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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第四章 アーティラリーズ・ファントム
51/64

穴の開いた盾 その1

長い一日が、始まる。

 (たすけて!たすけて!!)

 《やめろ!そんなことは!》

 (ははははは!!こいつ、イイなぁ、幸太郎よぉ!!)

 《こいつは!松代は無関係だろ!!》

 (嫌っ!やめて!はなして!!)

 《なんでだ!》

 (嫌がってんのがイイんだよ!!)

 《やめろ!やめるんだ!!》


 (下僕、あんたには失望したわ)

 《何言ってるんだ?河合!》

 (だってあいつの方が使い勝手がいいし)

 《なんでだよ!あいつは!!》

 (それにね……)

 《おい!まさか!!》

 (こんなキモチイイこと)

 《おい》


 (幸太郎くん)

 《あんた》

 (我々は君の警護をやめることにしたよ)

 《何言ってるんだ。銃まで持たせて。一緒に戦って》

 (我々の選択ミスだ)

 《何身勝手なことを言ってるんですか》


 (イヤッ……イヤ!やめて!それは!やめてぇッ!!動かないでぇ……!!)

 《やめて、くれよ!そんな惨いことは!!》

 (じゃあよぉ……フヒヒヒ!)

 《つづけるな!止まれよ!!》

 (孕んじまえよ!!俺のでさ!)

 《糞野郎!!やめろ!!》


 (教えてくれたんだもん♪)

 《それは使うな!まともな生活に!!》

 (いいのよぉ……。はぁぁぁあ……!こんなにぃ、きもちぃいならぁっ……!!)

 《それはダメだ!わかるだろ!!》

 (もうぅ……うんざりぃぃぃぃ!!アンタにはぁぁはぁあぁぁ!)

 《そんなこと!!》

 (アンタ……はぁ……ッくぅッ……役にぃ……立たないのよォ……!)

 《おい!やめろ!なんで!なんで!》


 (我々は君を処分することを決定した)

 《処分!?》

 (大丈夫だ。死んでも、十分な金は用意する)

 《なぜ俺が死なないといけないんだ!!》

 (君は知りすぎたんだ。力のない君にはもう我々も失望した)

 《おい!なんでだよ!なんで!》

 (せめてもの救いだ。苦しまないように殺してやろう)

 (すまない、幸太郎……)

 《おい!神山!その銃を降ろせ!!》

 (せめて、一発で脳幹を……)


