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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第四章 アーティラリーズ・ファントム
49/64

刃こぼれた剣 その1

 幸太郎の様子はやはりおかしいと言わざるを得なかった。

 何処かぼんやりとしている。いつもの幸太郎とは明らかに違う。

 村田が目の前で挑発をしても何も返さない。中指を立てても耳元で手を叩いても幸太郎の姿勢どころか表情すら変わらない。

 この様子からか「気持ちワリ」と吐き捨てて村田はどこかへと行ってしまった。

 「大丈夫かよ、ヘンタイ」

 山本が心配そうに幸太郎の顔をのぞき込む。

 「大丈夫だ。問題ない」

 「問題ないわけないだろ。見ていて変だぞ」

 機械的な受け答えしかしない幸太郎に山本は手をこまねいていた。


 「みさっち。最近どう?」

 ニコニコした眼鏡の女の子――森口さんが机の前の椅子に座る。

 「さいきん?」

 どういう意味かよくわからない。

 「神山君とはうまくいってる?」

 「うまく?」

 うまくというのはどういう状況なのだろう。

 「どこまで行ったのかな?A?B?それとも?」

 「なに?それ」

 A、B、アルファベット?

 「ん〜。じゃあ、質問変えるね。キスした?」

 「?キス?」

 「キス」

 「?」

 何時だっただろうか。紀伊くんとマリアちゃんのやり取りを思い出す。

 「あ〜。まだなんだ。というよりキスの意味わかんないのかな?」

 どこか可哀そうな顔をして森口さんがツンツンとほっぺたをつついてくる。

 「唇同士重ねると、愛情の証なんだよ。わかった?」

 「う、うん」

 「よろしい」

 得意げな顔をして森口さんは頷く。

 「それにしても」

 「?」

 「紀伊くんの様子、最近ヘンだよね」

 「へん?」

 「なんか、今にもナイフ振り回しそうっていうか」

 どこか恐怖しているかのように言う。

 「……」

 「理由知ってる?河合さんに聞いても答が返って来なかったから」

 「わかんない」

 そう言うしかなかった。幸太郎の苦しむ理由は、知って良いものではない。

 「そっか」

 そう言って森口さんは幸太郎を見る。

 釣られて見てみると幸太郎は山本くんと話をしていた。

 幸太郎の無表情な顔には、苦しみしか見られなかった。


     *************


 「不可解な銃撃戦?」

 ふと聞いた言葉を蓮池は反芻(はんすう)する。

 「ああ。警視庁にいる昔の同僚から情報が入ってきた。銃声が確認されたが、死体が眉間を見事に一発ぶち抜かれた拳銃を握った警察官一人分だけ。警察官側の発砲の痕跡はなし。しかも血痕が複数確認されたが血液型が違うという話だ」

 「なんだそりゃ」

 蓮池は不可解だという表情になる。

 「そう。なんだそりゃなんだよ」

 真田はそういってセミオートシフトを昇段させる。

 「犯人の目星がつかない以上、暴力団の抗争を念頭として組対部と念のための公安部が動いているらしい」

 「俺たちの追跡を撒いたあいつらと関係あるのか?」

 「さあな。今後の捜査次第だ」

 そう言いつつ真田は左ウインカーを弾いて起動させる。

 「にしても、毎度毎度面倒事に巻き込まれるな、俺は」

 「しょうがないだろ。俺たちは対テロ機関だ」

 溜息を吐く蓮池に諦めを促す。

 「やってらんねぇなぁ」

 「夕食どうする?」

 真田の溜息の後蓮池は問う。

 「どうした?(やぶ)から棒に」

 いきなりのことで驚く。

 「今のうちに決めておこう。今日の捜査は打ち切りだ」

 「ファミレスでハンバーグセット食うかな」

 「そうか。その手があったか」

 真田はすぐにナビでファミレスを探し始めた。


     *************


 ゆっくり下校の道を歩いていく。幸太郎の周囲の警戒は以前にもまして厳しくなっていた。送り迎えはもうできないにしても、警官の配置は増え、諜報班が日替わりで数人見回っていた。

