表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第四章 アーティラリーズ・ファントム
56/64

砕けた弾丸 その1

 「〈銀0、配置につきました〉」

 指揮官のハリコフに一人が報告する

 ハイエースを改装した偽装指揮車の中では粛々と作戦の準備が行われていた。

 「〈ご苦労〉」

 ハリコフは自信を持っていた。

 今回の作戦も絶対成功する。

 アフガンやイラクでの作戦も経験したからこその自信だった。

 「〈KOLOKOL‐1、準備完了しました〉」

 「〈よし。『歌』をうたえ〉」

 部下の報告に応じて命令を下す。

 「〈了解。バルブ開放。ガス注入を開始せよ〉」

 トラックの中にはガスボンベが何本も屹立していた。

 「〈バルブ開放〉」

 合図とともにバルブを開ける。

 ボンベの中のガスはホースを通して対象の工場の中に導かれていった。


 「〈突入!(Давай!)突入だ!(Давай!)〉」

 防毒マスクと暗視装置を装備して突入したザスローンはコンクリートの床を蹴って隅々まで視線を巡らせた。

 暗視装置越しの画像はどこか、がらんとしていて、人がいたという痕跡が見当たらない。確かに、ここに多くの人間がいたはずだった。最低限数人はいなければおかしい。

 そして、『横暴の遺産』やНТВС‐8はおろか一つの小火器も見当たらない。

 「〈おかしい。どういうことだ〉」

 想像された光景とかけ離れた事態に突入隊の隊長であるレフコフは戸惑っていた。

 しんと静まり返った空気。野良猫も寝息を立てているであろう高性能麻酔ガスの混じった空気の中で、突入隊は呆然としている。

 「〈何がどうなっている〉」

 空気は一層張り詰める。

 「〈探すぞ〉」

 『〈はい!〉』

 隊員たちは散り散りになって探し始める。

 誰かいないか、何かないか、痕跡を一つ一つ確かめるように探し回ると、ふと一人が怪しいものに気が付いた。

 「〈不審物発見〉」

 そう呟いた瞬間不審物は炸裂し、工場は火球に変貌した。

 彼らはこの工場全体にアセチレンが充満していることを知らなかった。

 アセチレン最大の特徴は圧倒的な燃焼性だった。

 金属の溶接、溶断用のバーナーにも使われるその圧倒的燃焼性は空気との混合比がそろえばその他のガスを圧倒する爆発を引き起こす。

 彼らはNBCに過剰に気を取られていた。


 「〈見事に吹っ飛んだな〉」

 「〈ああ。想像以上だ〉」

 イーゴリー・シロチェンコとゲオルゲ・アマナールはその惨状を見て驚いていた。

 彼らは突入の算段が行われているころにはすでに手を尽くしていた。

 直前になって監視要員からコールサインや暗号を調べ、無線を奪い偽情報を流していた。

 赤く燃える工場が再度爆発する。プロパンガスのボンベに引火したのだろう。

 「〈俺たちはどこに向かうんだ?〉」

 「〈さあな〉」

 煙草を振りだしてブックマッチで火をつける。

 わかば。日本で一番安い銘柄だ。

 「〈終わりの見えない旅ほどつらいものはないぞ〉」

 「〈それでいい〉」

 深夜の闇に煙は飲み込まれてゆく。

