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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第三章 シャッタード・マインド
39/64

企業城下町の黄金/phase-2

 外務省 一階ロビー


 IASトップの中川統括官は東欧におけるヒューミントによって得た情報をこちらに渡してくれた。

 IAS(国際情報統括官組織)はここ最近オシント――公開された情報資源を活用した諜報以外にもヒューミント――人的資源を活用した諜報を試しているようで、かなりの成果を上げているらしい。日本版CIA設立の際に英国SISのように外務省外局とすることや、そうでなくとも主導権を外務省が握るための布石なのだろう。

 ここ最近になって日本版CIA設立の空気が官僚の間に広まっている。次期政権党が自民党になることを見越して内閣府、外務省、防衛省、法務省、総務省、公安調査庁、警察庁が水面下で牽制しあっている。特捜部もこの動きのなか防衛省と警察庁を繋ぎ影響力を誇示(こじ)してきた。飽くまで公安調査庁でなく特捜部として新情報機関への影響力拡大を画策してきたのだ。

 ロビーから玄関を出た時、携帯が着信を告げる。

 「はい、こちら茅ヶ崎」

 『蓮池です。被疑者三人を逮捕しました』

 「で、どうだ」

 『今、アジトに向かっています』

 「アジト?」

 『長野県飯田市内にあるそうで、現在調査中です』

 「わかった」

 一応の報告は好ましい結果だった。だが、これからが正念場だ。

 黒塗りのマークXが武田とともに茅ヶ崎を待っていた。

 茅ヶ崎が乗ると、マークXは中央合同庁舎第6号館へと向かうのだった。

 「すぐにでも作戦準備にかかる。関係各所との調整を急ぐぞ」

 武田にそう告げると茅ヶ崎は思案を始めた。


     *************


 幸太郎を眺める。

 どうも変だ。

 普段の生活は最低限の明るさを持っているが、何がどういうわけか時折かなりつらそうな顔を見せる。

 ぼんやりと理由を考えていると目の前に不意に人影が割り込む

 「大丈夫?」

 こちらの顔を覗き込んできた。

 富樫(とがし)理恵(りえ)。私の隣の席のクラスメイトだ。

 「へ?」

 「いっつもあの濃いメンツの中にいるのに、なんかどうも距離取ってるからさ」

 「濃い面子?」

 「そりゃ、歩くスキャンダル男に杏佳さま、クラス随一のイケメンと美少女のカップルにドイツからの転校生のあなたが加わるとこのクラスの特異点の6割が集まると思うわ」

 「残りは?」

 残りの4割がかなり気になった。

 「ほとんど山本君」

 「山本君……」

 幸太郎の友達だったわよね。

 幸太郎とその周囲だけでこのクラスの特殊性が構築されているなんて。

 「まあ、これくらいいないとすっごくつまんない高校生活だしね」

 「そうなのかしら?」

 「絶対そうだって!退屈すぎて妄想するし。イケメンスパイと恋に落ちたりさ」

 そうか。

 彼女は私と生きてきた世界が違うんだ。

 銃もテロも工作員も知らずに生きてきたんだ。

 「?どったの?」

 「ううん。なんでもない」

 「そっか」

 そういって理恵は机に寄り掛かる。

 「だけど、幸太郎君のこと好きなんでしょ?」

 「へ?」

 そういえば一応そういうことになっていたっけ。

 「男を落とすなら料理だよっ。できる?」

 「ううん……」

 「練習したら?」

 「幸太郎が今度教えてくれるって」

 「先手打たれちゃったんだ」

 あちゃ〜と手を額に当てる理恵。

 「まあ、頑張ってみようよ。スキャンダル男の手綱はマリアちゃんが握ってるんだからさ」

 スキャンダル男。その彼の最大の過去の過ちをここにいる殆どが知らない。

 幸太郎の胸の奥。

 そこに流れているのは、なんなのだろうか。


     *************


 飯田警察署内の会議室を占有して作戦会議が行われていた

 「例の場所に怪しい建物は?」

 一回りしてきた真田に蓮池は問う。

 「一個、無茶苦茶怪しいのがある」

 「それは?」

 「今宮電子長野支社飯田営業所旧社屋」

 資料が机上に置かれる。

 長野県飯田市郊外には今宮電子長野第二工場がある。ここが件の排水事件の現場となったとされる。飯田営業所には長野第二の司令部としての役割も存在した。

 「怪しいな」

 「現在は閉鎖しているとしているが、どうも電気が生きている。中電に確認した。解体まで倉庫として使うとか言ってたらしい。しかも、駐車場にあった車種がどんぴしゃだった」

