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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第三章 シャッタード・マインド
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エピローグ

幸太郎と杉下は回収され、事件は少年グループの全滅によって終結した。

そして……

 今宮電子本社にPSIA(公安調査庁)のジャンパーを羽織ったスーツの男たちが雪崩れ込む。

 「家宅捜索だ!業務を停止し、両手を上げろ」

 蓮池は高く令状を掲げる。

 「おい!電話を止めろ!」

 「パソコンは閉じるな!閉じたら妨害とみなし現行犯逮捕する!」

 普通の家宅捜索とは違う物々しい印象。捜査員全員が拳銃を片手に乗り込み、一部は短機関銃を持っている。電話線は切断され、ビルには巨大トラックが横付けしている。

 今宮電子に対する家宅捜索がついに始まったのだ。


 「山のような書類だな」

 蓮池は呆れていた。

 ダンボール内の紙の資料が山のようになっている。

 大半は関係ない話だろうが、この中に狙った資料があるはずだ。

 「調べるのはきついなぁ」

 「書類はみんなで分担すればすぐ終わるさ」

 顔を青くする真田に蓮池はねぎらいの言葉をかける。

 「その中でも一番怪しいのがこの」

 「「第七企画室」」

 声がそろう。

 「誰も言わない。言おうとしないとなれば」

 「言いたくない理由がある。追い出し部屋か、非合法事業部署か」

 「だが、追い出し部屋の線は薄いな。追い出し部屋にしては、活動痕跡がある」

 第七企画室にある資料だけでかなりの量だ。

 流し読みしただけだが、かなり具体的な事業を行っていることが明白だ。

 「室長は今、行方知れず。怪しさ満点だ」

 「一応、任意同行で取り調べてみるらしいが」

 「そういえば、浜口外務大臣は?」

 「いまは会食中だってさ」

 すぐに出てこない情報を真田は即答する。

 「どこで知ったんだ?」

 「大臣付きのSP」

 ぞっと蓮池の肌が粟立つ。

 「どうやったんだよ。警察内部でも極秘中の極秘だろ。大臣の日程なんて」

 「まあ、そこは、適当にね」

 「よくやるよ」


     *************


 世界は歪んでいた。

 水銀の海と空が逆転している。

 赤色の光が世界を照らしている。

 「これは……」

 頭上の海から血が落ちてくる。

 その血はみるみる実態を持って色が染まっていく。

 少女の姿になると、血は幸太郎を見据える。

 「汝は成せたか?」

 「……」

 「できなかったようだな」

 少女はそう言って背を向ける。

 「俺は……」

 「今は休め。当面は戦えぬ」

 引き留めようとして言葉を選んでいるうちに少女は遠ざかっていく。

 「そんな……!?」

 「今の貴様に戦える余力はない。ではな」

 「待て!待ってくれ!!」

 遠ざかりながら少女は溶けて消えていく。

 そして、世界は暗転した。


 暗転した世界から舞い戻る。

 見知らぬ天井。

 単調な電子音。

 鼻を突くにおい。

 妙な浮遊感。

 「病院……か……」

 体中に何かまとわりついている。

 右腕にはものの見事に包帯が巻かれていた。

 左腕にはチューブ。つまりは点滴だ。

 不意によみがえる記憶。

 「殺せな……かった……?」

 その事実に愕然となった。


     *************


 「杉下は?」

 幸太郎は開口一番に、そう問いかけてきた。

 「今ICUだそうだ」

 「奴は、生き残るのか」

 「峠は越えたって」

 「越えなくてよかった峠だ」

 強い口調で幸太郎は呟く。

 「……大丈夫か?」

 「この程度慣れっこだ。……奴に筋弛緩剤を打って殺せないか?」

 体中の痛みに顔をゆがませながら幸太郎は言う。

 「無理だ。そういう手段は持ち合わせていない」

 「そうか」

 「落ち着いてくれ、幸太郎。君らしくない」

 「そうか」

 単調なやり取りが続く。

 「あそこまで感情剥き出しなのは初めて見たわ」

 河合さんはそう言って幸太郎を見つめる。

 「だろうな」

 わかりきっているといった顔で河合に言う。

 「喜咲は?」

 「(かす)り傷程度だそうだ」

 「よかった……。……杉下を狙撃できないか?」