 「〈お前はいつもそうだ。もうちょっと楽な道に行けばいいだろうに〉」

 イーゴリーの言葉からはどことなく気遣いが感じられる。

 「〈そうはいかない〉」

 「〈嬢ちゃんたちに関してかい?〉」

 イーゴリーの問いかけにゲオルゲは頷く。

 「〈ああ〉」

 「〈気にしたら負けだ〉」

 そういってカギを手にする。

 「〈さて、残りを潰すぞ〉」

 「〈ああ〉」

 ゲオルゲの応答とともにイーゴリーはガンケースを開くとハイエースに近づいた。


 「〈奴ら、自爆したのか?〉」

 ザスローンがまんまと罠に引っかかった事実に偽装指揮車の中でハリコフは戦慄していた。

 ザスローンは数あるスペツナズの中でも最精鋭。そんな彼らが一網打尽にされてしまったのだ。

 呆然としている中、急な銃撃が偽装指揮車を襲う。

 「〈なんだ!?〉」

 「〈銃撃です!〉」

 「〈どうなっている!!〉」

 車内にパニックの空気が一気に立ち込める。

 「〈ラリースカ1だ!AKMを持っている!〉」

 一人がその影を認め叫ぶ。

 「〈奴はまだ生きていたのか!!〉」

 「〈大丈夫ですよね、この車〉」

 「〈カラシニコフに耐えるって書いてあったんだから大丈夫だ〉」

 不安に駆られる部下たちをはなだめる。

 「〈離脱します!〉」

 運転手がエンジンをスタートさせ、ハイエースは急発進する。

 そして偽装指揮車はラジコンIEDで宙を舞い爆散した。

 「〈見込みが甘いな。KGBの末裔だったはずだが〉」

 ゲオルゲはそう呟き残骸を見つめる。

 遠くからサイレンが聞こえる。

 ゲオルゲは静かに、赤々と燃える炎を見ていた。


     *************


 海を行くフェリーは静寂に包まれていた。

 異様に張り詰めた空気を除けば普段と大きく変わらなかった。

 「交代だぞ」

 真田はそう言って蓮池をゆすり起こす。

 「ん……、あぁ……よく寝た」

 欠伸とともに伸びをすると蓮池は首のストレッチを始める。

 「目を覚ませ。臨戦態勢なんだよ。俺じゃぁ不安だ」

 「すまないすまない」

 切実な真田の言葉に蓮池は素直に謝る。

 「まったくよぉ。アメリカは暇なのか?」

 「さあな。あいつら何やって追われてるんだ」

 真田の口からついて出たぼやきに蓮池は軽く応じる。

 「……ん?なんか聞こえないか」

 ふっと真田はリズムを刻む音に気が付く。

 「……ああ。この音は」

 嫌な予感が蓮池の背筋を冷やす。

 「確認するぞ」

 「ああ」

 蓮池の提案に真田が答えると二人は銃を構えヘリ甲板に出る扉の近くまで行く。

 扉越しのくぐもった羽音が聞こえる。

 トラップを解除し扉を開け外からの音を注意深く聞くとその音がより明確になる。

 「これって」

 「ヘリの音だ」

 蓮池は答えてから胸騒ぎを覚えた。

 なんとなく嫌な予感がする。

 「衛星電話、使えるか?」

 蓮池が言うと、真田は操作をはじめる。顔がみるみる青ざめてゆく。

 「……いや。どれも使えない!」

 スピーカーからはノイズしか出てこない。

 「ジャミングされてるってことか」

 遠くに甲高いエンジン音が聞こえる。

 ジャミング用のジェット機を飛ばしているのか?