 「確定だな。強襲三班を集結させる。襲撃してメンバー全員を逮捕拘束する」

 「県警の応援も呼ぶか」

 「警視庁にも。SATの応援を念のためにも」

 メモ帳の一ページには必要となることが羅列されていた。

 「公安部は……いるか。張ってる」

 能美が指し示す方向にはセダンが一台止まっている。

 「手柄を横取りしたいのか?」

 「いや、あれからしたら閣僚に対して報告するだけだな」

 「内閣の手先?」

 田宮は首をかしげる。

 「行政って本来そういうものだがな」

 「閣僚の親族がテロリストだっていうのにか」

 蓮池は呆れた声を挙げる。

 「公安部もそうしないと予算が出ないらしい。幹部連中全部公安未経験の生安畑だそうだ」

 真田は肩をすくめる。

 「かわいそうに」

 「同情するなら、換えてくれ。だとさ」

 真田は憐みの視線を勝手に送っている。

 「ところでスナイパーは?」

 「長野新幹線とパトカーを乗り継いですぐにでも到着する模様です」

 「到着したらすぐにポイントに付かせて監視役をさせないとな」

 「飯の差し入れの準備も必須か……」

 携帯電話で周囲のファストフード店を探し始める。

 「その必要はない。カロリーメイトと水で五日間耐えるらしい」

 「さすが……」

 「それよりも作戦のために必要な資料作りだ。間取り図は入手できたか?」

 「建設した業者から資料を送ってもらいました。今は突入可能ポイントを絞り込んでいます」

 机上に広がった数々の情報は確実に組織を捉えるものだった。

 「今夜中に作戦を行う予定だ。急ぐぞ!」

 情報を整理しつつ、タイムリミットを数えていた。


     *************


 「警視庁SATは今現在?そうですか。頼みます」

 茅ヶ崎は作戦に関係する各所に対して調整を行っていた

 「よし、次。今宮電子への問い合わせ」

 「スナイパー設置後すぐに」

 「よし。電話線は?封鎖したか?」

 「今、NTTに要請しています」

 着々と舞台の準備は進んでいた。

 「問題は、携帯電話だな。封鎖しようにも大事だ」

 携帯電話の封鎖にはSIMカードの凍結が一番早いが、世の中には不法なSIMが多数存在する。これらに対応するためには一定領域の基地局の停止が一番早いのだ。

 「臨時のメンテナンスを一帯の基地局で行わせてみるとか」

 「それなら封鎖できるな。各社の基地局をメンテ名目で停止するよう通達」

 「了解」

 「それ以外の無線は常に傍受しておけ。何が起こるかわかったもんじゃない」

 「了解」

 着々と準備は進んでいる。

 「今宮電子側の動きは?」

 「現在不明です。保有する警備会社にはこれといった動きはありませんが」

 「そうか」

 「作戦開始は明日の0217マル・フタ・ヒト・ナナで大丈夫ですね」

 「ああ」

 部下にそう返すと茅ヶ崎はコーヒーを一杯飲みほした。


     *************


 「え〜、じゃ最後。昨日、この近くで、暴力事件がありました。くれぐれも注意すること。じゃ」

 「起立。礼」

 『さようなら』

 ホームルームが終わり、みんながみんな部活や帰宅の最終準備に入る。

