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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第四章 アーティラリーズ・ファントム
57/64

砕けた弾丸 その2

 「大佐」

 呼び止める声に砂土原は振り返る。昔からの部下だ。

 「どうした?」

 「例の物が到着したようです。D3に置きました」

 若干上擦った声の部下の姿に、砂土原自身は妙な感慨を覚えていた。

 彼が大学生のころから今の今まで、行動を共にしてきた。

 呆れた環境意識に愛想を尽かせて今宮電子を出たのがかれこれ20年以上前。

 環境問題はかの四大公害病と光化学スモッグから徐々に人々の興味を失っていき、経済問題や外交、安全保障問題がクローズアップされることが増えて行った。京都議定書をめぐるすったもんだや、捕鯨問題で欧州からの突き上げなどを意に介さない日本政府、そして日本国民には救いがないと感じていた。

 「使えるのか?」

 「使えるはずです」

 「そうか。これで初めて原子力企業は猛省するだろう」

 彼らが手に入れたのは国際テロ組織が購入した核弾頭だった。流通ルートは教えてくれなかったが、何ともどの国も公に出来ない品だと言っていた。

 部下はどこか不安そうにこの決戦兵器を見つめていた。

 「ですが、野生生物に対する影響が大きすぎませんか?」

 「大丈夫だ。知ってるか?放射能っていうのは俺たちが想像する以上に怖いものじゃないようなんだ。一度エコツアーでチェルノブイリに行ったが、そこでは野生動物が謳歌し植物がのびのび育っていたよ。人間以外にとってみれば楽園なのかもしれない」

 そう。

 チェルノブイリ。そこはまさしく自然によって朽ちていく都市といった風情だった。

 文明は自然を支配できない。原子力企業、そして核エネルギーの受益者はその責任をこの一撃で身を持って体感すべきなのだ。

 「そうですか」

 「あんなコンクリートとアスファルトでできた檻に閉じ込められた魂を救おうじゃないか。金儲けに洗脳され、真の豊かさを見失った人々の魂をな。でないと、人間にも地球にもあまりにも悪影響が大きすぎる」

 「わかりました」

 彼は外に出て声を張り上げる。

 戦いは目前に迫っている。


 「ヤバいぞヤバいぞ」

 顔面蒼白といった状態で波佐間は駆けていく。

 地球連合軍は核を持っていた。どんな戯言であったとしても最悪の事態を想定せねばならない。

 さっきの会話を聞いて念のため行ってみれば、そこに核弾頭があるとはわからないくらいの配置の中に、それは存在した。カギはかかってなかったコンテナ内には、大量の導線が生えた球体が枠に宙づりになっていた。なんとなく察した。これは、核爆弾だ。普通の爆弾にしては大仰なのだ。

 連中は核弾頭を、都心のオフィス街に最も人の集まった平日の午後に起爆する気なのだ。これが現実になれば世界中の株価と為替が墜落する可能性がある。経済問題が生じればリーマンショックの傷跡の残る諸国に飛び火し世界的混乱が生じかねない。

 それに加え核兵器の使用は世界中の軍事に大きな問題を引き起こす。どこの国の物なのか?ただでさえザルのNPTが完全に消える可能性もある。過剰なリアクションで世界が滅びかねない。

 いま、世界の命運は自分の掌中にある。

 せめて日本の命運だったら、もっと精神的に楽だったんじゃないだろうか。

 「おい!どうした!?」

 「あ、いえ」

 よりにもよって呼びとめられた!

