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イレギュラー・サーティーン ―公安調査庁・庶務十三課―  作者: 北方宗一
第三章 シャッタード・マインド
37/64

不可視の悪鬼/phase-2

テロリストは再度大きく動き出す。

 『へ?……あ!紀伊くん!?紀伊くんだよね!?久しぶり!』

 久しぶりに会った。

 忘れたい記憶の中に埋もれた、覚えていたい記憶。

 今になってそれを思い出した。

 そう。俺は、彼女に、恋をしていたんだ。

 孤立無援の中、俺の居場所は手芸部の部室しかなかった。

 ただ唯一の、学校での居場所。

 あそこが無ければ、今、俺はこの世にいなかったかもしれない。

 彼女の、何とも言えないおとなしく、小動物的なかわいらしさに心ひかれたのだ。

 着飾り、繁華街のネオンのような、ぎらついた押しつけがましい美しさにいやらしさしか感じなかった俺は、彼女に惹かれたのだ。

 何とも変な考えなのだが、当時の自分からすればイレギュラーな価値観だった。

 あらゆる感情を放棄し、人形かロボットになりたかった俺は、そんな感情すら捨てたかったのだ。

 食欲の睡眠欲求も削り落とし制御できるようになってしまった俺は、それこそ性欲もまた完全に制御できるようになっていた。

 女の裸を見てもピクリともしなくなった自分は徐々に人間でないことを自覚し始めた。

 人間の最大の生存理由は生殖である。少なくとも俺はそう考えていた。

 それすら完全にコントロールできるようになった自分は、それこそひどく機械的というか、人間としては死んだも同然なのだろう。

 生存欲求すら放棄し、自殺衝動にあらがわず首に縄をかけて首を吊ろうとしたとき、両親はひどく焦っていた。

 どうしてやったかと聞かれても死にたくなったからとしか答えられない。それ以外理由がない。

 ついには弟の殺害まで企てようとし、コードで絞め殺そうとし父にタックルで止められた時、ついに自分が人間でなくなったと完全に自覚したのだ。人の死に価値も理由も見いだせない。人の倫理を逸脱した、人。

