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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第三章 シャッタード・マインド
41/64

攫われの少女/phase-2

喜咲を敵に拉致されてしまった十三課。

最悪の事態を阻止するため、行動を始める。

そして県警にもまた動きが。

 「係長。すごいの見ちゃいました」

 内海は興奮で少々上擦った声を電話で捲し立てる。

 『まったく。今日お休みなんだよ、俺。なんで電話かけてくるの?』

 ぶつくさ文句がスピーカーから聞こえる。

 「あの不良グループと公安の特殊部隊が戦争してましたよ!」

 さらに上擦った声で報告する。

 『そうか。さすがにそこまでは想像していなかったよ』

 「で、どうします?」

 一気に声を落とし相談を持ちかけてみる。

 さすがにここまで大事だと上司の判断は必須だった。

 『どうするもこうするもないよ。報告書書いといて』

 けだるそうな声が聞こえる。

 「わかりました」

 『この件では下手したら本部よりも俺たちの方が詳しいかもしれないんだ。誇ろうよ』

 「……係長?」

 気の抜けた声の裏には妙な気迫が隠れている。

 『どうした?』

 「公安時代に戻ってるんじゃ?」

 ちょっとした疑問を呈する。

 『さあね〜。さて、戦場を行く独立愚連隊の結成だよ』

 「どうするつもりです?」

 気楽にかなり強烈なことを言う係長に内海は問う。

 『今から出勤するから。拳銃持たせてやる。だから、不良グループのところに例の公安と一緒に行け』

 「ええ!?それってほぼ死刑宣告じゃないですか!」

 『大丈夫。俺も行くから』

 何が大丈夫なんだろうか。

 「でも!」

 『コネを使えば、どうにでもなる。まあ、昼寝でもしてまってて』

 電話越しの係長の言葉に、内海は身構えた。こういう時の係長は大抵、おっかないのだ。


     *************


 「で、うまくいった?」

 杉下はぼろぼろの三人掛けの皮のソファに座っていた。

 目前には松代の拉致に成功した藤井がいた。

 「うまくいきました。けどあの紀伊とかいう奴?あいつヤバいですよ。ナカマ山ほど連れてるんです」

 「へ〜」

 まったく関心が無いようにウィルディマグナムを磨く。

 「おかげで、ほとんど死んじゃいました」

 「ふ〜ん……で?」

 急に視線が藤井に向く。

 「え?」

 「ダチ、見殺しにしたんだろ。命かけろよ」

 バタフライナイフを一本投げる。

 「え……そんな……」

 藤井は目の前に落ちたそれを手に持ち見つめる。手がわなわなと震える。

 「できないんだ。じゃあ……」

 杉下はウィルディマグナムを構える。

 「死ね」

 「ちょ!それゎ……」

 最後の抗議の声をかき消すように銃声が三発。藤井の頭蓋を木端微塵に粉砕する。

 肉塊でできた血液噴水オブジェは崩れ落ちる。

 「うわ……きったねっ」

 杉下は飛び散った血を拭いながら肉片を憎々しげに見つめる。

 「掃除しろ」

 「はい」

 伊神は死体を切り刻み始める。

 「よーし!!武器を持ってこい!ポリ公もヤクザも皆殺しだ!」

 何処か狂気を孕んだ声が夜闇に飲まれつつある山に響いた。


 「目標は?」

 諜報班の羽田は山中で戸塚に催促していた。

 「ビンゴ。不良共がわんさかだ」

 戸塚は驚嘆の声を上げていた。

 「報告準備。陸自の偵察ヘリも向かわせて画像を送ってもらうぞ」

 「あわてなさんな。番号打ち間違ったら致命的だ」

 羽田の言葉に戸塚は返しつつ携帯電話の番号を押す。


 ターンッターンッターンッ


 「なんだなんだ!?この辺りで猟でもやってんのか?」

 羽田は周囲を見回す。

 不意の銃声だ。音が響いている。

 「いや。この辺りで猟はないはず」

 「とすると」

 遠巻きに声が聞こえる。

 「奴ら、動くのか!?」

 「おい!急げ!」

 戸塚の判断に羽田はあわてる。

 「わかっていますから落ち着いて」

 戸塚はそういって番号を打ちなおし始めた。


     *************


 「今回の敵の行動は所謂テロリストの常道とはかけ離れている。JPLFのやり口だってもう少し常道に沿っていた。やつらは、いうなれば不良の喧嘩を銃でやっているわけだ」

 秋津は机の上で手を組んでいる。

 ここは十三課の現地本部。作戦会議室には長机がセッティングされていた。

 「今回奪われた松代喜咲はどうする?先代とはいえヤクザのお姫様だ。大規模な抗争になるぞ」

 和田はそういって椅子にもたれかかる。

 「名岐松平会は県警が張っている。だが、抑えられるわけではない。弘道会に人員の殆どが向いている中、地元の中小ヤクザなんかに人を割けないだろうし」

 井口の言葉に松尾は「なるほど」とつぶやく。

 弘道会は日本のヤクザの代表格である山口組の傘下の武闘派ヤクザだ。愛知県はこの弘道会のお膝元でもある。警察庁は山口組、ひいてはヤクザ全体の弱体化の足掛かりとして、弘道会壊滅のための作戦をここ数年実行していた。ここで圧力を緩めるとそれまでの作戦がすべて灰燼と化す。当たり前だが組織犯罪対策局の協力は不可能とみるべきだろう。

