THE killer, the Baroque Mirror/phase-1
狙撃で指揮役がいなくなった敵は総崩れになった。
SATが先回りしていたことは彼らにとって、まったくの想定外だったらしい。
装甲車から全員降りてから気が付いた彼らは、銃撃で一網打尽にされそうになって闇夜へと逃げようとするが、それが間違いであったことに死して気付く。闇夜にまぎれた強襲班が暗視装置を使って反対側で待ち構えていた。
容赦ない銃撃で敵は一人、また一人反撃できずに倒れていく。
「前衛1から、狙撃1へ。敵はどうだ?」
『狙撃1から、前衛1へ。敵は見られない。再確認願う』
「前衛1了解」
ゆっくり闇の中を見渡す。
不意に人影が飛び出す。至近距離。手にはナイフ。美里が即座にフルクラムを逆手に抜き応戦する。顔めがけてのひと突きを躱す。続くふた突きを回避し、首狙いの斬撃の一閃を上体を逸らして避ける。さらなる突きをいなすと、その腕を左手でつかみ肘をフルクラムで掻っ切る。
「ゲァアアアアアアアアアアア!!」
ナイフが滑り落ち、悲鳴が響く。
美里は即座に敵の頸動脈を切断する。
血を吹き出しながら事切れた敵は崩れ落ちる。
「再度確認する。警戒を厳に」
銃口をもう一度上げると秋津はやぶの中を見つめた。
*************
プラスチック爆弾の炸裂音に驚いたのか、敵が飛び出してきた。
屋外照明が一挙に点灯する。
『攻撃!』
一斉に銃口を向け銃撃を始める。
『紀伊!撃て!』
すぐさま幸太郎はミニミの引き金を引く。
曳光弾の光が一直線に伸びていく。
敵の一部が振り向いたのがわかる。
「気づかれた!?」
『後退しろ!武器も持ってこい!』
湯浅の指示で急いでミニミを持って離脱する。
「やっぱり性に合わない」
並ぶ武器を一通り見て片っ端から手に取る。予備の弾薬も準備すると一路敵地へと向かう。
「俺は!」
脳裏に少女と十字架のイメージが浮かび、爆ぜる。
「すべてをぶっ壊す!」
一瞬で体感重量が軽くなった。
敵の猛攻は予想できたが、だとしても異様なまでに火力を有していた。
突入したこちら側が防戦になるとは思っていなかった。狙撃すら意味をなさない。
「なんだよ!こいつらやけに強いぞ!」
明石はミニミを撃ちながら狼狽える。
ズオンッズオンッ
稲妻のような音が響く。銃声と気が付いたのは敵が爆ぜたのを見たからだった。
「だれだ?」
周囲を見渡すとそこにはM82A1CQを片手で構えた幸太郎がいた。
「何やってんだ!?」
幸太郎が走ってくるのを見て明石は叫ぶ。
「殺せ殺せ!!」
クリンコフを腰だめにした奴が向かってくる。だが幸太郎は左手のMGLを拳銃のように構えて引き金を引く。
スパークリングワインのコルク栓が抜けたような音がしたかと思うと、クリンコフの奴は一瞬呻き、意識を失って倒れ、腹からもうもうと煙を吹き出した。低致死性弾の水平射をまともに腹に喰らい、内臓を破裂させ絶命したのだ。
「うわあああああああああああああ!!」
また違う方向からやけっぱちで拳銃だけを持って突進してくる少年にM82A1の銃口を向ける。表情がみるみる変わろうとする、その顔のど真中を捉えた銃口から.50口径の弾丸が放たれる。ほんの一瞬のことに驚きすら表すことが出来ぬまま、少年の頭蓋はあっけなく四散した。
この間たった1.5秒。
右手からAKMを構えた小柄な奴が飛び出たかと思うと、撃たれる前に、その心臓に12.7ミリ弾を叩き込み、左胸を肉骨粉にする。
