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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第四章 アーティラリーズ・ファントム
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プロローグ

第四章始動!

それは、ただ一人の男の死から始まった。

崩壊し、再構築されるはずった社会から排除された者たちは、己の存在を問うために賭けに出た。

世界の裏を知った者たちは、己の祖国のために祖国を裏切った。

母を殺した者たちは、父と慕うものと再会する。

闇でうごめく者たちは、力の存在を警戒する。

その時、力を失いし者は……。

大いなる力は世界を混沌へと導くのか?

 シリア ダマスカス郊外


 大柄で筋肉質な白人のレオン・マクドネルはこの地でシリアの反政府勢力と交戦していた。

 銃声が響く中、イリジウムが着信を示す。

 「なんですか、ミスターR」

 『レオン君。君たちは何をやっているかね。早く帰りたまえ』

 「拒否します。我々は作戦を継続中であります」

 すぐ横に弾着する。

 『諸君らの行動は合衆国の意思ではない。この紛争に合衆国は積極的な介入をしないということを議会も大統領閣下も決定している。諸君らは早く帰りたまえ』

 「我々は合衆国の利益のために戦っております、ミスターR。あなたの発言は合衆国に対する背任であります」

 レオンはそういってミスターRを糾弾する。

 『何を言っている。諸君らは合衆国政府の命令を聞けないのかね』

 「我々は合衆国政府本当の意思として戦っております。それを止めるのは合衆国大統領以外にありません」

 『気が狂ったか、レオン君』

 ミスターRが焦っているのがわかる。

 「私はいつも正気であります、ミスターR」

 そう言ってレオンはイリジウムを切った。


 CIAのオフィスでオールバックのブロンドの男――ミスターRことルーファス・E・O・コリンズは諦めて回線を切る。

 「エレン君」

 「なんでしょうか、ルーファス課長」

 呼び出しに答えた茶髪の男――エレン・F・シモンズが傍らに立つ。

 「シリアにいる蒼中隊(ブルー・カンパニー)を始末しなければならない」

 大統領命令を持って来いというが、彼らに与えてきた任務は今まで大統領にすら開示していない最高機密である。開示すれば世界がひっくり返りかねない。

 「彼らをですか!?あんなにも優秀なのに!?」

 「今の彼らは狂戦士だ。我々のコントロールを受け付けん狂犬だよ。東欧方面工作担当だった彼らは、いまよりにもよってシリアのダマスカスにいる」

 「ですが」

 「このまま放置すれば合衆国の不利益になりかねん。すぐに手配しろ」

 「準軍事工作担当官をですか?それでは……」

 「いや」

 ミスターRは椅子をくるりと180度回転させ向き直って言う。

 「適任は他にある」



 四日後


 現地調達したRPKやG3、MP5などがズラリと並ぶ。

 どれもこれも正規ルートではなく近隣国からの流入品である上に製品自体もコピー品や横領品ばかりだ。

 黒人のコナン・フィッツシモンズはローデシア内戦でも使われていたと思しき初期型のFALを手に取ると敵を狙撃する。

 「どうだ、コナン」

 「大丈夫だ。まだ時間はある」

 この内戦。我々は政府側に付いた。

 革命軍の主力はアルカイーダ。つまりは合衆国の敵だからだ。

 「なんだ、あれ」

 「どうした」

 「現地人じゃない」

  「なんだと!?」

 双眼鏡をのぞくと、そこにはストールを巻き防弾チョッキを着たラフな服装の男たちがいた。

 「警備会社(PMSCs)か」

 「ヤバ気だな」

 「総員、戦闘準備!」


 ダットサンやハイラックスなどを改造した8台のテクニカルが砂漠を行く。

 「ここいらに獲物がいるんだろ」

 ノヴェスケ・マグプルカスタムのM4をワンポイントスリングで提げたロナルド・カンディンスキーはGPSの画面を見つめながら周囲を見渡していた。

 民間警備会社、オルトロス・インターナショナルの最精鋭部隊は高給で何者かに雇われていた。