 「ああ。衛星電話はまずだめだ」

 真田の言葉を聞くと扉を閉めトラップを設置し直す。

 本当なら海上保安庁の協力を得たかったが、そうもいかないらしい。

 「よし。手筈通りにいくぞ。強襲二班を呼べ」

 「え?……ああ了解」

 真田はそう言って駆け出す。

 蓮池もまた自室に戻るとカバンを開けM4A1 CQB‐Rとサプレッサーを取り出す。

 「急げ急げ」

 口に出しつつマグポーチを取り付けた防弾チョッキを引きずり出し着用すると、今度はマグポーチに挿せるだけ予備マガジンを挿しこむ。

 「まったく、準備しておくんだった」

 マガジンを挿しチャージングハンドルを引き装弾すると通路に出て後部甲板へと向かう。

 イリジウムを見ても電波は好転しない。

 事態の深刻さがますます増していた。


 ハンドサインを合図に扉にとりつくと、DEVGRUの第二班はゆっくり扉を開ける。

 「〈ブービートラップだ〉」

 ガンプが扉の向こうの物に気付いて呟く。

 「〈ヤツら、予想してたのか?〉」

 隊長のギルバートの口からついて出た言葉は不安そのものだった。

 「〈トラップ排除。侵入〉」

 暗視装置を掛け直しMk.18やHK416を構え静かに進む。

 扉を開けながら進んでゆく。

 不意に先頭が手を上げる。停止のサインだ。

 さらに何者かの気配があることがハンドサインで示される。

 足音がする。

 無防備なサンダルの足音だ。

 この船は何も海賊やテロリストに占拠された明けではない。多くの民間人が乗船しているのだ。

 船のコントロールを掌握するはずの第一班、チェシャキャットは今どうなのだろうか。

 エンジンはまだ止まっていない。


 「〈ホワイトラビット到着だな〉」

 Gショックの液晶を見てリーダーは合図を打つ。

 「〈急ぐぞ。アリス支援のためにハンプティダンプティを捕縛する。手順はわかってるな〉」

 「〈もちろん〉」

 彼らの目的は船橋の占拠だった。

 「〈バンダースナッチ!!〉」

 外で歩哨をしていた一人が血相を変えて叫ぶ。

 バンダースナッチ。いるかいないかわからない獰猛な物。不測の敵を意味する暗号が響いたかと思えば、室内に特殊部隊が雪崩れ込んで銃口を向けてくる。

 「Police! Police!」

 急いでグロックを手にした一人だったがすぐに89式の銃撃で叩き落とされる。

 「Don’t move! Hold up!」

 叫びで全員が両手を上げる。

 真田はすぐに猿轡とナイロンカフで拘束していく。

 「恨みがあるって顔だな」

 拘束された面々は恨みのこもった視線を投げつける。

 「すまないが、この船は日本船籍だ。いくら世界最強の国で唯一無二の同盟国だからって、これ以上の好き勝手を許すわけにはいかないんだ」

 脚で抗議する男たちだがその足もカフで捕らわれている。

 「さて、次はヘリの奴らだ。急ぐぞ」


 「〈準備できたか?〉」

 エイムポイント製オープンダットサイトとストライク・コンペンセイターを装着したモスバーグM590タクティカル・ライトフォアエンドを手にしたレオンの言葉に蒼中隊のメンバーが視線を向ける。