 室内でもわかる湿り気を帯びた空気は梅雨前線と南洋の台風によるものらしい。

 このままいけば土日にもこの地方に最接近するらしい。

 「幸太郎。大丈夫か?」

 「一応」

 一際暗い表情の幸太郎はゆらりと立ち上がる。

 「いかんせん、睡眠不足でな」

 見ているだけでも足取りは重たそうだ。

 「思い出したくない過去ってあるだろ。それを毎晩見続けたらな……」

 うなされている。マリアからそう聞いた。

 幸太郎はあの襲撃事件以降、憔悴(しょうすい)しつつある。

 何とか空元気で周囲と合わせているようだが、それが時にひどく痛々しく見える。

 不意に幸太郎は携帯を取り出す。少しだけ驚いた表情をしている。

 「どうしたの?」

 マリアが気付いて声をかける。河合さんも一緒だ。俺も気になって近寄る。

 「松代が、喜咲が合いたいって。土曜に」

 「それってまさか……デートってこと?」

 河合さんは驚いている。

 「そういうことなのか。俺には分からないが」

 「とにかく、返信して詳しいことを聞かないと」

 「内容はどうすればいい?」

 困り切った表情で幸太郎は画面を見つめる。

 「何をしたいのかみたいなことを聞かないと」

 「そうはいうけど」

 「貸して!」

 そういって河合さんは戸惑う幸太郎の携帯をひったくると文面を作成して勝手に送信した。

 「おい!何やってんだ」

 「こうでもしないと何も始まらないわ。ヘタレなんだから、しょうがないでしょ」

 「しょうがないっておい……」

 「さっそく返信が来たようね。なになに……イルカねぇ」

 文面はシンプルだった。

 『一緒にイルカとかを見に行きませんか』

 これにふんだんに絵文字がちりばめられている。

 「イルカとなると、名古屋港水族館か」

 「行った覚えは?」

 「小学三年の時にふじ型砕氷艦と一緒に」

 「かなり前ね」

 「水族館よりも伏見の科学館か東山の動植物園だったんだ」

 「渋いチョイス……。らしいと言えばらしいけど」

 河合さんは画面から目を離さずに幸太郎と受け答えしていた。

 「で、OKしとくわね」

 いつの間にか文面を整えていたかと思えば、河合さんは送信のアイコンを押していた。

 「ちょ、おま!」

 「無駄よ。もう送ったもの」

 鼻歌交じりな河合さん。

 「どうすればいいんだよ……」

 「デートに行けばいいのよ。決まってるじゃない」

 河合さんの一言には、まるで踊るかのような軽やかさがあった。


     *************


 貸し出された部屋の中で俺は銃の整備をしていた。やり方は一応マニュアルに書いてある。お世辞にも日常会話レベルとは言い切れない英語の能力の俺でも一通り読めばやるべきことはよくわかる。

 メールで勝手にデートをOKにされた後、返ってきた文章から透けて見える嬉しそうな喜咲に断る気にもなれず、最終的に受け入れてしまった。

 簡易分解で各部のチェックをし、バレルを磨く。

 後は組み立てだけだ。

 「キャー!!」

 急な悲鳴。

 (何があった!?)

 急いで発生源に向かうとそこにはパステルブルーの布地の上に黒猫がちりばめられた下着を着たマリアと黒い布地とレースに赤い通しリボンのついた下着を着たエミリーちゃんがいた。