 殺人衝動と自殺衝動がないまぜとなって心を支配し尽くす中、俺にとって唯一の救いは松代喜咲ただ一人だった。

 そして…………

 俺は…………


 「っはッ!」

 急に目が覚めて飛び起きた。

 嫌な汗で背中がじっとりとしている。

 時間はまだ一時。

 また、嫌な夢を見た。

 何を思い出しているんだ。

 俺は。

 もう、人として生きることはできないだろうに。

 そう決めたはずだったのに。

 あとからあとから涙と嗚咽があふれてきた。

 その理由もわからぬまま。


     *************


 今日もまた戸塚と羽田は捜索と監視だ。

 暗視双眼鏡の扱いにもかなり慣れてきたが相手の感知能力の高さには辟易する。

 拳銃をすぐ撃てるようにするため、そして弾数を一発でも多くするためにチャンバーに装弾しておくことにしたのだ。

 敵の運動能力は国体選手並みかもしれない。

 異常に素早く、しなやかに動くのだ。

 並みの警察官ではまったく歯が立たないだろう。

 まだ成人していない、しかも女性による無差別殺人を半ば考慮していない日本の警察システムは、諸外国からすれば生温いと言われてもおかしくないかもしれない。

 司法も司法で、未成年なら更生の余地があるとして刑罰の減刑が行われる少年法のシステムの欠陥を指摘せずに今までに至るのだ。

 この間入った殺し屋姉妹も日本なら無期刑で済むだろうが、アメリカなら州によるにしても死刑になってもおかしくない。

 「何がどうしてこうなるか」

 「まあしょうがないさ。少年法に胡坐掻いてるんだからさ」

 「そうか」

 さすが、元刑事は違う。

 粘る粘る。

 張り込みでもへこたれない。

 もっと労りが欲しいものだ。

 「お!やっこさん動きが変わった」

 「どうした?」

 「……!やばい!完全に気付かれた!」

 羽田の言葉に戸塚はすぐにP230を引き抜く。

 「隠れますよ!」

 戸塚は羽田を引きずる。

 「本部!ばれたらしい。応援要請!」

 羽田もSP2022を引き抜く。

 『持ちこたえろ!諜報特殊班を持ってくる!』

 「急げよ!」

 そんな中見覚えのない男が飛び出る。

 「おのれえええええええええええ!!兄貴の仇いいいいいいいいいいいいい」

 文化包丁を片手に持った痩せた男が少女に突進する。

 「!?なんだ」

 「一般人!なんで!?」

 「いや、やくざだ!」

 包丁男は文化包丁で喉を引き裂こうとするが、刃先は空を切る。

 大振りだ。

 寄せ付けないだけならまだしも、殺しには向いていない。

 「覚悟おおおおおおおおおおおおお!!」

 もう一方からはマカロフを持った大男が現れる。

 「本部。ヤクザが対象を殺しにかかってる」

 『了解』

 マカロフ男は乱射するが接近する少女はものともせず右手首を叩ききる。

 「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 「やくざの縁切り!」

 動揺するマカロフ男の喉笛を刃が一閃する。

 大男はあっけなく崩れ落ちた。

 「おのれぇぃ!ヨシダの兄貴までッ!!」

 包丁男は自棄になったか包丁を振り回しながら再度接近する。

 だが

 「ふーん」

 少女はマカロフを手に取ると爽やかな笑みを見せて

 「ば〜か♪」

 マカロフで包丁男の額に風穴を開けた。

 包丁男は盛大に転ぶ。

 『こちら本部。諜報特殊班は待機している。これから回収する。チャンネルをBに設定しろ』

 「了解」

 無線の回転式スイッチをひねってチャンネルを切り替える。

 「聞こえるか」

 『良好』

 「よし、どこにいる?」

 『そこから北に20メートルほどの地点です』

 探すとそこにはMP5K PDWを装備した特殊部隊が展開していた。

 「ん?この音……」

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。

 少女はそちらに気が取られる。

 「ばれたがおかげで明瞭な写真を撮ることができた。怪我の功名といったところか」

 羽田はデジカメをひらひらさせる。

 「逃げますよ、今のうちに」

 「ああ。居酒屋で酒を飲む気にもならない」

 そそくさとふたりはその場から逃げた


     *************


 豊田市山中


 打ち捨てられた工場にコンテナ積載トレーラートラックが五台止まっていた。

 「諸君らに新しい武器を与えよう」

 男がそう言って五つの貨物コンテナを開けると中には彼らの求めたものがあった。

 大量の武器弾薬だ。

 「御代は必要ない。思う存分暴れたまえ」

 中には携帯SAMのスティンガーやHN‐5、9K38も存在した。

 その一方チャーターのブルドックのようなサタデーナイトスペシャルも山ほど存在した。

 「お!かっこいいのみーっけ」

 一人が手に取ったのはマグナムリサーチBFRマキシンだった。

 「お!ビンラディンモデルじゃん」

 M16やAKS74U、果てはMP5も存在する。

 中古のバイクもそろっている。

 装備はこれまで以上に潤沢と言えた。

 「他のところの奴らも呼んで暴れれば結構勝ち目あるじゃん」

 「言えてる!」

 彼らは盛り上がっていた。

 「ただ、御代の代わりとしてなんだが、常滑にできた東條院エレクトロニクスの新倉庫を破壊してもらいたい。それくらい簡単だろ?報酬もある」

 「いいじゃん!やってやろうぜ!」

 少年たちは盛り上がっていた。

 熱狂の空気の最中、彼らは契約を結んだのだ。

 武器を与えた男の真意など知らず。


 「ははは!愉快痛快怪物くん!ていうのか!?」

 男は帰り道、フーガY50の運転席で一人、高笑いしていた。

 「何にも知らないんだからな。あいつらは俺たちの掌の上!大人に対する反抗!?なめんなよ!」

 この男が今宮電子の第七企画室長、大槻英司だった。

 元環境対策部長だった彼は今宮による環境汚染問題を『解決』してきた実力の持ち主だった。

 捏造、買収はお手の物。最悪ヤクザや右翼で批判者を叩き潰し、子飼いの環境保護団体と握手してイメージを変える。

 環境省の査察にも完全対応のマニュアルを作って対応してきた。

 共産党の機関紙にすっぱ抜かれた時には肝が冷えたが、当面の間は蒸留水を混入することにして意外と簡単に事態は解決した。

 これもすべて利益のため。正義のためなのだ。

 「笑いが止まらんね!」

 この男はそれこそ縁故採用そのものであった。

 入社当時の社長がいなければ彼は今頃プー太郎だっただろう。

 今宮電子さまさまだ。

 「さて、楽しませてもらおう。大人に踊らされる若者たちよ!!」

 峠道に笑い声が響いた。


     *************


 「ヤクザが人相を知っていたとはな」

 夜が明け、茅ヶ崎は朝一番の報告を読むと溜息を吐いた。

 「暴対法成立で警察とヤクザが全面的に対立するようになって結構経ちますからね。警察に不利になるようなネタは流しても有利になるようなネタは絶対流さない。それに自分の恥は自分で落とし前をつける」

