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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第三章 シャッタード・マインド
43/64

人を殺すモノ 歪んだ虚像/phase-2

 幸太郎はどうにか建屋を脱出する。周囲は激しい雨が降っていた。

 杉下とは中途半端に距離を取ると戦えなくなる。格闘戦で捻じ伏せ、手足を破壊して、中枢神経か動脈を破壊する以外、策はない。だが、ナイフではレンジが同じだ。短すぎる。

 その場を見渡すと鉄製のスコップが大地に突き刺さっていた。先端の尖ったタイプ。相手の皮膚を引き裂き、肉を切り、骨を砕くこともできる。

 取っ手を握ると、グイと引き抜き、右手で構える。

 杉下が防弾服を脱ぎながら飛び出して幸太郎に一直線に跳びかかる。バタフライナイフの斬撃をスコップの横薙ぎで弾き返す。雨の中、火花が散る。

 「紀伊!!」

 杉下はさらに幸太郎の胸めがけナイフを振る。袈裟がけのナイフの軌跡を躱し、スコップの刃の面で杉下の顔めがけて思い切り叩く。受け身を取られて十分なダメージを与えられなかったが、だとしてもかなりのダメージを与えることができた。

 ナイフとスコップは切り結び、離れる。鍔迫り合いのたびに火花が散る。

 ナイフの刺突が来る。カウンターでスコップを突きつける。ナイフの軌道がずれ幸太郎の前腕の皮膚を刃が裂く。

 「ぐぅッ!!」

 幸太郎は痛みに呻く。

 痛みをこらえスコップを振るい杉下の二の腕を狙う。スコップの刃が命中する。杉下が退く。返す刃で杉下の首を狙う。杉下は上体を逸らし斬撃を回避する。さらに幸太郎は踏み込み胸を狙う。杉下はナイフでスコップの軌道を逸らす。さらに勢いそのままに一回転して杉下のナイフを狙う。ナイフはあっけない音とともに折れる。杉下は目を見開く。急いで飛び退き、大きく距離を取る。すぐにウィルディマグナムを手に取る。

 これはチャンスだ。

 「くたばれえええええええええええッ!!」

 杉下の叫びとともに幸太郎は駆けだす。

 銃口が幸太郎を捉え続ける。

 引き金が引き絞られる。

 スコップを袈裟がけするように振るう。

 銃声が響く。

 スコップにかかる強烈な衝撃とともに甲高い音が響く。.45ウィンチェスター・マグナム弾を、振るったスコップで弾いたのだ。そのままの勢いで間合いを詰めながら一回転するとウィルディマグナムを一閃で叩き落とす。勢いを失ったスコップは下を向き、幸太郎と杉下の距離は縮まる。

 「このッ!!」

 幸太郎は叫びながら一気にスコップの切っ先を跳ねあげる。

 切っ先は服を引き裂き、皮膚をザックリと切る。

 「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」

 杉下は痛みに絶叫する。

 「クソヤロオオオオオ!!」

 幸太郎はさらに一歩近づき袈裟掛けに切る。傷はXのようになる。

 「クソォオオオオオオオオオオオオ!!」

 ヤケクソになった杉下が跳びかかる。

 スコップで首を狙う。だが、しゃがんで回避される。すぐに右ひざ蹴りで杉下の上半身を狙う。命中する。だが杉下は抱きつき、幸太郎を持ち上げようとする。左足で杉下の背に踵落としを叩き込む。杉下とともに地面に叩き付けられる。さらに杉下はマウントを取ろうと猛スピードで這う。無我夢中でスコップで殴る。姿勢が崩れた瞬間、幸太郎はすり抜ける。