左手にいるM16を持った奴が構えると、MGLを躊躇なく顔面に撃ちこむ。弾種は催涙弾。あっけなく鼻の骨を粉砕し眼球と鼓膜を破裂させるとさらに左手のMP5を持った敵の脚に12.7ミリ弾を撃ちこむ。
遂に160度回頭した幸太郎は目前のナイフを持った敵の鳩尾をバレットで撃ち抜く。撃ち抜いた弾丸はそのままもう一人の心臓に突き刺さる。
左斜め13.4度にいる敵の顔面にスモーク弾を叩き込み眼球と鼓膜を破裂させ、右斜め51.5度の敵の右肩の付け根を狙い撃って腕を片肺もろとも吹き飛ばす。
視界の端に光が瞬いたのを見てM82A1を向け徹甲弾を叩き込むとスコープ付きSKSカービンを構えた奴の顔が肉片へ変わる。
FALを構え、突進してくる奴の心臓直上に40ミリ催涙弾を叩き込み心臓を止める。
敵の群がるところへ煙幕を二発叩き込むとM82A1を三点速射する。
煙幕の向こうの敵を射殺すると、幸太郎はすぐにコンテナの物陰へと隠れた。
*************
幸か不幸か、敵は紀伊に向かった。
「救世主だな」
「そうも言ってらんねえぞ。こっちは誰一人死んじゃいけねぇんだ」
「だが、どうしようもないな。こいつらアリか?」
明石の言葉に井口は返しながらM4を撃つ。
「ランダムなんだからアリより厄介だ」
御手洗は毒づく。
ふと、闇の中に幽霊のようなものが見えた。
闇の中でプラチナブロンドが怪しく光っている。
「見つけた!!」
そう叫ぶとプラチナブロンドは瞬時に近づく。
周囲の敵も一気に集まってくる。
「撃て!」
湯浅の号令とともに撃ち始める。
プラチナブロンドは銃撃を掻い潜り、M4A1を構えた河合へと一直線に向かう。
「河合!」
井口は叫ぶ。
河合はM4A1を背中に回すと90‐TWOを構え速射する。
「ははははは!楽しい!!」
マチェットを振るって弾丸を叩き落とすと、プラチナブロンドは目を見開き満面の笑みで突進する。
「なによこいつ!ガンギマリじゃない!」
河合はうろたえる。大きく振るうマチェットをひと振り、またひと振りと間一髪で避ける。
「この!!」
マリアがAUGを手放すとプラチナブロンドの背をコンバットマスターで抜き撃つ。だが、防弾服が弾丸をはばむ。
「なぁ〜にぃ〜!?」
振り返る勢いで振るわれたマチェットをジャングルキングで受け止める。
「なによこいつ!」
ジャングルキングを持つ左手めがけて二振りめが襲いかかるが、すぐに間合いを取ってコンバットマスターを撃つ。致命傷にはならないが牽制にはなる。
「ワタシは、荒神ヘレナ♪」
さらに河合がマガジンを交換した90‐TWOで背を撃つ。
だが、敵は数で勝る。河合は背後から襲おうとした敵に対応せざるを得なくなる。
「コイツら!」
撃ちながら河合は毒づく。
「あははハハハハ♪ゾクゾクするわぁ♪タマンナイ!!」
出鱈目に振るう割に致命傷狙いだ。
「なら、これで!」
包囲を突破したエミリーはAUGを構えると連射する。
プラチナブロンドは銃口に気付く。すぐに飛び退き間合いを取るとスチェッキンを引き抜き連射する。
エミリーはすぐに逃げ、銃撃する。プラチナブロンドの左肩を銃弾が抜ける。
「ぐぅッ!」
左腕を押さえてプラチナブロンドは逃げ帰る。
「逃げたか」
湯浅はM&Pのマガジンを確認する。
「こっちは粗方片づけた」
井口はMP5のマガジンを換えて言う。
「やけに物量戦だな」
明石は周囲を見回す。
「不気味なくらいだ」
御手洗は89式のマガジンを交換すると残弾を確認した。
*************
MGLのチャンバーを開くと薬莢を引き抜き、換えの弾を入れていく。