 「俺の存在意義って、なんだったんだろうな」

 幸太郎は急に口を開く。

 目線は低く、生気は失せて、どこかやつれている感じがしていた。

 「俺は、奴を殺す最大の好機を失ったんだ」

 張りのない声でつぶやく幸太郎。

 「大丈夫だ。奴の行方は調べている最中だ。それに、人は生きる理由を変えることができる。違うか?」

 復讐から、同じような境遇の人間を出さないために生きると俺は決めたのだ。

 幸太郎だって、できる。

 「……最近、眠れないんだ。夜中に夢でたたき起こされる。杉下が俺を縛り上げて殺しに来る夢。喜咲が目の前で女としての尊厳を踏みにじられる夢。俺が家族を殺す夢。他にもいろいろ。そのすべてが、異様なまでに、生々しいんだ」

 光のない、焦点の合ってない瞳がこちらを覗く。

 「信じられるか?夢の中の感触が、まだ手に……、身体に……、耳に……、眼に……残ってるんだ。夢の中で……痛みすら……感じるんだ……!」

 両手が震えている。

 「もう……寝るのが、……怖いんだ……」

 幸太郎の目からぽろぽろと雫がこぼれる。

 泣いていた。

 声を上げず。顔も歪ませず。涙を、流していた。


     *************


 東京駅


 「〈横田飛行場に行きたいんだ。行き方を教えてくれないか?〉」

 レオンは駅員に問いかける。

 「よ、横田?」

 さえない顔をした駅員は鳩が豆鉄砲喰らったような顔になる。

 「〈そうだ。合衆国空軍(USAF)横田基地(Yokota.A.B)だ〉」

 「ちょっと、待ってくださいね」

 そういってJRの二文字を光らせていた駅員は両手で待つように指示するジェスチャーをすると、いそいで駅員室に入っていった。少しして顔と体格が変わって再度現れた。

 「〈福生(ふっさ)駅まで行ってください〉」

 「〈フッサ?〉」

 この駅員は英語ができるらしい。

 「〈そう。福生駅が最寄り駅になります〉」

 「〈わかった。ありがとう〉」

 礼を言うとチケット売り場に向かう。

 慣れない自動券売機を操作してチケットを手に入れると自動改札を通った。


 アメリカ合衆国 バージニア州 マクレーン CIA本部


 国家秘密保安部の対テロセンターが主催する東アジア部・東アジア分析部・CIS部・CIS分析部の担当者が一堂に会しての大会議がこれから始まろうとしていた。

 一同の中で上座にいる太った白人の男、対テロセンター長のロバート・マクマホンがズラリと並んだ面子を見渡すと口を開いた。

 「ゲオルゲ・アマナールが極東方面に逃げ込んだことは明らかだ。ロシア当局はアマナールの正確な人相を把握している以上、警備の特に厳しい航空機に奴が乗るとは思えない。あとは極東のどの国に逃げ込んだかだ。候補が中国、日本、北朝鮮、韓国の四か国であろうことは容易に想像できる。そこで、君たちにはアンテナの感度を最大にしてもらった。結果は得られたかね?」

 居並ぶ面子をじろりと再度見回すと一人、四角い顔をしたスラブ系の男が立ち上がった。

 「中国担当のピーター・ウィルチェックです。現在、調査中ではありますが、中国当局はアマナールの動きを把握していないと考えられます。在北京ロシア大使館の動きは事件以前と大きく変わりません。また、中露国境線は現在ロシアの国内軍、陸軍、国境軍の機甲師団を含む混成部隊が逐一監視しており、それらの動きが解除されてないことからアマナールの拘束はされておらず、若しくは、他国へのルートを取ったものと思われます」

 ウィルチェックが報告すると、マクマホンは肉で埋もれた顎で催促する。

 鋭い目を埋め込んだ細い顔のゲルマン系の男が立ち上がる。

 「朝鮮半島担当のジョン・ミューレンバーグです。韓国の在ソウルロシア大使館の動向に変化はありません。また国家情報院(NIS)の動きにも大きな変化はありません。北朝鮮の在ピョンヤンロシア大使館においては気になる通信はない模様です」