 相手は下級構成員。

 「これから作戦の最終案が発表されるんだってさ」

 「……」

 どうするべきか。このままいけばみんなして大麻で酔っぱらいつつ核攻撃を刷り込まれかねない。

 一瞬のうちに様々な情報が脳裏を掛けめぐる。どうする。どうすればいい。

 「あ……」

 「あ……?」

 「そ……」

 「そ……?」

 なんといえばいい。

 「……それが……」

 「……それが?」

 「砂土原大佐は……」

 もうここまで来ると個人の裁量でどうにかなるもんじゃない。

 独断で、壊滅工作をするしかない。

 「大佐は?」

 「俺たちを裏切ってるかもしれない」

 微かな沈黙。

 「……ははははははっ!そんなわけないだろう」

 「え……?」

 「あの大佐が何で裏切るんだよ」

 「え、いや、その……」

 どこまで言えばいい。

 「それにな、裏切っても何の意味もないんだぜ」

 「そ、それは……」

 しどろもどろになる。だが、ふっと、何かが吹っ切れた。

 「どうした?」

 「大佐は核を使う気だ」

 もう言ってしまえ。

 「カク?」

 「核爆弾だよ。地球を汚染し数万年の間生命を苦しめる悪魔の力を使う気なんだ」

 話を作れ。過剰なまでに危険であることを煽るんだ。

 幸いこいつらは核が嫌いだ。そう。それを利用するんだ。

 「おい、急にどうした?」

 「さっき話を聞いたんだ。核爆弾を使うって。みんな巻き込んで爆破して意思を示すって。大佐はどこかへ逃げて」

 嘘と事実を織り交ぜてほころびを作る。

 「そんな馬鹿な話……」

 「D3に核がある。俺は見たし聞いた」

 「そんな……」

 そう呟くと走って見に行った。

 「……助かったぁ……」

 そのままへたり込む。

 もう、あとは野となれ山となれだ。せめて最悪の事態を避けねばならない。

 「もうちょいやるか……」

 波佐間は即座に武器庫へと向かった。


 「諸君!我々は、この薄汚れた先進国の社会を修正しなければならない!!」

 『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』

 張り上げた声が反響する。

 雄叫びがひと段落つくと大佐は話を続ける。

 「我々は、この世界を変える!!」

 力強い言葉が面々にしみわたる。

 「愚かにも自然を屈服するという思想から脱却できない!資本主義型浪費社会の主体たる企業と!政府を!転覆せねば!真に自然と共生できる社会は成立しない!!我々はこの!文明社会という幻影を破壊し!新たなる指標を作り上げねばならない!!」

 『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』

 場の盛り上がりは最高潮だ。

 だが、静まった瞬間一人が声を上げた。

 「そのための核兵器ですか!」

 響く声。場が動揺する。

 「何のことだ?」

 「核兵器で、あなたたち以外のみんなを巻き込んで東京を吹っ飛ばすんでしょう?」

 「何を言っている!?」

 「僕は見たぞ!D3に核兵器があったのを!」

 どよめきが広がる。

 「……」

 「なぜ答えないんですか!!」

 悲鳴にも近い声が響く。

 動揺は相互不信を生み、相互不信は恐怖を生む。

 「そ……それは……」

 「地球を放射能で汚すなというあの言葉は嘘だったんですか!?」

 「そうだそうだ!!」

 「お前なんて東電の役員と同じじゃねぇか!」

 「俺たちを巻き添えにして何をするつもりだったんだよ!!」

 環境保護の理念と逆の核兵器は一挙にこの大きな組織に亀裂を生み出す。

 「私にはそんなつもりなどない!!」

 「嘘を言うな!」

 「どうせ地球のためとかも口だけだったんだ!!」

 「活動費で贅沢してたんだろ!!」

 「女侍らしてたよなぁ!」

 「おい!落ち着け!」

 側近たちが抑えようと絶叫するも喧騒にかき消される。

 この手の組織にありがちな組織拡大に伴う権力構造の形成と歪な権益の集中は内部に巨大な不満を溜めこんでいた。砂土原をはじめとする幹部の中にはそれこそ資金横領に近い行為や女性構成員の囲い込みなどの行為に手を染めたものがいたのも事実であり、実際にテロに動員された人間と違い後方で指揮を執るだけということから構成員ばかりが不利益を被っていると感じていたというのもあった。