 命令はただ「ダマスカス郊外に潜伏するアメリカ人武装勢力の排除」だった。

 「らしいな。アメリカ人の武装勢力なんかぜってー目立つのにな」

 黒人のベランジェ・ヴァイヤンは荷台に取りつけたM60を構える。

 「ちげえねえ」

 AKMを提げ、ハンドルを握ったジョン・トクナガは周囲に目を凝らす。

 アイボリーの砂地が延々と続くなか、車列のトライトンの運転手の頭が吹き飛ぶ。

 トライトンはコントロールを失い横転する。

 さらに追い打ちをかけるかのように燃料タンクを対物狙撃銃で破壊され爆発炎上する。

 「どこだ!?どこにいる!?」

 曳光弾が真正面から飛んでくる。

 「そこかああああああああああ!」

 ベランジェはM60を連射する。

 だがベランジェは頭に7.62ミリ弾を食らい荷台から吹き飛ぶ。

 「チッ!狙撃かよ!」

 次々とテクニカルが撃破されていく。

 あと百メートルというところまで来るのに8台あったテクニカルは対人、対物の各狙撃銃による狙撃で3台にまで減っていた。仲間も減っている。

 「急げ!ぶっ殺すぞ!!」

 ぞろぞろと出てきた隊員は簡素なレンガ建ての建物を包囲する。

 「おらおらおらぁァァァァァ!!」

 ドアを蹴破りロナルドはM4のマガジンを空にする。

 同時に窓からも他の隊員が攻撃する。

 「もーいねえだろ。中荒らしてとっととかえっぞ」

 ロナルドの指示のとおり中に全員が入る。

 次の瞬間。


 ダアアアアアアン


 「!!」

 「なんだ」

 「テクニカルが一台だけ残して吹っ飛びました」

 「チクショー!!いけすかねぇヘリ野郎と顔合わせんのかよ」

 苛立ちに床を蹴飛ばすと内部を探索する。

 「ん?」

 鉄の板がある。

 「なんだこれ」

 トクナガが板をどけると影が横切り喉元を引き裂いた。

 「なんだ!」

 射線が集中するが弾丸をすべて躱した敵はAKS‐74Uを隊員に向け乱射する。

 隊員たちが次々に倒れる。

 「逃げろ」

 ロナルドが言うより早く隊員たちは逃げる。

 残ったテクニカルに乗れるだけ乗ってエンジンをかける。

 「かかれ」

 セルモーターが回転する

 だが、エンジン起動のために通電した回路には、とある仕組みが施されていた。

 「よっし!」

 快調なエンジン音が響いた次の瞬間。

 テクニカルは2キロのプラスチック爆弾によって木端微塵に吹き飛んだ。

 襲撃を受けた小屋からは8人の人影が現れた。

 「哀れな素人だな」

 黒人の男がそういって81式歩槍を構える。

 「何の意味があって仕掛けてきたのやら」

 眼鏡をかけたラテン系がソウドオフのイサカM37をコックする。

 「無防備すぎ……。ありえない」

 金髪の女がナイフの血を拭う。

 「さて、確実に始末するぞ。一人残らず頭蓋骨に一発ずつ。そのあとナパームで火葬する」

 「了解」

 オルトロス社の人員の死亡が公に確認されたのはこの襲撃から一週間以上あとのことだった。


     *************


 ベイルート=ラフィク・ハリリ国際空港


 危険だと感じレバノンから出国するのだ。

 「はい、次の方」

 旅券はイタリアの物だった。

 「いい旅を」

 乗る便はエール・フランスのパリ、シャルル・ド・ゴール空港行きである。

 「ああ。パリは良いところだろうよ」

 彼はすぐに違う国へ飛ぶ予定だ。

 スイス人名義で購入したチケットでドゴール発ポーランドのクラクフ行。

 ドイツ人名義で買ったクラクフ発ロンドン=ヒースロー行。

 スペイン人名義で買ったヒースロー発シンガポール=チャンギ行。

 そしてフランス人名義で購入したチャンギ発名古屋=セントレア行。

 それからは日本の弾丸列車(シンカンセン)で東京へと向かうのだ。無論ほかのメンバーも他のルートで日本の東京に入る。CIAもむやみに作戦を取ることはできない。

 末端の兵士にチップさえ渡せば兵器は容易く横田に届く。非常に頼もしい。

 さて、楽しい旅行だ。


     *************


 東京都 千代田区 ホテルニューオータニ内 イタリアンレストラン