 「まだまだァ!!」

 そう言って杉下はアンプルを手に取る。首筋に刺し、黒い薬液を注入する。

 さらに動きが速くなる。一歩踏み込んでから突進してきた杉下が伸ばした左手を、幸太郎はスコップで跳ね除ける。だが、今度は右腕が伸び幸太郎の首を掴む。

 「ごおぇっ!!」

 首を締め上げられ、吐きだそうとする。

 スコップを振り上げるが杉下の左手で阻止されもぎ取られる。

 「所詮、貴様は、サンドバッグだ!」

 スコップを放り投げると、杉下は鳩尾に左アッパーを喰らわせる。

 「はははっ。やっぱりこれだ!これなんだよ!一番好きなのは!!」

 パンチが次から次へと繰り出される。負けじと幸太郎も右腕へのジャブで応戦する。

 ナイフを思い出し、抜いて突き立てようとする。

 杉下の右手が喉に食い込む。

 「うぐぁ!!」

 目が飛び出るんじゃないかという錯覚すら覚える。ナイフを落とす。

 「そうだよ。泣け!うめけ!このヌルいナマモノが熱くなって冷たくなるのが」

 右手強く杉下の右手首をつかみ首から右足で引きはがそうとする。

 一際、首を強く締め付ける。

 「タマんネェんだよォオオオッ!!」

 「カハッ!!」

 意識が薄れつつあるなか、幸太郎は杉下の脚の甲を見極め右足で強く踏みつける。

 痛みで遂に幸太郎の喉を掴んでいた手が離れる。咳き込みながら新鮮な空気をありったけ吸う。

 「お返しだアアアアアアッ!!」

 踏み込んで右ストレートを杉下の顔面に叩き込む。さらに左足で顔面を蹴りあげ、右アッパーを叩き込む。よろけた杉下の懐に入り込むと、鳩尾に一撃ボディブローを叩き込む。肺の中の空気をすべて吐き出し、杉下はよろける。

 さらに畳み掛けるように幸太郎は右フックと左フックを顔面に浴びせる。

 よろけて距離を取った杉下はキッと幸太郎を見据える。

 「なめるなあああああああああああ!!サンドバッグがアアアアアアアア!!」

 杉下も右フックを幸太郎の顔面に叩き込む。

 ジャブの連撃を幸太郎の腹に叩き込む。

 幸太郎はとっさに左回し蹴りで杉下の頭を狙う。とっさに杉下が掴みかかるが、即座に掴まれた左足を軸に右踵で杉下の右半面を思い切り蹴る。

 幸太郎はとっさに着地する。杉下は蹴り飛ばされ、泥濘(ぬかるみ)に顔面から突っ込む。

 「ざまあないぜ……」

 泥濘で突っ伏している杉下を見ながら幸太郎は言う。

 だが杉下はすぐに這いずり上がってきた。

 「痛ぇんだよおおおおおおおお!!」

 杉下は泥濘の上を突進してくる。

 「くたばれえええええええええええ!!!杉下アアアアアッ!!」

 一歩踏み込みながら胴のひねりを大きくくわえた右ストレートを幸太郎は繰り出す。

 「貴様がああああああああああああああ!!」

 杉下も右ストレートを叩き込まんとする。

 双方とも渾身の一撃。先に命中したのは幸太郎の一撃だった。

 頭蓋を揺らされ、意識が朦朧となった杉下の顎にアッパーを叩き込む。

 弾き飛ばされた杉下は低い姿勢で構える。

 「ウガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 野獣のような雄叫びとともに突進すると右手が幸太郎の頭を掴む。

 「超す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す超す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」

