には強い決心が見えていた。
*************
『幸太郎くん。一応君の意向は聞かせてもらった』
「それで」
夜の闇が満たした街の中を幸太郎は電話を聞きつつ歩いていた。
電話の相手は政田。事前に落ち合うことを決めていたのもあってのことだった。
『今現在、我々は人手が必要な状況。課長に伺ってみた。結果は、今晩23時から6時間以内は許可。それ以降は判断待ち』
「そうですか」
想像通りといった結果だった。
『これから、エミリーの奪還作戦が始まる。今から向かう」
「わかりました」
短く返しつつ、財布の中身を思い出す。そう潤沢ではない資金。小腹がすいたからと言ってコンビニのチキンやマクドナルドのハンバーガーを買うという選択はなかった。
『言い訳は考えたかい?』
「徹夜して並んで買いたい本があると」
『なかなかに無茶を。よく納得したね、ご両親』
呆れ顔がまじまじと頭に浮かぶ。
「凝り性なのを知ってるんですよ」
『厳格なようだが』
「根っこの部分で柔軟なんです。門限はありませんし」
どこか笑っていた。
『なら安心した。けど、くれぐれも無茶して怪我はしないようにな。飽くまで、今回はエミリー奪還が目的。壊滅は大人に任せること』
「……わかりました」
『なぜ、こうも戦うことに積極的なんだい?』
「奴を、杉下を仕留める。今の理由はこれです」
『それまでは?』
ハッとした。
「……日常を、護りたかったから、かな」
忘れていた。なぜ銃を手に取ったか。
日常を壊されたくなくて取ったはずだったのに、いつの間にか忘れていた。
『憎しみだけで戦うのは二流のすること、何かを守りたいと思って一流さ』
「なら、三流は?」
気になって訊ねる。
『ただ純粋な破壊衝動で戦う人間さ』
その言葉は、幸太郎の心の奥に響いていた。
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あの夜も、こんな感じだった気がする。
東欧はグルジア。あの辺りで均衡を保っていたマフィアたちが、自分たちを脅かす新参の韓国系売春組織の殲滅を欧州中の殺し屋たちに手当たり次第依頼した時。
私とエミリーは独立して初めて仕事を請け負った。闇市場でとっておきの武器を買って。それこそ、おめかししてハロウィンに行くチビッ子みたいにはしゃいでた気もする。
元締めが大使館の書記官だったとかいって、大使館まで攻め込んで、動くものは手当たり次第殺して。
あの頃は苦しかった。エミリーと抱き合って寝て、慰め合って。そうしないと生きていけなかった。
けれど、今はそれ以上につらい。
私は、エミリーがいないと、ダメなのかもしれない。
ユーリ・ゾルカリツェフなんて、二人で戦えば勝ち目はあったのに、今じゃ歩調も呼吸もバラバラ。
まるで一つの体みたいだった意思疎通も、今では何もわからない。
怖い。怖いんだ。一人になるのが、怖いのはエミリーが何をしてるかわからなかったからじゃなくて、自分が独りぼっちになることだったんだ。
奇妙な恐怖が足元から身体中を駆け巡る。
「〈待っててね、エミリー。すぐ助けてあげるから〉」
UZI PROの入ったハードガンケースを見る。
ふと、ハザードを点滅させたワンボックスカーに気付く。
「乗れ!早く!」
政田がそう言って促す。
スライドドアをくぐって席に着くと走り出す。
「待ってましたよ、マリアちゃん」
「!?ヨシカ!」
既にそこには吉華もいた。
「なんでヨシカが!?」
「助けに来たの」
すごく優しい表情で見つめてくる。
「つらいときには、頼っていいんです。一応、同居人なんだから」
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三重県四日市市 廃倉庫
「薄気味悪いなぁ」
かねてからこの廃倉庫周りは通報が多い。というのも