 いかにも高級といったイタリアンレストランには多くの客が夕食を楽しんでいた。

 「不思議ね。日本政府はテロリストと一切交渉しないんじゃなかったかしら」

 毒々しいほど赤いドレスで着飾った女は、同じく赤いワインをつぅと口に含む。

 ラム肉を食べていると向きあった男が口を開く。

 「我々は柔軟でね。解決のためなら何でもアリだよ」

 初老の男――茅ヶ崎充雄はそういって白ワインを飲む。

 茅ヶ崎は白身魚のムニエルを食べる。

 「へぇ。素敵。手段を択ばない男の人ってス・テ・キ」

 「喜んでもらえて光栄だ」

 「じゃあ、交換条件を」

 「こちらから提示するのは」

 「提示するのは……?」

 「……あなたの逮捕拘束。若しくは殺害」

 「…………ふふっ」

 女は吹き出す。

 「あなたぁ。ふざけてんじゃないでしょうね?」

 笑いながら女は赤ワインを飲み干す。

 「本気だよ我々は」

 「ははは。笑わせてくれるわね」

 女はさらに声をあげて笑う。

 「ついでに言っておくが、狙撃手がすでにお前を狙っている」

 「へぇ。じゃ、死になさい!!」

 引き抜かれたグロック26の銃口を向けるが次の瞬間、傍らに座っていたフォーマルドレスの少女がレッグホルスターからP99を構え、間髪なく引き金を引く。

 「ヘっ?」

 右手首に穴が開き粉砕される。

 「あああああああああああああ!!」

 痛みに絶叫して手首をつかむ。

 「甘いな。拘束しろ」

 「たまるかぁ!!」

 ケリを叩き込もうとするが、今度は後ろから秋津のMk.23に軸足を狙撃される。

 あっけなく崩れ落ちる女を取り押さえると止血を始める。

 「さすがだ美里。強襲三班。作戦開始。アジトを制圧しろ」

 今回の作戦は厚労省麻薬取締部(マトリ)と『クラカジール』と呼ばれるデソモルヒネ剤の密造グループの合同取締りだ。

 『クラカジール』はロシアで爆発的な流行を見せた薬物だった。

 『肉を喰らうクスリ』とも呼ばれ、合成の過程でガソリンなどを使用するため通常の薬物の害以外の特異な皮膚炎を発症し、そのサマがまるで下歯が見えるワニ(クロコダイル)の皮そのものだったからだと言われる。世界的に見ても特に東欧圏を中心とした欧州の貧困層の若者の使用するドラッグとしてスタンダード化しつつあり、風邪薬や咳止めに含有されるコデインを使用すれば格安で手軽に合成できるということが事態を悪化させていた。

 日本での事例は少ないが、事態が深刻化する前に組織を壊滅させることで闇社会やテロリスト、カルト宗教への違法資金を絶つことができる。

 この件はとある筋からもたらされたのだ。

 外務省IAS。

 日本唯一の公開された対外情報機関だ。組織自体は非常に不明確。やっていることは他国の広報資料の裏側を透かすようなオシントであった。

 だが最近、ヒューミントに手を出したらしく、その最初の成果を偶然にも手に入れたらしかった。

 その内容は「ロシアと西欧州の非合法活動家が日本に来る可能性がある」という何とも曖昧な情報であった。だが、それから少しして新潟に入港したロシアの貨客船がとんでもない奴を載せていた。


 ニコライ・ロボロフスキー


 麻薬の密売で巨万の富を得たロシアンマフィアの大物だ。

 プーチン政権下のマフィア取締り強化で雲隠れした彼は、どうにかして日本に渡航してきたようなのだ。

 懸案事項はまだある。

 この男は強毒種の大麻の種を国内に持ち込んだのだ。

 大麻の種は大麻取締法上の取り締まり対象ではない。アサの実としてケシの実とともに食品や鳥の餌としてかなり流通している。だが、多くの場合、国内へ輸入する場合は焙焼して発芽できないように加工されるのだが、奴はその中に発芽できる種を混ぜたのだ。

 そして、これは大麻合法化を訴える市民団体に流れ、そしてその資金がエコテロリズムに流れる。

 その筆頭が『地球連合軍』。何もSFの軍隊ではない。いうなれば反成長主義・環境至上主義を掲げる世界最悪のエコテロ組織である。傘下にはそれぞれ反採鉱・開発を訴える『大地の声』、反海洋汚染・捕鯨を訴える『海神の三又槍』、反肉食・動物飼育を訴える『声なきモノの会』反大気汚染を訴える『風の化身』という過激派組織があり、同じ思想の組織にとっての雇われ遊撃隊となっていた。