 武田は悔やんでも悔やみきれない。

 「だが、このことで我々は人的被害を出さずに済んだ」

 「ヤクザ達には最低限の温情でも」

 「だな。凶器を持っていたことは目をつぶって『善良な市民』が殺されたことにしよう。報復が連続するのを防ぐためにもな」

 椅子を翻してコーヒーを一口すする。

 これは、いうなれば警告といったところだ。

 これ以上深入りするなというメッセージだ。

 「そういえば」

 茅ヶ崎は書類の山からクリップでまとめられた資料を取り出した。

 「どうしました」

 「襲撃した奴らの所属は?」

 「今、詳細を確認中ですが、所持品から名岐松平会(まつひらかい)と考えられます」

 「愛知県警組織犯罪対策局と警視庁組織犯罪対策部に照会を急げ」

 「わかりました」

 武田はくるりと反転すると退出する。

 茅ヶ崎の手元の資料には一人の少女の写真があった。

 少女の名前は松代喜咲。

 名岐松平会の先代の孫娘だった。


     *************


 制服もついに夏服になった。

 半袖開襟シャツの緩い感じは気温が上がる昼場はいいが朝はちょっと肌寒い気もする。

 「夏服ねぇ」

 マリアはまじまじと見つめる。

 「早めに買った方がいいぞ。夏は蒸し暑いから」

 「そうなんだ」

 メモを取り出すと書き出し始める。

 「それにしても、昨日の夜、泣いてた?」

 「!?」

 ついビクッとなる。

 「聞こえたの」

 「……そうか」

 息苦しい沈黙が車内を満たしていった。

 「どこか、想像できなくて」

 「俺も、よくわからないんだ。なんで泣いたのか」

 なぜ泣いたのか。自分でも見当がつかなかった。


 「出会った時の下僕?」

 急な問いに杏佳は驚いていた。

 体育の時間。幸太郎のいないうちにマリアは念のため聞いておこうと思ったのだ。

 「そう」

 「ん〜。そうねぇ」

 少しまぶたを閉じ考えると杏佳は視線を変えずに一つ言葉を紡ぎだした。

 「死んだ魚みたいな目をしてたわ」

 「それって」

 今の幸太郎からは想像できなかった。

 「ほんとに、そういうしかないわ。この世全部に絶望してるって顔して。眼の下にひどいクマで。視界に入ってる生物全部殺してやるって表情で」

 「そんな?」

 マリアにはさすがに大袈裟に思えた。

 「まあ、少し言い過ぎたかもね。ただ最低でも希望があって生きてるようには見えなかった」

 「だけど、なんで仲良くなったの?」

 一番不思議なのはそこだった。

 普通、下僕と言われていい気分ではない。

 「掃除の場所の割り振りが同じだったの。廊下の隅を『激落ち君』ってので磨く地味〜な作業」

 「へぇ」

 「それで意気投合したの。そういう地味〜な作業が好きっていうので」

 「そうなんだ」

 マリアはどこか腑に落ちて姿勢をなおす。

 「それにしても」

 「ん?」

 杏佳はマリアに向き直る。

 「なんでそんなこと聞くの?」

 「毎晩、苦しそうな声が聞こえてくるから」

 「心配になったわけね」

 杏佳の言葉にマリアは頷く。

 「可能な限り放っておくべきよ」

 杏佳は視線を戻すと呟く。

 「幸太郎の過去に深入りしても何も得はないわ。放っておくのもやさしさよ」

 杏佳の言葉はマリアにしみ込んでいった。


     *************


 真田は携帯から流れてきた着信音で飛び起きた後、情報に驚いていた。

 「今宮の専務が愛知に行った?」

 眠気が一瞬で吹き飛ぶ。

 「おい!Nシステムのデータ回せ!」