 「説明しろ!!」

 「深い意味があるんだろ!!」

 「そうだそうだ!!」

 「どうなってんだよ!!」

 「誰がそんなこと言いだした!!」

 「うらやましいぞ!!」

 「私怨を言うな!!」

 怒声が響き、組織の結束に音を立てて亀裂が広がってゆく。

 所詮は寄せ集め。組織は構成員同士の意識の面で大きな隔たりがあった。

 単に環境保護というお題目で派手に暴れられるという正義の味方気取りから政治的な志の高いものまで、中学中退レベルから東大出身までが環境保護という味付けでごった煮された組織は、仲間の間でも見下すような姿勢などがまま見られていた。

 「静粛にしろ!!」

 「どうするんだよ!!」

 「てめぇ!!なんなんだよ!!」

 「静かにせんか!!」

 一人の声が響いたかと思うと、銃声が轟く。

 一人が血を流して倒れる。

 その瞬間、亀裂は断面となり、組織は崩壊した。

 「誰が撃った!!」

 「お前だろ!」

 「俺じゃない!」

 「このぉ!」

 度重なる薬物の使用は組織の規律などあってないものにしていた。

 混乱の中さらなる銃撃が生じる。いつの間にか武器庫の鍵が開いてしまったらしい。

 始めは小突きあいだったのが拳の応酬となり、それが拳銃による銃撃になり、ついには短機関銃や突撃銃を持ち出し始めるのは自明であり、倉庫は完全な殺戮領域へと変わっていった。

 一通り銃声が止むと、そこは巨大な血だまりになっていた。

 残ったのは精鋭たち。もしもの反乱の時、内部で反乱分子を殺すために紛れ込ませた者たちだった。

 「想定外だ」

 砂土原は悲しげな表情になる。

 自分たちの意思が正しく伝わらなかったことを後悔していた。切り札の情報が漏れるのを警戒しすぎたのが原因だろう。

 「そうですね」

 「残ったのはこれだけか」

 そこには残りの20人の精鋭がいた。精鋭も10人は死んでしまったようだ。

 「まあ、核爆弾なら、十分だ」

 「どうしますか?」

 「仕方ない犠牲だ。この青き清浄なる世界のために」

 『青き清浄なる世界のために』

 合言葉が倉庫に響いた。


 「やべぇぞ、やべぇぞ……虐殺だぁ……ちくしょうっ……」

 波佐間はその惨状を見て振り絞るようにつぶやくしかなかった。

 明らかなワンサイドゲーム。あの中にいたプロがあっけなくかたしてしまったのだ。

 武器庫の鍵を開けた結果がこれだったとは。波佐間自身後悔していた。

 急いで逃げなければならない。

 連中にみつかったらどうなることか。

 「……た……たす、け、て……くれ……」

 声がする。

 ずるり、ずるり、と真っ赤な何かが弱弱しく這ってくる。

 「……!」

 顔を見てギョッとする。

 仲間割れを起こすのに利用した純粋そうな彼だ。

 「たす……た……たす……けて……」

 もはや限界寸前な彼が波佐間の顔を見て涙を浮かべた。

 次の瞬間銃弾が殺到し、彼はビチビチ跳ねながら絶命した。

 「無駄弾を撃つな」

 「すまない。気になってな」

 「急いで荷造りしろ。この拠点は放棄する」

 「了解」

 どうする。どするんだ。

 「ナパームはあるな」

 「もちろんです」

 「よし、いくぞ」

 そういうとガソリンを撒き始めた。

 急いで携帯電話をかける。

 「緊急事態だ。目標が動き出した。拠点は放棄する模様」

 ガソリンを撒くバシャバシャという音がと遠くで聞こえる。

 『了解。車両に潜入できるか?』

 「無理だ。警戒が強い」

 向こう側ではピリピリした空気がしていた。

 『了解。こちらが追尾する。そちらは情報を持ち帰れるだけ持ち帰れ』

 ガソリンを撒いていた奴がこちらまで近づいてきたのを感じ物陰に隠れる。

 「了解」

 『くれぐれも生きて帰ってこい。地点Bチェックポイントブラボーで回収準備を整える』

 「……了解」

 血なまぐささとガソリン特有のにおいを感じながら、パソコンと書類を探し始める。

 (急げ。急ぐんだ)

