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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第三章 シャッタード・マインド
40/64

Maiden of Ganymede/phase-1

デート決行。

そして、事態は思わぬ方向へ。

 『その……初めまして……手芸部ってどこだっけ?』

 『一緒の部活だね、紀伊くん』

 『えーと、その、作ってみたんだけど、食べますか?』

 『すごい!そんなのもわかるんだ!』

 『えへへ♪ワンピース作ってみたんだ♪』

 『ええと、ここを、こうしてっと』

 『みてみて!すごいすごい♪』


 金曜になると脳髄に焼き付いたノイズにもかなり慣れてきた。殴られたショックで脳味噌の回路が短絡(ショート)したのか、はたまたプログラムの因子が働いたのかは知らない。だが、延々と見るノイズは俺を消耗させていた。

 中学時代。その細切れになった記憶は、擦り切れたフィルムを出鱈目につなぎ合わせてほこりをかぶって数十年みたいな映写機で映されているような感覚に陥る。

 何が俺を追い込むのか。

 何がここまで俺の深層に存在するのか。

 なにが……


 「お〜い。幸太郎〜。どうした〜?具合でも悪いのか〜?」

 「……」

 西田は幸太郎の顔を覗き込む。だが反応はない。血色は良いし呼吸の音もある。だが、瞳孔が開きかけている。

 今は英語の授業中だ。きちんと起きているようなので当ててみたが、まるでリアクションが無い。普段だと明瞭な返事が返ってくるはずだ。

 「お〜い」

 「……」

 掌を目の前で振ってみるがまったく無反応。

 手をたたいて音を出してもまるで何も起こっていないかのようだ。

 少し揺さぶるが、それでもビクともしない。

 「……大丈夫じゃなさそうだ。揺さぶってもリアクションが無い」

 「死んでんじゃないの」

 村田の発言とともに村田グループの笑い声が響くが次の瞬間、幸太郎はゆらりと頭をあげた。

 「?おい。大丈夫か?」

 西田はかなり心配した声で訊く。

 「……すいません先生。最近悪夢にうなされて寝不足で」

 「寝不足か」

 「すいません。今後は気を付けます」

 かなり反省しているようだ。

 「気をつけろよ。みんなも。居眠りするくらいならこれぐらいやれ!」

 クラス中からどっと笑いが沸く。だが幸太郎はただただ呆然としていた。


 授業が終わり、帰りのホームルームも終わり、これでもう帰るだけだ。

 教室の中はどこかがらんとしていて、幸太郎たち以外は誰もいなくなってしまった。

 「大丈夫か?」

 「まあ、今のところは」

 神山の問いに答える。

 「見てる限りは大丈夫そうには見えなかったけどね」

 河合は腕組みをして少し呆れた表情をする。

 「そうか」

 「……何かあるの?夜うなされてることと」

 「それは……」

 口ごもる。しばし考える。

 「過去の思い出したくないことってあるだろ。毎晩、それを見るんだ。忘れていたこと。捨てたこと。すべてを。拷問だよ、あれは」

 絞り出すように吐き出す。

 「下僕らしくないわね。そこまでメンタル弱かったかしら」

 「あいつと、杉下と再会して思い知った。俺はあの時、奴を殺さなかった。それが完全な間違いだった。それがこの悪夢を見せてるんだ」

 幸太郎自身、過去を顧みても絶望的なビジョンしか見えない。恐怖が先行するのだ。

 「いくらなんでもそれは……」

 「奴はウイルスだ。その基本となる〈悪意〉という因子を維持したまま、その形態をより凶悪に、凶暴に、そして対処できないように発展させていく」

 幸太郎自身による分析の結果だった。

 「だとしても下僕に敵うわけが……あの時は完全な奇襲だったわけだし」

 安心させようと河合が言う。

 「奴はフルコンタクト空手と柔道をやっていたらしい。少なくともそう嘯いてた。それが喧嘩で実戦向きに洗練された。しかもあれから他の格闘技にも食指を伸ばしてるようだ。喧嘩殺法からのたたき上げだった俺とは大違いさ」