 まるで痛みや苦しみから逃れようとするかのように頭蓋骨を締め上げる異常な握力と腕力で幸太郎を右手だけで持ち上げる。

 幸太郎はすぐさま両脚蹴りで離脱する。

 尻餅をついて後転の要領で姿勢を立て直すが、すぐに杉下が懐に飛び込む。

 杉下のラッシュが来る。無茶苦茶な乱打が幸太郎の腹に来る。

 杉下が一つ溜めるように振りかぶると、幸太郎は右フックを杉下の側頭部に叩き込む。杉下は左フックを幸太郎に叩き込み、さらに右ストレートを繰り出す。

 刹那、幸太郎は一撃を回避して、杉下の右腕を掴む。

 「!?」

 驚く杉下の勢いが落ち着く前に、一気に背負い投げをする。叩き付ける前に手放し、吹き飛ばす。地面に叩き付けられた杉下の意識は吹き飛んだ。

 「クスリに頼ったのが、間違いだ……っ……」

 同時に、幸太郎にも限界が訪れた。


 やっとのとこで建屋から出てきたとき、彼らは幸太郎が一本背負いの真似事で、杉下を吹き飛ばしたのを目撃した。

 その直後、幸太郎は倒れた。

 「幸太郎!」

 マリアが幸太郎を見つけ絶叫する。

 「ダメ!奴ら止まらない!!」

 エミリーの悲痛な叫びが木霊する。

 「皆殺しにするしかないか」

 明石がミニミを撃ちまくる。だが、銃身がかなり加熱している。雨のしずくが銃身に当たると沸騰して湯気が立つ。危険な状態だ。

 「『ピーチ姫』の離脱を最優先。幸太郎はその次だ」

 井口がMP5を撃ちながら指示する。

 「だけど!」

 河合の抗議の声が響く。

 「今の俺たちはすぐにでも離脱しないといけない。事態が事態だ。何があるかわからない」

 湯浅が河合に言う。

 「これ!幸太郎の!」

 河合はミニミを見つけて言う。幸太郎が使用したものと同じ番号が印字されている。

 「でかした!」

 弾帯をセットすると、明石が腰だめにし、撃ちまくる。

 「紀伊の使った武器を回収するぞ。急げ!」

 御手洗とともに明石は幸太郎の使用した武器を回収するために動く。

 「幸太郎!逃げるんだ!県警が来るぞ!」

 井口がそう叫ぶと、ゆらりと幸太郎が立ち上がったのが見えた。


 首を、身体と頭を切り離せばもう二度と動くことはない。

 スコップを手に取り立ちあがる。身体が重い。手に取るスコップも、さっきの羽根のような軽さではない。まるで鉛のような重さだ。

 どうにか一歩踏み出す。もう一歩踏み出す。そして次の、一歩が、出ない。

 動け。

 強く念じるが足は動かない。

 動け!

 今度は足が空回りする。

 動け!!

 だが、今度はまるで動かない。鉛の文鎮のごとく脚は鈍く動かない。

 そして、力が抜けていく。

 動け!!!

 だが体は崩れ落ちる。

 「いた!いたぞおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 刑事たちが集まってくる。

 来る前にケリをつけなければ、こいつは生き残る。

 「動けえええええ!!!!」

 だが叫びは、むなしく響き渡るだけだった。


     *************


 「突入1から司令部へ。現場で謎の部隊と不良が交戦中。指示を乞う」

 『司令部了解。戦闘の停止を命じろ』

 「了解」

 SITと銃器対策部隊が物陰に身を隠している。

 「行くよ」

 「私たちもですか!?」

 大島係長の言葉に内海は驚く。

 「当たり前でしょ。何のためにこんなゴツい拳銃と防弾(チョッキ)貸してもらったと思ってるの?」

 係長がその手の中の拳銃を目で示す。

 P2000。特殊部隊やSPのような精鋭向けの高火力ピストルだ。

 「わかりましたよぉ〜」

 内海は諦めてSITの背後に付く。

 「突入!」

 号令とともに煙幕弾が撃ち込まれ、SITと銃器対策部隊は戦場へと突入する。

 「警察だ!!武器を捨てて手を挙げろ!!」

 SITはPDWストック付きのMP5SFKを構えて警告する。

 銃器対策部隊もMP5Jを構える。

 「いた!いたぞおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 SITはすぐに倒れていた杉下と紀伊の元へ近づく。

 「チッ!最悪だ!!早すぎる!」

 明石は毒づく。

 「いや。まだ俺たちはツイてるらしいぜ」

 上空からはヘリコプターの音。それを聞いて湯浅は言う。

 明石は上空を見る。ヘリは陸上自衛隊のAH‐64D(アパッチ・ロングボウ)AH‐1S(コブラ)OH‐6D(カイユース)の編隊。強襲班がもしもの時のために呼び寄せた攻撃ヘリ部隊だ。