 ミューレンバーグが報告を終え席に座るとすぐにブロンドの髪にしわが目立ち始めた顔のイタリア系女性が立ち上がる。

 「日本担当のシンディ・アイアコッカです。今現在、ロシア大使館の動向で気になる兆候が見られました。ロシア大使館からはしきりに電波がとんでいる模様です。また、警視庁(MPD)公安部(PSB)がロシア系の男と同じ場所を張っていました。現在、電波の暗号解析を試行中です」

 「日本の情報当局はもうすでに所在を確かめているというのかね?」

 マクマホンの隣にいる細身でメガネをかけた黒人のロナルド・D・D・ペリーが念を押すように尋ねる。

 「いえ。アマナールかどうかはわかっていない模様です」

 アイアコッカが付け加えると、マクマホンは狂犬のような呻り声を上げる。

 「つまり、ただ怪しいというだけで動いているというのか?」

 「そのようです」

 確かめるようにマクマホンが言うとアイアコッカは首を縦に振る。

 「これだから日本の情報機関は!訳が分からん!!」

 マクマホンは声を荒げて毒づいた。


 日本国 東京都 福生市 アメリカ空軍 横田基地


 レオンはゲートをくぐり輸送部隊の貨物管理窓口へとむかう。

 灰色がかった緑色を基調としたシダや針葉樹のようなパターンのABUを着た黒人兵士がガラス越しに見つめてくる。

 「見ない顔だな。どうした?」

 兵士が訝しむ。

 「すまないが、荷物が届いていないか?アフガニスタンから一昨日きたやつだ」

 「アフガンから来た荷物で残っているのは……これだな。番号は?」

 ハンドアウトをペラペラ捲っていくと、再度見据える。

 「3188AA7453」

 「正解だ。中身は何かわかってるのか?」

 「聞かない方がいい。エージェンシー(CIA)だからな」

 「え?」

 兵士は表情を凍らせて動かなくなる。

 「では、モノをいただこう」

 「あ、ああ……」

 兵士は複数のペリカン製のケースを山積みにした台車を押してくる。

 「ありがとう」

 そういうと台車を押していく。

 ふと、兵士の脳裏に朝の報告がよぎる。

 「……もしかして……!?」

 兵士はその可能性に恐怖し、急いで受話器を取った。


 「どうした?」

 ルーファスの基にエレンが近づく。

 「日本の横田から報告です」

 ステープラー止めのハンドアウトを手渡す。白黒の荒い画像は男の顔を斜め上から映していた。

 「蒼中隊を見つけたのか?」

 「はい。兵士が貨物を渡した後に気付いた模様です」

 ペラと(めく)ると渡した貨物の番号が印刷されていた。

 写真も具体的な説明もない貨物の品名すらない表だったが、そこに記された特徴はルーファスを焦らせるには十分だった。

 「クソッ!!よりにもよってか!!」

 机に拳を叩き付けるとカフェインレス・コーヒーの入ったマグカップが揺れる。

 「日本だと都合が悪いぞ!」

 ルーファスの言葉には焦りが見える。

 「どういたしますか?」

 エレンが務めて刺激しないように尋ねる。

 「急いでSEALsとDEVGRUを日本に向かわせろ!」

 「了解しました」

 ルーファスの指示に急いで電話にとりついてダイヤルしようとしてふと止まる。

 「掃除屋(スウィーパー)は?彼らなら」

 常套手段による対処を提案してみる。

 「無駄だ。奴らにそういう手品は通用しない!」

 ルーファスの瞳は異様に鋭くなった。


     *************


 和田のパソコンのアイコンがメールの着信を告げていた。

 「何が届いた?」

 御手洗は気になって訊ねる。

 その間にも和田はメールのウイルスチェックをしていた。

 「例のロシアの女の子に関する情報だ」

 メールを開けるとそこには文章とPDFファイルが添付されていた。

 「どこから手に入れたんだよ」

 「週刊誌の記者にコンタクトとってみたんだよ」

 和田は御手洗に答えるとパソコン上のPDFファイルを開封する。

 「あの女の子の所属している組織は『教団』と通称されているらしい。設立は1999年。ロシア国内ではその手法からカルト・セクトとみなされていて、2005年からFSBの監視対象として注目されていた。近年は急速な組織拡大とともに武闘路線に舵を切りテロを行っているとされているらしい。ロシアンマフィアとのつながりは、今のところ不明」