「早く帰ろう。どうせまたカップルだ」
「下半身丸出しで逆切れする男と下半身押さえて見るな見るなって叫ぶ女なんてのはもう見たくないですよ」
性欲旺盛な若者がここにきては隠れて『いたしている』ような場所であるからだった。
げんなりした新人は溜息交じりに歩いていく。
「仕方ないだろ」
「まったく。ちょっと行けばホテルあるのに」
夜闇の向こうにはぼうっと暖色系の柔らかい明かりが見える。休憩何千円、宿泊何千円の風営法適応のホテルが向こうにあるはずだ。高速道路の出口にも近い。
「金ケチって自分の部屋に呼ぶ気もないんだろ。あとは、レイプか」
「あぁ。嫌なもんだ」
二人していい加減嫌になっていた。無論、私有地に許可なく侵入すれば住居侵入。その際に鍵を壊せば器物損壊。そして中で行為に及んでいたなら公然猥褻。といった具合で罪は累積され、さらに警官を突き飛ばせば公務執行妨害で緊急逮捕になる。
だが、たかがこんなこと程度で罪になるのかという言葉が飛んでくるのも事実。頭を抱えたくなるのも事実だった。犯罪というのを甘く見てはいけない。割と日常的にやってることだって犯罪だったりする。二人とも警察官になり、刑法をきちんと読み始めて初めて知った犯罪も多い。所詮はお目こぼしで許されているだけなのだ。警察国家日本とか言ってる連中もある意味正しいが、まだ獣姦と近親姦が刑事罰として処罰されないだけマシなんじゃないかと勝手に思っている面もある。
「にしても、なんでやるんだか」
「解放感がタマンナイとか、そういうんじゃないですか?」
「どこ情報だよ」
「週刊誌ですが」
「あんまり信じるなよ」
そういって先輩は頭を小突く。
「大丈夫っすよ」
どこか気楽な新人に先輩はどこか不安を感じていた。
「〈君が情報を漏らした程度のことわかってるんだよ、『マルタ』〉」
海沿いの倉庫の中。弾丸列車で西に向かって、さまざまな列車を乗り継ぐという手段で来たこの倉庫は、東京から離れた工業地帯の一角にあった。
ユーリの顔は相変わらず笑みを張り付けている。
「〈どうしようと私の勝手。脅して同行させた以上、その程度のこと覚悟の上じゃないの?〉」
冷淡に言う。初めからそのつもりだった。計画をめちゃくちゃにしようと様々な手を考えていたが、当初の予定と大きな変更が生じてしまった。少し急ぎすぎてしまったのかもしれない。
「〈そうか。つまりは、初めからそういうつもりで〉」
「〈私は、あなたが嫌い〉」
そう吐き捨てる。
「〈嫌いでも、力がなければ意味がない〉」
「〈力なら、ある!〉」
突進する。一斉に抜かれた銃口が追ってくる。ロデリックとマデラインが立ち塞がるがロデリックの足を蹴り払いマデラインの背後に回り込み掌底を叩き込んで躓かせるとバク転の要領で飛び退きユーリに肉薄する。
武器庫から拝借した黒染めのM9バヨネットを逆手で抜きユーリの首筋めがけその刃を振り抜く。
だが、ユーリは即座に左手首を掴み捻り上げる。
ロデリックとマデラインの銃口は眉間を狙っている。
「〈ロデリック、マデライン、撃っちゃいけませんよ〉」
そういって制するとグイと引き寄せる。
「〈まだ甘い〉」
「〈なんで私を!〉」
振りほどこうとしながら叫ぶ。だが、ユーリの細く病的に白い腕は想像以上の力を持っていた。
「〈ただ、君たち姉妹を引き入れたかっただけだよ。目論見は外れたが、君たちがいれば、オバマだろうがプーチンだろうがファン・ロンパイだろうが簡単に殺せる。エクソン・モービルだろうがガスプロムだろうがロイヤル・ダッチ・シェルだろうが屈服させることができる。世界をこの手に収めることができる〉」
「〈私たちにはそんな野望なんて関係ない!〉」
その言葉を振り払いたくて叫ぶ。世界を自分の好きなようにできれば、それは一番の理想だ。