 急いで静かに這って進んで行く。

 「これか」

 ノートパソコンを見つけるとケーブルをすべて取り払う。

 金庫は防火だ。開ける術を知らない。

 デスクトップパソコンを見つけるとケースを取り外し、HDDを確認すると取り外しにかかる。

 適当なドライバーを捜し、急いでネジを緩める。

 ネジを取り外すとHDDを引きずり出す。

 ここからどうやって脱出するか。ガソリンが充満すれば大爆発で木端微塵になる。

 時限発火装置の設定時間に確証は存在しない。最短の脱出口へ向かうなら、一瞬だ。

 だが、ばれたらどうなるのだろう。逃げ切れるか?よりにもよって地点Bは一番遠い。

 なら、この屋内を一直線に突っ切るか?ガソリンがあれば火器は使えない。だが足場はガソリンと血でどうなるかわかったもんじゃないのだ。サイレンサーを使えば可燃性ガスがあっても比較的安全でもある。

 (どうする。どうするんだ)

 「……パソコンも焼きましょうか?」

 「そうしろ」

 奴らの一人がこちらに近づいてくる。

 (チクショウ!!)

 なにか武器になりそうなものはないか?

 手元に軟質樹脂の触感。電源コード。

 (これで)

 奴が入ってくるとまず金庫に手を掛ける。ダイヤルを回すと鍵が開いた。

 「……!?」

 パソコンの異常に気づいた。

 パソコンに近づいてゆく。

 身をかがめ、息をひそめ、様子をうかがう。

 幸い銃は背負っていて手に持っていない。幸運だ。

 奴はパソコン本体の様子を見るためにしゃがんだ。

 急いで背後から近づく。

 奴の首に電源コードを掛け、全身を使って目いっぱい締め上げる。

 悲鳴もなく、一人事切れる。

 急いで逃げなければならない。

 中の書類を掻き集めると一角から首だけを出して周囲を確認する。

 みんなしてガソリンを撒いているようだ。ここは下手に突っ切る方があぶない。

 携帯電話に連絡用番号を入力するとそのまま最寄りの出口へ向かう。

 静かにノブを回し、勢いよく扉を開ける。

 「!?」

 気づかれるのは織り込み済み。だが気づいたとしても奴らは撃てない。

 ここにはガソリンを撒いたのだ。ガソリンが揮発している可能性がある以上、火の気は避けねばなるまい。

 走って逃げつつ、コールをかける。

 「先ほど離脱。地点Dに移動してくれ。奴らが追ってくる」

 『わかった。回収する』

 応答を聞くと携帯を切ってポケットにねじ込んだ。


     *************


 朝になると奇妙な話が持ち上がっていた。

 「なに意味してるんだろうな?レーニンとかアインシュタインとか?」

 「てかなんでマクドナルドとさよならなん?」

 教室内の喧騒はどこか取り留めのない内容ばかりだ。

 「なんだこりゃ」

 幸太郎は事態を把握していなかった。

 レーニン、アインシュタイン、マクドナルド。三つの単語はまったく別のものだ。

 政治家に科学者に大手ファストフードチェーン。生まれもロシアにドイツにアメリカだ。

 「ネットに投稿された動画が出どころだよ。ツイッターで流れているみたい。いろんなところで話題になってる。見るかい?」

 「いいのか?どれどれ」

  山本はYouTubeを開くとその動画を見せる。

 「どう?」

 (『アインシュタインの灯』って、まさか……)

 幸太郎の脳裏によぎるのはまさしくただ一つの最悪の可能性だった。

 「なにか思い当たるのが?」

 「アインシュタインは原子力の兵器利用、特に核分裂の臨界現象が爆発に至り得る莫大なエネルギーを持ちうるとアメリカの原爆の開発に道筋をたてさせた一人なんだ。それに核爆弾の兵器としての威力は特殊相対性理論のE=mc2の式に依存する」