MGLの弾を交換しチャンバーを回した後、M82A1のマガジンを交換すると、ボルトハンドルを力いっぱい引く。
「野郎のレンコンは煙幕とツンと来るやつだけだ!あのデカいテッポウだけ気をつけろ」
コンテナの向こうからは楽観的な目論見が聞こえる。
MGLを真上に向けると間をおいて二度引き金を引く。
「大丈夫だ!煙幕だよ!!」
怖気づいた仲間を鼓舞する。
「行け!」
挟み撃ちしようと回り込んできた敵は、そこに誰もいないことに気が付いた。
「!?どこだ!?」
こんな中40ミリ弾が地面に激突する。それは彼らの予想に反していた。突然の紅蓮の業火が彼らを飲み込み、焼き払った。
「熱い!!熱いいいいいいいいいいい!!」
焼夷弾の粘性燃料がまとわりつき、まず逃げることはできないのに、どうにか逃れようともがく。
「水だ!水!」
慌てふためく待機組の頭上に、弾が降ってくる。
弾着すると、今度は強烈な爆風が破片とともに襲いかかる。周囲の敵を血濡れにする。
「アアアアアアアアアアアアアアアアァッ」
激痛による絶叫が木霊する。
コンテナの扉から出てくると、幸太郎は残った敵を見定めて銃撃する。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「くたばれえええええええ!!」
絶叫とともに敵が幸太郎に群がる。群がる敵に徹甲弾を狙い撃つ。
弾が切れたバレットのマガジンをすぐに変えると射撃を再開する。
榴弾と焼夷弾を撃ち、火葬する。
「グオオオオオオオオオオオオ!!」
銃剣付G3を持った大男が弾を乱射しながら突進してくる。威嚇か錯乱か、その顔は異様なまでに歪んでいる。周囲のほかの敵を一通り無力化した幸太郎は一気に大男にバレットの銃口を向け突きつける。
「ゴフッ!?」
一直線に突進する大男は突如向いた銃身に鳩尾を打ちつける。男はまだ乱射するがあさっての方向にばかり弾は行く。幸太郎は銃を一瞬後ろに引くと12.7ミリ弾を至近距離でぶち込む。大男は臓物と脊椎を背後からまき散らし吹き飛びながら絶命する。飛び散った返り血を浴びるが幸太郎は動じない。
「これでええええええええええええええええ!!」
ディーゼルエンジンの唸りが聞こえる。猛進してくるのはホイールローダーだ。バゲットをこちらに向けて跳ね飛ばそうと突進してくる。
幸太郎はそれに慌てずバレットを向ける。残弾は3発。
一発。バゲットを支える油圧シリンダーをぶち抜く。
二発。コクピットキャビンを貫く。
三発。エンジンブロックまで弾丸は到達する。
すぐに左手のMGLから榴弾を撃ちこみ吹き飛ばす。
とどめにもう一発焼夷弾を撃ちこむ。火柱が上がる。
この一発で12.7ミリ弾と40ミリ弾は弾切れだ。すぐにミニミに持ち替え撃ちまくる。引き金を引き続け、群がる敵を横なぎにしていく。一旦銃撃をやめ、工場の建屋へと向かう。敵を発見すると透かさず引き金を引く。
幸太郎は、すでに殺戮マシンになっていた。
*************
敵の数はそこそこ。銃撃は激しく、意外と遮蔽物も多い。これが敵根拠地の状況だった。
物量が違う。敵は手当たり次第撃ちまくってくる。守り側の戦力が洒落にならない。桂木の狙撃も気休め程度でしかない。
「突破は?」
明石が湯浅に問いかける。
「紀伊が成功させたらしい」
「おっかねぇ坊主だ」
ミニミの弾幕で敵を抑える。