けれど、お姉ちゃんはそれを望むだろうか。
「〈だが、世界の変化には飲み込まれるしかない。変える側につくか、変化に飲み込まれるか〉」
優しく諭すような口調がムカつく。
「〈人影が見える!〉」
「〈静かにしろ〉」
口をふさがれる。
「まったく。どこのバカ外人が」
「さあな」
どこか気の抜けた男二人組の会話。
「マフィアか?」
「なら組対がやってるだろ」
「いやなもんだ」
「?おい!何をやっている?出てこい!」
向こうの人影がこちらの気配を悟ったようだ。
「〈ロデリック、マデライン、行け!〉」
ユーリの号令で双子は闇へ飛び出す。
咄嗟に口を塞いでいる手にかみつく。手が口から離れる。
「逃げて!」
目いっぱいに叫ぶ。
「日本語!?」
「女の声ですね。逃げて、って」
だがその意味を解さぬまま男たちは逃げる気配はなく。
「なんだ?子供?」
「坊ちゃん?どうしたんだい?おもちゃの銃を」
銃声が響く。
「え?先輩!?うぐぁ」
ドサリと倒れる音。
「〈君の望みも届かなかったみたいだね〉」
ユーリはケタケタと笑う。
「〈こんなことしたらすぐに警察が来るわよ!〉」
「〈どうせここもすぐ捨てる。警察など、我々にかなうものか〉」
凶悪な笑みでユーリは銃を取り出した。
ドゥナエフは中古のボンゴの中にいた。
同乗するのは特殊部隊の指揮官のハリコフ。爆発したハイエースから脱出に成功したらしく、怪我だらけながらもまだ生きていた。先日の作戦の部隊も大半が大けがを負い意識不明の重体になった者も出たが死者は無し。もはや奇跡としか言いようがなかった。
今回の作戦は先日の作戦の失敗を見越して残しておいた戦力を用いる。
隊員たちは皆が皆、一様に険しい表情をしている。同僚を貶めた連中を仕留める使命感がひしひしと伝わってくる。
「おい!何をやっている!」
ボンゴに制服姿の男が近づいてきたかと思うとノックしてくる。
ドゥナエフにとって最悪のタイミングだった。特殊部隊をひきつれた姿を文民警察に見られてしまったのだ。
「スミマセンネ。ワタシ、コレ」
窓を開けると出来る限り愛想よく身分証を見せる。
「!?在東京ロシア大使館二等書記官!?」
「タイホスル、ナラ、バン、デス」
そういってドゥナエフは手で拳銃を作って撃つジェスチャーをする。
「ばん?」
「ミナカッタ。OK?」
「OKって……」
その状況に脳が追いつかないらしい警官を見限るとドゥナエフは表情を消す。
「I see……〈わにのゲーナは出勤する〉」
『〈はい〉』
無線から応答が聞こえる。
「なにを」
ドゥナエフがスプレーを吹き付けると警察官は意識を失って崩れ落ちる。
吹きつけたのはラッカーに偽造したKOLOKOL‐1のスプレー。
無論、誤吸引は生命の問題になりかねないため、気休め程度にハンカチを口に当てていた。
「〈すまないな。祖国ロシアと、世界のためだ〉」
深い眠りに落ちた警察官にドゥナエフは語りかける。
闇の中、これで最後になるだろう日本でのテロリスト掃討作戦に期待を込めていた。
「〈きた、か〉」
そういってAUGを持ったアマナールは闇の向こうを見据える。
微妙な殺気を嗅ぎ取ったのだ。
アインへリアルや『ポーリキ』達もその気配に気づいたようだ。
「〈我らが悲願の成就を邪魔するか。ロシア人どもが!ドルニエ!行くぞ!〉」
『ニェーメツ』の顔は一層厳しくなる。
「〈責任を取ってもらおう〉」
『ブルガリ』もAR‐M1を手に取る。
「〈『ルーミニ』!『ヴィンペル』!責任を取れ!〉」
『ポーリキ』はそう言ってGM6リンクスを手にする。
「〈エミリー。FSB並みに危険な敵が迫っているようだ〉」
ゲオルゲはそう言って近づいてくる。
「〈だから?〉」
手錠で後ろ手に拘束されたエミリーは自嘲気味に笑う。
「〈戦え。ここで生き残らなければ、姉と再開できなくなるぞ〉」