 マウスのセンターホイールをコリコリと回していく。

 「で、女の子は?」

 「それが……」

 和田は言葉を詰まらせる。

 「どうした?」

 「2000年から今までの写真があるんだが……これは……」

 「……ちょっと待て!どういうことだ!おい!」

 覗き込んだ御手洗は驚愕の表情で固まる。

 「さあな。影武者か、整形か、はたまた人形か」

 「だけど!これって!」

 「ああ」

 写真に写っている少女は

 「彼女の肉体は、成長していない」

 十年以上の間、姿を変えていなかった。


     *************


 「あの二人に関する情報はなし、か」

 メールに祈っていた二人は結果に裏切られたと感じていた。

 二人して都内のファミレスに入ったのは午後8時40分だった。いろいろ仕方がなかった。撒いた二人の行先を予想しようといろいろ回ってみて、最終的に収穫が無かったのだ。

 「外事もあっけなく撒かれたか」

 問題は外事一課と三課の合同追跡チームがあっけなく出し抜かれた事実だった。

 「元スパイ、若しくはベテラン工作員か」

 そう。公安の尾行を撒くのは至難の業だ。一般人とそこまで変わらず、しかも随時人員を入れ替える尾行は刑事部の尾行を子供のごっこ遊びにしてしまいかねないほどのものだった。

 「捜査は振り出しだ」

 蓮池は天井を見上げると溜息を吐く。

 「もしかしたら、なんてこと無かったりしてな」

 「だが、あれはなんだったんだ。ホテル前の」

 ありありと思いだすことができる。白人の大男たちがきょろきょろとしていた。

 「あの男たちのことか?」

 「ああ。どこをどう見ても目標はあの二人だ。ビジネスホテル前にあんな奴らがいる方がおかしい」

 「そうだ、あした警視庁に寄るか?」

 ハンバーグが来るまでの時間を潰すためにも蓮池は提案する。

 「どうして」

 「例の銃撃戦の資料を見せてもらうのさ」

 「そうか。もしかしたらって可能性があるから」

 ふと合点がいった。

 「そういうこと」

 「デミグラスハンバーグプレートのお客様」

 ウェイトレスがそう言って顔を見る。

 「俺だ」

 蓮池が手を挙げる。

 鉄板とライスの皿が置かれる。重厚な褐色のソースのデミグラスハンバーグ。

 「チリトマトハンバーグプレートでございます」

 白い皿にそれぞれハンバーグとライス。初夏らしさが強調される赤いチリトマトソースのハンバーグ。付け合せも若干違う。

 「だがどうする?東京都内にかなり怪しいやつが消えていっちまったんだぞ」

 真田は本題を思い出す。

 「おちつけ。意外とテロリストってのは、都内に溶け込んでるもんなんだよ。赤砦社(せきさいしゃ)って知ってるか?赤い砦の会社って書くんだが」

 蓮池はそういってなだめる。

 「いや。だが想像出来るぞ。新左翼のフロント団体か」

 「ああ。革労協反主流派のフロントだ。革労協主流派は現代社。中核派は前進社。革マル派は解放社。どれもこれも表向きは都内に社屋がある出版社だ」

 「何が言いたい」

 「これらすべてが民間人を殺害してでも国体を破壊しようとしている、いうなればテロ組織だ。そんなのを首都の内側に放置せざるを得ない日本政府ってのはどうなんだろうなってことさ」

 蓮池はそう言って窓の向こうを見つめる。車の列が絶え間なく流れている。

 「テロ組織が首都に居座っているのもそう特殊じゃないってことか?」

 「そういうこと」

 「おかしいだろ」

 「なら聞くが、なぜ日本は国家憲兵を組織してヤクザを徹底的に叩き潰そうとしない?なぜ暴対法で暴力団の存在を認め、結社をゆるし、それの行動を雁字搦めにしようとする?」

 経験則だった。いくら取り締まりを厳しくしても、根本的な違法化ができない。この間の暴力団排除条例の改正を違憲ではないかと訴訟を起こす暴力団。イタリアのマフィアは声も上げることができずに壊死していくだけなのに、日本では国家憲兵警察設立を牽制し、警察官によるあらゆる条件下における火器運用を批判する左派諸党の動きもあってダイナミックな出来発はできず、それが警察と暴力団の癒着を引き起こした。