 『声なきモノの会』は日本国内でも、動物の倫()理的扱い()を求める()人々の会()動物解放戦線(ALF)とともにペットショップや畜産農家、創薬研究施設を中心として29件の脅迫事件を起こしており、調査捕鯨やイルカ漁関連などでシーシェパードを支援してきた『海神の三又槍』にいたっては最近になって捕鯨船撃沈のためにソ連製対戦車ミサイル(ATM)を購入したとも言われていて、さらに背後に欧州環境庁(EEA)やオランダ王族、オーストラリアの軍・政府が見え隠れするという事態にまでなっていた。

 そして、最近はその活動のメインを先進国で一番環境テロに弱い日本にシフトしてきたのだ。

 密造グループは地球防衛軍の下位組織であり、資金集めのためにそこそこの工場をこさえて作っていたのだ。

 今回捕まえた女は『地球連合軍』唯一の日本人女性の「古参士官」である天童紀和だった。階級は『少佐』らしい。メンバー証には金の大麻の葉が一つ、横線一本とともに描かれている。

 「女で少佐で格闘なのにこんなに弱いとはな」

 御手洗は呆れて椅子にどっかり座る。

 「軍人でもないのに元自衛隊員に突っかかってくるのが悪い」

 松尾はそういって乱れたスーツを整える。

 「にしても、任務で、しかも経費でこんなうまい飯食えるとはな」

 和田はそういって付け合せのインゲンにソースをたっぷりつけて食べる。

 「ああ。この鹿肉うまい。どんなふうにしたらこんなことできるんだ」

 湯浅はぱくぱくと鹿肉を食べ続けている。

 「?食ったことあるのか?」

 「父方のじいさんが猟師なんだよ。鹿鍋とか鹿の焼肉とか食ったが、ここまで美味しいのは初めてだ」

 「今流行りのジビエって奴だな。俺のは違うが」

 秋津はそういって牛フィレ肉のステーキを見つめる。

 「すみません。フォーク変えてくれませんか」

 秋津はそういって着席する。給仕はぎくしゃくとさっきまで銃声がしていたスペースでうやうやしくフォークを交換した。

 「すまなかったな。騒いでしまって」

 「ぁ、い、いえ、べつに……」

 しょうがない。さっき右手を血みどろにした女が出て行っただろうから。

 「チップだ。落ち着け」

 そう言って秋津は一万円札二枚を握らせる。もちろん本来の日本の雇用体系ではチップなどまず要らない。今回は一種の口封じだ。

 「ちゃんと最後まで食べよう。お店においしい料理と作戦への協力に対しての感謝の気持ちを伝えないと」


     *************


 肌寒い中、私は震えていた。

 お金はみるみる減って、換金できると思っていた宝石やアクセサリはどうにもならずにただ奪われるだけ。

 自分たちの身の安全は懐にある残弾一発の拳銃が握っている。

 「お姉ちゃん」

 「大丈夫だよ、エミリー」

 もう、ぼろぼろだ。

 ひもじい思いをしながらも、エミリーには何か買ってこれた。

 だが、それもできなくなりつつある。

 強盗はできるだろうか。

 いや、無理だ。

 こんなお腹が空いた状態では拳銃を撃っても碌に当たらないだろう。

 いっそ死んでしまおうか。

 「何をしている」

 男だ!