 ジャミングが確認されてすぐに臨戦体制に移行した蒼中隊はぴんぴんしている。

 「〈ああ。万全だ〉」

 サーブ・スーパーショーティを構えたコナンはコッキングしてみせる。

 「〈ばっちり〉」

 マイクロT‐1とシュアファイアX300を載せたUMP40を持つジャクリーンも答える。

 「〈してないわけないでしょ〉」

 スタンリーもホロサイトとサイトブースターを付けたネゲヴSFを担いで余裕を見せる。

 「〈もちろん〉」

 ACOGを搭載したシュタイアーAUG HBARを手に取ったハサンも応じる。

 「〈さて、時間だ〉」

 そう言ってレオンは布を一枚羽織った。


 蓮池はその気配を察していた。

 酒に酔っぱらって彷徨ってるトラックの運ちゃんのその先。何かいるような気がしてならなかった。

 運ちゃんの歩調に合わせるように歩き、気配を殺す。

 奴らは海賊ではない。ヘタに民間人を殺すわけにはいかないだろう。発砲も最小限に済ませようとするはず。

 務めて静かに、気配を殺して。

 どのレベルかはわからないが、かなりの凄腕のハズだ。

 合流する角で歩みを止める。

 奇妙な緊張感が背筋を冷たく駆け巡る。

 M4A1の銃口を合流点に向ける。

 明らかに人数が違う。向こうも、こちらに気が付いているはずだ。

 異様な緊張状態を破ったのは空間を真っ白に塗りつぶす急なフラッシュライトだった。

 一瞬怯み退くと銃火が瞬く。

 ライフル弾とはまた違う銃声。セミオートほど短くないがボルトアクションほど長いわけでもない発射間隔。複数の悲鳴が一斉に聞こえる。

 ショットガンだ。

 CIAの奴らが動き出してしまった。

 後ろから足音が聞こえる。

 「ビリー」

 「バンバン」

 合言葉で確認を取る。

 「何が起こってんだよ?CIAの部屋はもぬけの殻だ」

 「CIAがもう動き出したんだよ」

 「どうするんだ」

 「とにかく刺客は追い払うんだ」

 そうこうしているうちにショットガンではなくライフル弾の連射に代わる。

 撃ち方からして軽機関銃の類だ。

 「おいぃ!うるさいぞ!!騒ぐな!!」

 運ちゃんの一人がぶちぎれて抗議の声を上げるが、その目の前に広がっている情景に理解が追い付いていないようだ。

 「すっこんでろ!流れ弾で死ぬぞ!」

 最後尾の隊員が静かに怒鳴りつけどうにかして抑え込む。

 「どうする?」

 真田の顔には不安がにじんでいる。

 「迂闊に出れば穴ぼこだらけになる」

 「いやなもんだ」

 わかりきったことしか言えない蓮池に真田は生唾を飲みこむ

 「ん?なんだ?」

 最後尾の隊員が何かに気付いた。

 「どうした?」

 「向こうの通路を人影が」

 「え?」

 「挟撃する気か」

 報告を聞き隊長は代替の状況を察する。

 「どうしようもないか」

 そう呟き蓮池が諦めかけたその時、ふっとイリジウムの電波が戻ったことに気付く。

 「どういうことだ?」

 驚きつつ急いでダイヤルする。

 「こちら蓮池。ジャミングが一時晴れた。状況(コンディション)『赤』(レッド)。繰り返す。状況『赤』。待機中のSSTとSBUの出撃を要請!!現在、所属不明の部隊を確認!繰り返す!所属不明の部隊を確認!」