 「下手なことすると尾張地方一帯が戦場になる。県警もそれだけは避けたいはずだ」

 井口はそういって一口水を飲む。

 「面倒なことになったな」

 「そういえば紀伊は?」

 松尾がふと問う。

 「塞ぎ込んでいるみたいです」

 神山が携帯を一瞥して答える。

 「責任を感じるべきは俺たちだけでいいんだが」

 井口はそういってバツの悪い顔をする。

 「作戦の大筋を考案したのはあいつだ。まだ責任を感じているだけでも政治家や官僚よりましさ」

 秋津は手を全く休めずに言う。

 「で、だ。やつらは何処にいる?」

 「さあな。だがあんな目立ちそうな装甲車で乗り付けてきたんだ。すぐにわかる」

 和田はそういってペンでリズムを取る。

 「情報班と諜報班からの報告。ええっと……あれだ……!不良共の基地が発見されたぞ!!」

 明石が興奮した声で飛んでくる。

 「本当か!?」

 秋津が身を乗り出す。

 「ああ。自衛隊のヘリ部隊と諜報班の現地係から報告があった!」

 「なら安心だ。で、場所は?」

 「豊田市山中。武器が集合している。一時間前の画像がこれ」

 机上に写真を並べる。バスや装甲車がありありと映っている。

 「これは……」

 松尾の言葉と共に、全員が息をのむ。

 「今のところ動きはないが、今後大きいのが来るかもしれない」

 「どうする?」

 「できるだけ早く対処すべきだろうが、移動の問題があるな」

 秋津はそういって書類をめくる。

 「台風は現在沖縄本島に接近中。明日にはこの一帯も台風のおかげで大雨だ」

 「間が悪すぎる!」

 御手洗は松尾の言葉に頭を抱える。

 「現地係に工作担当官は?」

 秋津は問う。

 「運悪くいないらしいな」

 和田の答えに思わず舌打ちする。

 「所詮は偵察のみだったしな。それに、今はコソコソ行くよりも正面から行った方がいろんな意味で手っ取り早いかもしれない」

 湯浅はそういって写真を一枚手に取る。

 「そんなことやったら先手を打たれる」

 御手洗は懸念を言う。

 「まったく。こんな所、悪天候の中でリペリングしたいか?」

 木々が生い茂っているのが分かる写真を見せる。

 「いや。事故りたかないね」

 「なら、どうする」

 「装甲車で乗り付けるしかない」

 松尾は書類中の装甲車の項目を面に出し机上に置く。

 「なら話が早い。準備を急ぐか?」

 「まあな」

 「総員、掃討作戦の準備!」

 『了解!!』


     *************


 「幸太郎……」

 「どうすればよかった……。俺は」

 うなだれている幸太郎は一回り小さく見えた。

 「……」

 「あいつらの行動を誰ひとり予測できなかった……」

 「それは……あなたの責任じゃ……」

 「責任の一端は俺にある。あんな作戦を提案したから……」

 「だから……」

 「だからなんなんだよ!!奴に奪われた時!何もできなかった!!」

 「幸太郎!」

 幸太郎は襟をつかまれて引きずられるように立つ。

 マリアは面と向かって幸太郎を見据え、言葉を紡ぎだす。

 「あんたがそんなに悔やんだって喜咲ちゃんは戻ってこない。悔やむより前に取り返す方が重要よ」

 「だとしても、どこにいるんだよ」