 「……それは……」

 「そう。大いなる矛盾だ。犯罪組織の結社の自由までも日本国憲法は保証していることになるのさ。現在の日本の学説ならな。東大の偉い法学の先生が言ってたのさ」

 「……お前らしくないな」

 「……わかるか?」

 「ああ」

 返答を聞いて、蓮池は気まずくなってデミグラスハンバーグを切って食べた。


     *************


 二人一つの部屋の中。どこか、ギクシャクした空気があった。理由はわからない。今までにないどこか不思議な空気。無邪気に美里は、ナイフの刃をじぃっと見ていた。

 ローゼンハイム姉妹からもらったエストレマラティオ・フルクラム・ブラックだ。それをシースに戻す。

 「ケンくん」

 美里は小さい声で健二にいう。

 「どうした?」

 「……」

 美里はもじもじとしながら少しだけ健二に近づく。

 「どうした?黙ってちゃ」

 しばしの無言にしびれを切らせた健二が美里の方に向くと、ちゅっ、と不意に唇が唇に触れた。

 「……え?」

 「……これでよかったの、かな?」

 そう言ってきょとんとすると美里はにこっと微笑む。

 「誰に教わったんだ?」

 「だれ?」

 「その……キスするってことの意味」

 「クラスの森口さんたち」

 あっけらかんと言うと「えへへぇ♪」と照れた顔をしている。

 「望んでいたのか?」

 「?」

 「その……恋人っていうか」

 「うん」

 そういって美里は抱きついてくる。

 「ちょっ……」

 「ケンくんは私をマモッテくれる。だから私はケンくんをマモルの」

 一際腕の力が強くなる。

 「ケンくん……」

 ゆっくり抱き返すと、神山はその暖かく柔らかい感触に不思議な気分になっていた。


     *************


 「〈お姉ちゃん〉」

 エミリーは背後から抱きついてくる。

 首元に両腕を回してきた。

 「〈どうしたの?〉」

 回された腕を柔らかくくすぐる。

 「〈嫌な予感がする〉」

 「〈嫌な予感?〉」

 「〈うん。『あの時』みたいに〉」

 回してきた腕に力が入る。

 「〈そんな?〉」

 訊ねるとエミリーは小さく頭を振る。

 「〈私たち、ずっと一緒だよね〉」

 「〈ええ。一緒〉」

 マリアが頭をなでると、エミリーは少し落ち着いてきた。

 「〈よかった〉」

 荒かった息が、やさしいものに変わってゆく。

 「二人とも、前に日本語で会話しなさいって言ってたのに自分には甘いのね」

 「セリーヌ!?」

 「悩んでるなら私の胸に飛び込んできてもいいのよ?」

 流し目でいうと二人は無言で抱きついてくる。

 「はいはい。よしよし」

 二人の頭を撫でていると、セリーヌはふと気が付いた。

 エミリーが、少し震えていた。


     *************


 「〈ちっ。時差ボケが治らねぇ!〉」

 コナン・フィッツシモンズが毒づく。

 一週間、世界一周の勢いで世界中をぐるぐる回って時間の感覚がくるっていた。

 .45口径のSTI2011エッヂ5.1を手繰り寄せると、マガジンをリリースしフィールドストリッピングを始める。

 コナンにとっては昔からの癖だった。

 小学生のころから勇敢な軍人である父の影響もあって、射撃競技に参加してきた。

 最初は.22LRのライフルから初めて、拳銃競技を始めて、地元の大会で入賞するまでになった。その頃、軍を除隊して警官になった父は官給品のリボルバーを握ったままギャングの粗悪な.25口径サタデーナイト・スペシャルに撃たれて死んだ。

 それ以降、彼は射撃競技にのめり込むようになった。何かあった時に銃の分解清掃をする癖がついたのもこの時だ。

 そんなうちに大会でかなりの好成績を叩き出すようになったコナンは、この腕を生かそうと海兵隊の軍人になった。初めての派兵はアフガニスタンのタリバーン残党掃討。M16A5の有効射程ギリギリでの狙撃に成功して、狙撃兵となった。