 ジャキンッ


 ダンッ


 「うわあああああああああああああああああああああああああ!!」

 目の前にあふれた光景で目を覚ます。

 フラッシュの瞬きのように、最悪の光景を次々と映され、急激に覚醒に引きずり出された。

 眠れない。眠いのに、眠れない。

 眠りに引きずり込まれたら最後、許しを乞いても止めてはくれない拷問が待っている。

 日に日に追いつめられてくる。

 周囲の人間が、俺を嘲笑っているかのように思えてくる。

 「たすけて、くれ」

 弱弱しく呟くしかなかった。

 時計の時刻は深夜2時18分を指していた。


     *************


 「〈おはよう〉」

 大使館の玄関にボドリャギン一等書記官が入ってくる。

 その周囲を一斉に黒服が囲んだ。その手にはPP2000にMP443、PSM、GSh18を構えている。

 「〈おいおいおい。君たち。人にそうそう銃口は向けるもんじゃないよ?〉」

 「〈いえ。これでいいんです〉」

 ギョッとしてたじろぐボドリャギンに人影から現れたドゥナエフは言う。キッと鋭く見つめたまま、ドゥナエフは続ける。

 「〈エデュアルト・ボドリャギン一等書記官。聞きたいことがあります。ご同行を〉」

 「〈何を言っている?〉」

 「〈国家反逆の陰謀の容疑がかかっています〉」

 ドゥナエフが言い切ると、途端にボドリャギンは笑いだす。

 「〈何を言うのかね?私は、愛国心にあふれた一外交官だよ。そんなことするわけない〉」

 「〈なら、アムール州での爆発事件は何処でお知りになられたのですか?〉」

 「〈どこって……イタル・タス通信のニュースだが〉」

 ボドリャギンの答えを聞いた瞬間にドゥナエフはほくそ笑んだ。

 「〈実はですね、イタル・タス通信ではそのニュースはやっていないんです〉」

 「〈なんだと!?〉」

 目論見が外れたといった表情になる。

 「〈どこでお知りになったのですか?〉」

 まったく変わらない口調でドゥナエフは再度問いかける。

 「〈……そうだ!CNNだよ。CNNのニュースで〉」

 思い出したとすごい勢いで切り出すが、ドゥナエフは優しい物腰を変えずにさえぎる。

 「〈CNNでもやってないんです〉」

 「〈なんだって!?〉」

 「〈実は、アムールの爆発事件は徹底的に隠蔽(かく)したんですよ。あれはアムールで建設中のガス田の事故と言うことにしてね〉」

 「〈そんな!そんなことが!!〉」

 唸るように叫ぶボドリャギンにドゥナエフはにこやかな表情を崩さない。だが、そこには凶暴さが見え始めていた。

 「〈思い込みは怖いですなぁ。耄碌(もうろく)爺さんになるとこんな凡ミスを犯すか〉」

 口にする言葉にも棘が見え始める。

 「〈何を言っている!!その程度の勘違い誰でもある!!私が反逆罪を犯している証拠は何処だ!!〉」

 「〈すまないな。部下が持っているんだ〉」

 そう言ってデジカメを見せる。

 小さなLCD(液晶)にはボドリャギンが工場に入っていく姿が映されていた。その奥には複数の人影。

 「〈……ああ!あああああぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!〉」

 「〈彼らとの関係、全て吐いてもらいましょう〉」

 「〈こうなったら!!〉」

 懐から何かを取りだそうとする。

 「〈させるか!!〉」

 急いで両腕をつかみ捻り上げる。手元にはカプセル剤。

 「〈銃で状況打開かと思いきや、自決ですか。ですが、させません〉」

 取り上げるとボドリャギンの表情は惨めなものになる。

 「〈連れて行け〉」

 「〈待ってくれ!お願いだ!〉」

 「〈度胸のない売国奴に、配慮などいらない〉」

 禿鷹のごとき鋭い視線で威嚇すると、ドゥナエフは自分のオフィスへと帰っていった。


     *************


 帰り道。翌日が遠足だというのに、下僕の表情は重いままだった。

 「明日のお弁当、期待してるわよ」

 「そうか」

 軽快な返しがない。

 「……下僕、ちゃんとこっちを見て」

 「!?」

 下僕の顔を両手でつかむと無理やり向き合わせる。

 「何に恐れてるの!?」

 「おれは……、おれは……」

 今にも泣きそうな表情をして下僕は逃げようとする。

 「そんなこと繰り返しても何もわからない!ウジウジして!」

 壊れたレコードのように、どこか怯えて同じ言葉を繰り返す下僕に、私は湧き上がる怒りに任せて言った。

 「……おれは、そんなに強くないんだ!杉下に、俺は負けた!確実に!殺せる相手に!」

 久々に見た感情のこもった声。

 「大丈夫よ」

 「!?」

 「1対1でダメだったら、次は私も手伝う。下僕、あんたには、仲間がいる。あのおちゃらけたヤツとは違う」

 珍しく、身体が先に動いた。

 気が付いたら、らしくなく抱きしめていた。

 「大丈夫。私が付いているから」


     *************


 「らしくないわ」

 浴槽の湯につかりながら、河合は天井を見つめる。

 入れ込みすぎているのかもしれない。

 下僕の中の闇。寂しげな背中。孤独を見てきた瞳。苦しみを耐えてきた顔。痛みを理解した肢体。そのすべてを兼ね備えた存在は河合にとってみれば始めてみたものだった。

 自分のいた中学校は、それこそみんなしてノリのいい、孤立なんてありえない条件下だった。いくら変な奴でも、最低限友達といえる人はいた。

 だが、幸太郎は違った。彼にあったのは自己と他者というデジタルな関係。自分以外すべてが敵と言わんばかりのオーラを身にまとっていた。入学直後の自己紹介の時は、名前と誕生日以外は身長体重と血液型しか言わなかった。知られたくない、知る必要はないと突っぱねていた。