 事務用椅子に座るとスリープだったコンピュータの画面を見る。

 キーボードに触る前にスリープが解除され端末のパスが遠隔操作で解除されると、Nシステムの記録が列挙される。

 マウスで数枚ほど画像を追うと気が付いた。

 「なんだよこれ」

 ライトが当たっている。後続車があるということだ。

 「後続車の画像、あるか?」

 画面が明滅し後続車の画像を映し出す。

 「トラック。それもこりゃコンボイか」

 五台のトラックが連なっている。

 何か動きがあるはずだ。

 「後ろのトラックのナンバーを照会!何かある!」

 そういって電話を切る。

 急に眠気が襲ってくる。

 昨夜は気張りすぎてよく眠れなかった。

 どさりと椅子に体を預ける。

 この動き。何かあるのか。

 「誘拐容疑で東京地裁にガサ入れ状とってきたぞ」

 蓮池はそういってオフィスに入ってきた。

 「さて、テロリスト共の顔を青くさせるぞ!あの二人も待ってる!」

 真田を無理やり立たせて引っ張る。

 「わかってるから、そう、急かさないでくれ」

 真田は何か眠気が覚めるものはないかと思案を始めた。


 途中で能美と田宮の二人を回収して、サークル棟へと向かう。

 「周囲の警戒を頼む」

 「了解」

 二人に命令すると、玄関に進む。

 「公安です。捜索差し押さえ令状。このサークル棟に入らせていただきます」

 「こ、困りますよ!」

 「困る困らんじゃない!命令だ」

 制止しようとする守衛たちを押しのけて入っていく。

 件のサークルの入っている部屋へと進む。

 「鍵は?」

 「え!?」

 「この部屋の鍵だ!いうことを聞かないと、公務執行妨害で現行犯逮捕するぞ」

 蓮池と真田が拳銃を下に構えると守衛の顔色がサッと変わる。

 「は、はい!」

 鍵を開け、扉を開き踏み込む。部屋の隅から隅までを銃口を向けて確認する。

 そこには雑然とした空間が広がっていた。

 粗末な机の上には作りかけのプラカードが放置されており、その影にはやけに分厚い本があった。

 「なんだこりゃ」

 部屋の隅のダンボール箱を開けてみるとリボルバー拳銃が無造作に入っていた。

 「安物だ」

 蓮池が手に取って確認する。

 S&WのM40のようだがやけに軽いし仕上げも細部も違う。

 チャーターアームズのオフデューティーだ。

 同じメーカーのブルドックやアンダーカバーもある。

 さらにみると、中国の54式や、どうもフィリピンあたりで密造されたらしいリボルバーも見られる。

 武器はこの手の過激派もどきにしては上等だ。場末のヤクザ並みにはある。

 「真田」

 「ん?」

 蓮池は手招きする。

 「大学の教務課に行ってメンバーの出欠を確認してくれ」

 「なんで?」

 「もしかしたら、アジトに移動したかもしれない」

 「それじゃお手上げじゃないか!」

 真田が叫んだ時、机に蓮池の目が留まった。

 「まだだ、それを言うのは」

 机の上には文字の並ぶ表が無造作に置かれていた。


     *************


 「紀伊。この後ちょっと来い」

 帰りのHRの終わりでの宣告は何かヤバいことをしたという意味であった。

 村田の高笑いがしつこく耳に残る。

 噂好きな女子筆頭の富樫が何か言っている。

 今日は教員会議の関係で部活もない。

 そんな中、俺は生徒指導室に連れ込まれたのだ。

 神山たちはどうにかして残るらしい。

 狭い生徒指導室の中の1ブロック。

 中にはスーツ姿の若い女の人がいた。

 「始めまして」

 何もんだ?