 人生の転機となったのはイラク派兵の任期が終わった直後だった。IEDによる攻撃で同じ小隊の仲間や上司が死に、失意の中帰還した直後に呼び出されたのだ。

 「〈まだ、作戦まで時間はあるぞ〉」

 「〈黙っていてくれ。これは俺なりのストレス解消法なんだ〉」

 レオンの言葉に反論するとくまなく部品を確認する。

 「〈お前も、使う銃はちゃんと確認するんだな〉」

 「〈下手にいじる銃じゃないんだ〉」

 「〈そうだったな〉」

 まじまじとバラした部品を見つめつつコナンは言う。

 「〈この国じゃ銃は使いにくいしな。いろいろやるには厳しいが、こっちがやるには非常に楽だ〉」

 「〈平和の国……か〉」

 そうレオンがつぶやいたときもテレビからは馬鹿笑いが聞こえてくる。どのチャンネルに合わせてもそうだ。

 東京の都心部の地図を広げる。地図中には赤線でとあるルートが指し示されていた。ルートの各部に点が示され、その点から同心円が並んでいた。

 「〈だからこそやりやすいんだろ〉」

 コナンはバラしたエッヂを組み直しつつ言った。

 レオンは、傍らのペリカンケースを見据えた。


     *************


 「〈ここか〉」

 小さな工場に踏み入れつつ『ルーミニー』はいろいろ見回す。

 「〈ああ。すばらしいだろ〉」

 案内役の太った白髪の男――エデュアルト・ボドリャギンは誇らしげにしている。

 「〈進捗はどうだ?〉」

 『プリラク』の一人であるアレクサンダー・テスラに問う。

 「〈ロシア政府の律義さに驚いてるよ。ちゃんと使えるようにしているんだからな〉」

 回路をいじりながらテスラは答える。

 もう一人の『プリラク』、ジョルゲ・ディモフスカは無言でねじ止めをしている。

 「〈他には?〉」

 「〈こんなものがある〉」

 丸メガネをかけた黒い短髪の男――『ポーリキ』はそう言って箱から銃を一丁取り出す。

 「〈MP5Kか?〉」

 「〈半分正解だ。パキスタン製のコピー品だよ。伸縮ストックがついている〉」

 「〈なるほどな〉」

 「〈スーダン製のAR15もほら〉」

 ハンドガードの形がオリジナルとは違うAR15を手に取る。

 「〈敵国の武器をコピーするのか。都合のいいヤツラだ〉」

 『ルーミニー』はそう言って箱に戻す。

 「〈そう言うな。安くて良い銃だぜ、それ〉」

 ビジネスマンのような『ニェーメツ』が笑顔で言う。

 「〈他には?〉」

 「〈GM6とSVU‐ASがある。あとAUGも〉」

 レスラーのような『ブルガリ』はガンラックを引っ張り出す。

 「〈それで十分だ〉」

 AUGを手に取って確認する。排莢口は右側。マガジンは42連。A1の備え付け1.5倍照準器。

 「〈お前はそう言うのが好きだもんな〉」

 『ブルガリ』はそう言ってアーセナルAR‐M1を手に取る。

 「〈予備の銃は要るか?〉」

 『ポーリキ』は銃の入ったコンテナを探る。

 「〈要らない〉」

 「〈そうか〉」

 「〈Cz83はあるか?〉」

 「〈投げるぞ〉」

 『ニェーメツ』は『ポーリキ』が投げたCz83を受け取るとチャンバーを確認して牛皮のホルスターに収める。

 「〈ありがとう。そう言えばあの二人のメシは?〉」

 「〈レトルトのリゾットがある。それを食わせてけ〉」

 「〈ああ。それなら〉」

 そう言うと闇の奥へと消えて行った。


     *************


 「現状において、ゲオルゲ・アマナールが日本に入国しているかの具体的な状況は不明だ」

 諜報一班の面々が一堂に会しての作戦会議だった。

 上座の茅ヶ崎の説明はどこか具体性に欠けていた。近年の国際テロリズムの比重が中東に偏っていたのもあって、欧州の情報は極端に少ない。しかも提供された情報に人相が存在しなかった。名前だけ判明している。