 孤独はかっこつけではなかった。他人とのふれあいで傷つきたくない一心だった。

 それを無理にこじ開けたのが、私だった。根っこの、気の弱そうな部分に付け込んでみようと思った。だが、下僕は孤独なりの優しさで私に向き合ってきた。その強面な顔の裏にある優しさ。邪険に扱うわけでもなく、私のわがままに答えてくれる。

 「なんで、あんなこと」

 してしまったんだろう。双方の意思として、つきあうとかは御免だと思っている。これはまったく変わらない。だけど、あそこまで弱りきっている下僕を見逃せなかった。

 「ほんと。呆れる……」

 自分の体はそんなに安くない。ハグ一回100万くらい貰わないと釣り合いが取れない。

 あんなことしてしまった以上、下僕をもとに戻す。それが明日だ。せいぜい振り回してやる。


     *************


 マクレーンCIA本部の蒼中隊対策室では何が狙いかわからずカリカリとした空気が漂っていた。

 「蒼中隊はまだ日本国内か」

 「はい。どうも何か狙っている可能性がありますが、狙いが見えませんね。日本は我々のホームグラウンド。ヘタに動けば容易く感づかれることぐらい承知しているはずです」

 苛立っているルーファスに対しエレンは困った表情でディスプレイを見つめる。

 「そういえば、キャンベル国務次官補来日は東部標準時(EST)で今日の夜23時」

 「奴らが国務次官補なんか襲って何になる!?」

 昨日こちらに来た黒人の女性、キンバリー・コゼットの言葉にルーファスは叫ぶ。

 「そうですよね……」

 身体を縮こまらせてビクつくキンバリー。

 「なら、奴らの目的は……」

 エレンは長考を始める。

 「……!?これは!」

 急いでコンピューターで探っていたキンバリーが驚きの声を上げる。

 「どうした?」

 「国務次官補についてくるメンバーの中に、近東局(BNEA)のメンバーが混ざっています。日程は次官補のモノより高度な機密指定に……」

 「なんだと?」

 ルーファスがかぶりつく。同時に他のメンバーも一斉に集まる。

 「それにこれ。メンバーの中に国務省外のメンツもいる可能性が」

 「……こいつ、CIAの近東・南アジア部にいたぞ。『ハンバーガー食いのリー』だ、シリア情勢の専門家の」

 「あ、これ、核拡散部の!『苦笑いのニック』!」

 「対テロセンターの『ブートキャンプのマルゴー』もいる」

 「これって……」

 集まった面子が各部署の所属人員の顔と頭の中で照合していくのを見てエレンは驚いていた。

 「シリアに関する外交工作だろうな」

 「蒼中隊の動向から考えて、これをご破算にするために何をするか」

 「チッ!何をするつもりなんだ!!」

 「国務省に通報!外交官の保護を密にするように通告しろ!」

 ルーファスの号令を聞き終わらないうちにエレンは国務省への回線をコールした。


     *************


 「さぁて。点呼は終わったな。じゃあ、乗車するぞ」

 バスにぞろぞろと乗り始める。

 各クラス一台。高速で向かうのだ。

 幸太郎はぼんやりと風景を見ていた。普段と変わらない風景を。

 バスの中は走り出すとたちまち姦しくなった。

 みんなしてお菓子を食べたり駄弁ったりするなか、山本は幸太郎の肩を叩く。

 「そんな不機嫌そうな顔するなよぉ」

 「そうか」

 「まあ、これを見てよ。この間母さんと一緒に行った文化教室で作ったんだけどさ」

 その手の中には造花があった。楓、ネリネ、トルコキキョウ、プリムラ、麻、タイム、広葉樹の枯葉。

 「何か他意があるのか?」

 「やっぱり見抜いたかぁ」