不意に一人飛び出してくる。ミニミの弾幕でハチの巣にするがその後ろからまた一人飛び出てくる。鉈を振り回す男は明石に肉薄する。同時にミニミの弾が切れる。ミニミでは対応できない。即座に明石はミニミのグリップを手放し、ブラックホークのカイデックス製のレッグホルスターからグロックを引き抜く。腰だめにして引き金を無茶苦茶に引きまくりながら構えていく。
男は弾丸をバイタルゾーンにありったけ喰らって事切れる。
「奴一人じゃ厳しいはずだ。突破するぞ」
井口は提案する。
「そう言うがどうやって?」
御手洗は井口に問う。
「それなら。これだ」
グロックのマガジンを交換し、ミニミのベルトリンクをセットした明石はそういうとフラッシュバンを手に取る。
「よし、1、2の3でこれを使う。目と耳を塞げ!」
明石は安全ピンを二つ抜くと大きく振りかぶる。
「1、2の、3!」
フラッシュバンは明石の手を離れ、放物線を描く。
一瞬の閃光とけたたましい破裂音が目と耳を潰す。
その隙を突き、部隊は一気に侵入した。
*************
「トシキ!」
荒神ヘレナは息を荒げて叫んでみる。
どうにか脱出してみたが、このままでは時間の問題だ。左腕の銃創をその場にあった包帯で取り繕う。
「どうした?」
「トシキ、逃げて」
ヘレナはほっとする。敵は目前まで迫り、自分も深手を負った。
「逃げる?なんでだよ」
「だって、もう奴らは!」
「落ち着けって。俺たちが負けるわけネェだろ。最終兵器もあるのに」
「けど!」
「落ち着け」
そういって杉下はアンプルをヘレナに投与する。びくんっと跳ねてヘレナは脱力する。
アンプルの中身はホワイトノイズ。多幸感と脱力をもたらす、アッパー系メインであるレインボーXの中でも特殊なものだった。
「としきぃ……♪」
目じりを下げ、うっとりとした表情になるヘレナ。
彼女はへたり込みふわふわと目を宙に漂わせる。
「あはっ♪しゅごいぃぃぃ♪ああっ♪しゅごいのっ♪あっ♪はぁっ♪としきぃ♪」
身体は痙攣し、口はだらしなく半開きになる。強烈な性感に近い快楽に腰を抜かし失禁してしまったらしい。水音も聞こえる。
「どうした?」
「あっ♪お漏らしぃ♪しちゃったぁ♪あはははははっ♪」
もはや羞恥の概念すら快楽で吹っ飛んでしまったヘレナを一瞥すると、杉下は箱からウィルディマグナムを取りだしてマガジンに弾を込めグリップに挿し込んだ。
スライドを目いっぱい引くとゆっくり戻す。
「来たか。思ってたより早すぎるけど」
杉下はとびっきりをポケットに入れて時を待った。
*************
建屋の入り口に到着するころにはベルトリンクも弾切れになっていた。
ミニミを下すとM4A1を構える。扉を開け、建屋に入ると、そこには石膏ボードと防音建材で仕切られた部屋があった。構造は建築の常から外れたようなでたらめさ。変な臭いの香が焚かれ、そこいらじゅうにクリスマス飾り用のLEDが装飾されている。壁にはアイドルのポスターに大麻草の葉を模ったシール。足元には男女の営みの痕跡も若干見受けられる。壁越しにデスメタルの騒音に雑じって男と女の逢瀬と思わしき声も聞こえる。
内部をゆっくりと進む。鉢合わせした敵を問答無用で二点連射のヘッドショットで処理し、さらに進む。奥へ奥へと進むと、不意に開けた場所に出た。くたびれたソファに、シミだらけの絨毯。粗末なブラウン管式のテレビにはゲーム機が繋いである。そして、奴もいた。
「杉下……!」
「ん……?来たんだ」
首と目線だけ動かしてこちらを見て、存在を認めたらしい。
「望み通り。貴様を骨壺に収めるためにな」
「何言ってんだよ。ダサッ」