 「それって、つまり?」

 「可能性があるとすれば、核兵器の使用。あの画面は全部核爆発の映像だったし。普通はそんな大それたことできるわけないが」

 幸太郎にはそれこそいたずらにしか見えなかった。しかし、ここまで手の込んだ悪戯をする必要性が見えなかった。

 たった一つのこの動画しかないアカウント。名前はゲオーゲ・アマナーとでも読むのだろうか。説明文にはご丁寧に日本語もあった。諸君らに対する警告。ユダヤ陰謀論者のようにも見えるその単語は、手の込んだ映画のプロモーションというには雑ではあった。

 「で、ティトーって」

 そして山本にとってみれば、ティトーなど聞いたこと無い名前だった。

 「旧ユーゴスラビアの大統領だな。世界一切れ者だった独裁者の一人さ。ティトーが死んでから民族間の均衡が破綻してユーゴスラビアは泥沼の分裂紛争になったんだ」

 「で、なんでそれが?」

 「だいたい、こいつらがレーニンとか持ち出してグッバイ・キャピタリズムって言ってるってことは、つまりは時代遅れの共産ゲリラの類ってことさ」

 ただ、そうだとしてもティトーは反ソ連を掲げた人間である。納得がいかない。

 「それって」

 意味することが分からないと言った表情だった。

 「割とヤバい連中ってこと。ヘタをしたら核爆弾テロとか原発テロとかも」

 「いくらなんでもそれは……」

 「まあ、いくらブラックマーケットには戦闘機すら転がってるって言っても、核弾頭は普通ないからな。兵器の管理がガバガバだったあのロシアですら核の管理は一応できていたし、流出したという噂の核兵器は全部北朝鮮、イラン、イラク、シリアが研究に使ったって話だったし、普通のテロリストじゃ起爆すらできないはずだ。核爆弾の維持管理にはすごい金と知識がいる。普通なら原発だけど、今はどの原発も完全に停止してるし」

 幸太郎の頭の中からひねり出したのは過去に読んだ本の内容だった。

 核拡散防止条約。核兵器や核技術の無尽蔵の拡散を防ぐためのこの条約は、核物理学の一般化とともに徐々に有名無実化しかねないモノとなっている。

 そして福島の事故以降、何も核爆発を起こさずとも核物質をまき散らせば恐慌を起こすことが容易であることも証明されてしまった。複雑な爆縮型でなくても、十分な核燃料と拡散させうる爆薬を準備すれば、世界中を混乱に陥れることができる。

