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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第三章 シャッタード・マインド
38/64

Gilbane Gold/phase-1

 「県警組織犯罪対策局から回答が来ました」

 武田が資料を手渡す。

 「で、どうだった」

 「ビンゴです。松平会の事務所が立て続けに火事や爆発を起こしています。最近は対立している極東厳龍会の事務所も同様の被害にあっていますが」

 「なるほど」

 「なお、組側は抗争も内紛も否定しています。単なる事故だと。ただ、戦闘の痕跡が確認されたようです」

 資料にプリントアウトされた写真は黒こげになった『他殺体』ばかりだった。

 「つまり、一連の事件に対する報復が昨日の戦闘だったわけか」

 椅子を軋ませもたれると茅ヶ崎は書類を机の上に置いた。

 「どうします」

 「今後重要になるかもしれない。視察を密に」

 「了解。それと」

 武田は背広の内ポケットを探し出す。

 「どうした?」

 そう声をかけたときに、武田はメモを探し当てた。

 「外務省IASがコンタクトを求めています」

 「わかった。日程は?」

 「明日には会いたいと」

 珍しく急用ができた。

 「わかった」


     *************


 夜は9時の中央高速を赤のランサーエヴォリューションXが進む。

 後席の二人は既に眠ってしまっている。

 まあ、疲れているらしいからしょうがない。

 あのおっかない田宮の寝顔は意外とやさしい。

 「知ってるか。こんな言葉を」

 急に蓮池が切り出した。

 「ん?」

 「アメリカはテロリストと交渉しない、だがチャック・ノリスとは交渉する」

 「なんだよ急に」

 「いや、思い出したんだよ」

 「なにを」

 「チャック・ノリス・ファクト」

 「なんだよ?それ」

 「いや、この世にはそんなのもあるのさ」

 「ほう」

 一応、真田に気を使っているのである。

 高速道路では催眠現象が発生する。夜になればなおさらだ。

 話しかけることで意識をあえて散らし、催眠に陥らないようにする。

 催眠術なども集中しづらい環境では不発になりやすい。

 中央高速では一応対策がされているらしいが、それでも線形は一般道より格段に良いので一定の対策は必要となる。

 「もうそろそろどこかで寝よう。さすがにキツイ」

 情報班によれば追っているインプレッサはいったん高速を降りたらしい。

 山梨県警公安課も監視中だ。何かあったら最優先でこっちに情報が来る。

 Nシステムでどうもモーテル街に入ったということもわかっている。

 「サービスエリアで眠るか」

 「賛成だ。やつらがモーテルに入ったんじゃな」

 車は双葉サービスエリアへと入る。

 「なんか食うか?」

 「やってるのか?」

 「フードコートは二十四時間やってるぞ」

 「じゃあ、なんか食うか」

 蓮池は後席の二人を起こしてから車を出るとフードコートへと向かう。

 さすがに夜遅いこともあってか、閑散としている。

 「レストランもまだやってるな」

 「じゃあ、遅い夕食にでもするか」

 「うん」

 「ありがとうございます」

 高校生二人。ショッピングモールのあの銃撃戦を思い出す。

 あの二人と雰囲気が似ている。

 どうも、十三課の少年工作員というのは基本異性でツーマンセルなのだろうか。

 「ほうとう。そういえばそうか」

 真田はメニューを眺め少し悩んだ後、暖簾をくぐった。

 ここは山梨。山はあるけれど。

 B‐1大賞の甲府の鶏モツ煮は食えるだろうか。


     *************


 バレルの掃除を終えると美里はナイフの確認をしていた。

 エストレマラティオ・フルクラム。ローゼンハイム姉妹からプレゼントされたものだ。

 扱い方は知っている。

 刃をシースに収めるとカバンのポケットに入れる。

 今回は失敗だった。

 やっぱり小型ナイフは必要だった。あんな大規模な襲撃、真っ当なテロリストならまず考えない。

 何より自分が切り開いて警護対象を護らないといけなかった。

 このナイフさえあれば、もっと早く全てを終わらせることはできたはずだ。

 「ケンくん……」

 なぜか体が熱い。

 ケンくんのことを考えるといつもこうだ。

 不思議な気分になる。

 ケンくんと一緒のときはもっとひどい。

 どうしようもなくなる。

 「大丈夫か?」

 ドア越しにケンくんの声が聞こえる。

 「どうしたの?」

 「いや……その……」

 どこかためらっている声。

 「私は大丈夫だよ」

 「そ、そうか。よかった」

 安心した声。

 ケンくんは安心した声の方が似合う。

 いつも冷静なケンくん。

 そうじゃないと、私が不安になる。

 わたしが使い物にならなくなったら。

 「!?」

 怖い。

 怖いんだ。

 ケンくんのために働けなくなることが。

 「…………!」

 震えが止まらない。

 (くるしいよ……ケンくん……!)