 「助けてやろうか」

 近づいてくる。

 「来るな!」

 拳銃を突きつける。

 だが男は表情を崩さない。

 「俺が、そいつとの付き合い方を教えてやろう」


 久しぶりの温かい食事。

 久しぶりの住居。

 久しぶりのお風呂。

 久しぶりの人の温もり。

 私たちは、ひとまずの安心の中にいた。


 「どうしたの?マリアちゃん」

 「え?」

 目の前にはクラスメイトの富樫理恵がいた。

 「ううん。昔のこと思い出してただけ」

 「へぇ。てっきり幸太郎くんのことかと〜」

 うりうり〜と肘でぐりぐりしてくる。

 「な、何言ってるの!?」

 「で、河合さんとの関係は?」

 「えぇ!?だから何言ってるの!?」

 「だってさ、恋敵じゃない。元カノっていうかさ」

 私の目の前に回り込んでニヤニヤしている。

 「河合さんはそういう関係じゃないって」

 「だけど本当はわからないよ」

 ふふふ〜んとニコニコしている理恵。

 ああ。袋小路だ。


     *************


 ロシア連邦 モスクワ 連邦保安庁(FSB) 作戦司令室


 薄暗い部屋には数多くの地図と写真が張り出されていた。

 中心の地図はアムール州の森林地帯を指し示していた。

 「現地に展開していた内務省軍独立作戦任務師団(ODON)の第一連隊がやられたというのか」

 司令官の表情は一際厳しくなった。

 「先ほどから通信が途絶しています。特別任務民警支隊(OMON)の二の舞になったかと」

 「なるほど」

 そうつぶやくと司令官は椅子から立ち上がり向き直る。

 「KGBから続く我々の誇りにかけても、今回の事件はこの手で終結させなければならない!内務省の特殊部隊がやられた今、終幕を引けるのは我々だけだ!」

 司令官の言葉には熱がこもっていた。

 「アルファ部隊。作戦開始。繰り返す。作戦開始」

 オペレーターが落ち着いた声で作戦開始を命じた。


 アムール州 サハ共和国との境界線から40キロ地点


 音もなく部隊は進む。

 遮蔽物と言えば針葉樹ぐらいしかないこの場所にテロリストはアジトをこしらえている。

 AN‐94を構えつつ状況を常に確認する。

 もうすぐそばにアジトが見える。門番も多い。

 「狙撃隊、配置についた模様です」

 部下からの報告を受け指揮官は号令する。

 「攻撃開始」

 遠くから押し殺した銃声が小さく響くと門番たちは頭を赤くはじけさせて倒れた。

 狙撃隊のSVUやSV‐98にはすべてサプレッサーを取り付けている。

 倒れた音と跳弾の音でしか敵の位置を判断できないのだからテロリストからしてみればやりづらいだろう。

 すぐにアジトからテロリストが出てくる。

 すぐさま隊員たちはライフルを構え一挙に制圧する。

 AKS‐74UBやAN‐94が一斉に吠える。

 近い敵に気を配ると狙撃部隊が容赦なく弾丸を叩き込み、狙撃を気にすると前衛部隊にハチの巣にされる。

 呆気なくテロリストたちは全て倒されてしまった。

 訝しみながらも、アジトに乗り込むアルファ部隊は、探索した後、最後の部屋の中で奇妙な装置を見つけた。

 黒く巨大な球体が木枠に吊られている。

 「なんだこれは」

 一周ぐるりと見てみる。

 不意に発見した警告表示に、一人が固まった。

 「退避!!」

 叫んだ次の瞬間


 アジトは想像できない規模の爆発によって跡形もなく吹っ飛んだ。


 アジト周辺の半径数キロメートルの木々は伸され火炎に撒かれ、衝撃波によって広範囲に土煙が立ち込める。

 狙撃手たちも強烈な熱量によって発火し蒸発した。

 そして爆心には、まるで隕石が落ちたかのようなクレーターが現出したのだった。


 「どういうことだ!?なぜ無線がつながらん!」

 司令官は苛立っていた。かれこれ一時間、アルファ部隊と無線がつながらないのだ。

 「先ほど国防省の衛星がこの画像を捉えたとの報告が」

 部下の一人が近づき、ホチキス止めの資料を手渡す。

 映っていたのは真っ赤な火炎と灰色のクレーター。

 観測地点は襲撃地点と同座標。

 ものさし代わりの基準線が爆発の規模を物語っていた。

 「なん……だと……!」

 司令官の表情はひきつったまま動かなくなった

 「奴等……使いやがったぞ……。パンドラの箱の中身を……」

 司令官はそのまま崩れ落ちるようにして倒れた。



 二日後

 ロシア連邦 ハバロフスク市


 「現在、教団一派の一部が逃亡中で……」

 テレビの報道で状況はつかめた。

 早く脱出しないとMVDやFSBだけでなくドイツの連邦憲法擁護庁(BfV)連邦情報局(BND)までやって来る。

 コトリ、とウォッカのショットグラスが置かれる。

 「お客さん。どこ出身だい?妙な訛りだが?」

 マスターが問う。

 「どこ?って、ルーマニアさ」

 「遠いところからどうも」

 そういってマスターはグラスを磨き始めた。

 ウォッカを流し込む。

 殆どアルコールと水でしかない、それこそ医療用のエタノールと純水があれば再現できるであろうこの酒をこの国の人間は好んで飲むのだ。わざわざ麦で造った酒を蒸留してまで。