 「意外ね。だとしたら下僕は強すぎるわ。あんな支離滅裂な構えで攻撃を確実にいなしてたのに」

 かなり驚いた表情で河合が見つめる。

 「一応本で軍隊格闘術を覚えたが、理論がわからないんだからな。構えやすい構えで、あとは自分の動体視力と反射神経、そして洞察力に頼ったんだ」

 「無茶苦茶ね」

 河合は呆れた声でつぶやく。

 「だから言ったろ。『喧嘩殺法からのたたき上げ』って」

 「なんとなく納得したわ」

 「だが奴には効かなかった。俺の攻撃を何年も前に喰らったからかは知らない。だが、奴は弾を避けてた」

 「弾を!?」

 「ああ。俺だって一応はできる。射線を把握してそこから撃たれる直前に離れるんだ。だが、それをやるには俺は〈能力〉を使わなきゃならない。だが奴は平然と避けて見せた」

 「それって」

 神山は信じられないといった表情をする。

 「格闘家や武道家でもできる人間はほぼいない技だ。俺だって出来た時は意外と驚いたさ。そんなびっくり超人がナチュラルに二人もこの周辺にいてたまるか」

 「だとしたらなに?奇跡でも起こったの?」

 「薬物によるドーピング。やつの潜伏していたアパートにはアンプルがあった。あれが脳、神経を興奮させる薬剤だったら」

 「つじつまが合う」

 合点がいったという表情で神山は答える。

 「そういうこと。そしてやつは初めての襲撃の時、防弾服を着ていた」

 「それであのとき攻撃が効かなかったのか」

 神山はなるほどと頷く。

 「奴を仕留めるには十分な火力が必要だ」

 幸太郎は無意識に固く拳を握る。

 「どうしたい。手がかりは無いぞ」

 「奴らのことだ。俺の動きをある程度は追っているはずだ」

 「もしかして!?」

 周囲にいた神山たちの表情が一変する。

 「明日のデートを利用して仲間を釣って、拘束して吐かせる」

 「ちょっと!それはさすがに」

 神山の声が少し上擦る。

 「こうでもしないと、奴には勝てない」

 幸太郎の眼光は鈍く鋭い。

 「正気!?一応元カノでしょ、その娘。巻き込むかもしれないのよ!」

 珍しく河合が声を張る。

 「それが、どうした」

 「どうしたもこうしたも、あなたは何故、たまにそこまで人間味が薄くなるの?」

 「……」

 「それがわからないの!なぜ!」

 河合は詰め寄る。

 「……俺は……一度死んだも同然だ」

 「なに、カッコつけてんのよ。下僕のくせに」

 「カッコつけてはいないさ。本当に一度、死んだようなものだ」

 「……」

 鈍い眼光は、それ自体が本当であることを如実に示していた。

 「だからこそ、俺は人を何のためらいもなく殺せる。おまえだって少しの躊躇があるだろ。俺にはそれが無い」

 「何を……!」

 「この前のモールでの戦い。おまえの言動からわかる。殺すのにためらいが無ければあんなに笑ったり怒ったり不安定なわけない」

 「それは……その……」

 図星を突かれ河合は戸惑う。

 「俺は、人の死に鈍感になりすぎた。目の前で死んでいく命を容易く足蹴にできるような冷血漢だよ」

 幸太郎の乾いた笑いが空虚に響く。

 「そんな……」

 「なに幻想を抱いてたんだ。俺は、自分のために動いてるだけだ」

 「……わかったわ」

 「これ以上奴をのさばらせるわけにはいかない。次に会ったとき、その時が最後だ」


     *************


 「藤井」

 「杉下さん!?」

 杉下に呼び止められた藤井はギョッと振り向く。

 「あした、紀伊を襲え」

 「え?それは……」

 紀伊という奴を襲撃するたびに仲間は減っている。

 奴の周りには警察なんて目じゃない奴らが付いている。

 「どっかの銀行と同じ時間に襲えばどちらかは成功する」

 「……」

 「どうした?俺のいうこと聞けないの?」

 「そ、そういうわけじゃ」

 「なら、お願いな。成功したら、好きな女拉致ってきてやるから」

 「……」

 言葉を選んでいる間に杉下はどこかへ消えていた。


     *************


 姿見を見るとそこには、それなりにいい容姿の男が立っていた。

 俺としては珍しくキマッタ感がある。俺の服のセンスも若干改善しただろうか。

 航空祭で手に入れたドッグタグとともに提げているペンダントは母が偶然発見したものだ。松代から卒業式の時にもらった女物と思しき、キュービックジルコニアと人造であろうトルコ石の埋め込まれた複雑に蔦の絡まった十字のペンダントトップ。

 いつみても不思議なものだ。

 今度は机の上を見る。SP2022とフルロードしたマガジンが転がっている。

 手に取ってチャンバーに装弾しスライドを閉鎖、マガジンを挿し込むとデコックする。

 「準備できた?」

 「ああ」

 カバンに拳銃を入れると玄関へと向かう。

 「ミッション、スタートだ」


 「あっ、ここだよ!!」

 ぴょんぴょんジャンプしながら手を振る喜咲の姿があった。

 白いブラウスにひらひらと揺れる青いチェックのスカート。

 可愛らしくてなんとなく顔がほころぶ。

 パッと見、俺は一人で行動しているように見える。

 だが周囲には諜報班と強襲一班が一般人に偽装している。神山と霧谷はもちろん河合もだ。ただローゼンハイム姉妹はばれる可能性が高いため別のルートを使うらしい。

 「どうかな?」

 後ろ手を組んで俺に問いかける。

 「かわいいよ。ホントに似合ってる」

 「ありがと♪」

 その仕草一つ一つにドキリとしてしまう。これはヤバいぞ。

 それに加えてすごい良いにおいだ。コロンか?シャンプーか?

 「!?このペンダント!?」

 喜咲が驚いている。そんなに驚くことだろうか?