 「あなたは?」

 まず面識がない。

 「おい!そんな質問、失礼だと」

 「あ、いいんですいいんです」

 先生の言葉に女の人は手を前に出して『とんでもない』とジェスチャーしている。

 「まあ、思い当たらないほうが普通だしね」

 ごめんね、とこちらに笑顔を振りまくと、肩掛けのカバンから黒いバッヂケースを取り出す。

 「愛知県警の内海です」

 「はぁ……?」

 「おまえ、何かやったのか?」

 先生たちから疑惑の目が向けられる。

 「え?そんなこと」

 かなり心象が悪いらしい。

 「あの。当事者以外は出て行ってくれませんか。ちょっと、規則上問題になりますので」

 そういって先生達を追い出す。

 「ごめんね。こうなることはわかってたんだけど、これしか手段がなくてね」

 扉が閉まったことを確認すると内海さんは話し出す。

 「は、はぁ……?」

 「まあ、まずはちょっと自己紹介ね。私は内海絵里っていいます。念のため名前を確認したいんだけど」

 「紀伊幸太郎です」

 「よかった」

 心底安心した様子だ。

 「警察が今、この周辺で起こってるテロ事件を捜査してるのは知ってるよね」

 「そりゃ、まあ」

 「それでね、あなたがテロリストと関係があるって話が逮捕した犯人たちから出てきたの」

 そう言って内海さんはこちらを見つめる。

 「……はた迷惑な話だ」

 溜息を一度吐いて言葉を紡ぎだす。

 「なにか心当たりがあるの?」

 「そのテロリストは、俺を狙ってました」

 「あなたを?」

 「そう。俺を」

 外で変な音がしている。

 ガラスと壁で音が鈍っているが。

 何の音だ?

 最近よく聞く爆竹の音じゃない。

 「あなたに狙われる理由は?」

 「メンバーの一人と過去に因縁があって」

 「なるほどねぇ」

 それにしてもこの音はなんだ。

 原付か?

 「で、名前は?」


 「さて、これでお話は終わり。ありがとうね。先生に挨拶して誤解を解かないと。大変よね。まじめな君が警察のお世話なんて変な話になったら」

 いつの間にか音はなくなっていた。

 職員室に内海さんと一緒に行って先生に説明をすると、昇降口に向かった。

 玄関を出ると神山たちと内海さんが待ち伏せしていた。

 「なんですか?」

 内海さんの顔を覗く。

 「いえ、あなたが通学するときに一緒にいるボディガードさんに挨拶でもしようと思ってね」

 やっぱりばれていたか。

 学校から少し離れた駐車場に停車しているFJクルーザーに向かう。

 だが、不意に、さっきから気になっているノイズが鮮明に聞こえてきた。


 グギュイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!