 「奴らのアジトが分かったって電話があったわ」

 幸太郎は向き直る。

 「これから、作戦会議だって」

 「……」

 「あなたにも来てほしいって」

 「……」

 マリアの言葉に幸太郎は沈黙を貫く。

 「奪い返すなら、それしか手が無いわ」

 「俺なんかに、できるのか……」

 「白馬の王子様になりなさい。無責任な恋じゃないんでしょ」

 「俺は……」

 「そんなこと考えるよりも、あの子を救い出すの。奪い返せば、すべて解決よ」

 「……」

 「あの時のあなたはなんだったの?今よりもっと勇敢だったはずよ」

 「俺は……」

 無力に打ちひしがれている幸太郎に、マリアはキッと表情を変え、右掌を高く上げる。


 パシンッ


 その音はマリアにとってみればまったくの唐突だった。

 エミリーが幸太郎の右頬を叩いたのだ。

 「……最低」

 軽蔑した視線で睨みつける。

 「……」

 「護りたい人だったんでしょ。自分の命を掛けてでも」

 エミリーの冷たい声とともに、ゴトリとテーブルに物が置かれる。サプレッサーを取り付けたCz82がそこにあった。

 「そうする気が無いならそれで自分を撃てば?」

 「エミリー!!それは!!」

 マリアがエミリーに近寄る。

 「あの時の勢いはどこ行ったの?私を打ち負かせたときは鬼みたいだったのに」

 幸太郎がCz82を手にして銃口をこめかみに当てる。トリガーを引こうにも手は震える。

 「幸太郎!やめて!エミリーも!」

 「その程度の、覚悟なの?」

 エミリーは再度軽蔑した視線を向ける。

 マリアが幸太郎にとびかかり拳銃を奪い取る。

 幸太郎は崩れ落ちる。

 「生きるんだったら、奪い返すべきよ。それが責任の取り方よ」

 無音が場を支配する。

 「これから、なんだよな。作戦会議は」

 「そうよ」

 答えを聞くとゆっくり幸太郎は立ち上がる。

 「取り返す。絶対に」

 静かに、呟いた。


     *************


 秋津はホワイトボードの前に立って、説明を始める。

 「今回の作戦の目的は敵の掃討だ。先ほどきた情報によれば、敵は豊田市山中に潜伏している」

 ホワイトボードには大判の写真がマグネットで固定されている。

 「これが潜伏しているらしい場所。五年前に廃業した鉄工所だ」

 「いかにもって感じだな」

 灰田は腕組みをして写真を見つめて言う。

 「奴らの動きは逐一報告されている。動きのないうちにこちらから襲撃する」

 「そうは言うが、どうやって攻撃するんだ?」

 湯浅は手を挙げ問う。

 「道路を封鎖後装甲車で突入。警察と陸上自衛隊にも支援を要請する」

 「班長!!」

 秋津が概要を言うと情報班に張り付いていた和田が飛び込んでくる。

 「どうした?」

 「奴らが動き出しました!バスで移動している模様」

 「なんだと!?」

 「どうする?」

 松尾は秋津の顔を覗き込む。

 「二班に分かれて作戦を行う。班編成は追って知らせる。一時解散」

 「了解」

 秋津の解散の号令とともにそれぞれがいったん解散した。


     *************


 幸太郎はローゼンハイム姉妹とともに市内のビルの一室に入った。

 河合はすでに室内の並べられていた椅子に座っていた。