 急いで必要な情報を早口で詰め込む。

 これが起死回生の鍵になるのを祈っていた。


 急な呼出音に驚く。

 イリジウムが鳴っている。

 「〈ミスターR。この期に及んでなんでしょう〉」

 通話ボタンを押して間髪入れずにレオンはマイクに吹き込む。

 『〈レオン君。君たちに最後通牒だ。今降参すれば、命だけは助けるように配慮できる〉』

 ミスターRの声からは怒りに近い感情が聞き取れる。

 「〈ミスターR。我々は作戦行動中です。あと少し時間が欲しい〉」

 『〈そうはいかない。諸君らはもうすでに合衆国の敵だ……〉』

 ミスターRの言葉は自分たちに対する態度を如実に表している。

 「〈合衆国の敵?〉」

 『〈そうだ……〉』

 強い怒気に気圧されそうになるが、レオンは耐えていた。

 「〈笑わせないでもらいたい。我々は、合衆国の意思として〉」

 『〈合衆国の意思は!諸君らの作戦行動の停止だ!!なぜ、それがわからん!レオン・マクドネル!!〉』

 ミスターRは一気に怒りをむき出しにする。

 「〈お言葉ですがミスターR。この件は合衆国の平和と安全に関する重大な懸念に関する……〉」

 『〈今、合衆国にとって最大の懸念はレオン君!君たちだ!!諸君らがあちこちかぎまわっていると!合衆国にとっては不利益でしかない!!〉』

 抗弁は許さないと言わんばかりに捲し立てる。言葉は途切れない。電話の向こうではかなり興奮しているようだ。

 「〈……そうですか。わかりました。今回の調査のレポートは、来月初めまでには提出します〉」

 『〈楽しみにしているよ〉』

 電話を切るとレオンは闇の向こうに目を向けていた。。


 受話器を置いてどっかりと椅子に座り一息つくとルーファスは垂れた頭をそのままにしばし石膏像のように動かなくなった。

 「レオン君は要求を突っぱねたよ」

 強い失望がルーファスの口から洩れる。

  「ジャミング再開。DEVGRUに殺害と遺体回収を厳命」

 再度立ち上がるとルーファスは部下に言い放つ。

 「了解しました。ルイス・キャロルよりホワイトラビットへ。アリスにクイーンオブハートとカードソルジャーズの殺害と遺体回収を厳命。いいか。この命令は絶対だ」

 エレンは答えて指示を飛ばす。

 「自分のケツくらい自分で拭く。待っていろ、レオン・マクドネル」

 ルーファスはそう呟いてデカフェのコーヒーをすすった。


 「〈完全に奴らの掌中だ〉」

 彼らにとって予想外だった。

 蒼中隊、クイーンオブハートとカードソルジャーズは作戦開始時にはすでにすべての準備を終えていた。

 なぜだ。何故そんなことができた。

 「〈撤退を具申します!〉」

 「〈駄目だ。どうやって離脱する気だ〉」

 スキュラとカリュブディスの間。どう動いても死にかねない。

 「〈しかし〉」

 「〈ホワイトラビットよりクイーンオブハートとカードソルジャーズの殺害、遺体回収が厳命されました〉」

 「〈なんだと!?〉」

 無線の内容に驚愕する。

 もはや逮捕拘束にこだわってられないということなのだ。

 「〈どうひっくり返す?もうかなりの損耗が出たんだぞ。グリフィンの到着まで時間がない。マーチヘアだって限界がある〉」

 「おい!そこでこそこそ動いてる連中!!我々は警察だ!戦闘をやめて!武装解除して投降しろ!!ここは日本船籍の船上だ!日本の銃刀法違反の現行犯だ!!」

 何者かが何か聞き慣れない言葉でがなり立てている。

 「〈何をわめいている〉」

 「〈さあ?〉」

 「聞こえてるだろ!日本じゃ銃を撃つのは犯罪だ!」

 「〈ジャバウォックか〉」

 大体の事態を察した。自分たちにあえて存在を示し、事態の収拾を図っているのだ。

 「〈チンピラかもな。嫌なもんだ〉」

 「〈面倒になった〉」

 ハンドサインで最終的な意思疎通をする。

 敵の制圧。分隊ごとに分かれる。全火器使用許可。

 不意に目の前に二人の敵が現れる。

 撃つ前にこちら側を撃ってくる。

 急いでアサルトライフルの射撃で応ずる。

 射撃で二人が退くと同時に放たれた開始の合図とともに二人が飛び出した。


 コナンとジャクリーンは通路を通り曲がる。

 一旦退こうとする敵の退路に先回りする。

 暗視ゴーグル特有の緑がかった視界には敵はいない。

 侵入してきたところを散弾と拳銃弾で攻め立てる。

 相手もアサルトライフルを撃ってくる。

 すぐに退き銃撃をやり過ごす。

 追って出てきた兵士二人に容赦ない銃撃が襲いかかる。

 ネゲヴの火線が兵士たちを削ってゆく。

 動かなくなった兵士たちを避けるようにしてコナンとジャクリーンはさらなる制圧火力で襲撃者たちを圧殺せんとする。

 じりじりと敵は後退するが、閉所戦闘における最悪のパターンである狭い袋小路での面制圧火力による封じ込めにはまってしまった以上二人の弾切れを狙う以外策がない。