 「なら」

 「たちの悪いいたずらか、殆ど誰も知らない核兵器がこの世にあるか」

 「そんなわけないでしょ」

 山本はそう笑う。

 「いや。単純な核兵器は設計しようと思えば大学生だって作れる。材料は手に入らないけれど」

 幸太郎にはどこかただ事ではない気がした。

 一瞬映ったそこにイーゴリー・シロチェンコの名前が浮かんでいたのに、一抹の不安を抱いていた。


     *************


 「なんだ、こりゃ」

 情報班が詰めている一室で一人が呟く。

 「どうした?」

 「いや。インターネット上で動画が拡散している。ゲオルゲ・アマナール名義で」

 ツイッターの検索画面で戦慄していた。

 「ゲオルゲ・アマナールが!?」

 「はい。アカウント名が」

 スクロールすればその名は出てくる。

 「どんだけ馬鹿正直なんだよ」

 「これって」

 「Botプログラムかもね。乗っ取りプログラムとか」

 十三課唯一のオカマ、丹下秀実が調べ始める。

 「ネット全体で拡散が始まってる。どこかのバカが取り上げたみたい。妙にメッセージ性の高い映像作品としてしか見られてないみたいだけど」

 丹下の言った言葉に、全員が頭を抱えた。


 「ロシアの対外情報庁からユーリ・ゾルカリツェフ以下構成員に関する詳細情報が来た」

 紙の束を手にした秋津が部屋に入ってくる。

 「急だな」

 名塚が驚きの声を上げる。

 「驚くべきはローゼンハイム姉妹の『親』だったゲオルゲ・アマナールだ。よくもまぁ、こんなことまで調べたもんだ。奴はルーマニアのセクリタテア所属だった」

 秋津は資料をめくって内容を言う。

 写真を取り出しプロジェクターに映し出すと、そこには白髪の多い男の姿があった。

 「セクリタテア?」

 ピンとこない御手洗。

 「あの悪名高い?」

 名塚が身を乗り出す。

 「そう。東側じゃソ連のKGB、東独の国家保安省と並ぶどころかそれを超えるとさえ言われる秘密警察組織だ。そのセクリタテアが運営していた孤児院で教育を受けていた少年工作員で、ルーマニア革命時には14歳」

 「てことは、今は37歳程度ということか」

 明石は推測年齢をつぶやく。

 その年齢にその場にいた全員は少し驚いていた。

 37歳で白髪だらけになるだけのストレスを感じ続けてきたということは、つまり、常に戦いに身を置いてきたことを如実に表している。とんでもない敵であることはわかりきっている。

 「ああ。革命後セクリタテア所属だった人員は公職追放、育成中の少年工作員もストリートチルドレンになったとされるが、こいつは自力で脱出してルーマニアの民族主義政党のハンガリー支部に入ったのちロシアンマフィアの暗殺者として2000年ごろまで活動」

 「だからロシアには情報が」

 井口はふと納得する。欧州では犯罪結社の対策は国家憲兵や軍、諜報機関の管轄になるのが多い。ロシアも国家憲兵にあたる内務省軍が動いている。

 「その後マフィアから独立し東欧を中心に暗殺業とテロ活動を開始。以降はCIAその他の情報と変わらず」

 「セクリタテア時代の情報は?」

 桂木の言葉に秋津は束ねた書類をめくり始める。

 「ええと……あったあった。……工作員養成課程では最優秀。10歳から非公式軍事作戦に参加。12歳のころには最優秀の作戦能力を習得。こりゃ超ヤングエリートだ。13歳のころには潜入工作員として武装した反体制派30人を一人で皆殺しにしたとも」

 「まるで出鱈目じゃないか!」

 秋津が言った情報に場がどよめき、和田が身を乗り出し叫ぶ。

 一般的に重武装の素人30人に1人で挑むのは無謀である。当たり前だが質でひっくり返しきれない量というものが存在するのだ。13歳の工作員が素人とはいえ武装した大人30人を処理したというのは考えられない。

 「証拠写真が出てくるのが東欧革命の恐ろしいところだな」

 「まじか」

 その結果の写真を見た和田はうなだれ着席する。

 写真には血まみれになった無表情の少年と無残に殺された男たちの姿が映っていた。

 「もっと恐ろしいのがユーリ・ゾルカリツェフだ。元FSB憲法擁護・テロ対策局所属の準軍事工作員(パラミリタリー)。チェチェンにおける過激派掃討作戦の前段階で数々の強姦殺人を働いたことから西側の目もあって処刑されるはずだったらしい。が、逮捕拘束は叶わず。ロイド・マーティン、オリェーク・ニコノフ、フェージル・ズブチェンコなど数々の偽名でEU圏に転がり込み美術商や通訳、絵描き、技術者の肩書で各地を転々とし、いつの間にか拠点を築いていた」

 「なんだそりゃ」

 長々と語られた経歴に井口は顔しかめる。

 ロシア政府がみすみす取り逃がすわけがないのだ。

 「その際の不正蓄財がもとでイタリアの財務警察とやりあったりしていたらしいが、今じゃ金はスイスのプライベートバンクに一本化したらしい」

 「ロシアの諜報能力は凄いな。そこまで調べるか」

 そういって名塚は溜息をつく。

 「で、だ。こいつはその後マフィアや過激派に武器や資金を都合しテロをまき散らした挙句、民族主義者やらエコテロリストやら左翼過激派やらイスラム過激派やらと結託したりといろいろやって現在に至るらしい。無論、地球連合軍や日本人民解放戦線にも」