 「おとなしく投降してください!」

 急いで明石はチャンネルを切り替える。

 「ヘリコプター隊のHQ(ヘッドクォーター)に回線を繋げ」

 『了解』

 「な、なにをやっている!?」

 SIT隊員を尻目に明石は無線に指示する。

 「HQか。こちらエクセレント1。猟犬先導(ハウンドリーダー)に目標への攻撃を要請する。大至急だ」

 『了解。IRで目標を指定せよ』

 すぐに和田がIRレーザーで建屋を照らす。

 「退避しろ!これから陸自が攻撃する!巻き添え喰らって二階級特進したくないだろ!!」

 明石は牽制しながら幸太郎を背負って離脱を始める。

 SITもまた杉下を回収して離脱する。

 要請から少しして、AH‐64DとAH‐1Sがハイドラ70ロケット弾で建屋を攻撃する。

 情け容赦ない攻撃は、まさしく、跡形もないと言うに等しい結果を生み出した。


     *************


 「こちら一組。作戦は成功。どうぞ」

 秋津は無線機で確認を取る。

 『こちら二組。非常事態発生。負傷者2。警察の部隊ともかちあった。『ピーチ姫』の救出は成功。犯人グループ首領は県警が確保』

 「どういうことだ!?」

 予想外の答えが飛んでくる。

 『わかりません。情報漏洩は考えにくいです』

 「わかった。通信終わり」

 「何があったんですか?」

 秋津が無線を切ると、神山が問う。

 「負傷者が二人出た。『ピーチ姫』は救出成功。ただ、首領は現場に展開した警察にとられた」

 「警察!?」

 松尾が驚きの声を上げる。

 「想定外だ。まったくの」

 珍しく秋津はあわてていた。

 「課長に報告。警察庁(サッチョウ)経由で圧力をかけさせる」

 「了解」

 同乗している情報班に指示をする。

 「詳細が判明次第対策会議だ。徹夜になる」


     *************


 単調な心電図の電子音だけが響く。

 幸太郎はベッドの上で動かない。

 「幸太郎!」

 幸太郎の家族が見舞いに来ていた。

 表向きは早朝に暴漢に襲われたということになっている。

 「なんで……なんで……!」

 「犯人は必ず捕まえます」

 「よろしく、お願いします……」

 刑事の真下が母親の肩を持って支える。

 「命に別状はありません。じきに治るとも言っています」

 「その、犯人の目星は」

 「今のところはまだ」

 父親の問いに日高が答える。

 「それにしても……物々しいというか」

 「しょうがないです。テロ事件でピリピリしているんです。この病棟にも、犯人を見たという人が入院しているらしいので」

 真下の言葉に親は納得するしかなかった。


     *************


 「被疑者側の生存者、一人、か」

 本部の臨時幹部会議に呼ばれた内海と大島は生活安全部長の貝塚に睨まれる。

 「あの特殊部隊はなんなんですか!?SITや銃対よりも強力な武器なんか持って!」

 内海は抗議する。

 「君には、知る由もない」

 刑事部長の半田が冷たく言い放つ。

 「なぜです!?」

 「まあまあ、落ち着け。同じ部署に残していられるだけでも、君は幸運なんだよ。本来なら、一生独房で禁固刑だ」

 貝塚がそういっていさめる。

 「だけど!彼らは殺人の被疑者です!紀伊幸太郎だけでも聴取すべきじゃ」

 「先ず、言いたいことがある。今回豊田市の不良共のアジトに関しては、不法所持していた武器弾薬が漏電とガス漏れで発火し爆発したと結論した。あそこには自衛隊も、謎の武装勢力もいなかった。これは事実であり、それ以外のあらゆる結論は存在しない。いいな」

 警備部長の井上が有無を言わせぬと睨みながら言う。

 「あと、少年の意識は回復していない以上、聴取はまず不可能だ。被疑者側の少年も、薬物で記憶の確実性が保障されない以上、証言の信用性はない」

 「そんなぁ……」

 「それに、あの少年に関しては、公安課と、公調特捜部がべったりだ。彼の病室を知っているかね」

 半田が怒りを隠して言う。

 「……いえ」

 「教えてあげよう。彼の周囲には警視庁の警護第4係のSPが常に張り付いているうえに、フロア中に公安の刑事、病院屋上には大阪府警SATの狙撃手が警戒に当たっている。逮捕した不良の周辺にも、フル装備の機動隊だ」