 「思い出したんだ。もらったことを」

 「ちゃんともってたんだ」

 「持ってないとでも?」

 含み笑いで喜咲に問いかける。

 「卒業式の後、すぐ帰っちゃったから」

 「そうだったかな?」

 とぼけてみたが明確に覚えている。卒業式の後、俺はすぐに帰ったんだ。


 私鉄線から名古屋駅の『地下迷宮』を抜け市営地下鉄で名古屋港のガーデン埠頭付近の観光エリアに出るとすぐに水族館は見える。

 「みてみて!イルカだよ!」

 名古屋港水族館は入ってすぐの水槽がバンドウイルカの水槽となっている。

 ただ、実際のところこの水族館のアイドルは名古屋城の縁か、隣の水槽を悠然と泳ぐシャチだ。

 「かわいい♪」

 この水槽の隣にはせわしく泳ぎ回るカマイルカ、そして少し奥まったところにシロイルカもいる。

 薄暗い館内。挿し込む薄明り。デートスポットとしてのムードは上出来だ。

 さて、これから大水槽、んでもってイルカショーだ。

 大水槽にはマンボウ、マグロ、カツオ、そしてイワシの大群がいる。

 そこまでの道のりにも多くの展示がある。

 知的好奇心を刺激される数々の展示が。


 「すっごーい!キレイだよ!!」

 大水槽ではちょうどマイワシのトルネードというイベントが行われていた。

 餌を投下するとイワシは群れを成してそれを追うのだ。それこそ銀色の嵐だ。

 ゆったり泳いでいるマンボウが対照的だ。

 何食わぬ顔で泳ぐマグロやカツオ。

 隣のおじさんが「うまそうだ」とつぶやいたのが聞こえた。

 振り向くと黒服がいる。

 あからさまな警護。以前もいた喜咲の護衛だろう。

 不意に目が合うと、げぇ!という顔になってどこかに隠れようとする。

 どうもバレたくないらしい。喜咲が来ないように厳命でもしたのだろうか。

 対照的に堂々としているのは神山と霧谷だ。ここからもよく見える。完全に楽しむ気満々だ。だがおかげで意図を隠しきれている。

 次の展示はなんだろうか。薄暗い通路には順路の看板が掲げてあった。


 館内を右往左往していると屋上に出る。

 大きな水槽。弧になっている観客席。その一角に俺と喜咲は座っていた。

 神山と霧谷、そして場違いな黒服が家族連れや『ただの』カップルにまぎれている。

 ここは入口すぐのイルカの水槽の直上。イルカの曲芸プールだ。

 ここのショーはこのイルカのモノがメインだ。

 そしてイルカショーとは言っているが結構な割合でシャチが出てくる。シャチは実はクジラの仲間、英名はオルカ以外にもキラーホエールという。

 BGMはボーカロイドの初音ミクを使っているらしい。面白い発見だ。

 イルカにもバンドウイルカのパートとカマイルカのパートがある。

 「圧巻だな」

 「すっごい!あんなに早くても壁にぶつからないんだ」

 ばしゃばしゃとバンドウイルカは水槽を回る。

 マイクパフォーマンスとともにイルカのハイジャンプ。

 観客の感嘆の声はまるで前々から打ち合わせしていたように同じタイミングだ。

 「見て見て!可愛いよ!」