そういって転がしてきたのはマカロフPB消音拳銃。マカロフに内蔵型サプレッサーを組み込んだ特殊拳銃。
「〈戦えって、裏切る気満々の人間にそんな銃を預けるなんて、正気を失ったの?〉」
「〈お前は、裏切らない。私は信じている〉」
そう。昔からそうだった。口数少なに全幅の信頼を預けてくる。憎たらしいくらい清々しい。
ザスローンは突入陣形を取っていた。合図一つで制圧することができる。
サイレンサーを取り付けた56‐2式自動歩槍、M4A1、MP7A1を構えた黒装束の隊員たちは張り詰めた空気を纏っていた。
『〈切符を取り返せ。繰り返す。切符を取り返せ〉』
合図とともに静かに現場に突入する。
その挙動は影が伸びるかのごとく、いつの間にかそこにいるかの如く錯覚させるものだった。
「〈地点Аクリア〉」
銃口を向けつつ角を曲がる。
『〈地点Бクリア〉』
『〈地点Вクリア〉』
『〈地点Гクリア〉』
友軍も足音なく侵入する。
「〈目標を確認。警戒行動をとっている〉」
『〈了解。制圧する〉』
56‐2式自動歩槍を静かに構え、引き金を引き絞る。
ロシアの意地が掛かった作戦が始まった。
*************
「ヘリでリペリングか。思い切ったな」
井口は流れる夜景を見てひとりごちる。
工場の夜景はどこか浮世離れして、本当にここが日本なのだろうかと感じそうになっていた。
「幸太郎とマリア、河合も陸上から行く。エミリー奪還作戦だそうだ」
秋津の作戦の説明は機上でも続いていた。
「俺たちが引きつけている間にエミリーを掠め取る算段か」
「うまく行くか?」
御手洗の言うことに湯浅はふと疑問を呈する。
「うまく行くかじゃない。成功させるんだ」
そういって秋津は装備をチェックする。
「いいな。妥協は許されない。今回はサイレントエントリー。間取りと降下手順は頭に叩き込んだな」
「大丈夫だ」
秋津の言葉に明石はサムズアップで答える。
「神山、井口。今回は慣れない5.56ミリですまないな」
「だ、大丈夫です」
「練習はばっちりです。任せてください」
上擦った声の神山と落ち着きはらった井口が返答する。
「灰田。大丈夫だな、その銃」
「ああ。ちゃんと照準補正もした。弾道計算装置もある」
「さあ。そこそこの強さの連中だ。心してかかれ」
そういって秋津はすぅと空気を吸い込む。
「地点A。狙撃1降下!」
はっきりとした声で降下命令を出す。
ワイヤーを伝って銃と降下する二人を見送る。
「降下確認。地点Bへ」
着地と接続解除を確認するとすぐ飛び立った。
「狙撃1、配置完了」
バイポッドを下ろしボルトを引き、押し戻しシェイタックを構えると名塚が無線に吹き込む。
『地点B。狙撃2降下』
『地点C。狙撃3降下。前衛の指揮権を松尾に委譲』
秋津の令が飛ぶ。
『指揮権の委譲、承りました』
松尾が復唱する。
『狙撃2、配置完了』
『狙撃3、配置完了。全狙撃配置完了。発砲準備』
続々と準備完了の号令が聞こえてくる。
『地点D。全前衛降下』
松尾の号令とともに銃口を外に向け警戒しつつ順になって降下する。
『全前衛展開完了』
前衛が展開したことを告げられた後、ヘリは名古屋空港へと向かった。
降下した強襲一班前衛は減音器を取り付けた突撃銃を構える。
「先客がいる?」
ふとその殺気を察し松尾は立ち止まる。
「先客?」
「装備からじゃよくわからないが、人種構成からして、ロシアだな」
ナイトヴィジョン越しの画像から判断した明石はそのまま目標を観察する。
「撃った!?」
御手洗の驚きの声。
マズルフラッシュも火薬の炸裂音もないが、銃と体の動きでわかる。
「撃ちあいになるぞ。ロシアにはかまうな」
松尾の号令とともに前衛は散開した。
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