 わははははと山本は笑う。

 「けどなんで?」

 唐突に見せられ幸太郎は困惑する。

 「最近のヘンタイには元気がない気がしてね。この花の花言葉には勇気とか活気っていうのがあるんだよ」

 そう言ってタイムの造花を一本胸ポケットに挿してくる。

 「元気になれよ。僕には君の辛さはわからないけれど、でも、どうにかして支えたいのさ」

 「山本……すまなかったな」

 幸太郎はぼそりと言う。

 「なんだよぉ……照れるなぁ」

 ポリポリと頭を掻く。

 「だが、俺からは遠ざかった方がいい。おまえの命が保証できない」

 「何言ってるんだよぉ。ヘンタイがいれば、大抵どうにかなる」

 「俺はまじめに……」

 「まあ、それ以上言うなよ。ヘンタイが何かを怖がるなんてらしくない」

 肩に手を置いて山本は続ける。

 「お前は恐れを知らない戦士だろ。中学時代、死にたくても死ねなかったんだろ。生きぬこうぜ、おおっぴらにエロゲできる歳になるまではさ」

 親指を立てて歯を光らせてにっこり笑う山本に、幸太郎はどこか、まったく違う感覚を覚えた。

 「不純だな」

 「だけどよぉ。生きる意味ってのが重要なんだよ。偉人みたいなのじゃなくていい。なんでもいいから生きる糧にしないと」

 そう言って赤い箱のポッキーを取りだして一本降りだす。

 「食うかい?」

 「ああ。いただこう」

 そう言って受け取った幸太郎の表情にはいくらかの安堵が戻っていた。


     *************


 成田国際空港 国際線ターミナル。


 男たちが到着口から出てくる。

 そのまま外で待っているワンボックスに一直線に向かう。

 彼らは自由シリア軍の使節団であった。これからシリア政府との一時停戦のための非公式会談を始めるために東京のホテルへと向かうのだ。これは世界からの批難が激しくなってきたシリア政府と戦力消耗が激しい自由シリア軍の利害が一致したためだった。

 「〈これで、最悪の事態を回避できればいいんですが〉」

 「〈なぁに。この停戦さえ成功すれば、双方の問題は解決に向かう。今後は平和的な交渉で解決できるかもしれない。『ペンは剣より強い』というイギリスの諺がある。もうそろそろ暴力をやめ、言葉による戦いに移るべきだ〉」

 使節団は高速で一路東京都心に向かう。

 その後ろを、一台の車が追っていると気付かずに。


 レオン・マクドネルはペリカン製のガンケースのロックを外して開いた。

 出鱈目な長さの大径スコープと大型サプレッサーを取り付けたGFRP(ガラス繊維強化樹脂)銃床にバイポッド搭載のレミントンM700を取りだすと、最高品質のボートテール弾を最高レベルの寸法調整加工を施した薬莢(カートリッジ)装填(ロード)した競技用(マッチグレード)の.300レミントン・ウルトラマグナムを5発静かに装填する。ゆっくりとやさしくボルトをまっすぐ銃身方向のベクトルで押し、ハンドルを撫でるように寝かせて薬室(チャンバー)を閉鎖する。このM700の、適切な熱処理を施された内部応力のないしゃんとした鋼材から削り出された黒いバレルには100分の1ミリ単位のズレを取り除いたライフリングに分厚い硬質クロムメッキをムラなくバレルからチャンバーに施しており、トリガープルは上質な羽毛のように軽くシアーも処女の柔肌のように敏感でなめらかだった。チタン製の撃針にそれを前進させる強いバネによって引き金を絞りきってシアーが外れてから激発するまでのロックタイムが大きく短くなっている。部品すべてが、それこそピンの一つ一つに至るまでが歪みのない鏡のように磨き抜かれている。スコープは900ヤードでゼロインされており、狙撃手の腕そのものだけが成否にかかわる。