 イルカを指差す喜咲にほんの一瞬見とれていた。


 喜咲は大きなシャチのぬいぐるみに顔をうずめる。

 おかげで財布は素寒貧だ。ヤバいと思ったのはこういうことだったらしい。

 女に貢ぐ。幼少のころからその傾向が顕著だったことを考えると、金銭感覚が育ったゆえの自己防衛本能が働いたのだろう。

 「ありがとう♪」

 笑顔がまぶしい。

 考えてみれば実質一年ちょっとの間、会話をしていなかったのだ。

 「どういたしまして」

 俺は照れているのか。

 異様なまでに冷静な脳は体の変化を確実に感知していた。

 (俺は、戻りつつあるのか?)

 不意に浮かんだ疑問。あの一件からこれまでこんなことはなかった。

 この気持ちはなんだ。

 永遠に乾いたままだと思った無機質な俺の心の中に何が起きている!?

 心も奥底から珍しく湧き上がるこの感情は!?

 「このまえね。お父さんがいなくなったって。言ったよね」

 「まあ……ほのめかす程度には」

 「あれね、殺されちゃったんだ」

 「殺された?」

 「うん。誰か知らないけど。刃物で」

 「……」

 「犯人は目星もついてないんだって。なんでだろね」

 普段は明るい彼女の表情は一際暗い。

 「おじいちゃんが昔ヤクザ屋さん、だったからかな……」

 「……」

 「おじいちゃんたちは犯人に復讐してくれるって言ってたけど……」

 気丈に振舞おうとしているが、幼さの強く残るその顔は報復の連鎖に対する恐怖からか、ひどく悲しげだった。

 「大丈夫さ」

 「幸太郎くん?」

 「悪はいつか滅びる。他人によって捕まるか仲間内で争うか自らぼろを出すか、それはわからない。だけど、悪は確実にミスを犯す。悪が、本能だからこそ」

 根拠は薄いかもしれない。ただ、これ以上悲しい顔は見たくなかった。

 「本……能?」

 喜咲は首をかしげる。

 不意に背後から肩を叩かれる。

 「みぃつけた!」

 「!?」

 振り返るとそこには、にぃと口角を釣り上げた少年がいた。

 茶髪にピアス。ダボついた原色の服。そしてごそごそと自身の体をまさぐって何か探していた。

 「会いたかったぜ。そして……」

 ひょいと出した手には、やけにデカいリボルバーが握られている。

 「くたばれええええええええええええ!!」

 リボルバーの銃口がこちらに向く。

 咄嗟に喜咲をかばう。

 黒服が飛び出す。

 銃声が轟く。だが、それは遠く、そして軽い。

 「な、なに!?」

 「幸太郎!」

 待機していた神山たち強襲班、そして河合とローゼンハイム姉妹が拳銃を構えて飛び出す。

 「武器を捨てて跪け!殺人未遂の現行犯だ!」

 だが、少年は口角をさらに吊り上げる。

 物陰からAKS74Uを腰だめにした少年が現れる。

 「死んじまえ!!」

 クリンコフを持った少年が叫ぶと銃撃をはじめる。即座に秋津のMk.23が音もなく少年の頭に風穴を開ける。しかし、黒服は間に合わなかった。風穴を開け血を滲ませながら倒れる。