 「河合。大丈夫なのか?こんな時間帯」

 「ちょうど両親が箱根湯本へ遊びに行っててね」

 隣の椅子に座ると面子がそろったらしく、説明が始まった。

 「今回の作戦は二組に分かれて行う。作戦目標に関してだが、一組は現在移動しているグループの追撃、二組は人質の救出、アジトの残存勢力の掃討と首領の逮捕拘束だ。組編成はこの表のとおり。一組は前衛1と2、狙撃1が、二組は前衛3と4、狙撃2に坊主、黒髪の嬢ちゃんにレズビアンの姉妹だ。なお一組には県警がSATを回す。既婚で子持ちだから子守は得意だろ?湯浅」

 「一応な」

 秋津の言葉に湯浅は答える。

 「作戦は0000に開始。人質の暗号符丁(コード)は『ピーチ姫』とする。一時間で準備しろ」

 その言葉と共に全員が武器庫へと向かった。


 「幸太郎。因縁のようだな。装備はどうする」

 「……持っていけるだけ」

 和田の問いに幸太郎は抑揚なく答えるとM4A1を手に取る。

 「山ほど持って行ったところで、有効活用できるわけじゃないぞ」

 「使って見せます」

 和田の言葉を尻目にM82A1CQとM4A1、ダネルMGL、ミニミ、MP5J、SP2022、換えのマガジンと各種擲弾、コンバットナイフ、ボディアーマー。火器の総重量だけで25キロもあるそれらを幸太郎は台車に載せて押していく。

 「敵の位置情報は?」

 「現在伊勢湾岸道を爆走中。県警は追跡中」

 女性オペレーターがコンピュータの画面を見て言う。

 「封鎖は?」

 「突破された模様。軍事規格の装甲車です。警察が使うバリケード程度の突破は容易だったらしいです」

 「陸自の普通科と航空科に支援を要請。何かあったらすぐに出動するよう準備させろ」

 秋津の指示が飛ぶ。

 「了解」

 「課長にも連絡。第一級装備使用許可を申請。通ったら出撃だ」

 「いえ、その必要はなさそうです」

 「どういうことだ?」

 オペレーターの言葉に秋津は驚く。

 「……もう許可が下りています。それと、A級命令として撃滅命令が指定されています」

 「撃滅命令?なんだってそんな」

 和田はマガジンを一旦机上に置き振り返る。

 「理由は以下の通り。現状において首謀者を含め少年から得られる情報はほぼないこと。背後の組織に関する確証が取れていること。敵の火力が高いこと。裁判化した場合社会に影響が大きすぎる事。以上の4点です」

 「かなりの大事だな」

 撃滅命令。それは敵組織の絶対的かつ完全な解体命令――つまりは抵抗、無抵抗を問わない構成員全ての殺害命令だった。一応殺人権(マーダーライツ)を有している十三課の面々だが、殺害義務(キリングデューティー)はこの撃滅命令発令以外に存在しない。

 「おいおい。急ぐぞ。作戦前のあいさつだ」

 御手洗の言葉を聞いてマガジンをマグポーチに挿し込む。

 「総員整列」

 秋津は整列した強襲班員の前に出る。

 「今回の作戦はいつもと違ったものとなるかもしれない。敵は子供たち。しかも撃滅命令が下っている。もしかしたら、お前たちの中には後悔している奴もいるかもしれない。だが、子供だからあのような非道が許されるわけではない。法による倫理が機能しなくなったなら、法の外にある暴力で撃滅する他はない。彼らが許しを乞いても、徹底的に叩き潰す……!」