 ただ一人、他に理解しえぬ恐怖に美里は震えるしかできなかった。


     *************


 「今宮の専務が愛知に行ったらしいんだ」

 SAの駐車場に止まっている車の中で真田は蓮池に相談を持ちかけた。

 「なんでだ?」

 「さあな。ただ、今朝の日経読んだか?」

 「いや」

 「それによると、もうすぐ東條院は常滑の臨空都市に史上最大の輸出拠点を開業するらしい。起死回生の切り札だそうだ」

 「それって」

 「敵情視察かなとも思ったんだが、余分なルートがあった」

 「どういうルートだ」

 「豊田市の山道をトラック複数台とともに進む姿が確認されている」

 「なんだそれは」

 「よくわからない」

 「あやしいな」

 「だろ」

 しばし無言が支配する。

 「おまえ、運転する?」

 「ここで休む意味ないだろ。それ」

 「そういえばそうか」

 再度沈黙。

 満天の星空だ。

 梅雨の晴れ間という奴だろう。

 後席の二人は仲睦まじく眠っている。

 「おまえ、コイツらとかのこと、どれくらい知ってるんだ?」

 「コイツら?」

 蓮池の問いに真田は振り向く。

 「後席の二人とか」

 「少年工作員のことか」

 「ああ」

 「……正直、詳しくは知らない」

 しばし考えた後、真田は答えた。

 「そうか」

 「ただ、これだけは知っている」

 「ん?」

 「過去、何らかの犯罪の被害に遭った子供を中心としているらしい。テロ、誘拐、集団洗脳、その他もろもろ」

 「……(むご)いな」

 「いろいろあるさ。ちゃんと本人の意思で参加しているしな」

 「……そうか」

 「さて、寝るぞ。山梨県警には安眠のためにも仕事してもらおう」

 そういうと車内は一気に無言になった。


     *************


 「来いよ。どうしたんだよ」

 杉下はこちらを睨む。

 当たり前だ。今の俺は、こいつに果てしない軽蔑の視線を送っているのだ。

 「貴様の指図は受けない」

 「貴様ぁ?どの口で言ってんだよ!」

 「この口だよ」

 取り巻きの一人が俺に掴みかかろうとする。

 伸びた右腕を一瞬でつかむと一本背負いの要領でアスファルトに叩き付ける。

 「痛ってえな!なんだよ!」

 怒りを込めた視線だがまったく恐怖を感じない。逆に滑稽に思える。

 「なんだよ!その気持ちわりぃ眼は!」

 取り巻きが言う。

 「……貴様の方が何億倍も気持わりぃんだよ…ゴミ屑が……」

 「なんだとぉ!!」

 襟をつかもうとした敵の左手を右手でつかみ軽く捻る。

 「ギャ!」

 奇声を挙げて顔をしかめる。歓喜なのだろう。セックスに等しいほどの。

 「喜んでいるのか?ならもっとか?」

 右脚で脇腹を踏みつけ、さらに右手をひねる。

 「いっ!ぐっ!あ!ぃひっ……痛ぃ!」

 「処女は初めてを痛いと感じるというが違うのか?」

 さらに脚と腕の力を強くしていく。

 「このぉ!」

 バットを振り上げた奴が突進してくる。

 即座に掴んでいた奴をバットの軌道に配置する。

 バットをもろに食らったらしい。吹っ飛んでいく。

 「貴様ぁ!」

 「……なんだ?……仲間(これ)(こわ)そうとしたんじゃないのか?」

 「格下がぁ!!舐めやがって!!」