 スコープのバトラーキャップを跳ねあげてスコープを覗きこむ。ただでさえ長いスコープが少しだけではあるが、さらに長くなっているのはキルフラッシュが挟んであるからだった。キルフラッシュはレンズによる光の反射を抑えるための網である。これで視界が網目になるわけではないのだから、特に晴の日における取り付けは非常に重要となる。

 覗き込んだ先は地点(チェックポイント)(ブラヴォー)と呼ばれる場所だった。

 レオンはふと思い出す。昔の戦友を。

 あの男の狙撃センスは優れていた。

 イラクのじりじりと焼ける炎天下の下、丸一日同じ姿勢を続けていても不平も不満も苦痛すら微塵も見せず、ターゲットただ一人の心臓か小脳を確実に撃ち抜き、あとは音もなく逃げる。

 俺は、奴と同じスコアだ。絶対やれる。

 『Target in coming.』

 無線で合図が来た。

 スコープの向こうにワンボックスが見える。

 真正面。

 「Target insight.」

 見つけたことをきちんと伝える。

 反射的に撃ってはいけない。

 意識を標的にのみ飛ばす。

 手とグリップ、肩とストックがまるで瞬間接着剤でぴったり固められたかのようになる。

 十分標的をひきつける。

 少し角度をずらし、そして、指がトリガーをやさしくなでる。

 それは永遠のようにも、刹那のようにも思えた。


 バシュンッ


 いつの間にか放たれた7.62ミリの弾丸が銃声を押し殺しつつ超音速で放たれ、ワンボックスのフロントガラスを突き破り、運転手の小脳・脳幹部を確実に撃ち抜き、脳髄を血液と頭蓋骨とともに火線の延長線上にぶちまけた。