 無言で答える強襲一班班員たち。

 「よーし。気合入れていくぞ!」

 秋津の一声に場の空気は緊張をはらむ。

 「我らの前に!」

 『味方なし!!』

 「見敵必殺!」

 『一挙制圧!』

 「我らは警察官!」

 『捕虜はとらない!!』

 「我らは軍人!」

 『躊躇わない!!』

 「我らは公安!」

 『強襲班!!』

 「イレギュラー・サーティーン!」

 『行動開始!!』

 言い終わると全員が解散し、それぞれの乗る装甲トラックへと向かった。


 装甲トラック二台が一斉に発進する。

 「奴らは今どこに向かっている?」

 灰田は松尾に問う。

 「知多半島方面だ」

 「なにする気なんだ?」

 「知らないよ。直に聞かないとわからないんだろ」

 松尾はキレ気味に対応する。

 「?東京から情報だ」

 「なんだって?」

 「今回敵が向かっているのは東條院エレクトロニクスの新倉庫だそうだ」

 「なんだってそんな」

 「諜報班が仕事してくれていたよ。敵のアジトで今宮電子の重役が武器を渡していたんだそうだ」

 松尾の持つタブレット端末の液晶画面にはPDF規格に変換された報告書が映っていた。

 「まったく、下策というかなんというか」

 スクロールして読み進めた松尾は顔をしかめる。

 「月曜には本社を朝一で家宅捜索するんだそうだ」

 「なるほど」

 「さて、黒幕もわかったことだ。派手に暴れるぞ」

 秋津はそういってストックを調整した。


     *************


 幸太郎は持ち込んだ装備一つ一つを念入りに確認していた。

 MGLの回転式薬室に低致死性のスモークとペッパーガスを入れていく。

 「どうするつもりだ」

 「奴だけは絶対許しません」

 明石の問いに答えると、幸太郎は薬室を閉鎖しゼンマイを巻きだした。

 「気が立つのはわかる。だが、そうカッカしてもなにも始まらねぇ。戦場じゃ、感情が強い奴ほど早死にする」

 幸太郎の目前に明石は向き直る。

 「いいか。戦場で熱くなるな」

 自衛官らしからぬ、真の戦場で得た言葉。

 「なに言ってんだって顔してるな」

 そう言って顔を上げる。

 「まあ、これに関しては秘密だ」

 トラックは高速道に乗り一気に敵地へと進んで行った。



 『高速15より本部。当該車両は伊勢湾岸道から知多半島へ南進中。停止命令を無視している』

 クラウンのパトカー3台は赤色灯で高速道路を真っ赤に染め上げる。

 装甲車から一人が身を乗り出すと、M16コピー(CQライフル)を片手で構え連射を始める。

 弾丸はパトカーの赤色灯を、ルーフを、サイドミラーを破壊していく。

 『こちら本部。報告だ。公安調査庁特捜部が迎撃作戦を取り仕切る』

 『高速15了解。SATは!?』

 切羽詰まった声でパトカーは無線を飛ばす。

 『現在別の作戦の準備中だ』

 『了解』

 パトカーとヘリコプターが追跡するなか十三課の装甲トラックがパトカーの隊列と合流する。

 遂に三発目の弾丸がフロントガラスに命中し、視界を大きく狭める。

 『これ以降パトカーによる追跡を打ち切る。あとは公安調査庁が引き継ぐ』

 『了解』

 パトカーは減速し赤色灯とサイレンを切ると減速していく。

 黒いトラックは装甲車を追跡する。

 マガジンを交換したM16コピーを再度構えると、装甲トラックへと銃撃する。

 軽量高速弾が装甲に当たり火花を散らす。