すぐに引き金を引く。残弾5発の弾丸が殺到する。
狙うは眉間。射線上に小脳がある。だが、奴はソファの陰に隠れていたプラチナブロンドをグイと持ち上げて盾にした。プラチナブロンドの腹に穴が開く。
「え……!? 」
プラチナブロンドは急な事態に思考が追いついていなかった。
「……とし……き……?」
「じゃね」
叫ぼうとしたプラチナブロンドをどさりと乱暴に降ろすとそういって杉下は微笑む。
「……いゃ……!」
プラチナブロンドは杉下の手元にあるものを見て何か叫ぼうとした。だが。
ガオンッ、ガオンッ、ガオンッ
杉下は右手のウィルディマグナムで頭を吹き飛ばす。
「仲間……だろ、その女」
驚愕に目を見開いた幸太郎を一瞥して、ああ、と納得したような表情になった杉下は笑いながら話し始める。
「正直言って、あの女、勝手に股開いてきたからいままでヤッてたんだけど、最近ユルユルのガバガバでさ、あんま気持ち良くなくってよ。ずっとへばりついてきて、邪魔で、面倒だから、いつ殺そうか考えてたんだよね」
ありがと、と続けた杉下に、幸太郎は何も言えなかった。
憎しみも怒りも、呆れすら飛び越え、幸太郎の心の中には杉下を『消す』という使命感のみが残っていた。
「オンナなんていくらでも代わりがいるだろ。一人死んでナニ驚いてんだよ、童貞」
この言葉で、幸太郎の頭の中の最期の理性が外れた。
〈汝の意思、受け取った〉
オーバー・ロードですら外れない最後のタガが。
構えたM4A1をだらりと下げる。
〈全ての憎悪を力に〉
理性もくそもない。そこに存在するのは闘争本能のみ。頭の中に響く言葉がすべての意思決定を支配する。
「……ハハッ。ハハハハハッ!そうだよな。だから貴様は容易く人を殺せるんだよなぁ」
〈深い愛情を暴力に〉
歓喜の笑いとは全く違う笑いが漏れる。
「そうさ……。貴様の代えはこの世に何億もいる」
〈あらゆる情けを凶器に〉
全てを悟った笑い。
「だから……」
〈そして〉
一歩、歩みを進める。
「その言葉のとおり……」
〈己の肉体を弾丸に〉
さらに一歩進む。
「貴様も……」
〈汝、我が名の下に〉
もう一歩さらに進む。
「死ねぇええええええええ!!!!」
〈すべてを破滅せよ〉
叫ぶと瞬間的に右脚に力を込め、杉下に飛びかかる。
初撃の右拳を躱されたが、着地すると、すぐさま中腰の体制でM4A1を持ちマガジンを交換するとフルオートで撃ちまくる。マガジンが空になると、すぐにマガジンを換え、ボルトリリースを押し、再度杉下を追って撃つ。杉下はAKS74を持ち出し幸太郎に連射する。幸太郎は背と両脚の筋肉で飛び退き射線を避ける。
セレクターを単射にすると精密な射撃を浴びせるが、杉下は射線を見切って回避していく。
「逃げるなっ!!杉下!!」
「うるせえええええっ!!」
響く銃声。乱れ飛ぶ軽量高速弾。穴が開く建材。飛び散るクッションの綿。
硝煙が立ち込める屋内は目が染みる。
杉下はいずこかへと消えていた。
M4A1のマガジンをすぐに交換すると、杉下の消えた方へと駆けて行った。
*************
桂木からすれば異様な光景といえた。敵を一騎当千で撃破した幸太郎少年は、そのまま建屋へと消えた。暫くしてから建屋から銃声が聞こえ始めた。敵はその事実に気が付いたのか撤退しつつある。
「狙撃2から前衛3へ。敵は前線を縮小し後退中。このまま畳み掛ける?」
『前衛3から狙撃2へ。支援を頼む。紀伊をやられるわけにいかない。先手を打って『ピーチ姫』を救出する』