 強烈なチェーンノイズ。

 2ストローク式のガソリンエンジンの排気音。

 猛獣の唸りにも似たその音が響く。

 「何の音だ」

 ぬっと影が伸びる。

 大男だ。

 悪趣味なブラックシルバーの髑髏の仮面をし、プレートキャリアを着込み、大型のチェーンソーを持った大男がいる。

 髑髏モチーフの装飾品がジャラジャラいっている。

 「ジェイソン!?」

 内海さんの素っ頓狂な声とともに、男は雄叫びとともにチェーンソーを振り上げた。


 「と、止まりなさい!!」

 懐からM360Jを突きつけると内海は警告する。

 神山たちも銃を出すよう構える。

 だが威嚇をものともせず男は突進してくる。

 「とまれえええええええええ!」

 上空に威嚇射撃をする。

 だが男はものともしない。

 チェーンソーが振り下される。

 幸太郎は急いで避ける。

 「撃つわよ!今度は当てるんだから!」

 内海の再三の警告にも応じず、男はチェーンソーを振り回す。

 幸太郎の目前をチェーンソーの刃が横切る。

 拳銃が取り出せない。

 間合いが近すぎるのだ。

 内海は男を撃つ。だが男はものともしない。

 「うそ……」

 想定外の事態に内海は硬直する。

 「この!」

 神山と霧谷は懐からP99を抜くと二発ほど威嚇射撃する。

 「なに!?なに!?」

 内海の困惑をよそにさらにローゼンハイム姉妹と河合もコンバットマスターとM84FSを手に取って臨戦態勢に移る。

 「とまれ!」

 神山の警告。だが、男は止まらない。

 無茶苦茶にチェーンソーを振り回す男。

 どうにかしないと。

 そんな中、二振りの戦斧(コンバットアックス)を持ったプラチナブロンドの少女が仲間たちと共に現れた。

 最悪だ。

 あのアパートで待ち伏せていた少女が斧を振り上げて突っ込んでくる。

 斧の一撃をどうにか躱し、一瞬で次の手を再度考えた。


 一瞬が仇となったか。

 幸太郎の解放を待っていた時にいつの間にか周囲に隠れていたらしい敵に神山は舌打ちした。

 男たちの得物はどれもこれも銃器ではなく格闘向きの物ばかりだ。

 だがかなり使い慣れているらしい。いきなり振りかぶってきた。

 P99の装弾数から見てもどうにかなる限界の数だ。

 「チッ!どいつもこいつも!」

 一気に躍り掛かる敵の胴に9ミリ弾を容赦なくたたき込む。

 物量戦だ。押し流される。

 「何がどうなってるの!?」

  女刑事が拳銃を構えながら困惑の表情を浮かべている。

 今まで経験したことがないであろう攻撃にいったん退くことを決めたらしい。

 賢明な判断だ。

 そんな間についに相手が間合いを詰めてきた。

 「秋津さん!」

 『わかっている。少し持ちこたえろ』

 バイタルゾーンの損傷でも突進は止まらない。

 薬物で感覚と恐怖心を鈍らせているのだ。

 これでは幸太郎の下へと動けない。

 「コイツら正気!?」

 河合さんの驚きもしょうがない。

 M84FSの.380ACPで止まらないのだ。

 ローゼンハイム姉妹は.45ACPというのもあってか手際よく敵を伸していく。

 神山の目の前で大きく振りかぶった男の釘バットが振り下される。

 飛びのいて回避すると、今度は横スイングで来る鉄パイプを持っている手首を銃撃する。

 敵は遠心力で体勢を崩し倒れ込む。

 さらにナイフを構え突っ込んでくる女の手に蹴りを叩き込む。

 ナイフは女の目を貫通する。

 立て直した男二人が再度神山に襲いかかるが、それも回避しつつ一人の後ろに回り込み首をロックしてへし折る。流れるようにもう一人の眉間に銃弾をぶち込む。

 「幸太郎!!」

 気が付くと幸太郎はさらなる苦境に立たされていた


 右脚を踏み込んでチェーンソーの一閃を回避するとバックステップで斧の一撃を切り抜ける。

 身体を少しそらして斧の第二波を躱す。

 さらに回り込んできた男のチェーンソーの突きを右ステップでやり過ごす。

 一瞬生まれる隙。

 「このぉ!!」

 瞬間、幸太郎はカバンからSP2022を取り出すと男の仮面に弾丸を二発叩き込む。

 だが、弾丸は弾かれる。

 「なに!?」

 防弾だ。チタンやケプラーを使い、表面をクロームメッキした防弾加工のマスクだ。

 体中のプロテクターも防弾だった。抜けるわけがない。

 察した幸太郎の体は硬直する。

 必殺と思った攻撃がまったく用をなさないのだ。

 だが、再度チェーンソーを振り上げた瞬間、男は首からの鮮血とともに急に崩れ落ちた。

 拳銃を構えながら発砲できない内海の背後には、サプレッサーを取り付けたMk.23を構えた秋津がいた。

 秋津はマスクの首周り後ろの防弾の手薄さを見抜き、拳銃で狙撃したのだ。