 「奴らしつこいな。反撃できないか」

 松尾は苛立つ。

 「人員輸送用の改造トラックじゃな」

 名塚はそういって溜息を吐く。

 装甲の向こうから爆発の音が聞こえる。

 「なに!?」

 霧谷がビクッと驚き震える。

 「どうも、こっちに対空ミサイル(SAM)を撃って当てそこなったらしい」

 「おっかねぇ不良共だ」

 灰田の推測に名塚はあきれ顔になる。

 「どうする?」

 「反撃できる設計じゃないしなぁ」

 「顔を出すと流れ弾でやられるぞ……」

 「とにかく距離を取れ。刺激したらやっぱり危ないヤツラだった」

 トラックはゆっくり減速をはじめ距離を取りはじめた。


 常滑臨空都市――通称りんくう地区は中部国際空港建設後、一大総合都市としての発展を見越して造成された土地だ。総合商業地区や工業地区を中心とした広大な土地であったが、2005年の開港後用地の利用法が決まらないまま、企業の業績悪化などがたたり長らく宙に浮いた状態が続いていたが、国内の大手小売りチェーンのショッピングモールやアメリカの郊外型会員制スーパーの建設計画が具体化したこともあってか、空き地というにしては重機も多くなってきた。

 その一角に、まっさらな白壁の建屋と、くすみない真っ黒なアスファルト敷きの駐車場があった。

 東條院エレクトロニクス名古屋事業所、兼、りんくう常滑倉庫。東海北陸地方の24時間型事業拠点であり、長野工場からの海外輸送拠点の一つともなる。昨日、名古屋市中区の丸の内近辺の事業所から機能移転してきたのだ。

 不良共はこの事業所を襲撃することを目的としていた。

 そこから逆算し公安調査庁特捜部と県警は迎撃戦を準備していた。

 県警虎の子のSATは滅多に出さない89式小銃を持ち出しアンブッシュしており、そこを十三課強襲班が挟み撃ちする計画となっていた。

 「敵は地点C(ポイント・チャーリー)を通過」

 「予想通りか」

 松尾はタブレット端末に表示されたルートを見つめる。

 「SATに連絡。初撃は譲ると伝えろ」

 秋津は指示を飛ばす。

 「了解」

 「地点(デルタ)で停車!降車後狙撃1が準備完了し次第攻撃を開始。装備準備」

 『了解』

 秋津の指示に全員が答える。

 「暗視装置準備。使い方わかるな?」

 「ついこの間講習を受けましたから」

 神山は秋津に答える。

 「よし」

 HK416にマガジンを挿し込むとチャージングハンドルを引く。

 「これより地点Cを通過。地点Dまで5分」

 「いいな、気を引き締めろ。ここには碌な遮蔽物がない」

 運転手の報告と秋津の言葉と共に空気が一気に張り詰める。

 「なるほど。気を引き締めないといけないわけだ」

 「にしてもここまで馬鹿正直な敵はそうそうないな」

 灰田はルートを確認して言う。

 「所詮はバカ高校生だ。『レールから外れる』って名前のレールに乗ってるのさ」

 名塚はそういってMP5のチャンバーを閉鎖する。

 「それ、何か深い意味あるのか?」

 「なぁに。適当に言っただけだ」


     *************


 豊田市山中。

 かなり奥まった山の中。そこにはなぜか工場があった。

 それなりの規模を誇るこの工場は、元はといえば地元の自動車産業を支えてきた孫請け、曾孫請けの工場だったのだが、リーマンショック以降の世界的経済・金融危機の最中の経営合理化に失敗してつぶれたのだ。