 「それって」

 「皇族の入院した病院だって、ここまでの警備はあり得ない」

 これが何を意味しているか分かるね?と井上が催促する。

 「そんな……」

 「君たちは幸運だ。本来使用できないはずの特殊部隊向け拳銃を持ち出し、半ば独断で特殊犯捜査係と銃器対策部隊を突入させ、この国の深淵を見てしまった以上、懲戒免職の上、銃器の不正使用などで責め苦を追わなくてはならない。が」

 「が……?」

 「今回は不問に処す。公調の連中に、感謝するんだな。本来なら、あの場で諸君らはSIT、銃対ともども、射殺されてなければならないらしいのだからな」

 本部長の言葉に深々と礼をするしかなかった。背筋が寒くなった。


 「係長……」

 「今回はすまなかった」

 県警本部の廊下。大島は部下である内海に詫びた。

 「係長が謝ることじゃ……!」

 内海はあわてる。

 「責任者には責任があるんだよ。この事は忘れよう」

 廊下で立ち止まると、窓から街を見る。

 「まだ、この事件は続くよ」

 「……?」

 「公安刑事の勘だよ」

 街の中を行く車の列を見ながら小さく呟いた。


     *************


 「どうだ」

 「ダメです。当面は意識は戻らないとのことで」

 真下の言葉に釘宮は首を横に振る。

 「我々がどうにかして逮捕した被疑者だ。事件の全容を知るにはどうにか起きてもらわないと困る」

 「多量の薬物投与に、殴打痕。胸の傷を中心とした擦り傷切り傷に、破傷風の危険すらあったとか。医者によると、脈と脳波があるだけマシだそうで」

 真下のオーダーに釘宮は頭を掻く。

 「満身創痍か」

 「あそこまで来ると、正気じゃないですよ。致命的な薬物を投与してまで倒したかった奴がいたなんて」

 釘宮は顔をしかめる。

 「それに関しては『これ』だろ」

 真下は人差し指一本を立てて口元へ持ていく。

 「そうでしたね」

 釘宮ははっとして詫びる。

 「で、紀伊幸太郎は?」

 「例にもれず、公安が張り付いてます。意識も戻っていないようです」

 「本当に何者なんだ。4月の事件があったからって」

 真下は不信感を募らせていた。彼が関わった事件で、尊敬していた蓮池先輩はどこかへと飛ばされてしまった。

 「かなりの警戒ですよね。でもなぁ」

 「まあ、しょうがない。宮仕えってそういうもんだ。理不尽なことに逆らっちゃいけない」

 自分に言い聞かせるように真下は言った。


     *************


 「押収した薬物とそのリストか」

 「レインボーXってこんな種類あるのか」

 真田の持っている資料をつまみ上げると、蓮池は読み始める。

 「なになに……?ホワイトノイズ。ブラックスピア。レッドブラッヅ。ブルーブラッヅ。イエローホーネット。グリーンサイ。パープルヘイズ。ピンクシェード……色ごとに名前か」

 「どうなるんだろうな。これを打つと」

 アンプル一つをつまみ上げると真田はしげしげと見つめる。

 「見る限り、覚醒剤なんて目じゃないセックスドラッグだ」

 成分分析表を見ながら蓮池は制止する。

 「おっかねぇ」

 真田は放り投げる。

 「各色で混ぜ物が違うらしい。ブラックスピアは攻撃性増加か」

 「他には」

 「ホワイトノイズは、多幸感と浮遊感、脱力。東條院の令嬢が打たれたのはこれだったようだ。一発打たれたらどれだけ嫌で嫌で仕方なくても、なすがまま抵抗もできず、ドラッグセックスの強烈な快楽の海の底に落ちる」

 「薬物リストでそんなことがわかるのか」

 真田の顔が歪む。

 「そういうもんだ。モルヒネで眠くなって覚醒剤で眼が冴えるって話で、麻薬は神経系の内分泌を無理やり制御するんだ。それで、本来分泌しない量の神経伝達物質を出させる」

 「なるほど」

 「当たり前だが、そんなことすれば肉体はそういう異常が起こらないようにしようとする。だから耐性が付く。で、いつの間にか致命的な量を打つようになる。麻薬の依存はそうやって引き起こされる」