 「あっ……あぁっ……」

 「見るな!見るんじゃない!!」

 幸太郎は咄嗟に喜咲の目を塞ぐ。

 リボルバーを持った奴はすぐに距離を取る。

 「糞オヤジが!」

 大型リボルバーが秋津に向く。急いでコンクリートの柱の陰に隠れる。片手で構えた銀色のリボルバーから天使の輪のような火炎と空気を引き裂く轟音とともに弾丸が放たれる。弾丸が命中すると柱のコンクリートが抉れる。

 悲鳴が木霊し、外にいた人々が散り散りに逃げる。

 「超大口径マグナムか!?」

 秋津は目を見開く。すぐさまMk.23を構えなおし発砲するが回避される。

 「やっぱり人間じゃない!バケモノかよ!」

 秋津は小さく毒づいた。

 

 幸太郎の周りに敵がわらわらと近づいてくる。

 「予想外だな」

 明石が周囲を見て呟く。

 「こんなところで襲撃とは」

 井口はレーザーサイトを取り付け、周囲を警戒して言う。

 幸太郎の周りを固めた強襲班は県警の銃器対策部隊の展開まで持ちこたえることが任務だった。

 「守り抜くぞ!一旦退却!」

 「「「「「「「「「了解」」」」」」」」」

 周囲を固めると所々に銃撃しながら徐々に水族館の建物に戻っていく。

 銃口を向けた敵に銃撃を与えて動けなくする。どうも負傷した仲間を気遣うだけの人情はあるらしい。

 「ちょっと!なんなんです!あんたた「公安だ!」」

 水族館の職員が素っ頓狂な声をあげて詰め寄るが御手洗の一言と身分証が遮る。

 「ちょっと立て籠もらせてもらう」

 「なに!?なに!?」

 喜咲はきょろきょろ、おどおどしている。

 「大丈夫だ。守ってくれるから」

 すぐにSP2022をカバンから取り出すとローディングインジケーターを確認する。

 「幸太郎……くん?」

 「よし、あった。B3コンテナだ」

 井口がどこかからベンチ状の物を引っ張ってきた。

 「幸太郎、大丈夫か?」

 「俺よりこいつの心配をしてください。俺の命は俺が守りますから」

 「よく言うな、その歳で」

 秋津は警戒しつつ答える。

 「銃対はいくらかかる?」

 「だいたい10分かかればいいところだ!」

 「そんなにかかるの!?」

 湯浅の答えに河合が素っ頓狂な声を挙げる。

 「大丈夫。銃対が来たら突破するぞ。総員準備」

 ベンチ状に偽装されたコンテナには防弾服が入っていた。

 それぞれ防弾服を着込むと、各々の持っているカバンから銃を取りだす。

 神山はリュックサックからP90を、霧谷はトートバッグからMP5K PDWを、井口、名塚と和田はキャリーバッグやボストンバッグ、ギターケースからMP5Jと秋津のHK416を取り出し確認する。