 無論、解体する資金も無く、放置されていた工場を管理することもできず、所詮は置いてあるだけの看板の内容など不良が守るわけもなく根拠地としていた。

 彼らは、いつの間にか電気を引き、粗大ごみなどから適当な家具や家電を引っ張ってきてそこで大音量の音楽やドラッグ、乱交などのただただ(ただ)れた生活が営まれてきた。

 「気味悪いな。アメリカ映画のカラーギャングまんまだ」

 ヘルメットに設置したサイクロプス(AN/PVS‐14)を跳ねあげた湯浅が双眼鏡をのぞいて言う。

 「組織的な意味でも間違っちゃいないな」

 和田はそういって双眼鏡を下す。

 「紀伊?どうした」

 「装備品を持ってきました」

 明石はミニミを持つ幸太郎を一瞥する。

 「だろ。あれだけ持ってきても意味はない。後方で火力支援だ。頼むぞ」

 幸太郎はそういわれて二脚を確認する。

 「陸自は?」

 「展開準備は完了している模様です。周辺は封鎖済み」

 御手洗の報告に井口は「わかった」と答える。

 「目標に動きなし」

 和田は双眼鏡をのぞいて言う。

 「狙撃2(シエラ・ツー)。作戦準備」

 「了解」

 対人狙撃銃であるM1500のバイポッドを伸ばしてセッティングすると桂木はサムズアップをする。

 「制圧目標は前方、敵根拠地。作戦目標は敵の撃滅。作戦開始」

 号令とともに全員は一斉に進み始めた。


     *************


 「地点D到着。部隊展開」

 トラックの戸が開き、十三課強襲班は即座に展開する。

 「作戦開始」

 駆け足で敵地へと侵入していく。

 灰田は背中のリュックを置くと、狙撃用マットを中から取り出して敷き、バイポッドを伸ばし、伏せて暗視スコープを起動し依託射撃の姿勢を取る。

 「狙撃1(シエラ・ワン)準備完了」

 障害物も遮蔽物も碌にないこの土地において、狙撃手はもっとも重要な存在だ。

 『了解。優先目標はそちらで割り振れ』

 「了解。だ、そうだ。注文は」

 「数が多い。『頭』はわかるか?」

 灰田は名塚に問う。一分間の沈黙の間、名塚は周囲を探す。

 「いた!方向右に5度。赤外線レーザーで照準した。合わせろ。目標との距離780。風向き西南西0,2m/s(メーターパーセク)

 スポッターの名塚は赤外線(IR)レーザーで敵の命令中枢たる人物を指し示す。

 赤外線式の暗視装置で点を探し回ると一つの輝点にたどり着く。コンパスを確認するとマイクのスイッチを入れる。

 「目標確認。狙撃1から前衛1(ヴィクター・ワン)へ。目標を確認した。許可を」

 『了解。発砲許可(グリーン・ライト)

 「距離790。風向き南西0,1m/s」

 許可が出ると再度名塚が情報を修正する。

 若干の微調整をすると灰田は名塚の肩を三度叩く。

 「ハートショット、エイム、撃て」

 号令とともに灰田は引き金を静かに引く。


 ダーンッ


 銃声とともに直径7.62ミリ、質量9グラムの弾丸が音速の2.5倍で敵に飛んでいく。

 一秒もしないうちにレーザーの示す点が揺らぎ、消えた。

 「ヘッドショット」

 レーザーはさらに下を狙う。

 「エイム」

 再度レーザーの焦点を狙う。

 「撃て」

 音もなく引き金を引く。

 焦点が消し飛ぶ。

 「目標無力化(タンゴ・ダウン)

 名塚が判定する。

 『強襲!』

 秋津の号令が夜闇に小さく響いた。


     *************


 明石は突入のためにミニミを構えていた。

 敵は十分に射程内。命令さえあれば、撃てる。

 音もなくゆっくり進む。エミリーが合流する。どうも門の鍵に爆弾(C4)を仕掛けたらしい。その手にはショッピングモールの時のAUGがある。

 「配電盤は?」

 「だめ、内側だったわ」

 エミリーの報告を受けて井口は建屋に向き直る。

 「用意。3、2、1」

 エミリーがスイッチを二度押す。

 鍵がはじけ飛ぶ。

 「突入」

 井口の号令が闇に溶けていった。

小辞典


ダネルMGL

南アフリカのダネル社製のグレネードランチャー。

リボルバー拳銃と同じく、薬室を6個円形に備えた速射可能なモデル。

ただ、弾を込めた後はゼンマイを巻かないと撃つたびに回らないなど注意が必要。

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