 再度振り上げたバットを掴み一気に引き寄せると鳩尾に膝蹴りを叩き込み、腹を抱え込んだ瞬間に後頭部に拳を振り下し、膝を顔面に叩き込む。

 「なんだこれは。俺に生贄を捧げているのか?」

 「やっちまえ!!」

 一気に群がってくる素手の男たちの打撃を重心移動とステップ、そして全身の筋肉の瞬発力で躱しつつ急所に強烈な打撃を与える。

 残ったのは杉下と腹心の石畑だった。

 「来いよ、臆病者(チキン)。怖いのか?」

 冷たく挑発する。

 「やろぉ!ぶっ殺す!」

 奴の怒りの表情は未だに脳裏に焼き付いて……。


 不意に目が覚める。

 過去。

 忘れてしまったはずの、過去。

 右手には生々しい感覚がある。

 殺そうという生々しい感情ではない、壊すという無機質な意思。

 俺の中には、殺人の意思はない。

 単なる破壊の意思。

 俺が敵に抱くのはそれだった。

 時計を見ると5時48分を指している。

 二度寝には、都合が悪い。


     *************


 台風が近づきつつあるという木曜の朝。

 日の光はほとんどなく、いつ降るかいつ降るかといった空模様だった。

 普段からある意味最も疲れている朝に、さらに最近の寝不足が追い打ちをかける中、俺は山本と話していた。

 「そういえばさ、なんで河合さんと仲良くなったの?かなり前から疑問だったんだけどさ」

 まあ、普通不思議に思うだろう。

 「パッと見はおとなしそうなお嬢様だったんだ」

 「惚れたの?」

 「いや。惚れていたわけじゃない。なんとなく惹かれたんだ」

 「まあ、何も言わずじっとしてれば空手と合気道が有段でジョジョとメタルが好きなドSお嬢様とはわからないもんね」

 「そう。見た感じはまさにこの言葉だな。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は「百合の花」」

 最後に声がそろう。

 「だが実際はマンダラゲでベラドンナで鳥兜(トリカブト)だったわけだ」

 「……うまいこと言うな」

 山本の言葉に少し驚いてしまった。

 「でしょ」

 「植物に詳しいのか?俺は詳しいが」

 「一応知ってるだけだよ。花って、美しいじゃないか」

 ニシシシと笑う山本は話を続ける。

 《百合》が好きとは知っていたが、植物もちゃんと好きだとは。

 「にしても、最近河合さんと一緒にいることが少ないね」

 「一応彼女持ちってことになってる俺が彼女差し置いて、っていうのは……一応問題だと思わないか」

 「そういえば、そうだったっけ。一度こっぴどくやられたもんね」

 山本は大きな溜息を吐く。

 「あれは堪えた。学校中に二股野郎として伝わるとはな。米田先生すら『とっかえひっかえなのか!?』だ」

 「大変だったよね。火消しに参加してて思ったもん。女子の情報網(ネットワーク)の伝達力」

 「で、当面の間、ほとぼりが冷めるまでは濃密な接触はしないでおこうと一応は決めたわけだ」

 「昼ごはんの時だけだもんね、最近は」

 「まあな」

 「退屈そうだよ、河合さん」

 「そうは言うがな……」

 天井を仰ぎ見る。

 河合よ河合、河合さん。この学校で一番根も葉もないうわさを広められているのは誰ですか?