 ボルトハンドルを起こしてボルトを引くと熱せられ塑性変形して膨らんだ真鍮製(ブラス)の薬莢が勢いよく弾き出される。

 ボルトを戻すと再度構える。

 スコープの向こうでは、コナンやスタンリーたちがUMPで電柱に激突したワンボックスの中身を銃撃している。

 『〈目標クリア。事前情報の通り、自由シリア軍の幹部です。射殺しました〉』

 「〈よろしい。作戦を第二フェーズに移行〉」

 マイクを切ると双眼鏡で対象を見る。ワンボックスが炎に包まれていくのが見えた。

 「〈和平は困るんだよ。アルカイーダを叩き潰すためにもな〉」

 構えを解いて、そう小さく呟くと、ライフルをしまい、周辺を簡単に洗浄した。


     *************


 羽田の空は快晴だった。

 そんな中、チャーターのボーイング777がゆっくりとB滑走路に降り立っていく。

 「B滑走路か」

 助手席の男がイヤフォンを耳に当てて言う。

 「らしいな」

 運転席の男もイヤフォンから流れてくる内容を聞いてエンジンを切る。

 「発火スイッチつないだか?」

 「おうよ。ばっちりだ」

 助手席の男がトグルスイッチを跳ねあげるとLEDが点灯して発火装置が起動したことを告げる。背後ではモーターの呻り声が始まり、止まった。

 「じゃ、派手に行こうか」

 「合点承知」

 男たちは『ふらわぁしょっぷ あーかないと』と書かれた軽トラックからでた。

 「よーし問題はなさそうだな。……………………着陸(ランディング)!」

 助手席にいた男は実況する。

 「さぁ!盛大な花火の時間だ!!」

 そう言ってポケットの中のボタンを押した。


 公安一課の御園と根津は羽田周辺の警戒を行っていた。

 米高官来日のたびに不穏な動きというのは観測される。それで万が一のことがあってはならないのだ。

 ふと、怪しい車が止まっていた。駐停車禁止の標識を守らない迷惑千万な幌付きの軽トラックはでかでかと花屋の名前が書かれていた。

 「こちらA3。不審な車両を確認した。これから調査する」

 『本部了解』

 御園の報告が本部にちゃんと伝わったらしい。

 ゆっくりと近づいていくとドアが開き二人の男が出ていく。

 「A3。不審人物を発見。これから職務質問を掛けます」

 『本部了解』

 「俺は車の方を見てくる」

 そう言って根津が軽トラックに駆け寄っていくと破裂音とともに幌が吹き飛んだ。

 「え……?」

 さらに強烈な爆風と爆圧で押し出された鉄球が周囲を一瞬にして粉砕する。

 『どうした!?報告しろ!!そちらで爆発が……』

 衝撃波に背中をズタズタにされ気絶した御園の後ろには、判別不能な肉塊と化した根津が転がっていた。


     *************


 「羽田にアメリカ国務省のチャーター機が来たか」

 公安一課長の阿藤(けん)を前に茅ヶ崎は言った。

 「まあ、今回の臨時局長級会談は誰も妨害する必要はないでしょう。襲撃はないと言ってもいい。最近は中核派も革労協も弱勢だ」

 阿藤の言葉には素人っぽい甘さが残る。彼は生安畑に長らく居を構えていた男だ。庁内人事で異例ともいえる大抜擢を受けたが、それに対する部下の不満は大きく、上からの期待と下からの突き上げでかなりマイっているらしいという噂はその顔色からもうかがえた。