 「無理だ。警備が厳重すぎる」

 「そうか」

 さっきから幸太郎は、杉下の殺害ばかりに気を取られている。

 「なんで奴にこだわるんだ?」

 「奴は殺すんだ。確実に。でないと、俺は、悪夢から解放されない」

 一際幸太郎の顔は暗くなる。

 「だが、それでも杉下には重罪が待っている!」

 「所詮は個人情報が保護された条件下での仮出所付きの無期刑だ!奴は絶対変わらない!」

 「幸太郎……」

 「落ち着いていられるか!俺は!俺はぁ……!!」

 怒りに顔をゆがませながら、幸太郎は泣いていた。

 「大丈夫」

 咽び泣く幸太郎を抱き留める。

 「幸太郎は、守り抜いたんだ。初恋の人を」

 抱擁はそれから13分は続いた。


 「幸太郎は?」

 マリアは病室から出てきた河合に問う。

 「ダメ。メンタルがかなり興奮してる。当面の間は刺激は禁物ね」

 「……意外と、弱いのね」

 壁にもたれかかるマリアは(うつむ)く。

 「今回は特殊だったからかも。下僕にとっての初恋の人を人質にとられてしまったんだから。因縁の相手に」

 「恋……ね……」

 マリアの口から小さく紡がれた言葉。

 「どうしたの?」

 「恋って、したこと無いから」

 「そう……」

 マリアのすぐそばに河合は寄り添う。

 「だけど」

 「ん?」

 「あれは、恋、だったのかな……」

 そう言って窓の向こうを見つめるマリアを、エミリーは不安そうに見つめていた。


     *************


 「浜口大臣。お話があります」

 家宅捜索から二日後。蓮池と真田は浜口市雄の目の前に現れた。

 「ほほう。君たちは何者かね」

 大物政治家らしい少々太った体の浜口は鋭い眼差しを向ける。

 「公安調査庁です。テロ事案に関するお話があります。ご同行を願います」

 バッジケースを掲げ威圧するような眼差しで窺う。

 「同行は拒否させてもらおう。今は臨時会の会期中だ。逮捕状と議会の許可をもらってくるんだな」

 つかつかと公用車のレクサスLSハイブリッドに一直線に向かう。

 「よく言うよ。収賄の可能性があるんだってな」

 ふと、浜口は歩みを止める。

 「図星か」

 蓮池は冷めた目で見据える。

 「名誉棄損で訴えるぞ!下っ端っ公務員が!」

 そのままLSに乗り込み、ドアを閉めると車は走りだす。

 「下っ端公務員ねぇ。こっちこそ侮辱罪で……」

 真田がそう愚痴っている間に、少し走って十字路にさしかかると強烈な銃声とともにLSは爆発した。

 「なんだ!?」

 現場に駆け寄る蓮池と真田の目に入ったのはハッチドアを閉じながら走り去るシボレーのワンボックスカー。閉じる直前のドアの隙間には大きなマズルブレーキが見えた。

 (かたわ)らには血を流して倒れている制服警官。

 「あの車!」

 咄嗟に蓮池がライノを抜き撃つ。

 リアのハッチドアに弾痕を作りながら逃走する。

 「浜口を助け出すぞ!死なれちゃ立件できない!」

 「わかった!」

 浜口市雄が意識不明の重体で病院に運ばれたのはこれから少ししてからだった。


     *************


 同じ日、幸太郎はベッドの上で新聞を読んでいた

 豊田市山中で起こった爆発はテログループの武器の誘爆だという。

 「杉下は……」

 記事を見る限り、杉下に関してはテログループの一員が確保されたとだけある。詳し情報は載っていない。

 世界は一気に正常に戻りつつある。一時は装甲車まで展開していた半ば戒厳令下のごとき市街も、治安維持目的の陸自の撤収に重装備の警官の減少で落ち着き始めていた。

 今回の騒動に関する核心の部分は一応、少年犯罪グループであることが発表され、少年犯罪の凶悪化を物語っているという話まで出てきた。

 犯人グループのアジトは漏電によるガス爆発が原因で吹き飛んだという。

 なにか、心中にぽっかりと穴が開いたような気分になっていた。

 悪魔はあれ以降まるで現れない。悪夢も見ない。すこんと抜けたように喜咲の顔が思い出せなくなりそうで、それが怖くなっていた。

 消耗しきっていたのもあるのかもしれない。酷いラフファイトで怪我を負い、意識を失って眠り続けていたのだ。

 「……」

 掌を見る。

 この手でやっと杉下を仕留められると思っていた。

 結果は、このありさま。とどめをさせなかった。

 テレビはニュース番組を流していたが、注目音とともに急にテロップが入る。

 『名古屋市内の病院で爆発』