「了解」
逃げて屋内に入ろうとしている奴を狙撃して障害物にする。若干の時間稼ぎにしかならないが、無いよりましだ。
前衛の面々は制圧射撃をしながら建屋に入ってゆく。どうも敵もこちらのことに気が付いているようだ。ポイント移動をしなければならない。和田はHK69を持って煙幕弾を投げ込むと、今までいた場所を後にした。
建物の中は何とも言えない異常な空気があった。やけに鼻につく甘い香り。妙に薄暗い間接照明。遠くからダンスミュージックに雑じって女の嬌声と男の息使いが聞こえる。
「なんなんだここ」
「不良の巣窟って奴ね」
御手洗が顔をしかめると河合は当たり前だというように答える。
「わかってるが、だとしても酷い。……本当に」
嬌声がさらに激しくなって、そして一際高くなって聞こえなくなった。
「……聞かなきゃよかった。生々しすぎて気持ち悪い」
御手洗がげんなりした表情になる。
「いくらなんでも気まずいな。でもなんで殺し合いしてる中で……」
明石は声を潜めて溜息を吐く。
ぱたんっ、ぱたんっと天井から聞こえ始める。雨が降り出したのだ。
「死にかけると昂るんだそうだ。週刊誌で読んだ。で、『ピーチ姫』は何処だ?」
井口が周囲を見渡しながらサイクロプスを下す。
「さあな。別れるぞ。俺たち3班には姉妹。4班には河合だ。わかったな」
「はい」
M4A1のマガジンを引っ張り出すと河合は交換して構える。
「嬢ちゃん。この場はピストルの方がいいぞ」
「それは先に言って」
湯浅がそう忠告すると、河合は拳銃に持ち替える。
井口はナイトビジョンを跳ねあげる。
「今後暗視は使用せずライトを使う。敵は武器を持っているとして臨め。情けは無用だ。ただし、細心の注意を払うこと。ゴー!」
号令とともに二手に分かれた。
くぐもった銃撃の音が聞こえる。内部で銃撃戦が行われている証拠だ。
「幸太郎?」
「かもな」
マリアの問いに答えた井口はベレッタの銃口を左右に向け安全を確認する。
ついに扉を見つけた。
「蹴破るぞ。マリア。突入したら左をクリアしろ」
「了解」
「エミリーは背後を頼む」
「……わかった」
「よし。3・2・1!」
井口は思い切り立てつけの悪い扉を蹴飛ばしフラッシュバンを投げ入れてから中に入る。すぐに右側に銃口を向け確認すると、次に入ったマリアはコンバットマスターを左に向ける。明石はグロックで正面を確認してじっくりと確認する。エミリーは後退りしつつ部屋に入る。
「硝煙ね」
煙が部屋中に充満している。
「酷いな。穴ぼこだ」
壁を見つめて井口は呟く。
「おい。来い」
明石が井口を手招きする。
「見ろよ」
シュアファイアのLEDモデルが照らすソファの陰には腹にしこたま銃創をこさえ、頭蓋を破裂させた少女の亡骸があった。髪の毛は、見る限り、長い、プラチナブロンド。
「こりゃひでえや」
明石はしゃがみ、亡骸を観察する。
「荒神。だったか?」
「ああ。……読経するか」
明石は手を合わせて言う。
「やめとけ。そんな暇はない」
井口の言葉の後で硬く目を瞑り黙祷すると、明石は立ち上がり血で染まった足跡を探る。
「ここにいた奴は向こうに行ったか」
「らしい」
井口の言葉に明石は同意する。
「意外と、この建物は広いからな」
部屋の隅々まで見ると明石は言う。
「足跡を追うぞ」
井口の指示で、ゆっくりと足跡を追った。
「ホント不気味ね」
河合は周囲を見回す。薄暗い空間は妙な臭いを充満させていた。
「しかも不衛生ときたもんだ。穴倉って言ったところかな」