 「かもしれないな」

 わかりきったことをなに偉そうに言っているのか。

 今回は一言でいうならばお礼参りといったところだった。この間の飯田での作戦において警視庁公安一課が特捜部の動きをスパイしていた痕跡があったのだ。

 ここでくぎを刺し、もう二度と無いようにする。

 「課長!!」

 「どうした?」

 「羽田空港に迫撃砲が撃ち込まれました!!チャーター機が破損!!国務次官補は無事でしたが」

 「どういうことだ!『洗浄』はどうなっている!?」

 あわてる阿藤を見て茅ヶ崎は呆れていた。こいつ、見立てが悪いな。

 「迫撃砲は車両に内蔵されていました。目撃した捜査員が自爆の巻き添えで一人死亡、もう一人も意識不明の重態です」

 「ここは日本だぞ!!何を跋扈(ばっこ)させておるんだ!!」

 直情的な阿藤を横目に見て、まだ青いなと一人考えにふけっていると、当の阿藤がこちらを向いていた。

 「なにを笑っているんだ!」

 「あなた方は、我々を監視するなんてことをやる前に、本業をしっかりやるべきだったようですな」

 「なにを!」

 阿藤は身を乗り出して掴みかかろうとする。

 「すまない。部下から着信だ。事件対応の指示を伺ってきている」

 そう言って茅ヶ崎はソファから立ち上がる。

 「……」

 「そうそう。言い忘れていた。今回の事件は我々、公調特捜部が引き受ける。JPLF事件の捜査は我々主導だ」

 そう言って身をひるがえし部屋から出ると携帯電話でダイヤルする。

 「強襲三班を羽田に展開。ハンティングを行う」


     *************


 関市内の刀剣の博物館を見て回った後、昼食の時間となりそれぞれが持ち寄った弁当を食べ始めていた。

 「刀って興味なかったけど、案外面白そう」

 「欲しくなったの?」

 「うん」

 キラキラした目でいう理恵にマリアは溜息を吐く。

 「一本100万円するのに?」

 「そ、そうだけどさぁ」

 「あなたには高級包丁で十分よ」

 「そういう割に、マリアちゃん、日本刀に興味津々だったじゃない」

 「え!?」

 図星を突かれマリアはたじろぐ。

 「だってさ、ものほしそーに見てたんだもん」

 「そうかな?」

 「欲しかったんでしょ」

 鋭い視線で探ってくる。

 「……全然」

 正直なところ、マリアは実用品があれば二セットほど買ってみようかとも思っていたのだ。

 「うっそだぁ〜!」

 「まあ、欲しくなっても一応買えるけどね」

 カバンから財布を取りだすと中身を見る。

 「うわ!エルメス!?本物!?」

 目を丸くする理恵をよそに、今の預金状況の書いてある紙を確認してみる。

 「偽物なんか買う必要ないでしょ。ヨーロッパじゃ普通に売ってるし、ブランド保護専門の警察が存在するくらい偽物には厳しいのよ」

 ぱたんと財布を閉めカバンの中に入れると、すごい輝いた目で理恵は見てくる。

 「もしかして他にも」

 「さすがにないわよ」

 しれっというとローストビーフサンドを食べる。

 「もしかしてエミリーちゃんも?」

 「エミリーはドルチェ&ガッバーナを使ってるわね」

 「わお……。お金持ち……」

 理恵の驚いた表情に少し驚きつつも、マリアは澄ました表情を崩さない。

 「これぐらいしっかりしたものを持った方が後々得をするの」

 「最近の若者には酷です」

 はぁ〜っと溜息を吐く理恵にふと思い出したことを言ってみた。

 「世界一ブランドに凝る国民なのに?」

 「お金がないと買えないことを一番知ってるの」

 「なるほどねぇ」

 天を仰ぎ見る理恵をそう言ってみるほかなかった。


     *************


 羽田空港


 「現在、当空港には、警視庁のSAT一個小隊、SIT一個小隊と公安調査庁のSEU一個小隊が向かっている。空港周辺は閉鎖状態で、離着陸も無期限延期となった。現在、成田、茨城、静岡、小牧、中部、伊丹、関西、神戸の各空港に到着便の割り振りを要請している」

 空港の管理職が緊急で集められた状況下、空港長から告げられた事実は大きな意味を持っていた。要人を狙った本格的航空テロ。世界一安全と言われた日本の空がついに脅かされたのである。

 空港警察は出せるだけの人員に出せるだけの装備を出して警備にあたっていた。

 「不審者が武装している可能性が高い。くれぐれも注意すること。また、空港内ではパニックを誘発する恐れのある発言には注意すること。飽くまで、空港の管制システムのエラーと機材トラブルの同時発生で運行を停止していると説明してください」

 『はい』

 スタッフたちの明朗な返答とともに対策が始まった。


 空港内の混乱をよそに、強襲三班は特捜部の特殊任務執行部隊SEUとして展開していた。それぞれMP5K PDWとMP5 RASをスリングで提げていた。

 「目下、都内では即製爆弾(IED)の捜索が行われている。我々は第二波の迫撃砲の捜索に並行して逃亡した犯人の捜索を行う。目標に関する情報が少ない。片っ端から職務質問をかける」

 『了解』

 全身黒づくめの男たちはツーマンセルで周辺を捜索していた。

 「空港内に逃げ込んだ可能性はあるか?」

 一人がそうつぶやく。

 「センサー類が張り巡らせてあるフェンスを突破すると警報が鳴って空港警察が殺到するんだ。有刺鉄線もある。突破したくてもできるもんじゃない。それに、念には念をいれて空港警察が巡回している。怪しい人影があればスタッフが報告するし、そのスタッフも現在は警備中だ」

 もう一人が警戒しつつ言う。

 「改めて考えても見れば、犯人も不幸なもんだな。航空危険行為等処罰法って結構厳しい法律だぞ」

 そばを通り過ぎていく隊員はそうつぶやく。

 「覚悟の上さ。あの迫撃砲弾。単なる鉄塊じゃなくて対戦車用の成形炸薬弾(HEAT)だったようだ」

 「クラスター自己鍛造弾とかフレシェット榴弾を使われてたら……」

 「ああ……。運がよかった」

 その場のメンバーに緊張が走る。

 成形炸薬弾は比較的威力に指向性がある弾薬だ。すり鉢状に加工した爆弾を底の側から爆発させると、モンロー効果によってすり鉢の内側では底から反対側へとその他の場所とは比べられないほどの力が生じる。このすり鉢の内側に銅のような、簡単に曲げ伸ばしできる金属の皿をぴったりすり鉢に貼り合わせて同じ要領で爆発させると、今度はノイマン効果によって固体なのに液体のようにふるまい始める。この現象で液体のようにふるまう銅は分厚い鉄板を余裕で貫通する。そのため対戦車用のミサイルやロケットの弾頭はこの成形炸薬弾である。