 「……だめだ。悪い知らせだ……東京三菱の安城支店に武装強盗が入ったって」

 井口は最悪の事態を告げる。

 「何がどうして」

 マリアは首をかしげる。

 「タイミングからすると二正面攻勢か。糞ガキどもにしてはいい着眼点だ。してやられた。SITもSATも望み薄だ」

 「どうする?」

 「どうするもこうするも、機動隊だと死体の山でバリケードができるぞ。最悪、守山の自衛隊を呼ぶしかなさそうだな」

 湯浅はそう言いながらレーザーサイトを取り付けて出力を調整する。

 「治安維持部隊でやるにも時間かかるぞ」

 松尾は挿し込んだマガジンの底を二、三回強くたたいてからスライドを引く。

 「集まってきたぞ。……ヤバいな。報告にあった金髪女もいる!」

 名塚はスライドをリリースする。

 「多勢に無勢か」

 御手洗は予備のマガジンを確認する。

 「なら、どうする?」

 和田はストックを伸ばす。

 「手榴弾あるか?」

 湯浅はストックの長さを調節する。

 「爆殺するつもりか?」

 秋津はEOTech556ホログラフィックサイトの光量を確認するとダンプポーチの口を再確認する。

 「露払いにはしょうがない」

 湯浅はそういうと一旦構えてみる。

 「狙撃は無理なの?」

 霧谷もダットサイトの光量を調整する。

 「今向かわせている。だがアングルが怪しい」

 外の光景を見つめる。高い建物はほとんどなく、遮蔽物も多い。数も多いからその点厳しい。

 「正面突破しかないか」

 神山はP90のスリングを肩に掛ける。

 「金髪女だけは勘弁だぞ」

 「報告読んだら嫌になるからな」

 湯浅と井口は愚痴る。

 「金髪は俺がやります」

 幸太郎はそういって銃を高く掲げる。

 「坊主。ムチャ言うな」

 秋津は幸太郎を見据えている。

 「奴を捕まえればすべて解決です」

 幸太郎の眼光は刃のように鋭かった。

 「総員。安全解除(セーフティ、オフ)!!有象無象を全滅させるぞ!作戦開始!」

 秋津の号令とともにカチリとセーフティがすべて解除された。


 二振りのマチェットを振るうとヘレナは切り込んでいく。これまでにない重武装で敵に突撃していく。

 レインボーXの効果は絶大だ。視界にあるあらゆるものを正確に認知できる。

 出てきた男たちがこちらに銃口を向けている。

 「やっつけちゃえ!!」

 集中砲火だ。

 男たちはいったん建物の中へ退く。

 大きくマチェットを振り上げる。目の前にいる金髪はいつか戦った奴だ。

 「もらい!!」

 首筋を切り刻もうとする。

 だが刃が阻まれる。金髪は銀色の大型ナイフで防ぎ切ったのだ。

 小型拳銃の銃口がこちらに向く。銃声が響く前に退く。

 すぐに、黒髪ロングが接近し二丁拳銃で襲い掛かる。飛んでくる弾丸をマチェットで弾いていく。

 「なによ!銃弾を弾けるくらいで!!」

 回し蹴りで頭を狙うが右腕で防がれ、左手の拳銃が火を噴く。

 即座に体をかがませて弾丸を避ける。

 すぐに黒髪が右側頭部を蹴りに来る。すぐに右腕で防ぐとバク転して距離を取る。

 目の前には少年が一人、拳銃を構えていた。明らかに顔の中心を狙っている。

 銃撃を避け、腕を切り飛ばそうとマチェットを振り上げる。即座に腕を引っ込めた奴は一瞬で間合いを詰め膝蹴りを仕掛ける。

 間一髪で避けると再度切りかかる。横なぎを屈まれて躱されると至近距離で銃口が向く。

 三発放たれた銃弾を肘鉄と腹筋による回避でやり過ごす。

 背後に二人男が回り込んできた。身をかがめて飛び退いて包囲から逃れる。

 「すばしっこい!!」

 「トビネズミかよ!!」

 男二人が毒づく。


 あの金髪以外の頭は抑えることに成功している。

 精密な射撃は敵からしてみれば大きな脅威だ。顔を出せば死ぬという恐怖感はどうも有効らしい。

 銃だけを物陰から出して撃とうとする敵に、和田は即座に銃撃し銃口を逸らさせる。


 ダーンッ!!