 「え……?」

 一瞬何が起こっているのかわからなくなるが、視界の端に『這う黒豆』がいた

 「チェストォォォォォォォォゥッ!!」

 すぐにスリッパを手に持ち目標物を叩く。

 動かなくなった。息絶えたらしい。

 「これで解決。ティッシュペーパー無いか」

 そういって二人の方へと振り向いた瞬間。

 「ヘ、ヘンタイ!!」

 顔を真っ赤にしたエミリーちゃんが叫ぶ。

 「おげっ」

 腹に響くケリを叩き込まれ、俺は意識を失った。


 俺はリビングのソファーに寝かされていた。

 「ホントごめんね」

 マリアが詫びている。

 「いいよ。油断していた俺が悪かった」

 俺のゴキブリ退治は見事に成功したが、皮肉なことに俺も退治されてしまった。エミリーちゃんからすれば自分の素肌と下着を見られることが本当に嫌だったのだろう。

 記憶に焼きついたのをここまで後悔したことはない。殴られたからって記憶が飛ぶわけでもないらしい。痛感した。

 「なあ」

 「なに?」

 「エミリーちゃんは?」

 「……体を縛ってベッドの上よ」

 おっかねぇ。

 「じゃないと、あなたを殺しに行こうとするわ。拳銃とサイレンサーを探していたから」

 「……」

 もっとおっかなかった。

 「顔、青いわよ」

 「すまない。そこまで聞くとちょっとな」

 自分のやらかしたことが結構な大事だったらしい。

 どっこいしょと体を起こしてテレビを見る。

 42型液晶テレビは今日中央道で起こったという大事故を報じていた。

 コントロールを失った乗用車が後続の大型トラックを巻き込んでしまったらしく、ドライバー二人の死亡が確認されたそうだ。

 「事故、か」

 俺はあの時死ぬべきだったのだろうか。

 あの時、なぜ俺は生きようと決めたのか。

 今となっては判然としない。

 「どうしたの?」

 「なんでもない」

 そういって目を逸らし、誤魔化すしかなかった。


     *************


 夜も更けてきた。

 午前2時10分を過ぎた。

 強襲三班は所定の位置に付いた。

 待機状態が続く。一階の窓ガラスを電動ガラスカッターで円形に切り取って窓の鍵を開けているのだ。

 彼らの主目的は突入路の確保。たった二人で音もなく侵入し、玄関のカギを開錠するのだ。

 そして、時間が2時17分になった瞬間、電気が止まった。

 「突入!」

 号令とともにロープで屋上から窓に取りついた隊員が突入する。

 一組が玄関の鍵を解除すると本隊が雪崩れ込む。

 蓮池達四人もまた彼らと同行する。

 「何があっても犯人は逮捕拘束するんだ。射殺だけはするなよ」

 『了解』

 声を低くし、足音もなく内部を進んでいく。

 「狙撃1。目標の動きは?」

 『こちら狙撃1。まだ気が付いていない模様です』

 「よし、わかった。くれぐれも注意しろよ」

 目標がいるのはこのちっぽけなビルの三階部分。爆弾にはそれなりに詳しいが銃に関してはずぶの素人だ。

 この建物には階段は三つ存在する。一つは建物西側。もう一つが建物東側。最後の一つが非常階段だ。玄関にいちばん近いのは西側の階段である。そして東側の階段はシャッターで閉鎖されているらしい。

 この階段を上ると二階、三階へと進むことができる。

 『前衛先導!ヤバいもん見つけました』

 三階に先回りしていた隊員からの通信だった。

 「何を見つけた?」

 『爆弾です。二液混合のサーモバリック』

 「なんだと!?起爆装置は!?」

 『接続されていません。ディアクティブです』

 隊長はほっとした表情になる。

 「どうした」

 「サーモバリックを発見した。二液混合ってのがミソだな」

 「サーモバリックって」

 「爆発したら人間を押しつぶすような高圧力を発する爆弾だよ。燃料気化爆弾とも言うが」

  真田の質問に班長は苦々しく答える。

 「これから、そいつと合流する。回収した爆薬は液体窒素で不活性化しつつ密閉梱包した後防衛省送りだな」

 三階へと向かうとそこには先行していた隊員二人が手招きしていた。

 「例の爆薬は?」

 「動かしてません。起爆装置は解体しましたから大丈夫かと」

 「よくやった。で、どこにあるんだ」

 「こちらです」

 隊員たちは案内された方へと向かう。

 周囲を警戒していると、能美が影に気が付く。

 「!?蓮池さん後ろ!!」

 能美が叫ぶ。田宮がMP5 RASの銃口を向ける。背後には男が一人。逃走する気だ。

 「止まれ!止まらないと撃つぞ!」

 ライノを構え固定しておいたフラッシュライトを燈し蓮池は呼びかける。真田も銃口を向ける。

 男の動きはぴたりと止まると、ゆっくりとこちらを向いた。

 「ひ、ひひひっ」

 逃げようとした男は顔を青くしてひきつった表情を見せる。

 ひ弱な若者だ。

 「なんだ!?」

 異変に気づいたらしく隊長が戻ってきた。

 「さあ、お縄についてもらおう」

 蓮池がゆっくり男に近づく。

 次の瞬間。

 「くたばれええええええええええ!!」

 男は隠していたMAC10をこちらに向ける。

 ライノの.357マグナムが火を噴く。

 マグナムの弾丸はMAC10を吹き飛ばす。

 「退避!!」

 班長が叫ぶ。

 MACを落とした男を除くその場の全員が急いで物陰に隠れる。

 カツンッと硬いものがぶつかった音がした後、強烈な銃声と悲鳴が二秒続いたかと思うと、あたりはシンッと静まり返った。

 再度同じ場所へと戻るとあたり一面弾痕だらけになっていた。オープンボルト式特有の暴発現象だ。それに腰を抜かし、小水を垂れ流して涙目になっている男がいた。蓮池は完全に戦意を喪失した男に手錠をかける。