 自己鍛造弾も同じような現象を利用するが、こちらはマイゼン・シュレーディング効果で金属の弾丸を爆圧で作りながら撃ちこむというものだ。成形炸薬弾は装甲とかなり近くないと効果がないが、自己鍛造弾は目標の手前で爆発して相手を射抜く。成形炸薬弾より爆薬のエネルギーの無駄が少ないが威力が小さくなりがちなので、あえて小さくして砲弾一つに複数詰め込み、戦車よりも装甲が薄い相手をまとめて攻撃するのに使うのだ。

 もっと単純なのがフレシェット榴弾。空中での爆発の勢いで鋼鉄やタングステンでできたダーツ状の矢を超音速で叩き込むのだ。

 無論どれも航空機が喰らえばひとたまりもない。せめてもの救いが、敵は比較的面攻撃向きではない対戦車用の古い成形炸薬弾を選び、翼端に近い部分に命中したということだったのだ。

 現に国務省のチャーターしたボーイング777‐300ERの左翼端には大穴があいていた。海風の影響かもしれない。他の弾も滑走路外に着弾した。運がよかったのだ。

 「意外と開けてるんだな」

 ウミネコの鳴き声。ちゃぷちゃぷと波が洗う音も聞こえる。

 「ああ。警備や着陸視界の問題だろう」

 「そういや、ここは海が近いよな」

 「ああ」

 じぃっと東京湾内を見つめる。

 「重迫撃砲(ヘヴィモーター)を船に積んで攻撃するって手もあるんじゃないか?」

 一人がぼそりと呟く。

 多国籍、大小無数の船が往来する東京湾。大型船ならまだしも、漁船クラスの小型船ならこの近くに接近してもそこまで違和感はない。

 「……ヤバいぞ!海上保安庁は?」

 班長が叫ぶ。

 「周辺海域に向かっているそうです、ヘリも今離陸したとか」

 「大丈夫なのか?」

 「狙撃班に不審船を探査させるべきです!!」

 「あほか!ヤッコサンの方が射程長いんだぞ!それに数が多すぎる!!」

 上申を却下した班長の顔は焦りに満ちていた。

 「チッ!」

 「空港が封鎖されてるだけでもよかった。無線を確認するよう伝えろ!ダイハード2の再現だけは避けるぞ」

 班長の声が響いた。


     *************


小辞典

PP2000

ロシアのKBP製のコンパクトサブマシンガン。

9ミリパラべラム弾を使用し、ロシア独自の鋼鉄弾芯の7N31徹甲弾にも対応する。

トリガーガードと一体化したフォアグリップや、グリップエンド側が前に傾いているグリップなどの独特なデザインが印象的。


MP443

ロシア軍の最新制式拳銃。

スチールフレームにスライド側面で覆われた露出ハンマーという設計。

ロシア製拳銃で初めて民間市場を意識した設計が行われた。

兄弟モデルとしてポリマーフレームのMP446が存在する。


PSM

ソ連時代に特殊部隊向けに製造された隠匿用小型拳銃。

5.45ミリ小型拳銃弾を採用し、防弾服を貫通する性能を有する。

しかし、設計は非常にオーソドックスで、ワルサーPPシリーズとよく似た外観をしている。


GSh18

PP2000と同じKBP製の拳銃。

ステンレス製スライドとポリマー製フレームを採用し、グロックと似たコンセプトで設計された。

装弾数は18発を誇り、スライドの高さを抑える工夫がされているなど、非常に優秀。

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