 すぐにプラチナブロンドの少女が反応すると、秋津に肉薄する。

 内海は急いで飛び退く。少女は振りかざした斧を振り下し秋津を叩き斬ろうとする。

 だが左手の一撃目はMk.23の射撃で軌道をずらされたことでリーチが狂い、すかさず避けられ、右手のもう一撃は秋津の左手で難なく柄を抑えられてしまった。

 斧を握りなおすと秋津は表情一つ変えず眉間に銃口を向け引き金を絞る。

 銃撃は回避される。少女は右手の戦斧をあっけなく捨てたのだ。

 再度照準して撃つが素早く動き、まるで当たらない。

 命中コースの弾丸も斬り掃われる。

 「おいおい!ホントに人間かよ!?」

 秋津が呆れた声を挙げる。

 「逃げるよ!」

 少女の号令に、残った敵はぞろぞろと逃げはじめる。

 追撃しようとするが、奴らはシボレーのバンに乗って逃走した。

 「危なかった」

 秋津はサプレッサーを取り外しつつ神山に近づく。

 「すいません」

 「まあいい」

 唖然とする内海をよそに秋津と神山は話し出す。

 「な、ななな!?」

 「すいません。公安調査庁の秋津と言います。彼は神山」

 「こ、公安調査庁!?」

 「この事はご内密に。ばらしたら……」

 「ばらしたら……?」

 「一生刑務所の中は覚悟してください」

 珍しく柔らかい物腰で非常に物騒なことを言う。

 「ひゃ、ひゃいぃ!」

 内海は上擦った声で答える。

 「まったく、こんなものを使うとはな」

 秋津は倒れた男の傍らに膝をつくとチェーンソーのエンジンを切った。


     *************


 「どうだった?」

 署に帰ってきていきなり係長が訊ねてきた。

 「……ヤバいです」

 口外するなと言われては、これぐらいしか言えない。

 「……だよなぁ」

 係長はそういうと、はぁ、とため息をついて頬杖を突く。

 「何かあったんです?」

 「公安課で一緒だったやつが来てな。『くれぐれも気をつけろ』と」

 左手の書類をデスクにパサリを投げ出すと係長は頬杖をやめる。

 「それって……」

 ギシと椅子を軋ませて係長は背もたれにもたれかかる。

 「うん。彼らなりのやさしさだと思うよ。『棺桶に片足突っ込んでるから危ないよ』って」

 飄々と語る課長は不要となった書類を適当に丸めてくず入れへ投げる。

 カツンとくず入れの縁に当たる音がして書類は床に転がる。

 「そうですか……」

 「そう肩落とすなって。本部に借りを作ったんだ。この借りは、いつか返してもらおうじゃない」

 虚ろに転がった紙のボールを見つめながら係長は言う。

 「……もうちょっと頑張ってみる?」

 「へ?」

 掛けられたのは意外な言葉だった。

 「ほら、まだレッドカードじゃなくてイエローカードでしょ。まだ反則は2回できる」

 係長はそう言いつつ、ひょいとペンを挿している籠から一本ボールペンを手に取る。

 「いや、イエローカードってそれだけでも結構いけないことでは」

 サッカーなんてワールドカップ日本代表関連以外見ない内海だってそれくらいのことは知っていた。

 「物の例えだよ。た・と・え」

 「…たと…え……?」

 さっき手に取ったペンを回しながら言う係長、その言葉を自然と繰り返す。

 「そう。例え。まあ、なんだ?頑張ってみようよ。俺たちができる範囲でさ」

 「は、はい!」

 なぜかきちっと敬礼なんてしてしまった。

 「どしたの?急に改まっちゃって」

 「あ、いえ、なんでも」

 妙な迫力が係長にはあった。


     *************


 「なぜ、射殺しなかった」

 セーフハウスで秋津は神山に問う。

 「それは……手がかりを」

 「持っている可能性があったから、か」

 「はい」

 神山は明確に返事をする。

 「賢明な判断だ」

 秋津はそういって腕を組みなおす。

 「判断の迷いはいかなる人間にもある。だが、警護対象が死んだら元も子もない」

 「はい」

 「このことを肝に銘じておけ。よろしい。帰れ」

 「了解しました」

 踵を返し神山と霧谷は部屋を出ていく。

 扉が閉まると同時に書類を一枚手に取る。

 いつの間にかまとめられていた書類だ。

 「それにしても、こんなものが出てくるか」

 手元の書類には荒神ヘレナという少女に関する記録が載っていた。

 今回交戦した敵の一人だ。

 ついに身元が判明したらしい。

 篠山女子学園高校の三年。前科なし。両親は共働きで父は循環器外科医、母は売れっ子のインテリアデザイナーで兄弟はなし。一時期はファッションモデルだったが昨年の5月以降雑誌に出ていない。今は自分の家にいることの方が少なく、外泊している模様。