 「ばれたかもな」

 隊長はあたりを見渡す。

 「こいつが居なければもっと静かにやれたろうに」

 「だが、まだどうにでもなる。逆に探す必要が減ったと思えばいいさ」

 「異変に気が付いて動き出すわけか」

 「ご名答」

 蓮池の言葉を聞くと隊長は隊員たちに号令をかける。

 「フラッシュの準備。《サイクロプス》も準備しろ」

 「サイクロプス?」

 「軍用の暗視スコープのことだ。四月の事件の後、供給された」

 ヘルメットを指でさす。そこには筒が一つ固定されていた。

 「これを下すとさながらサイクロプスってわけだな。当分お前たちには無視界状態を強いるが、許してくれよ」

 「ああ、そういう」

 「おいでなすったぜ旦那!」

 先ほど合流した隊員が告げる。

 「よし。FB!」

 号令とともに目と耳を塞ぐ。

 フラッシュバンの圧倒的な光と音が場を支配する。

 すぐに変化は現れた。

 銃声と悲鳴がするのだ。音と光でパニックになったらしい。

 「よし、強襲!」

 銃声がひと段落すると強襲三班の隊員はAN/PVS‐14 MNVDを下し、喧噪の中へと入っていく。光源からの光を完全に遮断する厚い煙を強襲三班は何の苦も無く進んでいく。

 「うわ!なんだ」

 「誰だ!放せ!!」

 「イテッ!」

 「ちょ!」

 闇の向こうは何が起こっているのか。

 フラッシュライトで闇が晴れると混乱で統率がとれなくなった敵は後ろ腕で縛られていた。

 「死者なし。負傷者多数。手際良いな」

 「おかげさまで。さて。護送車で運びましょうか。……こちら前衛先導。目標を確保」

 無線で作戦完了を伝える。

 「さて撤収準備」

 「了解。撤収するぞ」

 「貴様等ぁあああああああああ!!」

 髪はぼさぼさ、無精ひげのリーダー格の男が吠える。

 「どうした。文句があるのか?坊主?」

 まるで小学生を見るような眼で蓮池は声の主を見詰める。

 「俺たちの邪魔しやがって!!」

 唸りながら吠える。

 「俺たちは、悪だくみをしている奴を邪魔してとっ捕まえて給料もらってんだ。給料ドロボーにはなりたかないんでね」

 やれやれと蓮池は答える。

 「権力の狗が!」

 「あっ、そう。自己中な犯罪者には言われたかないね」

 相手の鳩尾にトウキックを叩き込んで蓮池は立ち去ろうとする。

 「ちょっと待った」

 無線を聞いていた隊長の顔がみるみる青くなる。

 「どうした?」

 「……まずいぞ。今宮の『警備会社』の車が向かってる」

 「警備会社?」

 「ああ。いわゆるPMCってやつだ。奴ら、国内に武装警備員おいていたのか!?」

 「県警に止めるよう要請する。時間稼ぎさせるからちょっと待ってろ」

 「ああ」

 「あ、警備会社の名前は?」

 「イマミヤセキュリティサービスだ。だが、車は真っ黒でロゴが無いらしい。ナンバーは足立300せ2990のハイエース。車に666の数字があるとか。いま、中央道にいるらしい」

 ランサーエヴォリューションの助手席の無線に取りつくと長野県警へのコンタクトを図る。

 「こちら公安調査庁特捜部の蓮池というものだ。至急要請したい案件がある。とある車両を職務質問で止めてほしい。ナンバーは足立300の2990。車体に666の番号がついてる中央道を進んでいる黒のハイエースだ。大至急頼む」