 何故だかこのフレーズが浮かんできた。

 「ねえねえ。ハーレムエンド目指すっていうのは?」

 「駄目だ」

 「駄目ぇ~っ!?」

 勝手に失望された。

 「ああ。おまえな、俺に美少女ゲームやハーレムラノベの主人公並みの魅力があると思うか?たとえばSHUFFLE!の土見(つちみ)(りん)とか、マブラヴの白銀(しろがね)(たける)とか、生徒会の一存の杉崎(すぎさき)(けん)とか。現実にいたらどうなってるんだよ」

 「……そういえばそっか」

 「だろ」

 どうも腑に落ちたらしい。

 言っていて少々悲しくはなるが。

 「それにしても……よく知ってるね。僕は詳しいけど」

 「一応知ってるだけさ。じゃないと話が合わないだろ?」

 「あー」


     *************


 篠山女学院前


 黒いバンの中で諜報特殊班はA1装備で待機していた。

 MP5K PDWとSP2022を確認するとバラクラバとフリッツヘルメットを装備する。いかなる組織かわからないよう、文字を排された真っ黒なBDUと防弾ベストを着込んだ隊員たちの空気は張りつめていた。

 『目標を捕捉。作戦を開始する』

 「了解」

 外の諜報班員の合図とともにバンから特殊班は飛び出す。

 目標の少女は迷うことなく見つけることができた。

 特徴的なプラチナブロンドを目印に隊員は取り囲む。

 銃と盾による挟み撃ちで完全に動きを封じた。

 さらに一人が猿轡を持って背後から口を押えようとするが即座に躱される。

 「荒神ヘレナだな。おとなしくお縄についてもらおうか!」

 羽田は手錠をちらつかせる。

 「ちっ……!」

 お嬢様然とした顔から一転し眉間にしわを寄せた顔。

 瞬間、すぐそばにあったダンボールがオレンジの閃光とともに爆発する。

 咄嗟に姿勢をかがめる。

 「なにごとだ!?」

 銃口の一部が他に向く。

 襲撃の可能性がある。

 最中にヘレナはバタフライナイフを取りだして襲い掛かる。

 「撃て!!」

 銃声が響くがヘレナは全て回避する。

 飽くまで拘束が目的だったこともあって致命傷だけは避けたいのだ。

 どうしても命中しない。

 躍り掛かるヘレナの刃を躱し羽田はSP2022を構える。

 右脚を狙うが、撃つころには射線上に右脚はなく、爪先が羽田の左頬にめり込んでいた。

 細い脚からは想像できない力で吹き飛ばされた羽田。

 彼の背後には細い隙間ができていた。

 すぐに隙間を縫うようにして包囲から脱する。

 「逃がすな!緊急配備だ!付近一帯を封鎖するぞ!」

 羽田は指示を飛ばした。

 だが、荒神ヘレナは捜査の網にかからなかった。


     *************


 曇り空の下、ランサーエヴォリューションXは車の通りの少ない中央道を進んでいた。

 「意外。空いてるんだ」

 「知らなかったのか?」

 「うん。いつも『混んでる』ってテレビでやってたから」

 田宮の言葉はどうも心の底からの物らしい。

 普段の中央道というのは結構空いている。

 混んでいるという印象は盆や正月の帰省ラッシュの映像ゆえだろう。

 件のインプレッサが中央道に入ったという報告を受けてから15分。

 蓮池たちはそのインプレッサの後方80メートルにいた。

 念のため陸自に要請して偵察ヘリ部隊も融通してもらったらしい。

 〈上空にはOH‐6がいるはずです。報告がありますから、対象を見失うことはありません〉

 坪倉が朝一で教えてくれた情報だった。

 山梨県警公安係が行った決死の潜入で車へのGPS設置が行われ、その過程でナンバー交換の事実がわかった。どうもこれで撒けると思っていたらしい。

 だが甘い。

 普段通りの平和な中央道だが、ふとインプレッサから一人身を乗り出す。

 手には黒い塊を持っている。

 不意に点が瞬いたかと思うと路面が抉れる。

 銃だ。サブマシンガンかカービンを構えている。

 「奴ら気が付いていたのか!」

 真田は毒づく。

 「社会人を舐めるなよ!」

 ハンドルを切って射線を避ける。

 能美はSP2022を取りだす。

 「能美!ダメだ」

 動きに気が付いて真田が制する。