 不意に遠くからの銃声が響く。敵のうち一人の頭から血と脳髄が吹き出し、腕が一瞬で脱力する。

 「狙撃班か?」

 『こちら狙撃1(シエラ・ワン)。作戦を開始した』

 無線からは灰田の声が聞こえる。

 「手当たり次第敵を狙撃してくれ」

 『了解』

 灰田は陣取った展望テラスから、隠れている敵にSR‐25による狙撃を加える。

 「港警察署も動き出したみたいだ」

 銃口を周囲に向け警戒しながら進んでいく。

 これから向かうのは市営地下鉄名古屋港駅。この地点が目標だ。

 「心強い。猫よりかは役に立つ」

 「全員動くな!警察だ!武器を捨てろ!」

 制服警官が防弾服を着、拳銃を構えて出てくる。

 「ウザイんだよ!」

 ブロンド女は警官の前に躍り出る。

 「あの女を止めろ!」

 松尾が銃口を向けると単射で右二の腕を撃ち抜く。

 「ぐぅっ!」

 撃たれた痛みに呻くブロンドを、盾を持った警察官たちが取り囲み押し倒す。

 だが女は這いずり出ると一目散に逃げ始める。

 「脱出するぞ!第3陣形に展開!」

 秋津の号令で部隊が半分に分かれる。前衛での食い止め役と護送役に分かれたのだ。

 「くたばれええええええええええ!」

 敵が叫びながら護送側に襲い掛かるが銃撃で無力化されていく。

 「があああああああああああああああ!!」

 また一人が突進してくる。さっきの大口径リボルバーを持った奴だ。

 射線を掻い潜ると御手洗にタックルし突き飛ばす。さらに一直線に喜咲の肩を掴み羽交い絞めにする。大口径リボルバーの銃口を喜咲の頭に突きつける

 「この女!こ、殺されたくねぇだろ。銃を、置けよ……!」

 「幸太郎くん!」

 「貴様ぁあああああああ!!」

 幸太郎は拳銃を突きつける。護送に回った半分の銃口が敵に向く。

 「撃ってみろよおおおおおおおお!!」

 幸太郎の指が撃つか撃たないかで震える。照星と照門が震え照準がぶれる。

 シングルアクションのトリガーには指が掛かっている。少しの重みでハンマーは落ちる。そうなれば喜咲にあの大口径弾が襲いかかることになる。

 じりじりと敵は後退りする。

 「狙撃1!」

 『駄目だ。死角だ!』

 御手洗のオーダーが拒否される。

 「おい!よせ少年。銃口が向いているんだぞ」

 松尾が警告する。

 「知るかよ!撃ってみろよ!この女も死ぬぞぉぉぉぉぉぉお!」

 奴は銃口を喜咲の側頭部に押し付ける。

 『何をやっている!早く行け!』

 秋津がマイク越しに怒鳴る。

 「車が突っ込んでくる!!」

 マリアが驚きの声を挙げる。

 「止めろ!」

 神山と霧谷が一斉に銃撃を加える。だが一向に止まらない。軍用基準の軽装甲車だ。

 「退避!!」

 神山が叫ぶ。危険だと判断し皆が急いで飛び退く。車のドアが開くと喜咲ともども少年を回収する。

 「やろおおおおおおおおおお!!」

 急加速で去っていく装甲車に幸太郎は拳銃を撃ちまくる。

 弾切れでスライドが後退したままでもトリガーを引き続ける。

 スカッ、スカッと感触のないトリガーがただ動くだけ、

 「落ち着け!」

 幸太郎を神山たちが抱き留める。

 『なにがあった!?』

 「対象2(タンゴ・ツー)がさらわれた」

 『なんだと!?』

 「やつら、この前とまるで違うぞ。まるで恐怖が無い。もう少し怖がってもいいもんだ」

 築かれた屍の山を遠目に見つつ井口がつぶやく。

 「ソレは思った」

 秋津は横目で幸太郎を見る。

 地べたにうなだれ呆然と座っている幸太郎は泣くことすらできずにいた。

 ポツリ、ポツリと雫が垂れる。だが、その雫は幸太郎のはるか上から降っていた。

 泣くことすらできない幸太郎の代わりに雲が涙を流し泣いているかのようだった。


     *************


小辞典


EOTech556

映画の世界でもよくつかわれる軍用のホログラフィックサイト。

他の光学式サイトとは違いボタンによるデジタルな調節を行う。


今回登場した大口径のリボルバーは前回出てきたBFRマキシンである。

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