 「地球連合軍に日本人民解放戦線!?マジか」

 御手洗は驚嘆する。

 「ああ。こいつは黒幕タイプだな。すべてのことを設計して最終的に取り分を全部横取りするタイプだ。だから見境なく金や武器をばら撒いているかのように見えて、すべてがきちっとリンクしてるわけだ」

 「なるほど。死のビジネスマンか」

 松尾の口から洩れる。紛争の火付け役。奴はまさしくそういう奴なのだ。

 「こいつは死の商人とは違い、もっと回りくどい方法で金を儲けるスタイルだそうだ。通称、死のトレーダー」

 「トレーダー?」

 「社会の混乱を利用して為替や株、先物価格を操作し、通常取引や信用取引で空売りして稼ぐというスタイルなわけだ。しかも適度に負けてる上にほかのトレーダーも稼いでるもんだからおおっぴらに叩けないわけだ」

 名塚に解説をすると秋津は書類を投げる。

 「どんだけ頭が回るんだ」

 途方に暮れたといった表情の和田が天を仰ぐ。

 普通、この手の事件による余波はグローバル化や企業の巨大化故に波及効果がどこまで及ぶのかわからなくなるのだ。ちょっとしたことが株価の大暴落を引き起こす。

 「さあな。しかも恐ろしく銃の扱いにも長けている。昨日の作戦時も抜き撃ちでマリアの銃のマガジンを吹き飛ばしたらしい」

 これだ、といって破損したマガジンの写真を出す。

 「そして、あの子供二人。恐ろしくすばしっこく、凶暴。面倒な奴らだ」

 二人の写真を見ると左腕に負った傷を思い出し松尾は顔をしかめる。

 「そうなると攪乱と超長距離狙撃か」

 湯浅は算段を始める。

 「ああ。このあいだ下ろしたばかりのシェイタックのM200を使おうかと」

 沈黙を保ってきた灰田の言葉に一斉に振り向く。

 「あの一発がクソ高い?」

 和田が驚きの表情で固まる。

 「あれなら2000ヤードでも精密射撃が可能だ。セカンドに1000ヤードでキャリバー50、サードに500ヤードで338、あとは100ヤード内にAR、30ヤードにショットガンが理想だな」

 「重層火力斉射か」

 秋津が状況を飲み込む。

 「先の三種を利用し十分な支援さえあれば、三人は殺せる。ヤロウは三人殺す勢いでやればいい」

 「なるほど。はたからオーバーキル狙いで行けば勝ち目はあるわけだ」

 灰田の提案に井口は納得する。

 「ああ。だが、あのガキどもは小さくて狙撃の目標にはできない。ショットガンでメンチカツにするべきだ」

 「前に押収したAS12を持ち出すか」

 「あれ、保管してたのか」

 明石の言葉に和田が驚きを隠せずにいた。

 「まあな。よくもまあ、あの時ジャムらなかったもんだよ」

 「あとMGLだ」

 さらに湯浅が火器のリストをめくって言う。

 「持てるだけ持つってわけか」

 「ああ」

 和田はだいたいのことを理解したじろいだ。

 「あとはエミリーちゃんの回収ってわけね」

 桂木はそう言って考え込む。

 「回収に人手がいるな」

 秋津の言葉はそのまま空気に溶けていく。

 少数精鋭という性質は、致命的な人員不足という結果に陥っていた。


     *************


小辞典


シェイタック M200

アメリカのシャイアン・タクティカル社製の高性能対人狙撃銃。

.400テイラーマグナムを基にした独自の超低抵抗弾(VLD).408シェイタック弾と専用狙撃コンピュータ「ABC」を使用し、射程2000キロ級の狙撃を可能とした。

専用の.408シェイタック弾が銅ニッケル合金の高精度独自規格弾ゆえの製法の特殊さから弾薬の価格や供給という点では他に劣り、アルゼンチンやヨルダン、トルコ、ポーランドの特殊部隊以外での採用は見られていません。

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