 『黒のハイエースですね。了解しました』

 一息ついてへたり込む。

 「おい!俺たちもいくぞ」

 運転席に真田が乗り込んできた。あの二人も一緒だ。

 「どうして?」

 「単純に心配だからさ」

 そう言いつつエンジンがかかる。

 急いで車内に乗り込むとランサーエヴォリューションはタイヤを軋ませ一般道を進む。

 「陸自か空自に機銃掃射と爆撃を頼むか?」

 「バカ言え。ばれちまうぞ」

 「それもそうか」

 ジョークをマジに返されてしまった。

 無線が着信を告げる。

 「どうした?」

 『当該車両がこちらの制止を振り切って逃走。追跡していた車両も撃破されました』

 「げ、撃破って!?」

 『原因は不明です。あ、え?う、撃たれた?』

 現場で混乱しているようだ。

 「こりゃマズいぞ」

 「どうマズいんだ?」

 「奴らは人を殺す気満々だってさ」

 「そりゃマズい」

 溜息交じりに吐くと通りの少ない交差点の赤信号を半分ドリフトするようにして右折する。

 「火力集めて叩くっきゃないな」

 「大火力でぶち抜く、か。で、総火力は?」

 「9ミリがひいふうみい……60発。.357が6発。.44が6発だな。予備のマグが無ければ。これ、装甲車に効くか?」

 高速での銃撃戦時に急いで床にばらまいた.357マグナムを一本手に取ってみる。

 「さあな。心配なら今度はタイヤを狙え。そんでひっくり返しちまえば車なんざただの箱だ」

 ラッチを解除してさっき使用した弾の薬莢をエジェクターロッドで他の弾ともどもシリンダーから押し出すと、その薬莢だけ取り除いて新品の弾と交換する。

 「いうなぁ……」

 スリングアウトしていたシリンダーを閉鎖するとコックしてシリンダーを回しデコックする。

 「高速の出口付近で迎え撃つぞ」

 「道路ごと吹っ飛ばすか?」

 幹線道路をUターンする。

 「名案だが、観光資源がある街にゃ酷だ。地雷もない」

 「そうだな。それと」

 「ん?」

 「アクロバットはもうやるなよ」

 「わかった。なら降りろ」

 幹線道路わきに車を止める。

 『このままでは出口に到達します!!』

 悲鳴めいた報告が車内に響く。

 「さて」

 「「仕事だ」」

 拳銃をハイポートして車から出ると迎撃地点へ歩いて向かう。

 『出口の減速車線に入った!』

 ポータブル無線機が報告の電波を拾う。

 『速すぎる!!料金所を突破するつもりだ!!』

 減速車線が光で白く染まる。

 迎撃地点には黒染めロゴなしBDUの警視庁SATと紺染めロゴ入りBDUの長野県警機動隊銃器対策部隊が銃を構えて待ち構えていた。

 「総火力上乗せだな」

 蓮池は呟く。

 『一般道に入った!?』

 「ジャズ好きなお前には悪いが言わせてもらうぜ」

 車のヘッドライトが見える。目標の車だ。ありがたいことにロービームにしている。

 「撃ちまくれ(ロックンロール)!!」

 一直線に今宮のビルに向かおうとする奴らに、待ち構えていた部隊はありったけの弾丸を叩き込む。弾丸はハイエース改造の装甲車に火花を散らし、そしてタイヤに一発弾丸が命中した。ランフラットタイヤも強度のある側面が破壊されると普通のタイヤと変わらない。それなりの速度だった装甲車は急激に一方に抵抗が増えたがために横倒しになって滑る。ガリガリと火花とともに不協和音が響く。中央分離帯のガードレールに衝突してコマのように一回転する。

 「うわ〜……あっちまで行っちまったぞ」

 真田が目を凝らす。

 「中身確認するか」

 「そうしよう」

 残弾を確認しつつ駆け足で近づく。

 「オープンセサミ」

 そう言いつつドアを開けると黒づくめの男たちが伸びていた。手にはスターム・ルガーP9がある。

 「犯人は確保、といったところか」

 セブンスターの箱を取り出し一本咥えてジッポで火をつける。

 「けほっ、けほっ」

 「…すまなかった。高速ではなんともなかったから。煙が苦手だったか」

 咳き込む田宮を見て携帯灰皿でタバコを鎮火する。

 後からくるパトカーはちょうど人数分あった。

小辞典


MAC10

MP5が普及する以前は特殊部隊でも多用されたオープンボルト式短機関銃。

小型でサプレッサーに最初から対応している。

発射レートが非常に早くロングマグでもたった二秒で撃ち尽くす。


スターム・ルガーP9

UZIと同じウジール・ガル氏が設計した短機関銃。

全体的に改良が加わっており、精密射撃ができるクローズドボルト式もオプションで選択できる。

サイズはミニUZI程度だが重量は1キロ以上軽い。

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