 『搬送予定の患者一人行方不明』

 幸太郎は直感した。杉下だと。


     *************


 名古屋市内の病院で爆発が生じたのは午後2時47分だった。

 愛知県警が万全の態勢を整えるために警察病院へ移送しようとしていた矢先に、武装勢力が襲撃したのだ。

 刑事たちがあっけなく無力化され、杉下は奪われた。

 「ふははははははっ。出し抜いた出し抜いた!」

 大槻は特有の高笑いを響かせていた。

 杉下は『カテゴリー3』の逸材。意地でも警察なんかに渡すわけにはいかない。

  「このままシリアに送るんですか?」

 「その前にもうちょっと違うところでイロイロさせないと」

 「フォーマット調整ですか」

 「定着記憶の調整に二週間は要るな。すぐだったら三日で済んだんだが、回収が遅れるとは」

 大槻は工程表を見ながら部下に言う。

 「しょうがないです。予想外が多すぎました」

 「カテゴリー3がここまで追い詰められるか」

 「性格調整は必須ですね」

 部下の一人は一枚クリップボード上の資料のページをめくる。

 「製品番号(ロットナンバー)309。気性が荒すぎた。カテゴリー1までの道は長いな」

 「カテゴリー3ですら現存は3人です。これから1にまでなるのは……」

 「試すだけ試そう。カテゴリー1が、顧客の望みだ」

 大槻はそう言って杉下の顔を見つめた。

 救急車は道をまっすぐ進んで行った。


     *************


 「松平会は?」

 井口は和田に問いかける。

 「解散して松平建設ってカタギ業になるんだってさ。なんか残念だな。実録ものを生で見られるんじゃないかって思ってたから」

 和田はそう言って実話誌をめくる。松平会の会長が、組織解散を宣言する前にこの雑誌にそのことを語ったのだ。この雑誌の流通と同時に名岐松平会は解散を宣言。フロント組織として機能もしていた一般の企業である松平建設へと合流したという。

 「いくらなんでも不謹慎だぞ」

 「わるいわるい」

 考えてみれば、山口組筆頭の武闘派、弘道会の目と鼻の先で裏稼業をするのはかなり骨の折れる行為だ。ただでさえ、構成員が100人を切りかねない組織だったのに、最近は討死で構成員の大半が死亡してしまったのである。組織の維持はもはや不可能。裏稼業も廃業してテキ屋の屋台を出す以外手はない。しかし、暴対法改正でそれすら規制されかねない情勢なのも手伝って、武装解除と組織の解散、遵法化を宣言したのだ。

 「それにしても、よくも廃業なんて判断ができたな」

 「まあ、今時珍しいマフィア化から取り残された奴らだったからな」

 「そうなのか?」

 「ああ。今時、普通なら中華圏か東南アジアのマフィアと業務提携するか、北朝鮮あたりとつながっているかしているからな。そんな痕跡がない、今時珍し奴らさ」

 松平会解散と前後して、中京圏進出を狙って松平会のシマを切り崩そうとしていた極東厳龍会は陣頭指揮を執っていた幹部の死亡に弘道会との戦争の危機から中京圏進出を取りやめたらしい。皮肉なことに空いたスペースにまんまと入り込んだ弘道会のシマは広がり、面倒事が増えた県警組対局は顔を青くしているとか。

 「まあ、長らく武闘路線から遠ざかっていたのもあるかもな」

 ふと、ドアの向こうで少年が横切ったのが擦りガラス越しに見えた。

 「!?紀伊か」

 「なんか、呼ばれたようだな」


 二度のノック。

 「どうぞ」

 ゆっくりと扉が開く。

 「失礼します」

 「紀伊幸太郎くん。作戦ご苦労だった」

 入ってきた幸太郎を机の上で手を組んだ茅ヶ崎がじっと見つめる。

 「君の活躍は報告で読んだ。生き残ってくれて本当によかった。だが、これほどの大怪我を負った以上、当面は実働部隊への編入は不可能だ」

 そういって茅ヶ崎は立ち上がる。

 「命令。紀伊幸太郎。君から嘱託(しょくたく)職員としての全権を許可があるまで無期限に停止する。各種火器に関しても召し上げとなる。これに関しての反論は受け付けない」

 「……」

 「君には、当面の間休息が必要だ。暴力だらけの世界で何か異常がないという方がおかしい。神山から報告も受けている。今の君に、銃を任せることはできない」

 そういって茅ヶ崎は幸太郎を見つめた。

これで第三章 シャッタード・マインドは終幕です。

第四章は来月6月4日からの開始となります。

お楽しみに。

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