 「でも、これじゃ……」

 「薬莢で後続が事故る!道路を封鎖するほうが先だ!」

 蓮池は携帯を取り出し高速警察隊に連絡を入れる。

 その間にも敵はこちらを攻撃してくる。

 「チクショウ!どうなってやがる!」

 「さあな。だが、無計画ってわけでもなさそうだぞ」

 そうこうしているうちに何が起こっているのか知らないホンダ・フィットが追い越し車線を進んでいく。

 運転手は車内でかけている音楽に夢中らしく、異常に気が付いていない。

 時速80キロで巡航している二台を追い抜きたいのだ。

 「おい!バカ!止めろ!その車には!」

 思わず真田が叫ぶ。

 だが、その言葉に反してフィットはインプレッサに接近する。

 インプレッサからの銃撃がフィットに命中する。

 タイヤがバーストしてコントロールを失ったフィットはこっちの目の前に流れてくる。

 「あぶね!」

 真田はギアを低速に切り替え、アクセルを離しブレーキを若干踏んでハンドルを切って回避する。

 フィットは中央分離帯に衝突し横転して風景とともに後ろへと流れていく。後続の日野スーパードルフィンが巻き添えになったらしく道路を完全に塞いでしまった。

 気が付くとインプレッサは急加速で逃げ切ろうとしている。

 時速はすでに100キロはある。

 「逃がすか!」

 ギアをドライブにつなぎ直し、ツインクラッチSSTのモードをノーマルからスポーツに切り替える。

 「三菱の最新テクノロジー!なめんじゃねぇぞ!!」

 真田のスイッチが切り替わる。

 アクセルが一息に踏み込まれ、エンジンの回転数が跳ね上がる。

 「!?」

 グンッと加速する。

 強烈なGがかかる。

 車窓がどんどん流れていく。

 「やっぱりこれは最高だ!」

 速度はすでに130キロにまでなっている。

 「おい!大丈夫なのか!?」

 「リミッター解除くらい想定してたさ!だが、こっちの方が腕はいいんだよ!」

 インプレッサの速度も上がっている。

 「さて!テンションあげるぜぇ!!」

 カーナビでオーディオを起動する。

 流れてきたのはCMで聞き覚えのある曲だった。

 「なんで化粧品の音楽を?」

 「これ使った元祖はこの車のご先祖様のCMなんだよ!!」

 ジャズが鳴り響く中さらに加速していく。

 かなりハイスピードだ。

 気になってメーターを見る。

 「ちょっとまて!こいつって」

 数字を見た蓮池は驚く。

 いつの間にかメーターは180キロを超えていた。

 日本では自主規制で一部の車以外は180キロを超えることはできないのだ。

 「ああ!メーカーにちょっと頼んでフルスペック出せるようにしてもらった」

 「はぁ!?」

 「そのほか若干の改造があるが、まあナンバーも3のままで」

 今、俺は化物の中にいる。

 リアルワイルドスピードだぞこれ!

 「アマちゃん共が!」

 さっきから銃撃はやまない。

 こちらには当たっていないが、このままだと対向車線にも損害が出かねない。

 「!?……おかしい」

 ふとそこまで考えて違和感に気が付いた。

 「え?」

 「おかしいんだよ!普通、アジトに行くってなったらこんな派手なことするか?」

 「そういえばそうか」

 「だろ!速度違反のカメラが反応し!ドンパチやって二台吹っ飛び!そんなことしたら公安どころか交機(コウキ)、高速隊が飛んでくる」

 「てことは、陽動!?」

 「かもな。車はどこかで乗り捨てて、当人たちは回収されるか、見捨てられるか」

 「チッ!やってくれるな」

 一瞬、合流口に白い影が見えた。

 見えた文字は

 「!?長野県警高速隊だ!」

 「県境を跨いでたか。よし。ダッシュボードから無線を取ってくれ」

 「え!?」

 「ダッシュボード内に仕込んでるんだ」

 「わかった」

 急いでダッシュボードを開けると無線の受話器を渡す。

 「こちら!公安調査庁特別捜査部!現在、我々は重要事案に関する作戦行動中である。当方は赤の三菱ランサーエヴォリューション。当方の所属の真偽を確認したいならコード3822‐6751で照会を頼む。公調特捜部法第7条2項bに基づき諸君らに応援を要請したい」