 「ただ、蓮池と真田の二人が、ロシア大使館の人員が追っている目標――これを今後(エックスレイ)と呼称するが、これを突き止めてくれた。このXは新潟から東京へ向かい、その後行方が分からなくなっている」

 プロジェクターで写真が映される。

 若干荒いにしても、人相はある程度確認できる写真だ。

 「ロシア大使館を通してXの顔写真がないか照会してみる」

 「で、私たちは?」

 稲垣が問いかける。

 「送られてきた情報を整理することから始めてほしい。蓮池と真田はいま、警視庁に行っている」

 茅ヶ崎の言葉の後、「解散」の号令でそれぞれが散り散りになった。


 警視庁で鑑識の資料を見た真田と蓮池は喫煙室で一服していた。

 「確認された弾は5.56ミリNATO弾と9ミリパラべラム弾。世界中の軍隊やテロリストが使う標準弾だ。薬莢も代わり映えしないもの。ただ、国内流通量はたかが知れている。ヤクザ向けのブラックマーケットでもな」

 そう言って蓮池はセブンスターに火をつける。

 煙を吐き出して言葉を続ける。

 「左翼ゲリラは大抵7.62ミリか5.45ミリのAKを使う。今回は例外か、ヤクザか、それとも、また工作員か」

 「特定できないのが辛いな」

 「ああ。国内の銃撃犯にしては銃声に対して神経質だ。サプレッサー使ってるなんて国内じゃそう例はないからな」

 「だとしたら」

 結論は工作員になる。

 「だが、外国の殺し屋の可能性も考えないといけないからな」

 結論を急ぐ真田を抑える。

 「何がどうなってるんだ」

 「さあな。だが、またどこかが日本を戦場にしたいらしいのは事実だ」

 そういうと蓮池はぼんやりと物思いにふけり始めた。


     *************


 日々はまるでループするかのように単調な日々が続いた。もちろん授業の時間割もいろいろな所作も違うが、ルーチンワークというか、日々の刺激がだんだんと薄くなっていた。

 こういう生活に慣れたのもあるのかもしれない。来週、遠足があるのが原因なのかもしれない。嵐の前の静けさか。村田も幸太郎に対する興味を失っていく。まるで生きる屍のようになった幸太郎が既成事実化していくような気がして。

 「ヘンタイ、どうしたんだよぉ……。理由知ってるか?」

 そう言って山本が近づいてきた。どこか悲痛な叫びであった。

 「いや、知らない」

 真相は、わからないのだ。

 「そっか……なんか、いっしょに何か買いにいかないかい?幸太郎をもとのようにしないと」

 「そうだけど……」

 「……モノじゃ無理かな?」

 困った表情で伺ってくる山本。

 「幸太郎は……、とにかく今はいけない」

 「……」

 浮かない表情になる山本。

 「コータローがな、あんな表情になったのは初めて見たんだ。中学の頃、すっげぇ辛い思いしてたって言ってたし。何が原因で、あんな、鬱になるんだよ……」

 「幸太郎は、この間、中学時代の知り合いと遭遇したんだ。そのとき、右腕に傷を負った」

 「……!?」

 山本の顔が驚きの表情に固まる。

 「それが……」

 続けることができなかった。

 「コータローの心の傷をえぐったのか……」

 山本君の言葉が、すべてを表していた。

 信じたくなかった。異様なまでにタフな幸太郎が、ぽっきりと折れるのを。


     *************


小辞典


STI2011エッヂ5.1

STI社の製造しているM1911クローン。

通称ハイキャパと呼ばれる複列弾倉モデルであり、装弾数は10発を超える。

デザインは直線や平面で構成されており、現代的なものとなっている。


GM6

ハンガリーMOM製のゲパード対物ライフルシリーズの最新モデル。

ブルパップ式で、さらに収納銃身によって携帯性を改善している。

12.7ミリのロシア弾、NATO弾それぞれに対応したモデルが存在する。


AR‐M1

ブルガリアのアーセナル社製のAKクローン。

5.56ミリNATO弾を採用したモデルで、メカニズムや素材、外観が近代化されている。

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