 二人とも残弾が切れつつあったために後退する。

 「〈残弾大丈夫?〉」

 「〈そこまでだ〉」

 ジャクリーンの心配にコナンはそう言ってSTIエッヂをホルスターから抜きハイレディポジションに構える。

 マニュアルセーフティを解除するカチンという音が小さく響く。

 ジャクリーンもグロック23Cを引き抜くとローレディポジションで構える。

 襲撃者に銃撃を加え退かせる。

 暗闇の中、非常灯とマズルフラッシュだけが灯りになっている。

 熾烈な銃撃戦は徐々に勝敗を明らかにしつつあった。


 レオンはゆっくりと前進していた。

 銃口はじっと通路の奥を指向している。

 じりじりと前に進む。

 分岐点で伏兵を注意する。銃口を通路の入り口から不意打ちを警戒して大きな半円を描くように歩みを進める。

 ゆっくり、注意深く、物音を立てぬように。

 不意に通路から何かが飛び出してくる。

 突進してくるそれに12ゲージの銃口を向ける。

 引き金を引くまでの少しの躊躇。それが仲間ではないと確認した時には銃口を跳ねあげられていた。

 引き金が引かれ銃撃が天井にあたる。

 飛びかかった男の背後にいた連中がすぐに散開する。

 「お前に恨みはないが、暴れてもらっちゃ困るんだよ!!」

 男が何か叫ぶ。

 男がバックサイドホルスターから拳銃を引き抜いたのを見ると急いで距離を取ろうと手を離しスリングを外す。

 プレートキャリアに衝撃が伝わる。6発。銃撃が止むと急いでP30を引き抜き応じる。

 敵も防御がしっかりしているようだ。

 防弾がしっかりできている場合、拳銃弾は相手に受傷させることは難しい。だが、持っている運動エネルギーは相手に叩き込むことができる。それは限りなく打撃に似ている。

 「〈我々は生きねばならない。生きてつかんだ情報を伝えねばならない。それを邪魔するなら〉」

 暗闇の中、相手と対峙する。男は背中からアサルトカービンを引っ張って構える。

 撃ってくるのを躱しつつショットガンを回収し、フォアエンドをコックする。

 「Hold up! Disarmed!」

 背後から聞こえる日本人英語。

 もうすでに火力支援も望み薄だ。

 諦めて武器を下ろし、両手をあげた。


 付近の海域で待機していたPLH31しきしまとDD109ありあけから出動した海上保安庁SSTと海上自衛隊SBUがヘリコプターで飛龍21に接触するとそれぞれラぺリングで降下して展開する。

 扉の安全を確認すると、海保海自混成の突入部隊は隅々まで進んでゆく。

 「Hold up!! This is Japam Cost Guard!!」

 英語が響く。DEVGRUは事態に気が付き負傷している隊員を引きずり撤退を始める。

 銃を持った男たちがぞろぞろと侵入してきたという事実は、秘密作戦の失敗を意味する。

 「〈グリフィンまで時間が〉」

 「〈それ以前にチェシャキャットは?〉」

 「〈合流予定を過ぎてもまだか〉」

 「〈チッ!作戦失敗か〉」

 時間を見るともう撤退の時間だ。

 「〈急げ!撤退だ!〉」

 どうにかヘリ甲板へと向かったDEVGRU第二班だったものの、そこにはすでに特殊部隊が待ち構えていた。

 即座にMk18を構える。

 「You’re under arrest!」

 不意に暴風が吹き荒れる。

 CH‐53Eが現れる。

 「掃海ヘリ?」

 「いや。米軍の輸送ヘリだ」

 着船しようと高度を下げる機体の姿にしばし呆然としていたSSTとSBUは銃口を向ける。

 白い光を投げているヘリは甲板にランディングするとドアを開け閃光弾と煙幕で視界を奪う。

 「発砲しますか!?」

 「撃つな!!国際問題になる!」

 混乱する現場においてSSTはどうにか発砲を踏みとどまる。

 日本側が呆然としているうちに特殊部隊を回収して、そそくさと去っていくヘリの機影はその巨体に似合わぬこそこそとした印象を感じさせた。


     *************


 「〈エミリー〉」

 胸元のペンダントトップを見つめているとエミリーの顔が浮かんでくる。

 エミリーは明らかに単独でこの事態を解決しようとしている。

 どうするのだろう。

 掛け布団とシーツにくるまって一人物思いにふけっていた。

 「〈なんでなの、エミリー〉」

 ぼんやりと呟く。ペンダントトップの硬い感触が心に刺さってくるかのように思える。

 「〈何を言いたかったの?〉」

 何処かぼんやりとしたマリアは小さく呟く。

 エミリーには策がある。

 胸元に手を置くとき、それは合図だった。

 決定的秘策。それこそ大逆転を約束したということ。

 だが、マリアにはわからなかった。自分の考えていたエミリーからだんだんと遠ざかっている。怖い。エミリーが、何を目論んでいるのかわからない。想像ができない。漠然とした恐怖を感じ肢体が震える。