 『了解した』

 ハイウェイパトロールのパトカーと白バイが大艦隊となってやってくる。

 「現在追跡中の車両はシルバーのインプレッサワゴン。ナンバーは練馬……」

 真田は指示を飛ばしていく。

 「当該車両には多数の火器が弾薬とともにあると考えられる。注意すること」

 『了解』

 赤色灯の数が事態の深刻さを物語る。

 瞬間、インプレッサから何かが投げ出される。

 背後に火柱が上がり、パトカーが一台巻き添えを喰らったらしい。

 焼夷手榴弾だ。

 「どうするんだよ!これじゃ犠牲者が増えるだけだ!」

 しばし真田は考える。

 さらに車は加速する。

 「このままじゃ止められないな。38口径のリボルバー持ってるか?」

 「ああ……」

 真田の言葉に急いでライノの弾をスピードローダーで.38スペシャルに込めなおす。

 「だが少し特殊だぞ」

 「それでいい。散々練習してんだ」

 真田はライノを手に持つと運転席の窓を開ける。

 「おい!どうするんだ」

 「長野県警高速警察隊各員。これから脱落物が出る可能性がある。注意しろ!」

 車間距離が縮まっていく。

 相手がこちらに銃口を向けようとした、次の瞬間


 ターンッ


 ライノが火を噴く。

 敵が右手に持っていた銃――Wz63はグリップから延びるマガジンを壊れる。

 「よっしゃ!狙いより下行ったがナイスだ!」

 二発目で弾無しのWz63を叩き落とすと、さらにランサーエヴォリューションが加速する。

 ついにインプレッサを追い抜く。

 インプレッサが追い抜けないように進行方向に立ち塞がると、そのままエンジンブレーキで減速していく。

 インプレッサからリボルバーで撃たれるが、どうも牽制のようだ。当たらない。

 「……そうだ!おまえ、.44マグナム持ってたよな」

 「ああ」

 ギアをDにしてアクセルを全開にして車間距離を大きく取り始める。

 「おいおい!何をする気だ!?」

 「装弾チェックしろ」

 「タイヤでも撃つのか?そんなことしたら」

 大事故になる。わかりきっているはずだ。

 「違う」

 「え?」

 「同じくらい確実で、もっと安全な方法だ。とにかく装弾を確認しろ!」

 ラッチを解除してシリンダーを確認すると再度閉鎖する。

 不意に助手席の窓が開く。

 「蓮池!インプのフロントグリルを狙えるか?」

 インプレッサの前に陣取ると真田は確認する。

 シートベルトを外し身を乗り出して試したが、狙いが付けられない。

 「ダメだ!体勢がキツイし射角も取れない!それ以前にリアスポイラーが邪魔だ!」

 「じゃあ、シートベルト締めなおせ!後席二人も、シートベルトをチェックしろよ!」

 「「わ、わかりました!」」

 後席二人の応答が聞こえる

 座りなおすと窓が閉まっていく。

 急いでシートベルトを締め直す。

 真田はそれを確認するとコンソールをいじってトラクションコントロールと横滑り防止装置を切る。

 「ちょっと何を」

 「黙れ!舌噛むぞ!」

 真田が叫ぶ。

 それは一瞬の出来事だった。

 急ブレーキと急ハンドル、さらにサイドブレーキを一瞬のうちに掛けたかと思うと、ランエボはいつの間にか方向を反転させていた。

 思いっ切り体が前に振られる。

 高速スピンターン。死に最も近い大技だ。

 ギアをリバースに入れると再度助手席の窓が開く。

 「全弾叩き込め!」

 蓮池はシートベルトを外し、身を乗り出すと照準を合わせる。

 リバース時とシートベルト解除の警告が鳴り響く。

 「うおおおおおおおっ!!」


 ズガンッ ズガンッ ズガンッ


 レイジングブルが吠える。

 無我夢中でフロントグリルに.44マグナム弾を叩き込む。

 フロントガラス越しに中にいるメンツの恐怖に引き攣った顔が透けて見える。あわててリボルバーのシリンダーを逆さにして振っているが発砲で内壁に張り付いた薬莢は重力で落ちるものじゃない。