 「詳しいんだな。薬物対策でもやってたのか?」

 「いや。友人に医大で薬学の教鞭を取っている奴がいてな。薬物に関するイロハを教わったんだ」

 「それでか。……で、どうなるんだ?犯人の罪状」

 真田が話題を変える。

 「集団準強姦致傷、凶器準備集合、道交法違反、薬事法違反、銃刀法違反で送検だそうだ」

 「強姦って親告罪じゃなかったか?」

 「いや。集団強姦と集団準強姦、強姦致傷は非親告罪だ。やったことが確実なら、親告せずとも強制的に立件される」

 「うら若き令嬢も、世間の晒し者か……」

 どっかりと椅子に座ると、真田は天井を見上げる。

 「これで、実行犯は死刑じゃないんだ。歪んでるとしか言えない」

 「で、どうするんだ」

 納得がいかないといった表情の蓮池を真田は見詰める。

 「検察に内乱の予備・陰謀の可能性を示唆してみたが、ダメだった。だから、組織的な殺人として、中央道の銃乱射による死亡事故を殺人として立件するよう申し合わせてみた」

 「できそうか?」

 「すぐにもメンバー全員を殺人で再逮捕するんだそうだ。組織は全員並列の民主的な組織だったからな。議決し、行動に移した以上、それを止める手立てを尽くさなかったメンバー全員を共同正犯にするという論理で乗り切るらしい。実行犯と同乗者、提案者に主導者は死刑求刑を視野に入れるんだそうだ」

 「一つの事件での最多死刑囚になるな」

 真田の椅子がぎしっと軋む。

 「依頼された人権派弁護士のリアクションを見て見たいもんだ」

 蓮池はそう言ってテレビをつける。画面内には、国内でも人権訴訟や死刑廃止訴訟、反自衛隊訴訟で名の知れた弁護士たちがずらっと並んでいた。列の中には社人党の元参議院議員もいる。

 そう。彼らには早々、人権派弁護士がバックに付いたのだ。費用は要らないというが物理的な証拠のそろいきったなかで、彼らは死刑回避が出来て余程の凄腕。無罪にできたら贈賄か世界で最も腕と弁の立つ弁護士かといったところだろう。

 「すげぇ顔するんだろうな」

 「世論は完全アウェーだからな。弁護できる弁護士がいるか怪しいな」

 資料をぱらぱらと一通り目を通してから閉じる。新聞には今回の事件の顛末が記されていた。現地警察の結論として、二人や十三課の集めた情報まで上司に無理を言って公開した結果、世論は死刑やむなしに大きく傾いたのだ。

 だが、まだ今宮電子に関する情報はいかに些細な物でも完全に伏せていた。今宮電子内部に潜入した情報班員からの報告が来るまで動けないのは明らかなのだ。

 「そういえば、生まれた赤ちゃんはどうなるんだ?」

 蓮池はふと気になった。

 「死んじまったんだから育てようにも、育てられないだろうよ。凌辱の果ての子供が、しかも麻薬性の脳症で生まれてすぐ脳死。名前をつけろ。出生届を出せ。親を記せ。これもまた、暴力的だと思わないか」

 「セカンドレイプってやつか?」

 「さあな」

 そう言って真田は背を丸めて俯く。

 「俺は、レイプ魔が憎い。女は口説くものだ。脅して弄ぶものじゃない。たった一度で、本人も、周囲も破壊する。死なない分、殺人よりむごたらしい」

 「この裁判で、すべてが変わることを祈ろうじゃないか」

 蓮池は真田に声をかけて画面を見つめた。

 液晶テレビの中で人権派弁護士が熱っぽく語る。

 『みなさん。いいですか。彼らは自供したのではありません。警察に強要されたのです!国家によって彼らはテロリストに仕立てられたのです!!銃を撃ったのは警察であって、彼らはその不始末のために濡れ衣を着せられた!』

 二人は知っている。彼らが先に銃撃したことを。

 嘘で固められた言葉に蓮池は寒気を覚え身震いした。

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