 「〈教えてよ……。エミリー……〉」

 マリアは小さく震えていた。

 父を失い母を殺し、飢えと寒さに死を覚悟したあの時のように。

 「〈マリアちゃん〉」

 「〈……!?〉」

 セリーヌが覆いかぶさるように抱きしめてくる。

 「〈思い詰めないで〉」

 「〈でも……でも……っ!〉」

 マリアはしゃくりあげる。

 「〈必要なら助けてあげる。だから、全部抱え込まないで〉」

 セリーヌの腕の中は暖かかった。

 「〈……セリーヌ……ッ……〉」

 あの時とは違う。

 もう少し甘えよう。そう思ってセリーヌの腕を引き寄せた。


     *************


 「これはどういうことだ!この映像は!」

 マクマホンの怒鳴り声が響く。割腹のいい体の腹の底から出る声は、猛獣の吠える声に似ていた。

 「わかりません。投稿は日本からのようですが」

 気弱そうな部下がビクつく。

 「内容が明らかに聖遺物に関してだぞ!」

 「ですが悪ふざけの可能性も」

 「悪ふざけだぁ!?NATOとロシア政府以外には知られていないはずの情報だぞ!」

 机を強く叩くマクマホンにたじろぐ。

 「偶然の一致の可能性も」

 どうにか落ち着かせようと言ってみる。

 だが、マクマホンの怒りは爆発した。

 それこそ、火のついた天ぷら油に水を入れたかのように。

 「核爆発の映像を映した後ティトーの遺産に感謝する文言を入れる発想になる奴がこの世に何人いるんだ!」

 「それは……」

 もう言い逃れはできない。目を泳がせてやり過ごすしかない。

 「さっき、在日本ロシア大使館のSから情報が来た。ロシアは最後のオプションに失敗した。秘蔵っ子が全滅したらしい」

 「え……?」

 頭が追い付かない。

 ロシアの執行部隊、ザスローンはかなりの練度を誇るはずだ。それらの作戦が失敗した

 「テロリスト共は殺し損ねた。情報封じ込めも失敗した。もう拡散は止まらない。過剰に反応すればエスカレーションするだけだ。DEVGRUは?」

 「現在、直前の作戦に失敗し撤退中とのこと」

 かなり苛立った声でDEVGRUを催促するマクマホンに急いで情報を調べ上げる。

 「なら急いで再出撃の準備だ。急いで日本で展開し、テロリスト共を皆殺しにするんだ!いいな!」

 人差し指を突きつけられつつ言われた部下は、びくびくしながら連絡を始めた。


     *************


小辞典


Mk.18

M4シリーズの短縮化モデル、CQB‐Rの米軍制式型。

アメリカ軍の特殊部隊に幅広く採用されており、特にSEALsでは閉所戦闘のために重用している。


モスバーグM590タクティカル・ライトフォアエンド

モスバーグ社の主力軍用ショットガンM500シリーズの改良型。

バヨネットの取り付け可能な数少ないショットガンの一つ。

その名の通りフォアエンドにタクティカルライトを搭載しており、めくらましや銃口の先の暗所を照らすなどの用法がある。


サーブ・スーパーショーティ

アメリカのサーブ・ファイアアームズが設計したコンパクトショットガン。

フォアエンドと省略されたストックの代わりに反動を抑えるためにコッキング機構付き折りたたみ式フォアグリップに改装している。

装弾数は3~4発と少ないものの、その小型さゆえに取り回しやすく隠しやすく、散弾の拡散性も高い。


グロック23C

.40S&Wを使用するグロックのコンパクトモデル。

その中でも23Cは反動を抑えるようにコンペンセイターを搭載した改造型。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

気に入った方はお気に入り評価感想をくださると幸いです。
小説家になろう 勝手にランキング参加中です。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