 全弾撃ち終わると再度スピンターンで復帰する。

 「もうやめてくれよ。気持ちが悪い」

 蓮池の顔は青ざめていた。急な方向転換で胸をきつく締め付けられ、さらに頭をひどく揺さぶられたためだ。後席二人もどんよりとしている。

 「すまなかったな。あとで飯おごってやるよ」

 「で、これからどうするんだ」

 蒼い顔がまだ戻らない蓮池は真田に問いかける。

 「これで、頃合いを見計らうとインプレッサは動けなくなるはずだ」

 「!そうか。オーバーヒート」

 「そう。グリルの向こうにはラム圧と過給機で熱交換するラジエータがある。これがちょっとでも破損するとオイルが過熱して変質し、部品が熱でがたがたになるんだ」

 「そうとなると」

 「降伏勧告だな。炎上する前に」

 そんな中、蓮池の携帯が着信を告げた。

 部長からのメールだった。


 インプレッサの速度はみるみる落ちていく。あっという間に時速100キロを下回り、白煙を揚げながら緊急停車位置に止まった。

 こちらもパワースライドしながら停車すると能美と田宮がケースを手に飛び出す。田宮がケースから出したのはMP5 RAS。フォールディングストックを伸ばしレーザーサイトを点灯させ構える。能美と真田もSP2022を取り出し構える。蓮池も残弾4発のライノを構える。

 「さあ、出てきてもらおうか」

 ゆっくり近づく。

 エンジンが焼けては碌に動けないはずだ。

 ドアの開く音がする。中からは青年たちが両手を挙げて出てきた。観念したというメンバーと諦めていないらしいメンバーとがいることは表情で一目瞭然だった。

 「フ、ククククッ……」

 一人が生意気に笑う。

 「おっさんたち、本気?」

 「?」

 「これって、所詮ゲームじゃん」

 蓮池はライノをホルスターに仕舞うとゆっくりと一歩一歩近づく。せせら笑う一人の目の前に立つと、蓮池は顔面に右ストレートを叩き込む。

 「舐めたこと言ってんじゃねぇぞ。貴様らがやったのは犯罪だ」

 信じられないといった顔をして青年は蓮池を見上げる。

 「そんなことしていいと思ってんの?俺の親父、次期総務事務次官最有力の官僚なんだけど」

 薄笑いを浮かべる青年。彼は何も知らないようだ。

 「それに関しては心配すんな」

 蓮池はタバコを一本咥えて火をつける。ジッポの蓋を閉めると少しタバコをふかして青年に向き直る。

 「君のお父上は横領の疑いでさきほど東京地検特捜部が逮捕した。懲戒免職もさっき決定したらしい。家も土地も横領で得た資金で買った可能性があるから差し押さえ手続きに入ったそうだ」

 「え……?」

 「つまりは、親の権威も、地位も、財産も、全部なくなったってことだ」

 青年の顔がみるみる青ざめていく。

 「うっ……嘘だっ!!」

 「親子そろって仲良く塀の中だな」

 「嘘だ!」

 「よかったじゃないか、寂しくないぞ」

 「嘘だ」

 「ムショで残りの人生全部、臭い飯食わせてタダ働きさせてやるから、楽しみにしておけ」

 「嘘だ……」

 蓮池は飄々(ひょうひょう)と話す。

 「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!嘘に決まっている!!」

 青年は振り払うように叫ぶ。

 「嘘だと思うなら親父さんの携帯電話にでもかけてみな。誰も出ないはずだ。職場にもかけてみろ。親父さんは免職されたと返ってくる」

 「う……うぅ……」

 うなだれる青年。

 その傍らにしゃがみこみ蓮池は肩を叩く。

 「さて、ここからが本題だ。これから俺の問いに答えれば俺たちは見逃すチャンスをやろう。俺たちは逮捕しない」

 「え?」

 青年は顔を上げる。

 「お前の仲間は何処にいる?長野の第三とかいうアジトだ。所在地を教えろ」

 「そ、それは……」

 「教えてくれれば俺たちは解放してやってもいいんだぞ」

 甘い言葉で誘う。

 「……!?」

 「さあ、どうだ?」

 駄目押しで目を合わせて言う。

 「長野県飯田市、松尾上溝‎」

 しばし逡巡(しゅんじゅん)した後、ぼそりと言う。

 「そこだな。よし、失せろ、どっかいけ。一キロ先に出口があるはずだ」

 すくっと立ち上がると蓮池は追い払うジェスチャーをする。一目散に逃げる青年たちだったが、高速警察隊は蓮池たちの目と鼻の先であっけなく彼らを包囲しておっかなびっくり銃を突きつけながら拘束した。