湯浅が足元をマグライトで照らすとネズミが散らばる。
「どこに『ピーチ姫』連れ込んだんだ」
「さあな。だが、どこかにいるはずだ。無暗に殺せないだろうしな」
御手洗の問いに答えながら湯浅はゆっくりと進む。
分岐点でマグライトと銃口を向けて確認する。ずらりと扉が並んでいる。
「なんでこうも凝ってるんだか」
御手洗は呆れた顔になる。
「一個一個開けていくか?」
「気が滅入るぞ」
「それ以外策がない」
湯浅の策に御手洗は抗議するが、湯浅は押し切って扉を開ける。扉の向こうには闇が広がるだけだった。中を照らすが、特筆するものはない。せいぜい、セガサターンが一台、ブラウン管テレビにつないであるだけだった。
ゆっくり一部屋一部屋開けていくが、まるで人影がない。
「空き部屋ばかりだな」
湯浅は溜息交じりに言う。
くぐもった破裂音が響く。
「これって」
「銃声だな。拳銃弾だ。間隔からして、サブマシンガン」
気が付いた河合に湯浅が言う。
「それって」
「紀伊かもしれない」
湯浅の言葉に河合は。
「いああああああああああああ!!」
その不意の奇声に誰もが振り向いた。
一人が叫びながら銃を構えている。
「撃つな!奴をナビゲーターにする」
少年は銃を撃ちまくる。すぐに物陰に隠れると、銃声が止むのを待つ。
銃声が収まると御手洗がすぐに突入し、羽交い絞めにし口を押えて確保する。
「さあて、水先案内人だ。わかったら首を縦に振れ」
御手洗の言葉に少年は首を激しく縦に振る。
「今日拉致ってきた銀髪の女の子がいたな」
首を縦に振る。
「どこにいるかわかるか?」
首を縦に振る。
「よし。案内しろ」
口を押え、腕を締め上げた状態でゆっくり歩かせる。
そんな中、湯浅のヘッドセットに通信が入る。
「ん?」
湯浅が顔をしかめる。
「どうした?」
「撃滅命令が取り下げられた」
「どういうことだ?」
「……県警だ」
「県警?」
「ああ。県警のSITと銃対が展開中だそうだ」
「なんだって!?」
「なによ。シットとジュウタイって?」
「SITは捜査一課の特殊部隊。銃対は機動隊の特殊部隊だ。どっちもSATの次に強い」
「『ピーチ姫』奪還後、速やかに撤収。残った奴らは県警に献上しろ、か」
「ばれるぞ、このままじゃ」
「だからバレる前に撤収だ」
ビクビクと震えながら少年は歩みを進める。
「とにかく、県警には仕事してもらおう。よかったな坊主。生きられるかもしれないぞ」
死の恐怖で引きつりきった少年の表情は若干ゆるんだが、それでも恐怖が張り付いている。
ついに扉の前で止まる。
「ここか?」
御手洗の言葉に少年は首を大きく縦に振る。
「よし。開けるぞ」
湯浅が扉のノブに手をかけて少しずつ捻ると、ゆっくりと少し開ける。
刹那、銃撃が湯浅に殺到する。
「ぐあっ!!」
「湯浅!」
御手洗が手を離すと、少年はすり抜け脱走する。
だが脱走した少年にも銃撃が殺到する。
「なに!?」
河合が驚きの声を上げる。
「離脱!!」
御手洗が湯浅を引きずって逃げる。
「湯浅!大丈夫か!?」
「プレートで弾は止まってる。大丈夫だ。ぐぅっ!」
湯浅は顔をゆがませている。
「ホントかよ?」
「あれだ。かなり喰らったからな……!傷はないが、痣だらけだろう。チッ。ヤロウ!カンが冴えてやがる!」
銃創を作っていないとしても、拳銃弾をかなり喰らえば相当痛いはずだ。
「中は?部屋の中はどうなっていた!?」
「わからない。これで確認するつもりだったからな」
ごそごそとポーチから食道用内視鏡のような細長いチューブを取り出す。