 「そろそろ時間か」

 腕時計を見る限り、いい頃合いだ。

 古くから使っているものだから極端な時刻のずれがあるが、自分で計算しなおせばいい。

 「御代だ」

 紙幣をテーブルに置くとバーから立ち去った。

 これから向かうのは日本。

 私の『娘たち』がいる国。

 背後で大爆発がした。

 ハバロフスクの警察署がこの男の手によって署員もろともこの世から消え去った瞬間だった。


     *************


 ここ最近の事態は悪化の一途をたどっていた。

 浜口市雄外務大臣が襲撃を受け、今宮電子との贈収賄などの黒い疑惑の追及がいったん棚上げになった。目の前で襲撃を目撃した蓮池と真田は襲撃者の逮捕に奔走し、どうにか逮捕した。だが、実行犯は暴力団フロントの似非右翼であったため白を切るのがうまく、依頼者を誰だとも言わなかった。

 「課長」

 「どうだった」

 「ビンゴです。クラカジールが相当量。ただ、流通の痕跡はありませんでした」

 「わかった」

 流通前に突き止めて摘発出来た。マトリも快挙に喜んでいるだろう。

 「蓮池と真田は?」

 「まだ調子が戻っていないようです」

 「そうか」

 目の前で重要参考人を病院送りにされてしまったんだからしょうがないとはいえ、早くしないと作戦能力に大きな支障が生まれかねない。

 「今後の指針は決まった。贈収賄疑惑は必要書類をすべて東京地検特捜部に移したのち捜査権を移譲。今後は地球連合軍制圧作戦を中心にする」

 茅ヶ崎の言葉はその場にいない蓮池と真田に、つかの間の休息と安堵を与えることとなった。

小辞典


FAL

ベルギーのFN社が設計した自動小銃。

NATOではインチ規格に再設計されたイギリス向けのL1A1や、ドイツ向け輸出品のG1が有名。

ローデシア(現ジンバブエ)における内戦で政府軍が大量に使用したことで有名。


M60

サコー社が開発したアメリカ陸軍初の本格的軽機関銃。

7.62ミリNATO弾をベルトリンクで給弾する。

欠点は二脚と銃身が一体化している点

ランボーが腰だめにしている機関銃である。


81式歩槍

中国のノリンコが開発したアサルトライフル。

AKのデッドコピーである56式自動歩槍の後継銃として設計された。

設計はSKSカービンの改良型である63式自動歩槍を礎として大幅な改良を加えた銃。

全体的にAKシリーズによく似ているが、ボルト周りからSKSカービン由来であることがよくわかる。


イサカM37

アメリカのイサカ社製のポンプアクション式ショットガン。

軽量な設計であり、排莢口と装弾口を共通にしている。

ソウドオフはショットガンの銃身を切りつめることを指す。


AN‐94

ソ連崩壊後、イジェフスク造兵廠が民営化されイジェマッシュとなってから開発され、1994年にロシア軍に採用された突撃銃。

設計者はカラシニコフの弟子のひとりであるゲナディー・N・ニコノフ氏。

特徴的な右側に傾いたマグハウジングやマズルの8の字ハイダー、プーリーとワイヤーを機関部に積みグリップを外すと機能を凍結できる特殊な内部構造、二点バーストのみ高速連射など他に類を見ない設計である。

構造の複雑さ故に特殊部隊やエリート以外扱えずAK‐74の置き換えが出来ず、輸出もできそうにないため生産は低調。


SV‐98

イジェマッシュが初めて設計した本格的な軍用ボルトアクション狙撃銃。

近年の流行であるサムホールストックに調整型のチークパッドや肩当てなどを搭載。マガジン装弾で10発。

特徴的なのはサプレッサーを取り付けられ、アイアンサイトを搭載しているという点である。

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