 「話が!話が違う!話が違うぞ!」

 警官たちにもみくちゃにされる青年の悲痛な叫びが木霊(こだま)する。

 「バカ言え。『俺たちは』逮捕しないって言ったんだ。長野県警は君たちを重罪人として逮捕するに決まってるの。俺たちは約束を果たしたぞ。契約に一点の間違いもない」

 うっすらと笑みをたたえながら蓮池は言う。蓮池は、いま、この場にいる中で一番悪党の顔をしていた。

 「チクショォォォォーッ!嘘吐(うそつ)きがあぁぁぁっ!」

 青年は絶叫するがパトカーに押し込まれていく。

 「変なの」

 田宮はそうつぶやく。

 「仲間を売ったテロリストに、言われたかないね」

 蓮池はそう言いつつ携帯灰皿に灰を落として、去っていくパトカーを見つめた。

 「個人主義ここに極まれり、とでもいうのか?」

 同じようにパトカーを見つめる真田はぽつりと感想をこぼす。

 一応、志を一緒とした仲間をあっけなく売り渡したのだ。

 口が軽い、程度も軽薄な男。

 「さあな。さて、車に戻ろう。本拠地を制圧するぞ」

 ランサーエヴォリューションに歩いて戻る。

 「ああ。だが、ちょっと興奮しすぎてる。手の震えがとまんねぇの」

 運転席のドアの前に立って真田は告白する。

 「くれぐれも安全運転で頼む」

 助手席に腰かけ、シートベルトを締めながら蓮池は言う。

 「それにしてもなんでわかったんだ?長野第三って」

 シートベルトを締めエンジンを再スタートさせながら真田は問う。

 「いや、俺が拾ったあの暗号表、簡単なんだよ。せいぜい見つからないようにってだけで」

 「そんな粗末なものなのか」

 「ああ。せいぜい一見ではわからない程度の意味合いだったのさ。それ以上となると専門的な知識が必要になるが、それに関する本はなかった」

 「なるほど」

 「最低限、日によって対応する表を変えてはいたがな。あいつらも言ってたろ、遊びって」

 「テロリストごっこか」

 「……だとしたら被害者が多すぎる。止めないとな、大人たちが」

 「十年くらい前は同じ感じだったんだろ?」

 「真面目に講義は受けてたよ」

 少し笑いながら蓮池は言う。

 「そういえば」

 「ん?」

 「ジャズ、好きなのか?」

 「中高生のころに見たカウボーイビバップとランサーのCMからハマってね」

 「なるほど」

 今流れているのもジャズ。

 かなりしっとりとした奴だ。

 「そうそう、言い忘れてた」

 「?なんだ?」

 「ありがとうな。銃貸してくれて」

 「どういたしまして」

 「だが」

 「どうした?」

 「少し大きすぎないか?その銃」

 真田は腰のライノを一瞬目線で示す。

 「……俺もそう思う」

 今になって後悔した。


     *************

小辞典


Wz63

ポーランドのラドム造兵廠で設計生産された9×18マカロフ弾用の短機関銃。

オープンボルトのオーソドックスな機構だが、一般的な機関銃とは違いボルト方式ではなくスライド方式である。

スライドの前方が大きく出っ張っており、これを利用すれば片手でボルトオープン=コックできる。


MP5 RAS

MP5にナイツ・アーマメント社のRASを組み込んだもの。

多くの場合PDWモデルのストックを搭載している。

拡張性が改善されフラッシュライトやレーザーサイトを自由に付け替えできる。

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