「ファイバースコープだ。これで確認できるはずだ」
「わかった」
ファイバースコープを隙間に挿しいれる。
液晶を確認する。
「どうだ?」
「これは」
御手洗は画面を凝視する。
「報告しろ」
「幸太郎と、敵が、銃を突きつけあってる。『ピーチ姫』は敵の盾にされている」
「マズイな」
「ああ。最悪だ」
「さっきの何だ?」
Vz61を放り投げウィルディマグナムを横に寝かせて構えた杉下が言う。
さっきから膠着状態は続いていた。
双方ともアサルトライフルの弾を使い果たし、サブマシンガンに移り変わり、撃ちあいの果てにこの部屋に至ったのだ。そして、そこには喜咲がいた。
「俺の仲間がきたらしい。貴様は終わりだ。杉下!」
MP5Jを構えた幸太郎が警告を言う。
「終われるかよ」
「さあ、松代を離せ。まだ、部隊はいるぞ……!」
「幸太郎くん!」
松代の悲痛な叫びが響く。
「ははははっ。ハッタリかよ」
「ハッタリじゃない。貴様の手元の銃を弾き飛ばすぐらい余裕な奴がワンサカいる」
「けどよぉ、助けに来ないぜ」
「貴様とは違って、仲間思いなのさ」
幸太郎の言葉を聞いて杉下は噴飯す。
「で、勝てるの?」
「勝てるさ。もう、すぐにでも」
あげつらうかのような杉下の言葉に幸太郎は静かに返す。
銃声。杉下の左腕を撃ち抜く。幸太郎の背後から井口がM92FS Vertecを発砲したのだ。
痛みで緩んだ左腕から喜咲はすり抜ける。
「貴様ああああああああああああああ!!」
ウィルディマグナムを幸太郎に撃つ。弾は命中しない。二発目の引き金を引く。
だが、二発目が撃てない。
「!?」
薬莢が排莢口に挟まっている。ストーブパイプ。杉下が碌に整備していなかったが故の事態だった。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
幸太郎は杉下にとびかかる。杉下はすぐにポケットからバタフライナイフを取りだす。
「死ねええええええええええええええ!!」
大きくナイフを振るう。
「死ぬのは……」
上体を大きくそらし左足で踏ん張って斬撃を躱す。
「貴様だあああああああああああああああ!!」
MP5を片手で持ち、杉下の腹めがけて撃ちまくる。頭だと避けられる。ならば、狙うは断面積の多い胴体だ。
まるで血しぶきがない。防弾服程度は想定していた。だが意外と頑丈なようだ。
「痛ぇんだよぉっっっ!!」
MP5の弾が切れると杉下は再度バタフライナイフを振るう。
即座にMP5を手放すと、幸太郎はSP2022を引き抜き、トリプルタップを決める。
三発はついに杉下の防弾着を突破し脇腹に突き刺さる。
「があああああああああああああああ!!」
杉下は脇腹を抱え、痛みにもがく。
「悪かったな。防弾服は、消耗品だ。一発二発当たっただけで使い物にならなくなる」
ゆっくり、杉下に近づく。
「貴様には、ここで死んでもらう」
幸太郎は十分狙いをつける。
「これで……」
シングルアクションの敏感なトリガーに右人差し指が触れる。
「最後だ!」
人差し指の圧がゆっくりと強くなり、9ミリ弾が放たれた。
ガキューンッ
弾丸は人体に当たった時の音とはまるで違う跳弾音を響かせる。
杉下は咄嗟に回避したのだ。
「ガオォォォォッ!!」
バタフライナイフを振るい、幸太郎に一気に近づく。
斬撃を一つ、また一つと躱すと、幸太郎は杉下に牽制の銃撃をしながら脱出する。
「野郎おおおおおおおおおおおおおお!!」
杉下は幸太郎を追った。
その場に、敵が雪崩れ込んできた。