 それにしても、かなり恵まれた家だ。

 だが親の興味はどうも仕事の方であり、子供は半ば放置状態である。

 「愛情の欠如。見世物程度に着飾られ、か」

 彼女の精神などわからない。だがいえるのは、親の無関心がこの化物を作り上げたことだけ。

 「篠山女子学園で身柄を拘束か」

 稲垣から来た作業手順書は非常に効率を重視したものだった。

 少女の普段からの行動を監視し、それに則って作業を行う。

 普段はまじめな女子高生で通しているから、この作業手順は間違いではないようだ。

 十三課は手段を選ばない。

 目の前にそいつの親や子が居ようが、上司や得意先の前だろうが、恋人とベッドで夜を明かしているときだろうが、特捜部・庶務十三課は一番効率がいい手段を取るまでだ。

 アフターケアなどいらない。そいつがテロに加担しなければよかっただけだ。

 (人員にフルパッケージとはまた慎重だな)

 A1装備で作戦に当たるというのだから、かなり気を使っているようだ。

 まあ、今までのことを考えれば妥当と言える。

 十三課に怪我人や死人は出ていないが、今まででも結構苦労した案件ではある。

 そう考えると判断は妥当と言えた。

 「さて、年貢の納め時だ」


     *************


 最悪の事態か。

 蓮池は窓に流れる街並みをみて物思いにふけっていた。

 今、蓮池と真田は追加装備を持ち込んだ能美、田宮とともにランエボの車内にいた。

 都内数か所の大学を回って確認を取ってみたら、やはりというかなんというか、確認を取った生徒は雲隠れを決め込んだらしい。

 下宿のアパートに行ってみても着の身着のままと言った逃走事情が透けて見えた。

 公安一課に緊急展開を要請したが、今どこにいるかすらわからない。

 怪しいナンバープレートをNシステムで追ってみているがまったく反応がない。巧妙な偽装ナンバーを使用しているのか。同じカラーの同じ車種は東京だけでも山ほどある。国土交通省のデータベースを利用したとしてもNシステムのコンピュータ技術では車種まで正確にとらえることは無理だ。

 出来ればどうにかしたいが、そうはいかない。敵は意外とガードが固いのだ。

 不意に携帯電話が鳴る。坪倉からだ。

 「どうした?」

 『AVIとNに反応ありました!指示されてたインプレッサが東京インターから谷町ジャンクションに入って都心環状線に合流したらしいです』

 どうも、偽装ナンバーをしくじった奴がいたようだ。それとも顔認証だろうか。

 「そうか、以降は真田に伝えてくれ」

 『はい。ハンズフリーにしてくださいね』

 「了解。真田。携帯をハンズフリーにしろ」

 「わかった。で、なんだったんだ?」

 ナビの画面で携帯のハンズフリーを確認する。

 「追ってる奴が都心環状線に入ったらしい」

 「よくわかったな。だが、どこに行くんだ?俺は知らないぞ。都心環状線から行けるところは絞れないからな」

 真田はうんざりだといった表情で都心環状線への最短ルートをカーナビと思案し始める。

 「いや」

 「ん?」

 「どこに行くかはもう解っている」

 「で、どこだ」

 「それはな……」

 都心を進むランエボの車内は徐々に緊張を孕み始めた。

小辞典


マグナムリサーチBFRマキシン

デザートイーグルで有名なマグナムリサーチ社のSAAクローン。

シングルアクショントリガーでスタームルガー・ブラックホークのフレームを流用している。

マキシンは45‐70ライフル弾対応のシリンダーの長いモデル。


HN‐5

中国製の携帯SAM。

9K32のコピーで赤外線誘導。

小改良がおこなわれたA型、B型、車載モデルのC型がある。


AKS74U

AK74シリーズのコマンドカービンモデル。

ウサマ・ビンラディンが愛用していたため日本国内では「ビンラディンモデル」という愛称が付いたこともある。


チャーターアームズ ブルドッグ オフデューティー アンダーカバー

チャーターアームズ社の格安リボルバーシリーズ。

基本設計はS&WのM36などのJフレームモデルである。

フレームはアルミで軽量。

なお、このような格安銃器は土曜の夜に貧民街における喧嘩や強盗などで頻繁に利用されたため「サタデーナイトスペシャル」と呼ばれている。

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